刃丹。喋ってるだけ。
二相楽園ver.4.2〜4.3の幕間にあったかもしれない会話の捏造です。自分に都合の良い幻覚。
自分を納得させるためだけに書きました。
※ver.4.3中盤までのネタバレあり そらそう
※全ては幻覚、自己解釈100%
@ch05hsr
「君が求めてやまない結末を、私が授けてあげる____あなたに相応しい、ちゃんとした『葬儀』をね」
丹恒は、爻光将軍の言葉の意味するところを正しく理解した。____「見逃してあげる」。
もっとちゃんと言えば、「この場で仙舟同盟の法に従った刑罰を執行せずに、不死の身が死を得るチャンスを許す」、という意味だ。
『決別を以て餞とす』
二相楽園を襲った一つの災厄を退け、所属の違う人間同士が互いに労いの言葉を交わした後。海原テレビタワーの屋上で、爻光・刃・丹恒の三人は刃の「葬儀」について話し合った。
____二相楽園の「絵の世界」の果て、そこに封印されている「貪欲」の抜け殻。全てを飲み込む其を利用して、刃が吸収した倏忽の血肉をその身ごと完全に葬り去る。
仙舟・玉殿の将軍たる爻光の提案はその実、仙舟の罪人である刃の処遇として決定事項であった。しかし刃の状況を鑑みると、最大限の配慮と言えよう。積もる話もあるでしょうから、と爻光将軍は姿を消し、あとには刃と丹恒だけがその場に残された。
夕陽の中、沈黙を破ったのは丹恒だった。
「……いいのか。さっきの話は……本当に、お前の望んだ解脱になるのか?お前は、本当にそれで____。」
男にとって、死が望みであることは知っている。それでも、問わずにはいられなかった。
刃は数歩進んで、先程戦場になったヘリポートとその向こうに広がる街並みを見下ろした。燃える蝋燭のような瞳はすっかり凪いでいた。
「ずっと、考えていた……」
掠れた吐露が風に乗って丹恒に届く。
「百冶だった応星は死んだ……しかし、未だにここにいる自分は、何なのかと……。」
千度刺し殺されて荒野で目覚めた時の絶望を、男はまだありありと思い出せる。以前のようには動かない両手。失われた復讐の手段。己の鍛えた武器がいつか憎き豊穣を殺すという夢は潰え、死にたくても死ねない身体に成り果てて彷徨う日々。
そこに垂らされた糸____運命の奴隷に約束された解脱だけが、唯一の救いだった。そのためだけに、今まで脚本に従ってきた。魔陰の症状に苛まれながら、星核ハンターの刃として、あらゆることをこなしてきた。飲月との追行、十の悪逆をなぞるような犯罪の数々さえも。
「これで良いのか、と問うたな。……多少急な訪れではあるが、死は、長らくの悲願だ。拒む理由など無い。」
むしろ、仙舟に連行され獄中で永遠の時を過ごすより、ずっと望ましい。
「ならば、せめて俺も同行しよう。最後までお前に付き合うと約束した。」
それは、羅浮の星核問題を解決した後日、鏡流による召集の果てに、鱗淵境の飲月像の前で交わした約束だった。
丹恒は、五騎士の交友とその結末を知ってしまってから、応星であった刃のことを、かつてのようには見れなくなっていた。さらにこの数日間、刃の側で彼を観察しながら過ごした今、刃がただ狂気に塗れた襲撃者だったとは、もうこれっぽっちも思えなかった。
振り返った刃が、口の端を僅かに歪める。彼の目が自身の頭の上、一対の角に留まっているのが分かる丹恒には、その視線がややむず痒い。
「……お前が、旧友だった者とは違うことには、薄々気付いていた。だが、魔陰の症状に蝕まれたこの身は、お前の中の飲月の力を前にしては平常を保てない……よく、分かっただろう」
刃のその言葉に、満願の流布した幸福文法に誘発されて正気を失い襲い掛かってくる姿、砕けた支離剣を自ら突き立てて自我を保とうとする姿が蘇る。
倏忽を宿し魔陰にも侵されている刃にとって、飲月という存在は近付くだけで刺激となり、発狂の引き金となる。
オンパロスでの丹楓との決別を経て丹恒の中で眠っていた不朽の力が、豊穣に近付くと再び活性化したのと同じように。
「……この『葬儀』は、不死身と化したこの身を憎き倏忽ごと葬ることの出来る、数少ない機会だ。贖罪に他人を巻き込むわけにはいかない。発作を起こして失敗するわけにもいかない。よってお前の同行は不要だ。」
