@12kawa0
今年の冬の空気よりも冷たい声で伝えられた日の前日は、近年稀にみる大雪だった。道だかなんだかわからない、柔らかな雪から冷たい氷に変わりつつある白い白い景色の中を走らせ着いたその場所は、不自然なまでに美しく、邪魔なものが退けられていた。
流された汗に敬意を抱きながらできるだけ、端の方に愛車を停める。寄せられた雪は青い影を落としながら、壁のように聳え立っていた。
譲介も一緒にやったのだろうか。
最後に顔を合わせた時、不自然に前髪の長い青年になっていた子どもを思い出す。オレの元にいた時より、服の上からでもわかるほど筋肉も肩幅も増えていた。今、身を寄せている場所の大人たちを慕っていなければ口から出ない言葉を聞いて、安心した。
暖かな車内から身体を出せば、身を割くような寒さが身を包んだ。一呼吸するたびに冷える臓腑に眉根を寄せながら時間を確認する。少しばかり早いが、十分許容範囲だろう。白い道を歩き、重い色のドアの前に立つ。さっさと入れてもらおうかとドアノブに触れ、感じたのは微かな違和感。
吐いたばかりの白い息が空中で霧散する。ふわふわと、ゆらゆらと。音さえも凍りつきそうな寒さの中で、耳をすませる。静かだった。まるで、この中には誰もいないかのように。
少し後ろへとさがり、視線を上へ。つららが垂れていた。その先にあるのは屋根から落ちかけの雪。つららは、『それ』から垂れ下がっていた。それは、ここにいるであろう医者たちが目にすれば間違いなく、訪ねてくる患者たちのためにぽきりと折ってしまうものだった。
きらきらと、オレの頭上で氷が輝く。つらら、雪塊、屋根、それから今の天気。端の方が不恰好なのは恐らく、既に何度かは落としているからだろう。つまり推測するに、こいつは昨日の夕方頃から放置されている。そして、それはなぜか?
「……あの男」
無意識のうちに、舌で小さく音を鳴らしていた。静かなドアに背を向け、大きく息を吐く。白を揺らしながら考える。うかつに開けなくてよかった、と。
放置されているということは、『見ていない』ということ。急患の可能性も捨て切れないが、もしもそうでなかった場合、オレにとって非常に都合の悪い事になる。
どうして、危険なものが放置されているのか?
それは誰も見ていないから。
どうして、見ていないのか?
それは外に出ていないから。
どうして、外に出ていないのか?
それはおそらく——。
雪塊が落ちた。つららが地で砕け散る。寂しく静かな世界に響いた音は、ドアを開けさせるには充分すぎるもの。お前はツイていないとオレに最初に言ったのは確か、兄さんだった。
『悪い人間に騙されないよう、せいぜい気をつけることだ』
どうして誰も外に出なかったのか?
出なかったんじゃない。出られなかったんだ。
中にいるのが一人だけだから、ここを空っぽにしてしまうことができなかったから。
昨夜からここには一人しかいなくて、だから今、音が鳴った。
「待ってください」
絶対に開けるなよ、と留守番を任されたオレに、兄さんはそう言った。砕けた氷の中に見えた過去は瞬きの間に消え、聞こえた声、振り向いた先、開いたドアの向こう側から伸びてきた腕に、オレは捕まった。