X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

幸福の融点

全体公開 神無三十一受け 3 17 3144文字
2026-05-14 16:54:06

カルみと もしもの話
シナリオネタバレあり

 

 神無の様子がいつもと違うことに縞斑が気がついたのは、家を訪れて間もなくのことだった。
 玄関まで出迎えにきたときの笑顔がぎこちなく、夕食を食べるときもどこか上の空で、今もぼんやりととなりに腰掛けたままアイスを頬張っている。
 スプーンを咥えたまま数分経っても動く気配のない彼を見て、これは何かあったに違いないと確信を持った縞斑は、そんな彼の顔を覗き込んで声を掛けた。

 「神無ちゃん、どうかした?」
 「わっ……な、なにが?」

 視線が絡んだ瞬間、神無の肩がわかりやすいほど大袈裟に跳ねる。
 けれどそのまま、瞳は逸らされない。おそらく、自分に対して怒っているわけではないのだろう。
 なおさら神無の不調の原因が分からなくなった縞斑は正直に今目にしたままの違和感を彼に伝えることにした。

 「いや……君がアイスを味わって食べないなんて珍しいなと思って」
 「えっ、あ……

 その言葉を聞いて、神無ははっと我に返った様子で手元を見下ろす。
 カップの中で僅かに溶けかけているバニラアイスを目にした神無は、おろおろと申し訳なさそうに眉を下げた。

 「ご、ごめん先輩、せっかく買ってもらったのに……
 「あぁいや、そこは別に気にしなくていいよ」

 このアイスは、縞斑が今日のお土産として持ち込んだものだ。
 人からの贈り物を上の空で食べてしまったことを気にする神無だったが、それはあくまで違和感に気がつくためのきっかけであっただけで怒っていないと縞斑は素直に伝えて顔を上げさせる。
 大好きな甘いものの味がわからなくなるほど、何か悩んでいることがあるのではないか。そう問い掛けるような視線を向ければ、しばらく躊躇うように目を泳がせていた神無が小さく口を開いた。

 「その……急にこんな話しても、意味わかんないかもしれないんだけど、」

 そう前置きをした神無はこくりと喉を鳴らすと、縞斑から視線を下げて俯いたままぽつりと言葉を続ける。

 「先輩って……刑事のとき、モテた?」
 「……それは…………確かに急だね」

 予想外の斜め上をいくその質問に少々面食らった縞斑だが、ちらりとこちらの様子を伺う神無が縞斑を茶化しているとはとても考えられない。
 これはきっと、彼がここまで悩んでいることに対するきっかけの疑問に過ぎないのだろう。そう納得した縞斑は、真剣にその問いに答えるべく口元に手を当てて考え込んだ。

 「うーん……いや、どうだろう。分からないな」
 「分からない……?」
 「うん。それどころじゃない期間が長過ぎたから、あんまり周囲の人間が俺に向ける評価なんて気にしてなかったし……
 「…………そう、だよな」

 相棒であった白瀬恭雅が行方をくらましたのは、刑事になって間もなくのことだった。
 妹である白瀬心を個人的に捜索していたことを咎められた彼は、協力していた縞斑のことを庇って刑事を辞めてしまったのである。
 あっという間に兄妹二人を失った縞斑は、彼らを探すことを最優先にして仕事をおざなりにしてきた。
 そんな中で職場内の自分に向けた視線から好意を汲み取る余裕などあるはずもなく、当然ながら縞斑にはその自覚はないらしい。
 それを聞いて納得した神無は、何度も自分の中に落とし込むように小さく頷いて顔を上げた。

 「……ごめん。急にこんなこと聞いて」
 「構わないけど……職場で俺のこと、誰かから聞いたの?」
 
 神無が唐突に縞斑の刑事時代のことを気にしたということは、きっと最近そのきっかけを職場で耳にしたのだろう。そう考えて問い掛ければ、神無は気まずそうに俯いてこくりとひとつ首を縦に振った。

