@scarlet_3980
「来週カントーに出張に行くんだが、良ければ食事でもどうだろう」
「アメジオ、こっちに来るの!? ぜひ会いたいです! お店調べるね!」
そんなメッセージのやりとりから早一週間、今日がその約束の日。アメジオは時間より早く待ち合わせ場所に着いていた。心なしか取引先へ向かう時よりも身嗜みが気になって、スマホロトムのインカメラを見てネクタイや襟や髪を確かめた。快晴の空の下の街角には、街路樹の葉擦れの音がよく耳に届くような穏やかな静けさがあった。
暫くして、ぱたぱたと近づく軽やかな足音に顔を上げると、待ち人がこちらに走って来るのが見えた。
「アメジオ! ごめん、待たせたね」
「リコ」
それほど長く待っていない、と返そうとしたのに。何故か、ひどく眩しいと感じてアメジオは言葉を切った。久しぶりに会ったリコは今やセキエイ学園の最終学年で、より成長したからなのだろうか。アメジオは謎の眩しさの原因を精査しようとリコを上から下までつぶさに見つめた。
ポシェットの明るい黄色が、よく知るリコの雰囲気を残していたが。いつも顔の両側に垂らされていた黒髪は編み込まれていて、頬から耳にかけての肌が露わになっている。紺色のロングジャケットはスーツ姿のアメジオと並んで違和感が少ないように選ばれたのだろうか。ブラウスは刺繍が施された大人びた雰囲気のもので、ボトムスはふんわりとした青いスカート。ふくらはぎの曲線からは急いで目を外した。靴は少し踵の高いもの。故に目線が近いのかもしれない。
「アメジオ、どうかした? ……わたしの格好、変だったかな」
「……いや」
自分はどんな顔をしていたのだろう。リコの形の良い眉が下がるのを見て、早く何か言わなければと焦る。
シルエットは見覚えのある学生服姿からそう遠くないのに、胸に迫るものを感じるのはどうしてか。思い違いでなければ、この格好はリコがこの時間のために用意したものなのだ。自分と会って食事をする時間のために。その気づきに、体の中に未知の感情が湧き上がり、口をついて出ていった。
「可愛らしいな、と……」
こんな言葉を使うのはきっと初めてだった。らしくもない言い方が気恥ずかしくて頬がかあっと熱を持つ。考え直せばいくらでも他に言い方はあったはずだ。よく似合っているだとか、コーディネートが上手だとか。
え、と零したリコを見下ろせば、見る見る間にその白い頬が薔薇色に染まっていく。一旦見開かれたあと、伏せられた空色の目が揺れていた。震える唇が、言葉を選んでいるのか開いて閉じてを繰り返し、やっとのことでかすれた声を発した。
「……光栄、です……」
恥じらうように俯くリコを見た瞬間、身体の内側に雷に打たれたような衝撃が奔った。耳の奥でざあざあと豪雨のような音がする。それが血流の音だと気づくのに、少し時間を要した。
アメジオはたった数分前のリコに会う前の自分がもはや思い出せない。もっと凪いだ、穏やかな思いで会うのを心待ちにしていたはずだった。それが今や、彼女を形作るひとつひとつが強風となって胸の奥底に吹き込んで、琴線を揺さぶってくる。内に膨れ上がり、吹き荒れる制御の効かない感情は、まるで自分の中に嵐が生じたようだった。
このあとの予定が頭から吹き飛ばされたように立ち尽くすアメジオの手を、リコが取る。
「……もう。そんなに見られたら穴が空いちゃうよ」
「……すまない、不躾だった」
「早速だけど、お店、行こっか」
「ああ」
手を引かれて歩き出したアメジオの胸中とは裏腹に、街にはのどかな晴天の日差しが降り注いでいた。