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どんな空でも、ふたり一緒なら

全体公開 ヌヴィリオ 2194文字
2026-06-16 21:30:43

雨の中、寄り添い歩くヌヴィリオのお話

Posted by @otroom0v0

 頬や肩に雫が落ちて、ふと空を見上げる。先程まで晴れていたはずが、いつの間にか雲に覆われていた。降り始めた雨は次第に勢いを増して、さらさらと煙る。ヌヴィレットは思わず足を止め、そのあたたかい慈雨を心地よく浴びた。すると、周囲の人々が忙しなく走り始める。
「急に降ってきやがった、クソッ」
「あらやだ、洗濯物を干してるのに!」
 道行く人々は、雨を忌避するように駆けていく。その様子に吐息を漏らすと、ヌヴィレットは再び歩き始めた。そんな時、不意に影が差し、雨が止む。
「ごきげんよう、ヌヴィレットさん」
 足を止めて振り向けば、穏やかに微笑んだリオセスリが、傘をさしかけてくれていた。彼の黒髪はわずかに濡れて、雫を落としている。
……リオセスリ殿、何故ここに?」
「カフェで過ごしていたら、急に雨が降り始めてな。慌てて傘を買いに行ったら、あんたが雨に濡れて歩いてるもんだから、驚いたよ」
 そう言った後、彼が気遣うように様子をうかがってくる。
「余計なお世話だったかい?」
「いや、そんなことはない。君の心遣いに感謝している」
 わずかに微笑んでみせれば「ならよかった」と彼が表情を緩めて歩き始める。ひとつの傘に収まって並び歩くのは、初めての経験だった。しかし、互いに体格がよく、傘の大きさに見合わない。はみ出た肩や腕が、次第に濡れていくのを感じた。そうしていると、リオセスリが傘をヌヴィレットの方に寄せてくる。
「君が濡れてしまうぞ」
 指摘すれば、彼が爽やかに笑った。
「最高審判官様を濡らしたら、罪に問われちまう」
「そんな些細なことで訴えたりしない」
 本心を告げたつもりが、何故かまた笑われた。
「俺がそうしたいんだよ。ヌヴィレットさんは雨が好きかもしれないが、誰もがそう思うわけじゃない。あんたの体裁を守るため……そう思ってくれて構わない」
 断りにくい言い回しをするところが、彼らしい。肯定の代わりに沈黙を選び、しばし共に歩いた。降りしきる雨が傘を叩き、心地よく響く。その音に耳を傾けていると、リオセスリが「なぁ」と呼び掛けてくる。
「パレ・メルモニアまで送ろうか?」
「リフトまでで構わない。君にも用事があるだろう」
「息抜きをしに来ただけさ。遠慮しなくていい」
「そういうつもりでは……
 何気なくリオセスリの方を向いた時、彼と目が合う。気付けば普段よりも近く、その美しい青の瞳があった。彼も驚いたのか、動揺した気配が伝わってくる。
……前にも、こんなことがあったな」
 思い出したように呟いたリオセスリが、ふっと笑みを浮かべた。
「パレ・メルモニアの前で、ヌヴィレットさんに傘をさしかけた時の事……覚えてるかい?」
 記憶を探り、思い当たることを見つけたヌヴィレットは「ああ」と頷いた。
「懐かしいな。あの頃はまだ、今のように交流もなかった」
「そうだな」
 当時を振り返り、静かに目を伏せる。あの頃は久しく雨を浴びておらず、ほんの少しでも、と思い外に出ていた。そんな時、かつてのリオセスリが傘をさしかけてくれたのだ。あの時も、同じ傘でパレ・メルモニアまで送ってもらったのだが。あれは連れ歩くというより、送り届けられたといった風情で。今こうして過ごす時間とは、意味合いも雰囲気も異なる。
 改めてリオセスリを見つめたヌヴィレットは、目元を緩めた。
 ――あれから共に過ごした時間も、学び得たことも、随分と増えた。
 許されている距離の近さが、ヌヴィレットの胸をあたたかくする。言葉にして伝えたことはないが、公平さを貫いてもなお、大切な人であることを否定できない……リオセスリはまさに、そんな人物であった。
 これは親愛なのか、それとも――……
 惑う気持ちが視線を下げ、歩みを遅らせた時。
「俺もたまには、雨を浴びてみようかな」
 その言葉と共に、傘が閉じられる。柔らかに降る雨が、宝石のように煌めいて。リオセスリが心地よさそうに笑った。
「なるほど、あったかいシャワーを浴びてるみたいだな」
 そう言って少し先を歩く彼の姿に、胸が締めつけられる。水に溶けた想いが伝わり、我が事のように感じられて。それがより一層、ヌヴィレットを揺さぶった。
 水が跳ねようと構わず歩調を速めると、リオセスリの腰に手を添える。目を丸くして振り向いた彼に、自然と微笑みを向けていた。
「君となら、傘をさして歩くのも悪くない」
 それを聞いたリオセスリが、気恥ずかしそうに自らのうなじを撫でて、目を伏せた。
「俺もあんたとなら、雨を浴びても構わないよ」
 その言葉と共に、見つめあう。ただそれだけで、何を思っているのかが伝わってくるようだった。
 そこでふと、雨脚が弱まったことに気付いて空を見上げる。気付けば分厚い雲の切れ間から、美しい陽光が差し込んでいた。通り雨の終わりを悟り、名残惜しさがこみ上げてくる。するとリオセスリが同じように空を見上げ、吐息を漏らした。
「この様子だと、虹が出るかもしれないな」
 濡れた髪を払って笑う彼に、そっと寄り添う。
「予想が当たるかどうか、共に確かめてみるのはどうだろう?」
「そいつはいい提案だ。付き合わせてもらうよ」
 互いに微笑むと、霧雨の中を寄り添い歩く。
 心ゆくまで雨を浴びることは叶わなかったが、ヌヴィレットの心は優しく満ちていた。


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