◼︎福島光忠と清光と乱が薔薇の愛を彼女へ贈る話です。
福ちゃんという刀を好きになってもらえるようなお話しに仕上がったと思います。
◼︎単体で読めますが、前作「光忠兄弟と薔薇の愛」の設定も出てきます。
前作→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25603129
@fu_re_re_ra
《ユートピアと俺たちの薔薇姫へ》
無農薬の薔薇を蒸留窯で水と蒸留すると、飲用にも向くローズウォーター、そしてエッセンシャルオイルができる。
この本丸では霊力過多の主人のおかげで農作物は常に豊穣、おかげで兵糧に加えて穀物や果実で酒の調達にも困らない。
それでもなお溢れる霊力を桜の霊木に吸わせているが、鍛刀を行わない時期にはそれでもなお霊力が余る。
余り過ぎた霊力が凝ると主を蝕んでしまう。そこで桜に次いで霊力消費が大きいバラ科の植物を畑当番の皆で栽培して消費しているのだ。その一つが苺のビニールハウス栽培、そしてもう一つが、最初は小さな庭園から始めた、福島光忠の薔薇園だった。
「彼女の霊力のおかげで、普通に育てるのの何倍も早く育つからな。摘んでも摘んでも追いつかないぐらいなんだ」
いつの間にかすっかり大規模になってしまった薔薇園を眺めて、日本号が愉快そうに肘を福島の肩に置いて笑った。
「こりゃ、バラ育ててるっつーより、もう薔薇農家って言った方が近いんじゃねーか?」
「ははは! そうかもしれないね」
咲き誇る薔薇は今日も豊かだ。
真紅、ローズピンク、橙、黄、白と、色とりどりに咲き乱れては競うように花開いていく。
そんな中、不意にその日庭園を訪れたのは、加州清光と乱藤四郎だった。
たとえば、主人の枕元に置くポプリを作りたいと時折薔薇を貰いにくる香り番長の堀川国広でも、手を替え品を替え驚きの材料にとやって来る驚き番長の鶴丸国永でもない。
そんな珍しい客に、福島は少し意外に思いながらも彼らを快く迎え入れた。
「ねえ福島。最近無農薬の薔薇育ててるって聞いたんだけど」
「ん? ああ、ほら、鶴さんが彼女を薔薇風呂で驚かせたいっていうもんだからさ。肌に触れるものなら無農薬じゃないとって、いろいろ調べて工夫してみたんだ。やっと安定してたくさん咲くようになったところで…」
「じゃあ!じゃあさ! こーゆーの、こーゆーの作れないかな!?」
加州清光と乱藤四郎が、タブレット端末を掲げながら、妙に必死に福島に詰め寄った。
そこに書かれていたのは、ローズウォーターとエッセンシャルオイルについてだった。
「へえ、薔薇を蒸留して作る薔薇水か」
「女の子に人気の化粧水でさ。手間は掛かるけどうまく作れたら」
加州清光が握り拳をぐぐっと震わせながら力説した。
「俺、初めて現世のあるじの家行った時まじで愕然としたからね。あるじってば髪に香油どころかリンスひとつコンディショナーひとつ無くて、化粧水なんかドラッグストアの激安の業務用をまとめ買いしてそれで終わりだよ!? 保湿クリームもボディローションもネイルもヘアスプレーもなくて、ほんと、ほんっっっとなんもなくて!!可愛い女の子なのに!!」
いくらなんでも、自分のこと大事にしなさすぎじゃない!?
俺には何でも値段見ないでぽんって買ってくれるのに、あるじに使って貰おうと思ってこれ買おって言うとぜんっぜん買ってくれないし!
だから、俺とお揃いしよってねだったり
使って飽きたとか適当な理由つけて押し付けてみたり、あれこれやってみたんだけど
最近は俺に買う時「何でも買ってあげるから、今度は自分で最後まで使えるのにしてね」って言質取られちゃってそれも上手くいかないしで!!!
