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知りたい

全体公開 17 2819文字
2026-06-01 21:58:01

冒頭の『ふわふわ』【知りたくない】140字SSから膨らませたアメ→リコ/適当シチュで書きたいとこだけ、数年後のasg号を想定/2ページ目はおまけの重め矢印悪タイプリコちゃん

「リコの初恋の人って?」

 漏れ聞こえた会話は、ふわふわと甘い菓子のように夢見がちな内容だ。足がその場に釘付けにされたように動かせない。君の過去までも独占したい我儘さの前には、苦いだけの話だというのに。心と意見の食い違う耳は、続きを勝手に拾おうとする。俺の名前が出るはずなどないのに。
「憧れの人なら居たよ」
 無色透明なトーンの過去形が耳を通り抜けていき、胸の内に染みをつける。どうしたって敵わない相手が居ると分かるのは、こんなにも苦しいものなのか。

「居た、ってことは……?」
「ルシアスとか?」
「もういない人ってことじゃないよ! ルシアスは凄い人だとは思うけど、ひいひいおじいちゃんだし、恋愛対象じゃないよ」
「そりゃそうか」
「じゃあ、憧れがなくなったってこと?」

 矢継ぎ早の追求に、彼女はすぐに答えない。周囲の景色も音も何もかもが遠ざかる。この間にもどんな顔をしているのか、どんな答えを返すのか、思考も感覚もすべてが彼女の方へと向かっていく。

「憧れって、届かないと思ってるってことだから」

 大切な思いを打ち明けるような、密やかな響きだった。
「今は、その人に手が届きそうってこと?」
 リコの返答は聞こえなかった。無言で頷いたのだろうか。わあ、と熱の篭もる上擦った声が次々と上がる。
 ああ。彼女は今まさに、初恋のただ中にいるのか――その確信は血の味に似ていた。そして、己もまた、これほど想うのは後にも先にも彼女だけなのだ。だというのに。
 軽い足音にハッと顔を上げた。さらなる質問攻めをいなし、お喋りの輪を抜けたリコが目の前に現れ視線が合う。あ、と声を零し目を丸くする様子に、知らず握りしめていた拳を解いた。

「アメジオ……聞いてた?」
「聞こえてしまった。すまない」
「そっ、か。どこから?」
……君の、初恋の人の話から」
「全部聞いてたんだ……

 上目遣いにうるさく鳴り始める胸をなだめすかし、正直を装いつつ不可抗力だと嘘を吐いた。ままならない想いは、こうも己を卑怯者にする。
 リコは落ち着かなそうに瞬きし、顔を俯けた。手を体の後ろで組み、踵で所在なさげに床をコツリと打つ。恥ずかしげに淡く染まったその頬は一体どんな感触だろうか。それを知ることができるのは彼女の想う相手だけだ。
 初恋は実らないと言うが、彼女のそれは実れば良い。感情の芽を摘むように、この場を離れる旨を伝えようとした時だった。
 すう、と息を吸い込む音がした。決然と上がった眉、紅潮した頬がまっすぐに目に飛び込み、強い視線に捕らわれた。

「あのね、今は、その人がわたしのターゲットなの!」

 放たれた言葉が頭を揺らす。それは、かつて俺が君をそう呼んだ――今は、その人が? それはつまり……いや、何を期待しているんだ。でも仕方ないだろう、君がそんな目をこちらに向けるから。さざなみのように揺れる感情を乗せた目を。

「だから、必ず心を奪ってみせる」

 何を、期待して。

「覚悟してて!」

 息を忘れる。ここまで言われればいくら鈍くたってわかる。リコが想っているのはアメジオなのだと。憧れの人。今は手が届く人。心を奪いたい人なのだと。
 胸にわだかまる凝った空気を細く吐いた。こうも何度も揺さぶられたままなのは沽券に関わる。言い逃げしようと踵を返したリコの腕を掴んだ。その細さと肌の薄さに目眩がしそうだ。壁に押し付け腕の中に閉じ込めると小さな悲鳴が上がる。息がかかるような至近距離に怯んだか、睫毛が細かく震えていた。

「もうとっくに奪われている」
……え、」
「君が好きだ。リコ」
「っ、待って……

 リコは押さえられていない方の手でこちらの目を遮ろうとするが、耳も首も赤く染まっているのは隠しようもない。俺がそうさせたのだと思うと、目に焼き付けたいとさえ思う。

「アメジオ、本当に?」
「こんなことを冗談で言うとでも?」
……そう、だよね」
「勘違いしたくない。返事が欲しい」

 きっと今ほど必死になったことはない。
 男に詰め寄られて恐ろしいだろうに。震えながら、それでもリコはこちらを真っ直ぐ見上げて応えた。

「わたしも、あなたが好き、です」

 その思いをこそ知りたかったのだ。
 喜びやら安堵やらで崩れ落ちそうな心に任せ、リコを抱きしめた。あまりに細くて小さくて恐ろしくなるのに、強く触れたい思いに抗えない。身じろぐ君からの抗議は無い。はは、と笑いが漏れた。暫く振りに声を上げて笑った気がした。

「ターゲットが目の前に居るのにみすみす見逃そうとするなど、手ぬるいな」
「アメジオだって昔、そうしたくせに……
……では、似た者同士なんだろう。俺たちは」

 緊張が解けて緩んで口が軽くなっているのを自覚する。我ながら単純で、また笑えてくる。

「アメジオの初恋の人も教えてよ」
「俺は……最初は容易に手が届くと思っていた。でもそれは誤りで、いつも想像の上を行く強さを持っていて、憧れさえ抱くようになった」
……すごい大好きだったんだね」

 どこか硬い声、伏せた瞼に逸らした目、それらが知らせてくれる。君の悋気を。莫迦みたいに心が浮かれて止まない。恋というのはとんでもない。苦しさに胸が張り裂けるかと思えば、膨らみすぎてはち切れそうなほどの幸福もまたもたらすのだ。どこに立っているのかも分からなくなりそうで、しがみつくように腕の力を強めた。

「リコ、君のことだ」

 知ることができて、よかった。
 




 あなたはどうしてか、わたしへの想いを押し殺そうとする。わたしに負い目があるせいか、はたまた。
 見ていればわかるのに。そんなにわたしの事ばかり見て、近くに居ようとするのだから。

 いわゆる女子トークを聞かれていたらしい。わたしの話を一部始終。聞こえてしまったなんて嘘、結局は正直なのだから。それだけでももう、わたしが気になって仕方ないのだと白状したようなものだ。
 顔を下に向けつつ、こっそり上目に様子を窺った。心が解けて色々な表情を見せてもらえるようになった今では分かる。顔に陰を落とし、ほんの少しだけ、痛そうに眉を寄せて目を伏せて。きっとわたしに好きな人が居ると思っているんだ。
 この距離が苦しいと思うようになったのはいつからだろう。あなたと居るとき、もっと近くに寄りたいと、もっと長く話をしたいと思うのに、友情というラベルがその邪魔をする。
 踏み越えてしまいたさが、あのね、と口を開かせた。逸らされていた身体の向きをこちらへ引きつけたかった。続ける言葉を受けた、あなたの目に乗る期待と自制のグラデーションが愛おしい。その白い頬に色をつけられるのはわたしだけであってほしい。
 あなたに火をつけるのはわたしだけであれば良い。今までも、これからも。


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