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波間から、あなたへ

全体公開 その他色々二次創作 7 12095文字
2026-05-03 19:38:51

ルークがオクトーにたどり着くまでの回想。MayThe4thDayにかこつけて書きました。
今年はルークとベンの話を書くぞ!とウキウキで始めたがベンよりハン・ソロのほうが出番がある話になった。

Posted by @syuu_29

砂の惑星に下り立つたび、砂交じりの風に懐かしさを感じる。故郷を思いだすせいだ。だが、ルークは長い間タトゥイーンに戻っていなかった。もう戻ったところで家族もいない。伯父たちの墓だって作っていない。
それにジェダイの足跡が残る砂の惑星なら他にいくらでもあり、タトゥイーンはむしろ、もう何も残っていない場所だ。
ベン・ケノービが暮らしていた家には一度だけ足を運んだが、当然ながらジャワたちが通り過ぎたあとだ。まともに残っていたのは、多くの者にはなんの価値もない日記ぐらいだった。
そこには感傷があった。砂漠での日々の暮らしの記録に滲むもの。飄々としていたかつてのジェダイ騎士の、彼自身が手放そうとしていたものが。
だがそれも、燃え落ちた寺院の灰の一部となった。

エンジンに砂でも混じったのだろう。大きな音と共に、スピーダーの揺れが乗り合う全員の身体を揺らした。ルークは膝の上に抱えた荷物を抱え直した。腕の中の重みはちっとも重くもなければ、暖かくもない。数日分の食料ぐらいしか入っていないのだ。調理器具も不要な携帯食料ばかり。それでも鞄の中身が偏り、バランスを崩した弾みに唇が緩み、早く星系を出なければと焦っていた気持ちも少しだけ緩んだ。
かつて、ぐずる子供を抱え直したことを思い出したせいだった。
鞄も手も、土ぼこりでざらついている。記憶の中のその重みと似通ったところなどなにもないのに。
視線に隣を見ると、先程までは船を漕いでいたはずの見知らぬ子どもが、不思議そうにルークを覗き込んでいた。ちらりと盗み見ると隣の保護者は寝ている。
「おもしろいことあった?」と丸い瞳に尋ねられ、ルークは「思い出し笑いだよ」と小声で返した。それからほんの一瞬躊躇ってから、ひらりと指先をフォースに揺蕩わせて囁いた。
――ここにはなにもない。寝るといい」
子供は素直に「なんにもないから寝る」と繰り返し、ふあとあくびをしながら瞼を下ろした。安心するようにふにゃりとするその表情に、思わず目を細める。

かつてルーク・スカイウォーカーは父を許し、信じることで、光と闇にバランスをもたらした。彼の灯した松明は父親の魂を確かに照らした。
しかしそれは彼が若く、恐れ知らずの青年だったから為しえた事だった。誰が何と言おうと、そうだった。