「でも、ほら、歌仙が仕立てた浴衣とか、小物とか、俺たちが自分で作ったプレゼントは最近受け取ってくれるじゃん!? もうこうなったら自分で作るしかないって思って」
「なるほどなあ、それで」
福島は掲げられたタブレットを興味深そうにスクロールしながらじっくり読み込んだ。
「へえ、飲用にも向くのか。知らなかったな」
「サイダーとかお酒で割ると美味しいって言うよね」
「酒か……あれば光忠がバーで使うかもなあ。俺は飲まないけど、号ちゃん、気に入ってくれるかな」
うん、うん、と頭の中でイメージを纏めるように、数度頷いた福島光忠は、やがて清光と乱を振り返り、穏やかで優しげに微笑んだ。
「うん、やってみよう」
「やった!ありがと、俺たちもできるだけ手伝うから!」
これまで福島は、薔薇はあくまで贈るイメージを持っていたが
調べてみれば、食用薔薇の用途は、以外にも多岐に渡る。
試作品を作る過程で、せっかくだからと色々試してみることにした。
こっちは薔薇茶。薔薇の花を浮かべたハーブティー。香りが華やかだ。
これは薔薇餡の和菓子。
食用薔薇の花弁を砂糖で煮てローズジャムを作り
それを白餡に練り込んで作る薔薇餡は、香りの華やかな和菓子だ。
歌仙兼定がさっそく茶会で出したいと喜んでくれたらしい。
これは薔薇のリキュール。
食用薔薇の花弁をアルコールに浸けて作るが、華やかな香りに反して味は花の蜜やフルーツを思わせるさっぱりとした味わいらしい。そう光忠が言っていた。乱たち甘いものが好きな子たちに人気だそうだ。
今日も朝摘みの薔薇を収穫しながら、福島は額を拭って、晴れやかな青空を見上げた。
主人の霊力で常に安定した気候、豊かな土壌、降り注ぐ太陽。
どれだけ収穫しても尽きる気配の無い田畑。
豊かな農作物は、この上ない贅沢の一つだと、この本丸に居るような古き時代を知る刀たちは皆知っている。
容易く飢饉が訪れないし、死体が道に転がらないから疫病も流行らない。
こういう世界では国が割れず、故に戦乱が発生しない。
戦が起きないということは、つまり自分たち刀は寝てばかりの金食い虫であるということだ。
それが、泰平であるということだった。そんなふうに自分たちの出番が無い場所をこそ、そこで花咲く無辜の人々の笑顔をこそ。
それでも刀剣男士として血みどろの泥沼戦に立つような者らは皆愛していた。
だからこの小さな箱庭は、外で今も戦が繰り広げられていることを知っていたとしても、一種の理想郷に見えて仕方が無い。
ユートピア、とは。本来は『どこにもない』という意味だそうだ。
ならば、必ずしも直接食べるわけでもない、腹持ちが良いわけでもない、手間ばかり掛かる薔薇を育てて贈り物を作る、など。
こんな贅沢でまぶしく平和なことはないと福島は思う。
こうしていると、戦の地平にどれほど立っても
その先にあるはずの何かを見失わずに済む。
ね、あるじ。サプライズがあるよ。
そう、ワクワクした笑顔でエスコートする加州清光に手を引かれて、その素敵な朝は始まった。
最初は鶴丸が始めた、彼女を驚かせるためのあふれるような薔薇風呂は、いつの間にか本丸の風物詩になった。
薔薇の香油を混ぜて薔薇の形にした石鹸で身体を洗い、そうして朝湯から上がると、みんなで作った薔薇の化粧水が待っていて
それを全身に付けると、薔薇の香りが全身から立ち昇るかのようで
次いで短刀の乱が濡れた髪を丁寧に乾かしてやり、薔薇水のヘアウォーターをかけて編み込んでやれば、あっという間に可愛らしいお姫様の出来上がりだ。
薔薇のエッセンシャルオイルを混ぜた蜜蝋のバーユで両手を丁寧に保湿されて送り出されて
仕上げには、湯上がりに置かれた薔薇水のサイダーと、薔薇のジャムの紅茶とトースト。
フラワーアレンジした薔薇を飾られたテーブルで、福島が待っている。
今日は福島光忠がもてなし役の薔薇の茶会だった。
薔薇のお姫様へ、と。
終始びっくりして目を丸くするばかりだった彼女から、不意に。
ぽろ、と涙が、こぼれ落ちた。
横でエスコートしていた加州と乱が慌てる。
「え、え!?」
意味もなく周囲をぐるぐるして慌てふためく。
きっとこんな大袈裟だって笑って、その後とろけるように幸せそうにお礼を言ってくれると思っていたのに。
「ど、どうしたの!? やだった?」
「うんん、うんん、ちがうの、ただ、」
ただ、嬉しくて、なんだか
なんだか、すごく、懐かしくて
福島は知っている。まだ幼い彼女を愛してくれた曽祖父が贈ってくれた薔薇のこと。毎年彼女の誕生日に咲くようにと言祝いで植えてくれた一季咲きの花。
三歳になる前に天国へ旅立ってしまった曽祖父の薔薇を、無惨にも踏み躙られてしまった過酷な彼女の生い立ち。
愛してるって、言われてる錯覚を起こす、と言っていた。
薔薇は、彼女の中で。
踏み躙られた、与えられるはずだった愛情の象徴だ。
ああ、そうか。伝わったのか。
少し大仰なぐらいのサプライズは、思いがけずこの本丸の誰もが一番伝えたかったことを伝えてくれたらしい。
愛されてるんだ、と伝わったから
それで、涙が出たのだ。
だから、加州と乱が発案したこの贈り物は
望外の成果で、皆の愛を彼女へ伝えたのだ。
「…り、がと…」
ぼろぼろとしゃくりあげながら、彼女がくしゃりと笑み崩れた。
「わたしも、みんなが、だいすき…!」
華やかな薔薇に包まれた
香り立つような俺たちの薔薇のお姫様へ
きみが作ったこの優しい泰平が
きみにとって優しいものであるように
福島はただ優しく目を細めて跪き
あえて少し気取ったふうに薔薇の花を一輪贈ってみせて
ぱちんと贈ったウインクの代わりに、彼女から
宝物のように得難い、まぶしい笑顔を貰った。
それが、自分たちが泥沼を戦い続ける
いっとうまぶしい理由の一つだった。
《俺たちの薔薇姫へ》
戦うことが嫌なわけではないけれど
戦より薔薇を育てて土を触っている方が好きな自分のことは、刀剣男士としていささか後ろめたく思っていた。
けれど、この本丸では不思議と
それを苦しく思うことがない。
この本丸の仲間たちは皆、福島の薔薇を戦の最中にも必要なものであるかのように扱ってくれる。主の霊力過多を和らげるのに薔薇が有効だと判明してからは尚更だった。
戦う以外のことがしてみたかったと
誇らしげに笑う光忠の気持ちが、今ならわかる。
大輪の薔薇が咲くようなこの笑顔が
この国の遠い未来に一つでも多く咲くように。
いつか折れるその日が来た時に
焼ける瞼の裏に福島は、それを夢見て眠りたいのだ。