正式タイトルは「推しの美を盛って語ろうとしても実物が上回ってしまいます委員会所属です」。このよだつかは未成立。
@kitunebana
夜鷹純は美しい。
これは世界の常識と言っても過言ではないはず。氷上で舞い踊る姿は神がかっている……いや、むしろ神だ。流れるようなステップ。重力を全く感じさせないジャンプ。指先一つまで計算され、洗練された動き。衣装の飾りがライトを反射させ、夜空を翔ける流星のような演技。バチバチと火花が散るように見るものを灼くのに、冷たい夜と月を従える銀盤の王様。
スケートだけを軽く表現しても、こんなにも美しい男。その上で見た目も文句のつけようのないのが夜鷹純だ。
一度も陽の光に晒されたことがないかのような、染み一つ見えない白く透き通る肌。射干玉色の髪は絹糸のごとくサラサラと艶めき、右側の額の一部からだけ生えている白い髪が美しいアクセントになっている。小さな顔の中に収まるパーツはどれも完璧な配置。整った薄い唇から覗く歯は真っ白で、喫煙者だとは信じられないくらいだ。何よりも印象的な猛禽類のように鋭い金色の瞳は、重くけぶる睫毛に彩られている。手足はバランスよく長く、服を着ている状態だと細身にしか見えないが、実際は芸術家の作品のように美しく、けれど実用的に鍛えられたフィギュアスケーター垂涎物の肉体美を誇る。
そんな夜鷹純の、知る人は少ないかもしれない美を感じさせられる角度を、俺は知ってしまった。
俺と夜鷹純の身長差は十センチ。立っている状態でも少しだけ見下ろす角度になる。でも俺が推したいのは夜鷹純が座っているところ!
最初は本当に偶然だった。鴗鳥先生に呼んでもらった貸切で、偶々夜鷹純がベンチに座ってスケートシューズを履いている姿を、俺が立っている状態で目にするタイミングがあった。その瞬間思ったのは「夜鷹純ってスケートシューズ履くとき目を瞑るのか」だ。夜鷹純ともなれば目を閉じた状態でも正しくスケートシューズを問題なく履けるのか、なんて。
けど違った。隣のベンチに座って俺もスケートシューズを履こうとして、チラッともう一回夜鷹純を見たんだ。そしたらバッチリ目、開いてた。
どういうことだ?って思うよな。俺も思った。でも答えはすっごく単純で……夜鷹純の睫毛がメチャクチャ長くて量が多いから、上から見たら目を閉じてるように見えるだけだったんだ!!そんなことある?って思うだろ。……あったんだよなぁ~!!事実は小説より奇なり、ってやつかもしれない。
こういうことを言うとセクハラとか言われるだろうけど、フィギュアスケート選手には容姿が整った女性選手が多い。その中の誰よりも夜鷹純の睫毛の方が長く、潤沢かもしれない。そう思ってしまった。これこそ実際に口にしたらセクハラどころじゃない比で責められるだろうな。女性の睫毛にかける情熱と執念は黒服時代に嬢の皆さんからも深く理解させられたけど……いや、でもマジで凄いから。マツエクに美容液、ビューラーにマスカラ。金も手間も掛けて維持してる。
でも多分、夜鷹純の睫毛って天然物なんだよなぁ……。マツエクや美容液要らずで潤沢に茂ってて、ビューラー要らずの自然なカール。当然マスカラで盛る必要もなく……。
とういか夜鷹純ってどこを切り取っても"美しい"としか言えない。装飾した言葉で表現したら女性的と取られそうだけど、全然そんなことなくて男性的な顔や手をしてる。でも一番しっくりくるのが"美人"っていう表現になると、俺は思う。
俺は夜鷹純のスケートに灼かれた人間だけど、容姿の美しさにだって魅せられてしまうっていうのかな。目が離せない引力じみた魅力を放ってるって思うよ。
こういう、言葉をどれだけ尽くして飾り立てても実物の方が果てしなく美しいみたいな現象を何て表現したらいいのか気になって、調べてみた。ウェブ上には言葉が溢れていて色々あったけど、一番しっくり来たのが「推しの美を語ろうとしても実物が上回ってしまう委員会所属の○○です」という、ネットスラング?ネットミーム?……まあ、そういうのだと思う。
いやまあ夜鷹純は俺の推し、と言っても間違いではない……うん。色々と複雑な感情とかが混ざってしまうけど。
「……そうか。俺も推しの美を語ろうとしても実物が上回ってしまう委員会所属かぁ」
つい妙な感慨のようなものを感じて口に出してしまう。長すぎる名称は短くした"美盛れ委員会"という略称まであるらしい。ただ、言った場所が悪かった。
「び……?ハンドソープに委員会なんてあるんだ」
直ぐ近くに夜鷹純本人が居た。……そうだよな。隣のベンチでスケートシューズ履いていた人間が唐突にスマホを取り出してアレコレして言う言葉が「美盛れ委員会」とか、流石の夜鷹純でも気になってしまうよな。これは俺が悪い。でも夜鷹純、ドラッグストアでも売ってるハンドソープ知ってるのか。そんなことを考えてる場合じゃないってわかってるけど、ついそんなことを考えてしまった。
「あ、ははははぁ……!そ、そうなんです!最近は色々とあるみたいですね!!」
ここは勢いで流しかない!そんな俺の思いが通じたのか夜鷹純は「……そうなんだ」とだけ言って、リンクの方に向かっていった。……助かった!!
このときそう思った俺は、夜鷹純がまさか鴗鳥先生に「……ねえ慎一郎くん。美盛れ委員会って知ってる?」なんて聞く未来があることも、鴗鳥先生が「え?美盛れ委員会って……あの?」と"美盛れ委員会"が何かを知っていることも、知らなかった。