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Sweets Reset

全体公開 神無三十一受け 16 3575文字
2026-05-27 16:52:32

カルみと 可愛い写真の話
シナリオネタバレあり

 

 「あ、猫だ」

 パトロールの道中、細い路地の前でころんと転がる小さな毛玉に気がついた神無は足を止めた。
 となりを歩いていたディーノも足を止めると、くつろいでいる小さな命が驚かないように機体を静音モードに切り替える。

 「本当だ。可愛いですね」
 「なー!三毛猫だから女の子かな?」

 日向ぼっこをしているらしい彼女のそばにそっと腰を下ろした神無は、綺麗な茶と白と黒のマーブル模様を愛でるように撫でた。
 人慣れしている彼女の耳には切り込みが入っており、おそらくこのあたりで世話をされている地域猫なのだろうと分かる。

 「こんにちは、お嬢さん。なにか困ったことはありませんか?」
 「うにゃん」
 「あはは、返事した」

 手に擦り寄って喉を鳴らす人懐こい彼女に、神無の表情が自然と緩む。
 大切な相棒と可愛い小動物が戯れる癒しの空間に、ディーノもまた穏やかな気持ちで微笑んだ。
 ころんころんと機嫌良く寝返りを打つ彼女は、神無にひとしきりかゆいところを掻いてもらうと満足げに毛繕いを始める。
 そんな彼女を見守っていた神無は、ふと思いついた様子でスマートフォンを取り出すとカメラを起動した。

 「だらだら先輩にも送ってあげよっと」
 「じゃあ僕はアサギリに送ります」
 「あの二人にも癒しが必要だもんなー」
 
 ここには居ない元先輩にして恋人に、日々の癒しと近況報告も兼ねて神無は撮った写真を送信した。
 最近は互いの仕事が忙しくてなかなか会えていないため、少しでも元気にしていることが伝わればと二枚目の写真には猫と共に自分も映り込む。
 そうして写真を送信した神無たちが顔を上げた直後、二人の無線機に通報を知らせる電子音が届いた。
 それまで緩んでいた表情を引き締めて刑事の顔になった二人は、素早く顔を見合わせると立ち上がる。

 「ここから近い?」
 「はい。周辺の警察官の中では僕らが一番近いようです」
 「なら機捜が来るまで現場整理したほうがいいな……よし、行くぞディーノ」
 「はい、神無。ばいばい猫ちゃん」

 短いやり取りをして、ディーノは去り際に猫へと手を振った。
 そうして歩き去っていく神無たちの背を見送るように、毛繕いを終えた彼女はにゃあと元気な返事をして見せるのだった。

 ※
 
 「あー……つかれたぁ……

 ドロ課のロッカー室にて、周囲に誰もいないことを確かめた神無は深いため息を吐きながら装備を外していく。
 結局この日は猫と戯れたあと、通報に追われて休む暇もなく終業時間まで街を走り回ることになったのだ。
 大きな怪我をすることはなかったが、元々あまり体力のない神無は疲れきった様子でジャケットの土埃を軽く払う。
 このあとは甘いものでも買って帰宅しようと考えた神無は、ふとスマートフォンにメッセージがひとつ届いていることに気がついた。

 「あ、先輩から返事きてる」

 猫の写真を見て返事をしてくれたのだろう。そう考えて通知を確認した神無だが、そこにはただ一言『なにこれ』という淡白な文字が並んでいる。
 思ったよりさっぱりした返事だ。縞斑はあまり猫が好きではなかったのだろうか。小さく首を捻った神無は、トーク画面に移動することなくそのまま通知に返事を送る形でメッセージを打ち込む。

 『かわいいだろ?』
 『いや……俺はちょっと頷けないかな』

 間もなくメッセージが帰ってきた。
 いつもなら通知に気づくまでにかなりの時間を要する彼が、その日のうちに返事をするなんて珍しい。
 ぱちくりと目を瞬いた神無はしかし、どこかぎこちないその返答に首を傾げた。
 確か以前、家で一緒に時間を過ごしていたときに、癒しが欲しいから猫を飼いたいけれど、根無し草の現状でそんな無責任なことはできないから自室のルンバを愛でていると彼が話していた覚えがある。

 『三毛猫苦手だっけ?こんな可愛いのに』

 縞斑に限って毛皮の柄に選り好みをするとは考え難いが、思いつくような理由が見当たらず神無は試しにメッセージを送ってみた。
 すると、既読がついてから数分画面が沈黙する。メッセージを返す前に急な仕事が入ってしまったのだろうかと神無が画面を閉じようとしたそのとき、スマートフォンが再び小さく震えた。