◇◇◇

はじめて顔を合わせた時には腕の中で静かな寝息をたてるばかりだったが、次に会ったときには驚くべき早さで床を這い回っていた。その小さい生き物を持て余し、アテンダント・ドロイドがおろおろと追いまわしている様子はおかしかった。
きゃあきゃあと声を上げ、喜びも悲しみも全身全霊でアピールするその赤ん坊の名前はベンという。名前をつけたのはルークだった。
「やあ、ベン」
ルークは足下に這い寄る甥っ子を抱き上げた。
以前より重くなったことに思わず微笑むと、はしゃいでいた赤ん坊はぱたりと全ての動きを止めて、ただ不思議そうに自分に微笑みかける大人を見つめ返した。
泣き出すのではとルークは内心身構えたが、ベンはじっと伯父を見つめるばかりで、大きな瞳で不思議そうにぱちぱちと瞬いた。
赤ん坊といっても、真っ黒な髪がふわふわと頼りなくも生えそろいはじめて、小さな人間らしくなってきたところだ。大人の六分の一ほどの小さく薄い爪が並ぶ頼りない手足、頭身としてはまだアンバランスに感じられる大きな頭、おしゃぶりを与えればすっかり埋もれてしまう小さな口、なめらかな肌、潤んだ瞳。
瞳を見つめ返すと、フォースが強いとはこういうことなのだろうと感じさせるものがあった。初めて会ったときとは違って、その内側に詰まった彼の意思が伝わってくるように思える。すべてがやわらかくふにゃふにゃとしていて、伝わってくる意思もずいぶんと頼りない。それでも、言葉にならないイメージが不満を伝えてくる。
「どうした。だっこは嫌だったか?」
言葉がわかるわけもないのに抗議の声が上がるのでルークは笑い、機嫌を直してと頬をすり寄せた。それからかわいい甥っ子をなで回していると、支度をした妹がなじみ深いプロトコル・ドロイドを伴ってやってきた。
髪を華やかにまとめ上げた彼女は、清廉さを際立てるような白のドレス姿だった。慎み深く布地に隠された首から胸元では飾るように散りばめられた宝石が星のようにきらめく。パーティーならきっと髪の毛にも同じように宝石が編み込まれていただろうが、今日は違う。
「やあ、レイア。今日もきれいだ」
「ありがとう。それに、来てくれて助かったわ」
「いいんだ。僕も君の勇姿を見たかったところだった」
もうおちびさんはご機嫌なのね、と彼女は兄の腕の中で大人しくしている息子の顔を覗き込んだ。
「さっきまでわんわん泣いてたのが聞こえて気まずかったのよ。でも髪を編んでいたものだから……なかなか出られなくて」
「本当に? 僕が来たときにはご機嫌でここを這い回ってたよ」
「きっとあなたが来たってわかったんだわ。ベンはあなたが好きだから」
「ふうん?」
そうなのかい?とルークは表情を緩めて甥っ子の顔を覗きなおした。すると鏡返しにするようにベンはきゃあと笑って返した。驚くべきことに、それっぽっちの仕草で大人を魅了する自覚があるらしい。
「すごいな、赤ん坊は」
「ふふ。毎日驚かされるばかりよ」

