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伊雑 6月2週目のお題メーカーまとめ

全体公開 1 3212文字
2026-06-15 22:33:10
Posted by @dodorapo

6/7「種まき/馬小屋」
「お前が、馬の種付け体験に?!」
 絶対にやめとけ、と言いたい雑渡。嫌な予感しかしない。しかし善法寺は目をキラキラさせて言った。好奇心という衣を纏った恋人はいつにも増して可愛らしい。
「馬のからだ、じっくり見たことないんです」
「分かった。私も一緒に行こう」
 雑渡は意を決して許可した。別に許可は求められてないのだが。
 不運は善法寺ではなく雑渡に発動した。馬小屋の中、文字通り馬乗りになられて馬に乗っかられる雑渡に、善法寺の性癖が壊れたのはまた別の話である。


6/8「継承/鮮やかな/本屋」
 不運ッていうのは最初の石ころみたいなもので、転がる道すがらで幸運という宝石が顔を出すことがあるのかも。手沢でつやつやの一枚板のレジカウンター兼テーブルは、今までこの店は、ここで愛されてきたと言っていた。商店街の真ん中、古い書店を事業継承することになったのは、おじいさん店主に万引きを疑われたことがきっかけだ。誓って言うが彼は悪くない。風も揺れもないのに、棚の天辺から落ちてきた本が、ぼくのカバンに入ってしまったのだ。荒い画質の防犯カメラにその様子が映っていて、平謝りされたものの、バイトの面接に遅れてしまい、ぼくは食っていく手立てを失った。
 店主はそれをどこからか聞きつけて、暫く雇われ店長をしてくれないか、と頼むのだ。身体の調子も悪いし、というのは嘘ではなさそうだった。通院のため営業時間は午後から、という日が週2回あるのは元から知っていたし、身の回りの世話もさせてもらえるなら、ということで職と、住処を手にした。一階奥には使っていない居住スペースがあって、おじいさんは商店街の外の息子の家に住んでいる。そしてぼくは鮮やかなサクセスストーリーを駆け抜けたわけでは、勿論ない。経営などしたことがなかったからだ。在庫の山と確定申告の両方と戦うのは無理だと思ったとき、古い絵本を求めてやって来た税理士さんと出会うまで。彼の名前は雑渡昆奈門といった。ぼくの、本格的な幸運はここから幕を開けた。


6/9「ナンテン/交番」「囚われる」
 まだ11月だっていうのに交番の入口にはナンテンが飾ってあった。善法寺が勤める地域は、高齢者が多い。そして何人もの生活の安全を未然に守っている。そんな彼だが、ここ数日はとみに不運だった。フェラーリが突ッ込んで交番の壁が壊れたり、工事用のロープが垂れ落ちてきて突風に巻き上げられて、あられもない姿に縛られたり、そりゃァ可哀想だった。あの子は不運に囚えられているよ。町内会長の心配げな言葉を皮切りに善法寺の不運は説得力をまして広まった。
 それで差し入れられたのが魔除けの品である。招き猫やナンテン果ては鰯の頭まで縁起のいいものが全部揃って最後は土砂崩れが起きた。
 上司の雑渡は困惑しながら善法寺を掘り出して「お前、一緒にお祓いに行こっかァ」と同情で声をかけた。これをきっかけにふたりがお付き合いを始めたのだから人生とは分からないものだ。


