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依り添う影(後編)

全体公開 #girls_lily_project 1 6 6480文字
2026-06-17 11:24:53

共依存学パロ🖤❤️


籠の中の鳥は 気づかぬうちに……


前編はこちらから
https://privatter.net/p/11980854

 初めて泊まった日以降、みゃーはちょくちょく、私に泊まってほしいとせがむようになった。

 聞いた話、ホームシックがひどくなるときが多いらしく、一人が寂しいみたい。そういうときもご家族に電話をしているらしいけれど、やっぱり”隣に誰もいない寂しさ”には勝てないようで、上手く眠れない日がそこそこあるとも言っていた。

 行きたい学校が実家から遠いせいで、一人暮らしの選択肢しか選べなかった──本人からしても、ご家族からしても苦渋の選択だったと思う。

 頻繁に私を呼んで一緒にご飯を食べるのも、きっとそういう理由なんだろうな。まあ、お弁当を作ってもらっている身だし、それのお返しと思えばなんでもないことなんだけど。
 
 ……あれ、ウチの冷蔵庫、空っぽじゃん。う~ん、朝は外で食べればいっか。


 梅雨も終わり、暑さが本格的になってきた頃。

「見て見て、姫!」

 お弁当を受け取ったタイミングで、みゃーが一枚の写真を見せてきた。写っていたのは、一着のピンクのネグリジェ。

「へ~、かわいい服じゃない。どうしたの、それ?」
「姫用に買ったの!」
私に?」

 『なんで?』と聞く前に、みゃーは得意げに答えた。

「そうです!姫がなにも持たずに私の家にお泊まりできるように買いました!」
別にそんなことしなくても、私の置いてくよ?」
「あ……

 いや、抜けてたんかい。

 確かに泊まる頻度は高くなってきたから、そろそろ私の服とか生活品を置いておく必要があるな~とは思ってた。でも、まさかみゃーが私のものまで買い始めるとは……

「でもでも、姫にこれ着てほしくって……
「はいはい。今度お泊まりするときね」
「やった~!楽しみにしてるね!」
「服のサイズ、大丈夫でしょうね?」
「ふふ~ん、ちゃんと教えてもらったサイズにしたよ!」

 『ほめてください』と言わんばかりの態度で、しかも私の手が届く位置まで頭を下げてくるのだから、いつも通り頭を撫でてあげた。もう何回も撫でているのに、この子は相変わらず子供みたいに無邪気に喜ぶんだから。

「テテーン!みゃーのほめほめパワーが満タンになりました!」

 こんな風に。

「なにそれ?」
「姫に褒められると、みゃーに貯まるパワーです!」
「ふふ、そのまんまね」
「えへへ、じゃあ今日も頑張ってくるね!バイバイ!また放課後!」

 相も変わらず、みゃーはお昼時になると委員会の仕事でどこかへ行ってしまう。人のために走るアナタはかっこいいけど一緒にお昼を食べたいな、なんて思ってしまう。

 ま、そう思っても口には出さないけどね。

 さて、そんな置いていかれた私は、最近お昼を佳鏡院──かきょと一緒に食べている。
 前にいた友達のグループは、別のクラスに仲のいい子が出来たらしく、そっちと食べることが多くなっちゃった。まあ、向こうから来てくれていただけだし、別にそれはいいんだけど。

 それと入れ替わるように、かきょが来るようになった。入学式で出会って、ちょくちょく一緒にショッピングに行くくらいには仲が良い……と私は思ってたんだけど、学校では意外と他人行儀だったのよね。

 それが急に来るようになったものだから、なんでか聞いてみたら、
 
『姫の周りに人が少なくなってきたから』

 らしい。
 
 私は気にしないけど、その回答は失礼じゃないかな?いや、私は気にしないけどね?でも、失礼じゃない?
 

「あれ?」
「ん、どした?」

 お昼を食べながら雑談をしていると、かきょが軽く首を傾げた。聞き返した私をしばらく無視して目を閉じて……え、なに?なんか匂いかいでる?