あなたが名前をつけて、と言われ、その大役に戸惑いながらも頭に浮かんだのは一つの名前だけだった。それはルークにとって大事な師の名前だった。本当の名前ではなかったと今は知っているが、ルークにとっては今も彼はベンだ。それに、願いを託せるのなら彼のような人になってくれればいいとも思った。誰かを導き、灯すべき明かりを見守る人。
だから他に思い浮かばない、と言えばレイアは驚いていた。彼女にとっても希望の人の別名だが、不躾だったろうかと顔色を窺えば、ハンは隣で「爺さんの名前か。いいんじゃないか?」と肩をすくめてくれた。レイアも「いい名前」と微笑んでくれて、次に会った時には腕の中の赤ん坊に本当に「ベン」と名付けてくれていた。少し前の出来事に思えるが、先日ホロで見たハンの腕の中にいた赤ん坊よりもさらに大きく感じられた。
ご機嫌で自分の指をしゃぶる赤ん坊の温もりを感じながら、ルークはレイアに向き合った。
これから一緒にホズニアン・プライムに向かい、大きな議会に出る予定だ。ただ、一緒に出かけるといっても、レイアとその護衛として立ち会うハンとは別行動になる。ルークはベビーシッター代わりにベンと一緒にホテルから中継映像を見るつもりだった。膝の上で抱えてやって、レイアの勇姿を見れたらいいと思っていたものだから、こうして抱き上げてもご機嫌のベンに内心ほっとしていた。
「泣かれたらどうしようかと心配してたんだ」
「まあ、いつまで引きずってるつもり?」
レイアは「いつも言ってるでしょ。この子、あなたが大好きなのよ」とからかうような調子で言った。片眉だけを器用にあげた眼差しは挑発的で、自信に満ちていた。
レイアもハンもベンが気に入っているのだと言ってくれるが、ルークの実感はまだ薄かった。
ホロ通信を録画してもいいかと連絡を受けたのは、しばらく前のことだった。そうして妹夫婦が録画の許可を求めるようになり、理由として息子が自分の録画映像をみたがってしつこいのだと言われても、信じ難く思っていた。
なにしろ初めて会ったとき、この赤ん坊はルークの腕に抱かれた途端に、火がついたように泣いたものだったから。
ベッドに横たわり、息子と兄を見つめるレイアのかわりに、ずいぶん身ぎれいになったハンが慌てて抱き上げてくれた。どうしたと狼狽えながらも様子を窺うその脇でチューバッカが慌てた鳴き声をあげ、育児プロトコルなんて知らないだろうCー3POもおろおろと哺乳瓶をとりだすが、R2‐D2にミルクの温度を測れと鋭く囀られた。
「なんだR2、僕より詳しいじゃないか」
いつの間に赤ん坊のことを調べたんだと相棒に視線をやれば、来る途中にダウンロードしたのだと得意げな返事が返った。ドロイド語を解さないレイアがそのやり取りを見逃さずにくすくすと笑う。
「どうやらR2のほうが用意周到のようね」
「僕は場に任せるタイプなんだ」
ルークは肩をすくめて返した。
「そんなことより、ハンが父親をやっていることに安心したよ」
「わかるわ」
二人が冗談めかしているのを耳聡く拾い、ハンが口を挟んだ。
「失礼な奴らだな」
「だって君、臨月になってもなかなか帰らなかったって言うだろ」
「帰ろうとしていたんだよ! ただ、ハイパードライブの交換に手間取って……
「別に責めてないわ。それに出産には間に合った」
ハンは出産に立ち会ったという。きっと赤ん坊を取り上げたときもこうしてレイアから赤ん坊を受け取ったのだろう。汗と涙にまみれてさえ美しいだろう妹のまなじりから、涙のしずくが一粒あふれるところが目に浮かぶようだった。きちんと父親をやっているらしい友人にルークは目を細めずにはいられない。
すると「だいたいお前こそ、いつまでも他人事みたいな顔をするなよ、おまえの甥っ子だ」とハンは笑い、改めて抱いてやってくれと息子を託し直してくれた。
そうしておそるおそる受け取る赤ん坊はミルクの香りがして、暖かく、小さかった。でも、思ったよりも軽かった。

シャンドリラにレイアたちが生活拠点を構えた頃、ルークは銀河中を巡り歩いていた。
ジェダイの足跡を辿るためだ。打ち砕かれた寺院の跡地を巡り、かつての聖域を守る人々と出会い、残るジェダイの教えを拾い集める旅は終わりの見えない旅ではあったが、手応えもあった。帝国の支配のなかでもフォースを信仰し、ジェダイを信じていた人々は銀河に散らばり、ジェダイの文化を守ってくれていたのだ。
協力者との出会いにより、フォース感応者との出会いも、一人出会えばまた一人と連鎖するように増えていった。フォースの強さでベンを上回る子供に出会うことはなかったが、ジェダイオーダーを再建できると確信を得るまでそう長くはかからなかった。

