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見上げる一輪

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2026-06-09 01:24:35

ザメフェン / 本編後

Posted by @_nd8o


ザメニス×フェンリル

CP要素は薄め
アルカナ本編後の話



 ツンとした薬品のにおいに包まれながらザメニスの的確な処置を受ける。今日負った傷はすこしばかり深く、とはいえこのくらいもう慣れてしまっているから、メディカルルームの椅子に腰かけながら淡々と治療を進めるザメニスの手元をぼんやりと目で追っていた。
 ふと、その指先が手袋越しに傷へ触れる。わき腹のあたり、いちばん深く、皮膚がえぐれたところ。さすがに痛みを感じて反射で腹を引っ込めるように身体を折る。ザメニスは謝るどころか悪いと思っているようなそぶりも見せず、ただ興味深そうにその傷口を覗き込んだ。こいつらしい。

「派手にやられたな。よく見せろ」
「おまえ……、っ、」
「痛むか」
……すこしな」

 すり、と傷口のふちをやわく撫でていく指先。触診だと言ってきかない彼はあらゆる症例に興味があるようで、知らないことを知ろうとするのが性分なのだろうが、やはり必ず治すのだという意志を強く感じる。この年齢で末恐ろしいほどの頭脳と知識。味方にいるぶんには非常に心強い。
 本当はかなり痛みが走ったが、素直に言うのも違う気がして、取ってつけたような強がりに詰めた息をゆっくりと落としていく。
 傷口に垂らされたのは、部屋に染みついたそれとはまた違うにおいのする液体だった。自分では理解の及ばない領域。薬品の類にはそこまで詳しくはないが、悪いようにはされないという一種の信頼ならある。ザメニスが使うものだから、きっとこれで良くなるのだろうと。だから俺は口を挟まなかった。
 垂れ落ちた薬品を吸うようにガーゼが当てられ、そのまま、乾いてこびりついた血をやさしく拭うように何度か同じことを繰り返す。とんとんと拭きとられたあと、傷口にべつの清潔なガーゼが被さり、サージカルテープで器用に固定された。よし、とちいさく声を上げたザメニスの視線が、ゆるりと動いたあと、膝に置いていた俺の手の甲で止まった。

……ふ。ここもだな」

 かすかに笑ったような音、やわらかな声色。なにかがほどけたように、やたらと年相応な表情を浮かべてザメニスが取り出したのは、一般的ないわゆる絆創膏だった。
 なにが原因かも覚えていない、ほんのかすり傷。それが新しい傷だということだけは確かで、ザメニスがそこを見るまで自分でも気がつかなかったほどのちいさな傷だ。ぺたり。しわひとつなく丁寧に貼られた無粋なそれが、なぜだか愛おしいような気がした。まるでこいつの中にあるやさしさを、正しさを、具現化したもののようで。

……助かった」
「当然のことをしたまでだ。死なれたら困るからな」

 ただ俺を生かすためなら、きっとこの手の甲の傷なんて目に入らない。もういつもの表情に戻っているザメニスの顔を思わずじっと見つめた。ザメニスは視線に気づいたあと眉を寄せ、なんだ、と語気を強める。
 無意識だ。子ども扱いしてやろうとか、断じてそういう感情ではない。伸ばした手のひらを、自分より高いところにある頭にのせる。そのままぽんぽんと軽く撫でたところで、あ、やってしまったと思考が止まる。ああ、なぜだろう、とにかくそうしたくなってしまったのだ。
 む、と口角を下げたザメニスは、ゆるく俺の手を払うとすかさず文句を垂れてくる。

「子ども扱いはやめろ」
「あ、いや……すまない。そういうつもりはなかったんだが」
「はぁ……治療は以上だ。僕は部屋に戻る」

 もっと強く払われても、むしろ叩かれたっておかしくはなかったが、ほんのすこしでも傷のある手に乱暴なことはできなかったのだろう。彼なりの配慮にどうしても頬がゆるむ。致命傷とはほど遠いかすり傷。きっと数日経てば跡すら消え去って、俺も、ザメニスも、すぐに忘れていくようなもの。
 扉が閉まる直前、ありがとう、と投げかければ、ザメニスは案外やわらかい視線だけ寄越してメディカルルームをあとにした。


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