「姫って、みゃーと同じシャンプー使ってるの?」
「え?あ〜、使ってるけど(本当にかいでたんかい)」
「へ〜。どっちからの紹介?いい感じなら今度私にも教えてよ。お揃いにする!」
「お揃いっていうかまあ、うん。後で紹介するわ。」

 まさか、シャンプーが同じどころか、”使ってるお風呂”まで一緒だとは思わないよね。なんだかかきょをハブっているようで申し訳なくなってきた。

 今度なにか奢ってあげよう。


 夕方だっていうのに、肌に張り付くみたいな暑さが漂う頃。

 買い物袋を二つ抱えて汗だくになりながら、ようやくドアの前にたどり着いて、ドアノブに手をかけようとした瞬間──がちゃっとドアが開いた。

「おかえり、姫!」
「ただいま~」

 今日は委員会の仕事も部活もなかったからか、珍しくみゃーが先に帰っていたらしい。みゃーはどうやら、先にいるときはいつも玄関で待っているみたいで、ドアを開けた瞬間抱きついてくる。今回はなにを察してか、みゃーがドアを開けてくれたけど。

 ……新婚の夫婦か?いや、悪い気はしないけどね?

「ねえ、みゃー?私、汗だくなんだけど……。臭くないの?」
「ん~?全然?むしろ姫の匂いなら大歓迎だよ?」

 なにこの天使?そしてなにこの天国?

 外の地獄のみたいな暑さとは違って、冷房が効いていた部屋にいたみゃーの体はひんやりしていて気持ちよかった。

 抱きついてきのは向こうだし、嫌そうにもしていないからちょっとだけ涼ませてもらおう。ちょっとだけ、ね。

==================

 ……ちょっとだけって言ったのにな。一部の冷凍食品が完全に溶けていたけど、とりあえず買ったものを冷蔵庫と冷凍庫にしまってから学校のバッグを床に置くと、ようやく一息が付けた。

 エアコンの風にあたりながらスマホを開くと、いつの間にかこんなメッセージが届いていた。

『ごめん!学校で伝え忘れたんだけど、グループワークあったでしょ?それの相談をしたいから、今週末どこかで集まれない?』

 かきょからの連絡だった。どうやら学校の課題を進めたいらしい。
 
 今回のグループメンバーは私、みゃー、かきょの三人。う~ん、三人が集まれる場所か……

 最初に浮かんだのはカフェだったけれど、ああいう場所で長居できるのは結局創作の中だけだし……。現実はお店に迷惑がかかるんだから、学生の身でそんなことするわけにはいかない。

 となるとやっぱり誰かの家に集まることになるのだけど……

「みゃー?今週末、ウチにかきょ呼んでグループワークのやつ進めようと思うんだけど、いい?」
「かきょ来るの?!やった~!もちろんいいよ!!!」

 わぁ、元気なお返事。まあ、断るわけもないか。

 みゃーもOK出したし、私も問題ない。じゃあ今週末は、私たちの部屋でグループワークか。お菓子でも作っておこっかな、なんて楽しい想像をしながら、かきょに返信を送った。

『そうね。ガッツリ進めちゃいましょっか。場所はウチでも大丈夫?』
『大丈夫だよ~。じゃあ週末、姫の部屋でね!』
『あ~、私、最近そっちにいないからさ。みゃーのとこに来てくれる?』
『へ~、そうなんだ?週末はずっとそうなの?』


 ……ん?


 かきょからの返信を見て、ようやく気づいた。

 私、最後に”自分の家”で寝たの、いつだっけ?いや、家には帰ってる。でも、それは荷物を取りに戻るだけで、本当にそれだけ。若干物置みたいになってるなとは思っていたけれど……


 あれ?