「……だが……。」
くるりと向けられた背に、掛ける言葉が見つからない。尤もだということは分かっている。ただ、飲月という存在に刺激され苛烈な感情を剥き出しにさせられた刃ばかり見てきた丹恒にとっては、感情論を排除し最も効率的な選択肢を選ぶ様子に納得がいかない。最期ぐらい、何かあるのではないか。死の間際に、周囲や丹恒に求めることが、何か。
「だが……!過去の因縁を終わらせようとは言ったが、丹恒と刃だって、もはや他人ではないだろう。……本当に、俺に出来ることは無いのか?」
「駄目だ」と刃は重ねた。二度の同行願いへの、明確な拒否だった。こっちを見もしない背中に、滅茶苦茶な反論が思わず口をついて出る。
「……俺は、丹楓と同じ過ちは犯さない。」
「知っている。……お前は変わった。かつての友のように、その力を預けられる仲間と居場所を持ちながら、それを使おうとはしない。」
柵の下、ヘリポートには、倏忽と一体化した満願との戦いの痕跡が残っている。刃の左手と、丹恒の右手にも。
「それに、応星と丹楓が終ぞ成し得なかったことを、俺たちは成した。お前は……俺たちは、変わることが出来る。……惜しいな……。」
何が惜しいのか、丹恒にはよく分からなかった。なんなら、刃の求めていた代価さえも、よく分からないままだ。よく分からないということは、まだ決着が着いていないということだ。
そうして、刃が満足する決着が着かないままに突き付けた武器を下ろそうとしていることを、丹恒は唐突に理解した。
思わず一歩踏み出した丹恒を片手で制して、刃は一度だけ首を横に振った。
「お前は、爻光の卜占を前にして、運命は変えられると言ったな。……かつて運命の奴隷が俺に示した道もそうだった。
ならば、今がその時なのだろう。」
暮れかけた空と同じ、藍色の髪が靡いていた。見覚えのある耳飾りが覗き、緩んだ包帯が風を孕んで、見慣れた黒衣と赤いリボンがひらめく。
突き放されたような気持ちになるのは、この男から感情を向けられることに慣れてしまったからだった。丹恒はそれをちゃんと分かっていたので、少しだけ時間をかけて、胸を衝く痛みをゆっくりと飲み下した。
それから丹恒は、刃に並んで柵の前に立った。同じように目を細め、足下に残っている克服の証と、それから一時の平穏を取り戻した遠くの街並みを眺めた。
「……一人で、行くのか」
「まだ分からない」
「俺が飲月でなければ、同行を許したか」
「さてな」
なんとも雑な返答に、目線より少しだけ高い位置にある横顔を見上げた。心なしか、晴々としているようにも見える。
「これから死ぬ人間に、わざわざ付き合う必要も無い。自ら望んだものかどうかに関わらず、お前には、今の仲間と居場所がある……そうだろう、丹恒」
走馬灯のように、二人の間を過去が過ぎ去る。
悪夢の中の足音が、朧に掲げた盃が、打ち交わした武器が、ここ数日間ずっと隣で見ていた横顔に重なる。
それら全てを、港から流れ込んだ潮風が瞬きのうちに掻き消していった。
丹恒は、しっかりと頷いた。もう覚悟を決めた瞳をまっすぐに見つめ返して、胸を張って。
「ああ。星穹列車のナナシビトは、出自は違えど志を同じくする友であり、背中を預けられる仲間であり……今の俺にとっては、家族のようなものだ。」
____仮に。丹恒の星穹列車への乗車が、エリオの描く脚本に必要なことであり、刃に追い立てられるがまま選んだ逃げ場のない航路の結果だったとしても。
ナナシビトとして歩んできた道のりを、自身の開拓行路を、丹恒は決して後悔しないだろう。
「……家族、か。……良い、響きだ」
は、と小さく漏らした吐息はどちらのものだったか。
敵とも友とも言えぬ二人は、それきり言葉を交わさなかった。
最後の夕日が地平線に沈む頃、丹恒はそっとその場を後にした。振り返りはしなかった。
丹恒は、己に残された不朽の力が再び眠りにつくのを感じながら、先に列車で休んでいる仲間たちのことを想った。そして、波乱に満ちたこの世界の無事を祈り、死に向かう一人の男の明日を願った。
(終)