ベンは会う度に大きく育っていった。父親に似たのだろう。あっという間に背丈が伸びていく。飛び込んでくる甥っ子を受け止めるたび、ルークはよろめきそうになるのをこらえる必要があった。そのうちフォースの助力を借りることにもなるだろう。
「ルーク!」と弾んだ声で自分を見つける甥っ子はいつも眩しかった。眼差しが、その魂が、そのように思わせるのだ。だからこそ、彼がそうして飛び込んでくる間は受け止めてやろうと決めていた。好意の固まりのような存在を、どうして遠ざけることができようか。
「やあ、ベン。元気そうだ」
そうして飛び込む子供を抱き上げ、その重みに驚くのは、他の赤ん坊を背負った体験との比較のせいもあった。
それは数年前の出来事だが――年齢だけなら年上の、長命種の赤ん坊はまだまだずいぶん小さくて、同じ種族のジェダイ・マスターよりもずいぶんと軽かった。その驚きが未だに記憶に鮮明で、この子供もつい最近まで同じぐらいだったのにという驚きが、いつもルークの連想を引き起こすのだろう。それにこうして腕に収まる確かな重みを感じてしまえば、通信越しでは追いつかない彼の成長を何より実感させられるというものだった。
「ああ、本当に大きくなったな」
ルークが目を細めて見つめていると、ベンは年齢に不釣り合いな気難しげな顔をした。
「誰のこと?」
「うん?」
「今、誰かのことを考えてた。違う?」
見透かすような眼差しに、ルークは思わず瞬いた。頭をよぎっていたのは一瞬のことだが、指摘は間違っていない。
――鋭いな。うん、弟子になるかもしれなかった子のことをね」
「それって、どんな子?」
「そうだな、僕より年上だ。たぶん父さんとも、知り合いの可能性が高いぐらいに」
「じゃあおじいちゃんなんじゃない? なのに、弟子なの?」
「長命な種族なんだよ。僕のマスターと同じ種族だ。だから、彼はまだまだ赤ん坊で――結局はお父さんのところに戻った」
「どうして?」
ルークは肩をすくめた。
「そういう選択もある。ジェダイが全てじゃない」
レイアだってそうだよ、と言葉を続けたのは、彼女にフォースとの繋がり方の手ほどきをしたからだ。なにしろフォースの強い家系だ。双子の兄妹の彼女にだって、強いフォースが流れていた。鍛えていけばきっと、彼女もジェダイになることはできただろう。だが、彼女もまたジェダイを選ばなかった一人だ。
「じゃあ、まだ誰も生徒じゃないの?」
「残念ながら」
「なら、僕がなってあげるよ」
「それは心強いな。レイアとハンを説得できたら考えよう」
「お母さんは賛成するよ。お父さんは――一緒に説得を?」
「しないよ。反対するのはハンの義務だろうからね」
ルークは笑いながらベンをソファにそっと下ろしてやった。続けて、手前のテーブルの上に背負っていた小さなリュックの中身を並べていく。
古い型のエアスピーダーのおもちゃに、ハギレに包んできた手のひらほどの鉱石。そして美しい文字の掘られた木のパーツを編み込んだ手作りのお守り。
「これは僕が子供のころに持っていたのと同じスカイホッパー。古いが、懐かしくなってね。これは報酬にもらった鉱石で、夜に月の光で淡く光る。きれいだから寝室に置くといい。それからこれが、世話になった村に伝わる無事を願うお守りで――こうやって、腕につける」
ルークはベンの手首に編み上げられたお守りを結んでやった。細い手首は想像よりも紐を余らせる。大きくなったと思っても、まだまだ小さな子供だ。
ベンは「母さんに見せてきていい?」と手首を飾ったお守りと送り主を交互に見た。そして「もちろん」というルークの答えにソファから弾むように飛び降りて、部屋の角に置かれた文机の上に駆け寄った。
ほとんど入れ替わりに出発してしまった妹へのビデオメッセージのためだろう。手慣れた操作で端末を起動する少年を見ながら、ルークはソファに腰を下ろした。
そんなことが何度もあった。
レース稼業が軌道に乗ったハン・ソロはあまり家に寄り付いていなかった。レイアのほうも、新共和国の議員として多忙な日々を送っている。必然的に息子に留守を任せて惑星を離れることは少なくなかった。新共和国の首都が輪番制であることもこの理由の一つで、シャンドリラが首都に戻るまであと数年はある。学校に通い始めれば、いよいよベンの生活拠点を移すことは難しくなるだろう。
――もう少し、立ち寄るようにしようかな」
ルークが呟けば、聞き漏らさなかった甥っ子が振り返り、「ほんとに?!」と歓喜の声を上げた。彼の中から溢れるフォースに喚起されて周囲のフォースが喜びに満ちる。そのくすぐったさに、ルークはつい、顔をそらした。「本当だよ」とだけ返事をして、「熱烈だな」と零れかけた言葉のほうは口の中に収めた。