 みゃーの部屋の方が、今は”自分の部屋”みたいに感じてる……

 現に、私はかきょへの返信で、みゃーの部屋のことを『ウチ』と言ってしまっていた。

「おっまたせ~!今日はね、オムライスで~す!」 

 変なことを考えていたら、みゃーがオムライスを目の前に置いてきた。立ち上る卵や、中のチキンライスのケチャップの匂いが私の空腹を刺激した。

「おぉ~!……なんか、また上手くなった?」
「ふっふっふ……練習したからね!」

 みゃーが持ってきたオムライスの卵の部分は、薄い卵焼きみたいなタイプじゃなくて、お店のものみたいに、とろっと広がる仕上がりだった。
 練習……。最近のお弁当に卵焼き──っていうか、スクランブルエッグみたいなのが多かったのって、そういうこと?練習の残骸……

「ふふっ。」
「え~?なんで今笑ったの、姫?」
「ごめんごめん、ただ、かわいいなって思って。」
「え~?ほんと~?なんか変なこと考えてなかった~?」
「考えてない考えてない!ほら、見てこの目。純真無垢でしょ?」
「んむ~……

 こういうとき、正直にじっと見つめてくるのは素直だからなのか、イタズラっ子だからなのか、よく分からない子だなって思う。まあ、この手の根競べで私に勝てるとは思わないでほしいけど。

「ふへへ」
「はい、笑ったからみゃーの負け」
「えぇ?!」

 ちょっと~!と不満げなみゃーを横目に、私はオムライスをすくって口に運んだ。

 ……すごい。見た目だけじゃなくて、味も進化してる。最初の頃のオムライスは、卵もそうだったけど、なにより中のライスがいまいちだったのを覚えてる。もちろん、みゃーが作ったのだから食べられるけど……。べちゃっとしていたり、味の薄い部分と濃い部分があったりとか、気になるところが多かった。

 それが今は、ちゃんと改善されて美味しくなってる。
 ……これは私の料理番の時のハードルが上がっちゃうな。
 
 次の当番のとき、どうしよっか。



 そんなことを考えながら食べてたら、みゃーの二倍くらいの速さで完食していた。


 後片付けを終えて、みゃーがシャワーに入ったから一人でスマホを弄っていたとき、ふと、食事の前に考えていたことがまた頭を過った。

『私たちの関係っておかしくない?』

 今さらと言われれば、確かに今さら過ぎる。お昼のお弁当だけで十分”特別”なのに、私たちはいつの間にか──いや、私はいつの間にか、硝子宮の部屋にほとんど住んでいるような状態になってしまっていた。

 私の周りから人が離れていったのは、この関係を気味悪がられたからじゃないの?そしてそれは、私だけじゃなくて、みゃーの周りでも同じことが起きてるんじゃないの?

 私は一人でも構わないけど、この子が一人になるのは……絶対にダメ。

 それならこの関係は──もう今日限りにした方がいいんじゃない?


 でも、そんなこと、言ってしまっていいのかな。また、あの雨の日みたいな寂しそうな表情をさせるの?みゃーの方で問題があるわけでもないし、ただ私の都合で、考えで、みゃーを一人にしてしまってもいいの……

 どれだけ振り切ろうとしても、鬱陶しくまとわりついてくる思考に嫌気がさしてくる。
 ……こういうときはどれだけ一人で考えていたってしょうがないものよ。いっそ、誰かに相談してみましょ。

「姫~。あがったよ~」

 かきょ……は、ちょっと私たちに立場が近すぎるかな。となると、前に一緒にお昼を食べていた子たちに──

「なにしてるの?」

 みゃーの声と共にバッと後ろを振り向いた。それはみゃーに気が付かなくてビックリしたから──なんだけど……

 今の、みゃーの声?そう疑いたくなるほどに感情のない、低い声だった。それに、一瞬……ほんの一瞬だけ交わしたみゃーの視線は、冷たくて鋭かった。

「な~にしてるのっ?」

 みゃーは普段通りの声でそう私に聞いてきた。まるでさっきのことなんてなかったみたいに。もしくは本当に無かったことだったのかも?さっきの低い声は、私のみゃーへの後ろめたさが聞かせた幻聴で……。なら、一瞬見えた視線は──?

