@tirichann
「月が綺麗だな」
本部からの帰り道、ヒュースは夜空を見上げて言った。間違いなく、日本でのその言葉の意味は知らないだろう。ヒュースはそういう洒落た言い回しより率直な言葉遣いを選びそうだし、そもそも私に気があるはずがない。近界民だろうがイケメンには変わりないので、簡単に口にしていれば面倒なことになる。C級隊員から人気があるのは有名な話だ。
「あんまりそれ人に言っちゃダメだよ」
「悪いことなのか?」
本当はその逆なのだが、ヒュースが無意味に愛想を振り撒くと考えれば悪いこととも言えるだろう。
「そんなとこ」
ヒュースは目の前の暗がりを見据え、「フン」と鼻を鳴らした。
「そもそもオレも簡単には言わない。月の綺麗さを共有したいと思うのは、お前くらいだ」
その瞬間、私の呼吸が止まった。ヒュースは間違いなく「月が綺麗ですね」の意味を知らない。でも、知らないながらに同じ意味にたどり着いている。先ほどの言葉の意味は、私が少なからず特別だという意味だろう。ヒュース自身も気付いていないこの想いに、私だけが気付いてしまった。これからヒュースと過ごしていく日々が少し怖く、楽しみでもある。