ルーク・スカイウォーカーという名前が独り歩きしているのを実感するようになったのは、それから少し後のことだった。
知り合いに会うたび「新しい噂を聞いたぞ」とおもしろそうに真相を求められるようになった。時折流れるホラ話はどれも元になる事実があったが、尾鰭のバリエーションは豊かで、子供には聞かせられないような顛末のものもあった。だから否定することもあれば、肩をすくめるしかないこともあった。自分が酒場の噂話になっているとは思わず、最初のころはおもしろがっていたものだが――どれもが自分の知るものと違っていて、自分のことには思えなかった。
近頃は名乗らず、他人のふりさえすることもずいぶん増えた。髭を伸ばすことにしたのも、そうした噂と、いいかげん外見で侮られることにうんざりしはじめたからだった。
だが時には、ジェダイだと聞いて集まってきた子供の眼差しに、甥を思いだしもした。
その頃にはハンとチューバッカのところに先に寄ることも増えた。レイアとハンの別居が長引き始めたころだ。居場所を聞いて、ミレニアム・ファルコンで酒を飲む事は多々あった。
「疲れてるように見えるな」
エールを片手にハンが言うのを、ルークは否定できなかった。隣のテーブルでR2‐D2とデジャリックに興じているチューバッカまでもが、同意するように吠えた。唇を歪めて返すと、ハンの手によって瓶の残りが注ぎ足された。エールが溢れそうになり、慌ててグラスに口をつけるしかなかった。はずみで不必要に髭が濡れる不快感に目を閉じて喉に流し入れてやってから、呆れた声で抗議する。
「ハン、こんなにいらないよ。これから飛んで帰るのに」
「これぐらいで酔うって? 弱くなったんじゃないか」
「アルコールは久しぶりなんだ。慎重にもなるだろ」
「ほお。ジェダイってのは禁欲的らしい」
「そんな理由じゃないよ」ルークは即座に否定した。「まあ――みんなそう思うみたいだけど」
「断酒の制約はない?」
「うん、戒律は厳しいけど――まあ、執着を禁じている、というのが総括になるだけで」
「というと」
「そうだな、欲張らないってことかな」
「おい、おれを侮って雑なことを言ってるだろう」
「考えすぎだ。なあ、チューイはヨーダと友達だったんだろ? 僕の理解は間違ってるかい?」
ルークの問いかけにチューバッカは複雑な吠え声で応えた。ルークはいまだにこの友人の言葉を理解できないので、ハンが翻訳を務めた。
「間違ってないだとよ」
「よかった。実は最近見つけた書物の記述が古い言語で、これまでの戒律と違ったことが書かれていないか不安だったんだ」
「変わらんだろう、そういうルールは」
「まあ、大抵はね」
ルークはエールをもう一口飲み込んで喉を潤した。こうして炭酸の苦味が交じったアルコールを流し込むのは久しぶりのことだった。ジェダイだというと皆、どうしてだか茶を出してくれるのだ。別に嫌いではないので断る理由もなく、勧められるままに飲んでいるものだから、ジェダイだと知られた酒場ではなかなか酒を頼めなくなってきた。
「ずいぶん不自由そうだ。やめてうちのクルーに転職でもするか? うちの坊主は残念がるかもしれんが」
「よほど行き詰まったら考えるよ。それまでは憧れの伯父さんをやるさ」
