無双軸(赤焔/ベレト未加入ルート)で、ベレトがクロードに拾われたあとの一幕。掌篇。
@Bombwooo
ベレトがクロードのもとへ迎え入れられてから、何日かが過ぎた。
最初のうちは、廊下へ出るだけで足が止まった。壁へ手をつき、呼吸を整え、また歩く。食事をとり、水を飲み、包帯を替えられ、寝台へ戻る。その繰り返しだったが、日を追うごとに壁に手を離して歩ける距離は伸びていった。
動けるようになってからは、夜に限って外へ出る役目を渡された。
表へ立たせられる立場ではないらしく、人目につきにくい道をあてがわれる。冷え込む夜気に身を沈めながら、見張り台の下を通り、街道の様子を見て戻る。やることは単純だった。見たものを覚え、持ち帰る。それだけでよかった。
戻るたび、クロードは机に向かっていた。
羊皮紙を何枚か重ね、そのうちの一枚へ視線を落としたまま、口を開く。
「どうだった」
「東の街道を通った荷車は二台。兵はついていない。見張りは四人。交代は二度」
「馬は」
「三頭。休ませてはいなかった」
彼は紙の端を指で押さえたまま、もう一枚めくる。
「ほかは」
「特にない」
「そうか、ありがとう」
そこで終わる。
彼は紙を揃え、机の隅へ寄せる。こちらもそれ以上は言わず、部屋を出た。拾われ、役目を渡され、それを果たしただけだった。利害が噛み合っているのなら、それで足りる。ベレトはそのまま受け取っていた。
ある夜、クロードのもとへ戻ると、彼は机の前にはいなかった。
窓のところに立ち、木枠へ手をかけたまま、外を見ている。部屋の灯りは絞られ、入り込む潮風が彼の影を薄く揺らしていた。机の上には紙が置かれていたが、開かれてはいない。
「戻ったのか」
「ああ」
クロードは振り向かないまま言った。
「どうだった」
「西の見張り台に三人。交代で増えたんじゃない。最初から立っていた。街道を通った馬は五頭。荷はない。火は昨日と同じ数だったが、置く場所が変わっていた」
それで終わりだった。だが、彼は窓のそばを離れない。
木枠へ置いた手も、そのままだった。
「……助かるよ」
外を見たまま、クロードが言う。
「こういうのは、利害が一致してる相手のほうが話が早い」
ベレトは返事をしなかった。
その言い方で片づくなら、それで済むはずだった。だが、今夜のクロードは机へ戻らない。報告を聞き終えても、紙を手に取らない。その立ち方が、さっき口にした言葉とうまく重ならなかった。
ベレトは窓のほうへと歩く。
クロードはようやくこちらを向いた。
何か言うのかと思ったが、言わない。窓枠へ置かれた手だけが、そのまま残っていた。
ベレトは窓枠に置かれた彼の手へ、自身の手を重ねた。冷えた指先に、思いのほか高い熱が伝わってくる。
押さえつけるほどの力はない。ただ、離れるつもりはないと伝えるように、静かに置くだけだった。
彼はすぐに窓の外へ視線をやった。
重ねた手は、払われなかった。
静かな部屋の中で、手の下にある温かさだけがはっきりしていた。
ベレトはもう半歩だけ身を寄せた。
急かすような動きではない。ただ、そこにいるとわかるぶんだけ、距離を縮めた。
彼の肩がわずかに揺れた。
窓の外へやった視線は戻らない。だが離れようとする気配が、手の下でじわりと動いた。
深い呼吸が聞こえたのち、身を返そうとしたクロードがベレトの肩にぶつかる。避けきれなかったぶんだけ身体が後ろへ流れた。倒れかけたところで、ベレトは両腕を掴む。引き寄せるのではなく、落ちるのを止めるように受けた。クロードはうつむいたまま動かず、振り払おうとした手にも、力はこもっていなかった。
そのまま、ベレトは手を離さなかった。離せば、そこで終わる気がした。