 神無が警視庁内で縞斑狩魔の話を聞いたのは、給湯室に足を踏み入れる直前のことだった。
 偶然にも湯を補充しようと顔を出したタイミングで、他の部署に所属する女性らが話をしていることに気がついて足を止めたのだ。
 スパローという犯罪組織のリーダーとなった元刑事の縞斑について、警視庁内では話題に出してはいけないという暗黙の了解が存在する。
 だからきっと、あの言葉たちも話し相手以外に聞かせるつもりのなかったものなのだろう。そこに不運にも神無が通り掛かってしまっただけで。

 「……先輩のこと、好きだったって話してて」

 一方の女性は、縞斑に以前から恋心を抱いていたらしい。
 恋敵が多くて諦めてしまったけれど、こんな風に縞斑が警察組織を離れる前に伝えておけばよかったと後悔を零していたのだ。
 涙の僅かに滲むその声と、それを慰める同僚らしき女性らの声を聞いて、居た堪れなくなった神無はその場を逃げるように去ってしまったのである。

 「先輩はあのままドロ課にいたらモテたんだろうな、とか……事件が解決して、真面目に仕事するようになったらきっと……彼女ができて、結婚とか、して…………

 神無が縞斑と恋仲にあるのは、ひょっとすると彼がスパローに所属しているからかもしれない。
 そんな馬鹿みたいなことを考えて、それでも馬鹿なことだと一蹴できないまま、少しだけほっとしてしまった自分にどうしようもなく腹が立った。
 縞斑がスパローを選んだ道は決して明るいものではなかったのに、その選択を喜ぶなんてあってはならないのに。
 思い悩む神無の顔を覗いていた縞斑は、膝の上で握り締められていた彼の手を取ると、言葉を選びながらゆっくりと語り掛ける。

 「……刑事のままでも神無ちゃんのことを選んでた、なんて……不確かな未来を断言はできない」
 「っ、うん」
 「でも……俺が今、君と付き合ってることは決して揺るがない話だろ」

 縞斑の言葉に、神無がそろりと顔を上げた。
 不安げに揺れるその瞳に微かな光が灯ったことを確かめて、縞斑は穏やかな声色で言葉を続ける。

 「俺は君を心から愛してるし、そこに未練は後悔はひとつもないよ」
 「……、」
 「だから神無ちゃんは苦しまなくていいし、その女性や俺に気を遣わなくてもいいんだ」

 縞斑の言葉をゆっくりと時間を掛けて噛み砕いた神無は、やがて小さく頷いて眉を下げたまま笑った。

 「……ごめん、めんどくさくて」
 「いや?これって神無ちゃんが俺のことをものすごく好きだって話でしょ?十分嬉しいよ」
 「そう……かなぁ?」

 縞斑が離れてしまう未来を不安に思うのは、神無が縞斑のことを大切にしているからに他ならない。
 思い悩む神無のことを縞斑は好ましいと思いこそすれ、面倒くさいと感じたりはしていなかった。
 じっと縞斑の顔色を伺っていた神無の頭を撫でて額に口付ければ、ようやく彼が負の感情を持っていないことに確信を持った神無の表情が和らぐ。

 「ほら、アイス食べな」
 「うん……!」

 いつもの穏やかな空気に戻るようにそっと背中を押された神無は頷くと、いつの間にか溶けて液体になってしまったアイスカップを見下ろして今日一番の寂しげな顔を見せた。

 「溶けちゃった………………
 「ははは、冷やし直してあとで食べる?」
 「そうする……せっかく先輩が買ってくれたアイスだもん」

 コンビニで売っているようなありふれたアイスを宝物のように冷凍庫へしまいに行く神無を見送った縞斑は、そんな彼の考え方が好きなのだと笑みを浮かべる。

 「代わりにココアでも淹れようか」
 「いいの?!やったぁ!先輩の作るココア大好き!!」

 甘いものを求めていそいそとキッチンへ歩いていく神無の横顔を眺めた縞斑は、彼がいつもの調子を取り戻したことに安堵してその背を追うことにしたのだった。



 


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.