 『神無ちゃんひょっとしてだけど』
 『送る画像間違えたんじゃないかな』

 「え?」

 きょとりと神無が首を傾げる。珍しく控えめな、こちらの様子を伺って気遣うようなメッセージだった。
 不思議に思った神無は通知から返事をしていたトーク画面を改めて開き直すと、会話の履歴を遡って昼間に送信した写真を探す。
 そうして彼の目に飛び込んできたのは、陽だまりに寝そべる猫の姿でも、そんな猫と共にカメラに収まる自分の姿でもなかった。

 「えっ」

 白いシーツの上で縞斑が眠っている写真。
 そうだ。これはたしか、少し前に縞斑が自宅へ泊まりにきたときに撮ったものである。
 仕事帰りにやってきた縞斑は疲れた様子だったが、何が何でも神無を補給しないと心がもたないと駄々をこねて体を重ねた。
 その後いつも通り神無の身を清めるところまで頑張ったらしい縞斑は、翌朝神無が目を覚ましてもぐっすり眠っていたのである。
 縞斑が自分より遅く起きるなんて珍しいと目を見張った当時の神無は、せっかくだからとその事後の余韻を残した色気のある寝顔をこっそりカメラに収めたのであった。

 「あっ、えっ」

 どうやら自分は、そんな秘蔵の写真を誤って縞斑本人に送りつけてしまったらしい。
 動揺した神無がその場で狼狽えていると、スマートフォンが着信画面へと切り替わって振動した。
 驚いてわたわたとスマートフォンでお手玉をした神無はやがて、おそるおそる通話を繋いで耳に押し当てる。

 「…………………はい」
 「もしもし、神無ちゃ」
 「あの、これ知らない」
 「え……いや、撮ったの神無ちゃんだよね」
 「ちがう、ぜんぜんちがうし知らない」
 「それはそれで問題だと思うけど……

 こんな無防備な顔を恋人以外の人間に見せたとなれば、それはそれで問題だろうと縞斑は小さく笑った。
 しかし、恋人の寝顔を隠し撮りしたことがバレてしまった神無はそんな大問題より目の前の一大事から逃れようと必死に首を横に振る。

 「け、消さないっ!消さないから!」
 「神無ちゃん、落ち着いて深呼吸しよっか」

 大事にとっておいた写真だが、本人に知られてしまったからには消さなければならないだろう。
 しかし、恋人の無防備な寝顔は神無にとって猫と同じかそれ以上に日々の疲れを癒す大切な写真だった。
 なんとしてもこの写真を手放すわけにはいかない。そう必死で抵抗する神無を見て、縞斑は一度落ち着くように声を掛ける。
 彼に宥められて一度息を深く吐いた神無は、改めてスマートフォンを握りしめるとおそるおそる口を開いた。

 「アサギリにハッキング頼まないで……!」
 「しないって。今みたいに誤送信しないなら別に持っててもいいよ」
 「……ほんと?」
 「ほんとほんと。まぁちょっと恥ずかしいけど」

 かくいう縞斑も、スマートフォンの中に神無の写真をいくつも保存している。
 それは神無が知っているものもあるが、ほとんどが彼の知らない寝顔や笑顔諸々である上に、万が一神無に見つかって削除したときのために別端末にバックアップしてある周到さだ。
 そんな中で神無のミスを咎めたりできないと優しい縞斑の思惑も知らず、すんすんと鼻を鳴らした神無は申し訳なさそうに今日あったことを打ち明ける。

 「……猫の写真送りたくて」
 「うん」
 「可愛かったから、でも間違えて」
 「そっかそっか」
 「……、」
 「じゃあ今度会ったときに猫の写真は見せて」
 「……うん」

 優しくフォローしてくれる縞斑のことがどうしようもなく居た堪れなくなって、こくりと頷いた神無はしょんぼりと落ち込んだ。
 そんな神無の様子が手に取るように分かる縞斑は、小さく笑うと慰めるように声を掛ける。

 「今仕事終わりでしょ?お疲れ様」
 「ありがと……
 「週末には時間が作れると思うから、また連絡するよ」
 「……うん、」
 
 頷いて通話を切った神無は、頭を抱えてその場で蹲った。もう先ほどのようなパニックは起こらないが、思い出すだけで顔から火が出そうである。
 どうか週末、彼に会うときはこの一件を忘れていますように。そう強く祈った神無はよろよろと警視庁を出ると、乗り込んだ自動車の行き先に最寄りのスイーツショップを打ち込んで力尽きるのだった。



 
 


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