それに僕にしか出来ない、と付け加えようとしてルークは口を噤んだ。ハンの目が眇められたせいだった。
「それで? お前は賛成なのか? レイアはお前に鍛えてもらうべきだと思ってるらしいが」
主語はなかったが、ベンのことだ。彼がその意見に反対であることは明らかだった。わからないほど鈍くもない。ルークは疑念を飲み込もうとする友人を少しの間見つめた。息子が成長したぶん、彼には老いの影が落ちている。レイアにしてもそうだが、髪に白いものが混じりつつあるのをどこか不思議に思った。
「正直なところ、わからないな。ただ、君が反対するなら、僕はやらないつもりだ」
「友情のために?」
「いいや。なにもジェダイだけが道じゃない――教えるつもりで教わったことだよ」
ルークはマンダロリアンに帰化した赤ん坊のことを思い浮かべた。最後に顔を合わせてから何年も経ったが、彼の人生の長さを思えば、まだ小さな赤ん坊には変わりないだろう。少しの手ほどきで、かつて聖堂で暮らした頃の感覚を多少は取り戻していったはずだが、彼がどのように成長し、フォースを使いこなしていくかは未知数だ。
「教えたかったと、後悔することはあるかもしれないが」
思わず零した言葉にハンが「おれの息子を?」と訝しむのでルークは唇で笑って瞼を伏せた。
「どうだろうな。少なくともレイアには思ったよ。彼女を鍛えたら、僕よりジェダイらしくなったかも」
「は! お世辞なら本人に言えばいいものを」
「君だから言うのさ、義兄弟」
それからグラスの残りを一気に呷ると、音も立てずに立ち上がった。
「ごちそうさま、景気がついたよ」
「元気じゃなくてか?」
「験担ぎではあるかもね。ケッセルランを12パーセクで抜けて、姫君を射止めた男の注いだ酒だ。ほら、ツキが回ってきそうだろ」
「そりゃどうも! ベンによろしくな」
「はいはい、承ったとも」
ひらひらと手を振って懐かしい船から降りると、自分のXウイングに向かうと、ウーキーと別れを惜しんでいたアストロメク・ドロイドが後ろから追いかけてくる。
「R2、置いていこうかと思ったよ」
からかいに相棒は慌てたように囀って返した。
「冗談だよ、酒が入っているからさ」
操縦は任せたと丸い頭を一撫でして、ルークはコックピットに飛び込むようにして身体を滑り込ませた。続いてジェットで飛び上がったR2‐D2がソケットにその身体を押し込んで、エンジンを起動させる。本当に操縦を丸ごと引き受けてくれるらしいので任せて、ルークはシートベルトを巻き付けながら深いため息を吐いた。酒気交じりの息になっている自覚はある。
「ハイパージャンプはしなくていい。のんびり行こう――一眠りさせてくれ」
承諾の返事を囀る声を聞きながら、瞼を下ろす。
ちかちかと光が瞬く瞼の裏に、ホロ越しの甥の顔が思い出された。「そろそろルーク伯父さんを追い越したかもね」と言ってのける甥っ子の手足は、前回会った時にはずいぶんすらりと伸びていた。育ち盛りなのだ。たしかに今日こそ追い抜かれているかもしれない。
ルークは通信越しにベンに向けた言葉を無意識に思い出してなぞった。
――会うのが楽しみだ」
それはいつだって、本当の気持ちだった。

