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十年と一日と一瞬の(譲テツ/④)

全体公開 11 1350文字
2026-06-22 23:26:07
Posted by @12kawa0

 最後に見た時よりも少しだけ、体格のよくなっている身体がオレを抱きしめる。捕まったのかぶつかったのかわからないほど勢いよく、オレの胸の中に飛び込んできた男はドクターTETSU、とオレの名前を口にした。
……用事があるからここに来たんじゃないんですか?」
「ねぇよ、そんなもの」
  きっぱりと、譲介からの質問を切って捨てる。さっさと離せと口にすれば意外にも、オレとよく似た髪型の男は素直に離れていった。離れていく体温に微かな寂しさを覚えたが、オレはそれに気づかなかったことにした。
「嘘つき。僕、知ってますよ? 聞きたいことがあるんでしょう?」
「それは、おめぇの先生とやらから吹き込まれた話か?」
 帰ってきたら伝えておけ、と拗ねたような顔で目の前に立っている相手に向けて言う。
「こんな手口が通用するのは今回だけだってな」
「なんだ。もうそこまで気がついたのか」
 細められた目、上がった口角。わずかに傾げられた首。一見すると、静かな青年に育った相手は、かつての悪童ぶりを思い出させる様子で笑った。どうやら、清廉潔白が服を着て歩いているような男の下でさえ、こいつの毒は全て抜き出してやることはできなかったらしい。
 はっ、と息を短く吐き、譲介が笑う。片側だけ前髪の長いアシンメトリーな髪型が、いつの間にかよく似合うようになってしまっていた。これもそうだ。誰も何もこいつに言わなかったのかよ、と心の中で毒づく。
 結局、あの男でも駄目だったか。もしくは、あえて見逃してやっているのか。
 目の前で薫る白と、コートの端から足元に滴り落ち始めた雫を見てから、今の自分が置かれている状況を振り返り、きっと後者だな、と思う。案外身内には甘い男だと、昨夜の天気のような声で告げられたことを思い出す。
『自分で譲介に聞け』
 言われた、確かに。あの男が用意したであろう今の状況と矛盾しない言葉だ。
 ただ状況が、オレが予想していた多くの『もしも』を、今すぐ投げ捨ててしまわなければいけないようなものだった、というだけで。
「これは確認だが……おめぇ以外には今日、誰がいるんだ?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「持ってきた手土産がちゃんと足りるか、確認したくてな」
  車の中に忘れちまってな、と、身軽な自分を笑うように首をすくめてみせる。もちろん、そんなことは嘘だった。この状況から逃げるための、真実なんて一欠片もない嘘だ。すんとした、感情の読み取れない平坦な顔でそうですか、と譲は言った。
「なら、これは朗報ですね。ここには今、僕しかいません。そして僕は、あなたの手土産なんていりません。必要ない。あなたが車に戻る必要もない。だから、いいですよね?」
 くるりと、譲介が右の手のひらを天へと向けた。ゆっくりと開かれた指の中にあったのは鈍く光る銀の鍵。思わず、手をズボンへとやる。布の下にあるのは柔らかな肌の感触だけであり、それ以外には何も無い。譲介の手の中にあるそれは、常に肌身離さず持っていたはずの、オレの愛車の鍵だった。
「明日の朝まで、僕がこれを預かっていても」
 ドクターTETSUとオレを呼びながら譲介は、まるでそれがかけがえのない宝物であるかのように強く、強く、鍵を握りしめた。
 


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