「姫~?」
「え?ああ、ごめん。えっと、課題の相談をちょっと……
「ふ~ん?でも、相談するならかきょの方がいいんじゃない?多分、クラスで一番頭いいし!」
「あぁ……うん。そうね……

 ……気にせず、友達に相談したらいいのかな。もしくは、みゃーに直接言えばいいのかな。でも、この子は多分、私がこの関係について聞くと『じゃあ、やめよ?』と言ってしまう。
 
 私が終わりを望んでると、そう信じて。

 私が離れてしまったら誰がこの子の傍にいるんだろう?かきょなら隣にいてくれるかな?でも、ここまで深入りしてくれる?
 ……しない気がする。そうなるとやっぱり私が傍にいるしかない気がしてくる。

 じゃあ、もう、私たちは気味悪がられたっていいか。もしこの子が一人になってしまうときが来たら、そのときは私が、最後まで隣にいればいい話だから。


 残暑がまだまだ続いている頃。

 私とみゃーは、二人で並んで家に帰っていた。二人で帰ることは、もう珍しくなくなった。みゃーも私も、部活を辞めたから。それどころか、みゃーは委員会も引継ぎが終わって抜けたらしい。

 時間が出来た分、その余白は全部”二人の時間”になった。たまにかきょも混ざるけど、それでも私はみゃーと過ごすのが当たり前になった。周りにいた友達とは、気づけば完全に疎遠になった。同じクラスなのにおかしな話だけどとにかく疎遠。それは、みゃーも似たような感じだった。


 それでも、
 いつも通りにお弁当を持ってきて、
 いつも通りに私の隣にいて、
 いつも通りに私に笑いかけてくれる。


「姫?」
「え?」
「ぼーっとしてたけど大丈夫?体調悪い?」
「あ、いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「そう?ダメそうなら言ってね?あ、今日はハンバーグにしようかと思ってたけど消化に良いものの方がいいかな?おうどんとかにする?」
「ん~……じゃあ今日はおうどんにしよ。確か、冷凍のやつがまだ残ってたはずだし」
「さすが姫!じゃあ具材だけ買って帰ろ!」

 そう言って、自然に手をつないだ。

 みゃーはとても幸せそうに笑っていた。
 私もつられて笑って、手を握り返した。


 みゃーが笑ってるから……いいか。
 この子が寂しそうじゃないなら、それでいいかって思う。
 二人きりだって、幸せだったし。
 むしろ──二人きりだったから、幸せなのかな?

 そんなことをぼーっと考えながら歩いていると、遠くに黒い雲が立ち込めているのが見えた。意識して見ると、雨の匂いもあたりを漂い始めてる。

……雨、降りそうね」
「え?!どうしよ……?みゃーたち傘持ってきてないよ……!」
「う〜ん。買い物はやめてまっすぐ帰ろっか。うどんだけじゃなくて具材も多少ならあったはずだし。それに、雷も鳴るくらい酷い雨になるかもだしね?」
「うゎ〜!嫌だ!帰ろう早く!ほら、急いで姫!」
「はいはい。足元気を付けてね。

 手を離してみゃーが走り出すと、遠くでゴロゴロと低い音が鳴った気がした。冗談のつもりだったけど、本当に雷雨になりそう。
 その音が聞こえたのか、先を走っていたみゃーの足がピタッと止まった。

「ほ〜ら。そうやって止まってると、本当に雷鳴ってる中を帰ることになっちゃうよ」
「う〜……だってぇ……
「ほら、手を繋げば大丈夫でしょ?」

 みゃーの顔がぱあっと明るくなった。でも、握り返してくる手は強くて、その不安の強さが伝わってくるみたいだった。

「離さないでね、姫」
……当たり前でしょ」

 みゃーの手を握りながら、ぽつぽつと降り始めた雨の中、私たちは家へ急いだ。


 ……私には、みゃーの手を包むたびに、この子なしでは立てなくなっていく感覚がじわじわと広がっていた。その気づきが胸の奥をひどく冷やしたのに、手を離すなんて選択肢は私のどこにもなかった。

 雨脚がだんだんと強くなってくる。
 打ち付ける雨の音は、人の声や生活音を奪っていく。

 まるで、私たちの世界だけが静かに閉じていくみたいで、そこには息苦しさと同時に、確かな心地良さがあった。


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