時折、ルークはベンと二人だけでキャンプに出かけた。レイアの許可をとって、ジェダイの遺跡が残るアウター・リムの惑星たちを旅したのだ。時にはXウイングを港に預け、乗り合いのエアスピーダーを乗り継ぎ、誰でもない二人になって親子のふりをすることもあった。
ルークが髭を蓄えることにすっかり馴染み、ジェダイの弟子ではないにしろ、フォースの扱い方の手解きの段階がより本格的なものに変わりはじめても、二人の関係が節目を迎えることはなかった。彼の将来について、レイアとハンの意見は平行線を辿っていたからだ。
フォースの強さについては、その頃になってもまだ、ベンを越える子供に出会うことはなかった。ただ、かつてレイアやグローグーに教えたように、フォースに親しむ手ほどきをした何人かが、師事を申し出てくれるようになっていた。
それで一度は保留にしていたアカデミーの創立を真面目に検討するようになったある日のことだ。珍しくも、ハンも同席した夕食の場だった。ベンの誕生日を祝う席での雑談が、ひとつの引き金を引いた。
「十一人? 一気にか?」
ルークの語った近況をハンが聞き返すのに「もともと簡単な手ほどきをしていたんだ」と返しながら、ふと向けられる視線を追って、正面にいる甥の表情にぎょっとした。言葉より雄弁な眼差しが、自分を釘指しにするような鋭さで向けられていたからだ。ルークの表情に、ハンも隣の息子の表情に気がついた。
「ベン」と言葉を失ったルークの代わりにハンが驚いて息子を呼ぶと、ベンはすこしだけ表情を緩めた。それでも「手ほどきって、僕にも教えてくれたようなこと?」と鋭さの落ちた眼差しのまま尋ね返してきた。それで、この子はいつの間に声変りしたのだったかと、絞り出すような甥の低い声に驚きながらもルークは頷いた。
「そうだよ。接し方を知れば闇雲に怯えなくていいだろう」
「なら」とルークの驚きなどまるで見えていない様子でベンは続ける。「僕も弟子にして」
「おい、おれは許してない」
口を挟むハンに、ベンは煙たがるような顔を向けた。
「父さんの許しが? 僕ももうじき成人する。それこそ今日、またひとつ近づいた」
低い声は冷ややかで、どこか傲慢な響きがあった。
「ベン――」ルークは親子の間を取りなそうと穏やかな声で甥を呼んだ。けれども「いい機会では?」とそれを遮ったのは、ルークの隣に座るレイアだった。
驚いて妹を見れば、妹は青ざめていた。手を見れば、握りしめたその手は微かに震えている。ルークは思わずその震えを隠すように手を重ねて「どうしたんだ」と尋ねた。
「わからない? この子のフォースの強さは、導く誰かが必要だわ。そしてそれができるのは、あなたしかいない」
「母さんの言うとおり」
レイアの言葉に重ねて、ベンは静かに言った。
「ルーク、お願いだから連れていって。弟子にすると言って」
静かな言葉だが、重圧があった。フォースに彼の気持ちが伝搬して、皮膚を震えさせる重圧に変わっているのだ。苦しげに寄せられる眉根に、燃えるような瞳。周囲のフォースを力任せにねじ伏せている彼の衝動には、暗黒面に繋がる、その兆しがあった。
ハンにもわかるのだろう。言葉を失ったハンが、ちらりとこちらを見るのがわかった。これは何だと尋ねるその眼差しに、ルークは自分の眉根に皺が寄る自覚があった。ごくりと生つばを飲み込み、これまでのベンの眼差しを思い出した。自分を見つめるその眩さは、目の前の少年から感じられる薄暗い影より遥かに強く、暖かかった。その記憶を辿りながら、ルークは鋭い甥の視線に応える。見つめ返せば、鏡写しのようにベンの瞳が揺らいだ。だから頬が緩んだ。
――お前が、僕を信じてくれるのなら」
ルークは答えた。願うような言葉だったが、自分を奮い立たせる言葉でもあった。
だが、口にした以上、承諾以外の意味はない。
「信じるに決まってる!」とベンが答えたとたんに、張りつめるような重圧は緩んだ。
そしてテーブルの上のグラスたちが祝砲のように砕けて、その場は静まり返った。グラスの中身がテーブルの上に流れ落ち、滴り落ちる音だけがぱたぱたと響いた。
その惨状にようやく、ベンも自分の振る舞いを自覚したらしかった。青ざめていく甥っ子の表情に、ルークはとうとう笑い声をあげた。なにしろ誰も叱っていないのに、きちんと自分の振る舞いに自覚があるような子なのだ。恐れる事は何もない。先ほどまでの緊張感を手放して、安堵せずにはいられなかった。
「こうした失敗も、学びになるものだ」そう言ってルークは甥っ子の頭をかき撫でてやった。

