@inu_no_house
体育祭の日
アナウンスが聞こえる。
2年、徒競走に出る人は門の前に集合だと。
今日何回目の集合だろうか。
言われるがまま頼まれるがまま引き受けていたら他の人と比べると結構な数の種目に出る羽目になってしまった。
自分たち2年の応援席から集合場所は真逆だから向かうだけでも体力を使っちまう。
でも3年の応援席の後ろを何度も通れるのは良かった。話しかけれないけど姿が見えるのは嬉しいからな。
あ、目が合った。
「おーい」
手をひらひらして俺を呼んでる。
呼ばれた事が嬉しくて足が軽くなった気がした。
隣に菩条先輩もいる。俺ももうちょっと早く産まれてこれたら良かったのに。
「鴨井先輩に菩条先輩」
「もしかして徒競走出んの〜?」
菩条先輩がチップスの袋開けながら聞いてくる。やべぇ、腹減ってきた。今日は間食してないし昼までまだ時間がある。腹減るとパフォーマンス落ちるんだよな。
「短距離は苦手なんすけど、いつの間にか決まってて……」
へぇ〜なんて言いながらチップスを摘んでる。
……腹減った。
ちらっと横を見るとニコニコしながら話を聞いてくれていた。嬉しい。
「二人は何に出るんすか」
「俺たちは玉入れだよ」
「玉入れ……」
「骨折対策となるべく動かない種目、って事でな」
詳しくはないが先輩はよく骨折するらしい。今日の競技の中で骨折するようなのはないと思うが、対策を取らないといけないほどなのか。俺は先輩の事を何も知らないんだな。
勝手に落ち込みかけていたらふと、握り拳が目の前に来た。
「頑張れよ、徒競走。応援してるからさ」
眩しいものを見るように目を細めた優しい笑顔。一瞬、心臓を掴まれたかと思った。こんな表情見た事なかったから。
知りたい。もっと、先輩のこと。
「あの」
ぎこちないグータッチをしたあと、気づいたら声が出てた。首を少し傾げながら相槌を打つ先輩に目が釘付けになる。
「1位取ったら、」
「出来立てのご飯食べさせて、くれませんか」
「……ん?」
今までニコニコしていた先輩が困惑の表情に変わった瞬間、ハッと我に返った。
……やっちまった。思ったことをそのまま言ってしまった。そんな顔をさせたかった訳じゃないが急に変なこと言ったらそうなるよな。
ヤバい。どうしたらいいんだ?あ、桃也が俺のこと探してるっぽい。そうだ、そもそも俺は門に行かなきゃなんで、あの、その、すんません!
腹が減ってた、それだけじゃない。
もっと知りたいと思った時、前に食いたいものあるか?と聞かれた事が脳裏をよぎったんだ。
あの時、そんなわがままは言えないと断ったが、本当は食いたいものというか、出来立てを食べたいと思った。
先輩の弁当は美味い。それはもうめちゃくちゃ美味い。これがもし、出来立ての熱々で食べれたらどれだけ幸せな事なんだろうか、と。
それに作ってる姿を見たい。きっとかっこいいんだろう。俺は料理なんて出来ないから、変な質問をしてまた困らせてしまうんだろう。
一緒に食いましょうなんて誘えないからいつも一人で食べてるけど、きっと一緒に食べれる。2人でいれる。そうしたらもっと先輩の事を知れる。
「探したぞこーたろ〜!順番変わって、お前が1番目に走ることになってただろ〜?!」
「悪い、忘れてた」
「てか100m走の前に走ってくんなよ!」
桃也に小突かれながら急いで列に入る。
確かに競争の前に走ったのは悪いと思うが、変な空気にさせてしまったあそこから逃げ出すには遅いくらいだった。
先輩はあの席から見てるんだろう。
応援、してくれると言っていた。
思わず言ってしまったあれは、出来たら気にしないでいてほしい。なんなら忘れて欲しい。
「ここで1位なん本か取っといたら優勝するの楽になるな〜。康太郎はもちろん、1位取れるっしょ?」
後ろから頼んだぞ〜!と桃也ががくがくと肩を持って揺らしてきた。変な緊張してたけど、和らいだ気がする。
一回、大きく息を吸って、吐く。
ご褒美があるならもちろん嬉しいけど、なくていい。
応援してくれるなら一番良いところを見ていて欲しい。
俺から目を離さないでいて欲しい。
見てもらうためにどうしたらいいか。
肩に置かれた手をトントンと叩いて、動き出した列に合わせて歩きだす。
「言われなくても1位しかねぇよ」