6/10「ハンカチ/置き去る」「大切なものをひとつ失う」
 大切なものをひとつ失う。雑渡にとって幸いだったのは、それが、最も大切ものではなかった事だろう。昔、公務中の事故で大怪我をした時、何度も訪ねてきてくれた、部下の息子が、涙をこらえた笑顔で渡した小さな手紙。誰にも読ませたことはない。それは闘病中の、そして日々の拠り所だった。私も警察官になる、と力強い、可愛らしい眉を上げて、丸い目で見上げる子供はその後、宣言通りの職に就くことはなかった。
 運命とは数奇なものであり、彼もまたその中で生きているからだ。雑渡は犯人ともつれ合ったあたりの植え込みを何度も探した。このあたりに放り出されたに違いない。大切な思い出が置き去られ、胸の中で泣き声を上げているようだった。
「雑渡部長?」
「善法寺」
 珍しく狼狽えた様子の上司に、善法寺は不思議に思った。なんだか泣きそうにも見える。
「何がありましたか」
「なくし物を
 思いの外、縋るような声が出て雑渡は赤面し、汗を拭うフリをして、ハンカチで顔を隠したが、目元は染まり丸わかりだ。取り繕うように続ける。
「手紙なんだけど」
 善法寺はいつもは厳しい上司の、寄る辺ない表情に暫し思考が固まったが、胸ポケットから小さなパケを取り出して見せた。
「それって、これのことですか?」
「あそれだ」
 奪い取るように受け取り無意識のうちに胸元に抱く。
「大事なものをシャブみたいな袋に入れないほうがいいですよ」
 善法寺の尤もな意見に雑渡は気まずそうだ。そんな雑渡を見て助け舟が出された。
「これに入ってると重要な感じがしますよね」
「ウン、そうなの
 助け舟に乗っかって雑渡はお茶目に言った。これがきっかけでふたりがお付き合いを始めたのは言うまでもない。


6/11 「ウニ/ねこじゃらし」「意外と早く帰ってきた」
「意外と早く帰ってきたね」
 色んな草に塗れて帰ってきた恋人を、雑渡は迎え入れた。善法寺は、明るい室内に入って、ワァと声を上げてまた出ていった。暗い夜道を帰ってきて、初めて自分の体についたものに気が付いたからだ。玄関の外で、ねこじゃらし、タンポポの綿毛、天道虫を払って、もう一度帰宅。ただいまの代わりにとろけそうな笑顔で雑渡に言った。
「ウニが1パック解凍されてるから!」
 ……。沈黙がその場を、夏のプールのように満たした。
「その事について悪いニュースと良いニュースがあるよ」
「えッ」
「聞いたほうが良いよ。早く気持ちがラクになるから」
「良いニュースからでもいいですか」
「冷蔵庫が新しくなった」
「悪いニュースは
「ウニ、5パック全部解凍されちゃったよ。良い肉も」
「ぼくの毎週末のお楽しみが
 雑渡はウインクしながら言った。キッチンの影から出てきた彼は善法寺のエプロンを着けていた。
「だから明日はお客さんを読んでパーティだから」
 善法寺は悲しそうな顔をやめて、嬉しそうな表情に戻った。因みに次の日はキッチンテーブルが壊れた。


6/12「金木犀/案山子」「入れ替わる」
 案山子が、雀を追い払うでもなく止まり木として突ッ立っている。雑渡は、ぼおっと空を見上げて考えていた。

 お前と私の立場が入れ替わったら、と暇に任せて考える。どうだろう。忍び組頭の善法寺伊作。不運で、優しくて、今のままなら無理だろう。だけど意外と、三六歳くらいになれば、実力が不運を上回るのではないだろうか?
 場数を踏んだ大人の伊作くんを想像する。そして十五の私はどうだろう。まだ火傷もない、肌の綺麗で髪もたっぷりとあって、今より馬鹿で高慢だ。彼は私を愛するだろうか。愛したとして今と同じ愛だろうか。私は、彼に惚れるだろうか?きっと好きになる。私な持っていないものを持っている、光のような男。そんな男が歳上で、落ち着いた所作で私に語りかけたらどうなるだろう?想像がつく。きっと惚れる。私は元来歳上好みだ。
 子供だけれどそれは、伊作くんだから好きなのだ。金木犀がポロポロ落ちる裏庭で考える雑渡はいつの間にか眠っていた。大人になった善法寺と、若い雑渡が、彼の夢の中で一時の出会いを果たすが、所詮は夢で起きた頃にはスッカリ忘れていた。


6/13「夢か現か曖昧なまま」
 潰れた人肉の腐った臭い。ぼくは忍ではないから痕跡を遺して死ねる。そしたらきっとあの人は、ぼくを見つけるだろう。なんにも見えない目の奥で焼き付いた火薬の閃光が燃える。雑渡さんの声が聞こえる。ぼくたちは多分最期の口付けを交わした。夢か現か曖昧なまま。


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