それから甥と十一人の弟子を連れ、ルークは新しいジェダイ寺院を建てた。
新しいジェダイとなるべく集まった十二人の若者に、フォースとは、ジェダイとは、そして光と闇のバランスについてを教えながら、ルークは自分もフォースの探求を進めた。皆でライトセーバーを作り、剣技を磨き、皆で暮らす日々のなかで、ベンはめきめきと頭角を現した。型の模倣こそ及第点といったところだったが、剣を交わせば誰よりも臨機応変に対応できた。持ち前のフォースの強さと感性が力強い剣さばきを可能にするのだろう。感情的になると抑制を失いがちであることは、集団生活のなかでいよいよ露になっていたが、それもいずれは落ち着くものだとルークは考えていた。なぜなら甥を含めた弟子たちは教えをすっかり吸収して、皆ジェダイらしく育ち始めていた。
だからこそ、時折向けられる彼の眼差しを、影の落ちるその暗い虚を、まともに見つめ返すことをやめてしまった。それこそこのまま皆を導けるはずだと自惚れるほどに。
ファースト・オーダーが甥に接触していると、レイアからの忠告を受けとるまでは、それで保たれていたのだ――全てのバランスが。

◇◇◇

疑心が全てを変えた。信頼は壊れ、共和制は死に、掲げられた理想は砕けた。銀河のあちこちでそれが起きた――あらゆるところで、連鎖した。
ファースト・オーダーがかつての銀河帝国のように台頭するまで時間はかからなかった。元より帝国貨幣が価値を持たないようなアウター・リムの惑星などでは、共和制など最初から存在しなかったような扱いでもあった。新共和国はあっけなく潰えてしまった。
やがて未知領域を転々と彷徨うなかでもジェダイ・キラーの噂は流れてきたが、それが誰かは直感で悟れた。いよいよレイアの元には帰れないな、とだけルークは思った。信じて託された結果がこの様で、会わせる顔があるわけもない。それ以上のことは考えないようにした。
やがて放浪の末にたどり着いたオク=トーには、皮肉にも探していた時には見つからなかったジェダイの遺物が残っていた。ケアテイカーが守ってきた祭壇には書物が収められており、古い教えが記されているのは確かだった。
しかしそれを捲ったところで、自分の過ちを埋める方法が見つかるわけでもない。
フォースの力を借りて、ルークは打ち寄せる荒波の中へXウィングを沈めた。水圧を受け、自らの重みで落ちていく機体からフォースの手を離せば、不思議とかつて目にしたホログラム映像が頭をよぎった。
――助けて、オビ=ワン・ケノービ。
助けを求める妹の声は今でも鮮明に思い出せた。
フォースの冥界に触れれば、きっと彼は応えてくれると確信もあった。少し踏み出せばいいだけだ。フォースに触れ、心を開き、呼びかけるだけ。わかってはいた。
知恵がつき、経験を重ね、彼はずいぶんと臆病になっていた。恐れを知った――少なくとも当人にはその自覚があった。眠りから目覚め、自分を見つめる甥の表情に、その瞳に映る自分の表情に、たしかにそれがあったからだ。
いつまでも、恐れ知らずでいられたならよかった。

ルークは燃え落ちる寺院を見つめた時と同じように、海中に沈めた愛機をしばらく見つめた。それから、もう代わり映えのない波間の中に全てを置き去りにして、きびすを返した。長らく人間が訪れなかったからだろう。一歩ごとに靴底で削れた岩肌がぼろぼろと崩れていった。


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