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波間に溺るる〜キリシタンすり抜け主と笹貫〜

2026-07-04 09:33:16

玉手箱の設定が前提ですが、無くても読めます
7/12 挿絵が入りました

※この笹貫は別本丸でも一度捨てられているため、顕現当初から既にかなり懐疑的な態度だったが、その中で保護し引き取った形だった。

◇ ◇ ◇

主役がいつの間にか抜けた宴の中だった。

歓迎の宴の最中、馬鹿騒ぎを外れて、酔いを醒まして他と混ざらずにいた笹貫に。
彼女は不意に近くにやって来て、にこりと微笑んだ。

《笹貫がやってきた話〜波間に溺るる〜》

笹貫は酔いに任せて「物好きだねえ」とうっそりと笑った。
まだ残るかどうかも分からない相手に、こんな豪勢な宴まで開いちゃってまあ。
いや、酒が楽しめれば、口実なんてどうでもいいのかな。
などと、軽薄気味に笹貫は肩をすくめた。

だってほら、楽しそうだ。などと顎で指し
主役が居なくてもお構いなしに騒がしい宴を揶揄してみせる。

「こーんな盛り上がってちゃあ、きみも数えるのもひと苦労だろ?」

意味を捉えかねたのだろう、彼女がこてん、と首を傾げた。
笹貫はゆったりと見せつけるような動作で縁側に腰を落とすと、脚を組んで、ぱっと手のひらを開きながら、皮肉げに言葉を継いだ。かなり酔っている様子だった。

「気付かないんじゃないか? ほら、一振りくらい、薮に放り出されて減っててもさ。はは、なーんて、冗談冗談」

恐らくは、軽薄さの皮を被った挑発だったのだろう、笹貫のそんなセリフにも。
彼女はどこか不思議そうに見つめ返したままだった。

大事なみんながいなくなったら、ちゃんと探しに行くよ
とひどく素直に答えた彼女に、笹貫は表情を拭い落とすと
夜闇の中、ひどく低い声で
聞こえるかどうかの声量で、どーだか、とごちた。

彼女は、まるで、心細そうな誰かを見つけたみたいに、じっと耳を傾けている。

彼女はちょこんと座って、ぷらん、と足を縁側に投げ出すと
どこか遠くを見上げながら、独り言のように呟いた。
信じて待つって、怖いよね。心細くて、途方もなくて。と。

「だからその時は、早く迎えに行きたいな」

いたいけだけれど、真っ直ぐで飾らない純真さ。
そんな清らかな声音を聞いて笹貫は、ふと立ち止まるようにして己を省みると、気まずげに片手で顔を覆った。

酔いが饒舌にさせていた。
そんな皮肉を言いたいわけじゃなかった。ただ、悪い酔い方だっただけなのだ。
せっかく主人になってくれた少女に、笹貫はそんな皮肉しか返せなかった。

「あー、ごめんごめん。ちょっと酔い過ぎたみたいだ。ジョーダン、ジョーダンだからさ、ほら」

「ね、笹貫」
笹貫が逃げてしまう前に、彼女は、するりとした自然さで、隣に座ってそう声を掛けた。
「わたしたち、ちょっと似てるね」
……?」

まるで内緒話でもするように、ささやかな声で
彼女はひどく柔らかい声音を落とした。

「生みの親に捨てられちゃったところ。私は竹藪じゃなくて吹雪の中だったけど」

こっそり耳をそば立てて様子を伺っていた周囲の刀剣男士の方がぎょっとした。

笹貫は、ただ目を見張るばかりだった。
苦く笑った彼女が、目を細めて優しく笑いかける。

「わたしは大丈夫。かしゅーが、みんなが拾ってくれたから」

彼女は、自分の膝を抱え込むようにしながら、隣の笹貫を優しく覗き込んだ。

「笹貫、あなたにはいた? 要らないって捨てられた自分を拾ってくれた、だいじなだれか」
……いいや」
「そっかぁ」

彼女は不意に、笹貫の両手を取った。

「じゃあ、わたしが拾ってもいい?」

だいじょうぶ。わたしを放り出さなかったみんなだもん
この本丸はきっと、貴方も、放り出さずに一緒にいてくれるよ

……

笹貫は、長い沈黙の末に、ひどく慎重にこう口にした。

……あんた、それでも、放り出されたら、どうする?」
「うーん、考えたこともなかったけど、じゃあ、そしたら」

ぎゅ、とやわこい手のひらが、あたたかい体温を分け合う。

「二人で、手を繋いでどこかへ行こうか。竹藪でも吹雪の中でもない、どこかが見つかるまで」




◇ ◇ ◇

初めての手合せは、本来、教育番長の加州清光が担当のはずだ、と聞いた。
だがどうやら、それを強引に押し除けて捩じ込んだらしい。
道場に先に立つ肥前が、笹貫を睨んでいる。

どうやら嫌われてるみたいだ、とおどける笹貫に、肥前は「はっ」と吐き捨てるように言った。

「思いあがんなよ。あいつに救われてんのはてめえだけじゃねえ。あいつは誰にでもああなんだよ」

開始の合図も待たずに素早く鯉口を切って、肥前は目も止まらぬ速度で斬りかかった。
何とか応じるのが精一杯だった笹貫は、十センチ以上もあるはずの体格差を容易く押し切られた。

ギリギリギリ、と鍔迫り合いが生じ、至近距離で肥前が睨み付けてドスを効かせる。

「けど、あいつが『ああ』を嘘にしたことは一度も無え。疑うのは勝手だが、裏切ってあいつを傷付けたら容赦しねえからな」

ひりつくような殺気と怒気が、ぴりぴりと大気を帯電させる。
笹貫はどこか腑に落ちたように、こう訊ねた。
……きみも、拾われた口かい?」

肥前は苦々しく舌打ちした。

「覚えとけよ。てめえとあいつが二人で本丸ここを出ていく未来なんざ絶対に来ねえ。少なくともおれが居るんだからな」

そんな最悪はおれが潰す、と。
言わんばかりの肥前を、笹貫はまじまじと見つめ返した。

「あれれ、もしかして、すげーイイ奴だったりする?」
「は? どうしてそうなンだよ!? 寝言は寝て言いやが、れっ!!」

刃同士がぶつかり合い、高い音が響き合う。

顕現したてで練度の甘い笹貫は、極めた肥前にほぼ一方的に徹底的に叩きのめされ、そこに一切の容赦は無かったが。
笹貫は大の字で指一本たりと動かせなくなったまま、少し肩の力が抜けたように笑った。

「うん、うん。そうか」

そんな笹貫を、肥前は本気で怪訝そうに見ていたが。
笹貫はまるで憑き物が落ちたように、晴れやかに笑ったままだった。

「まっ、せっかくここまで来たしなあ。この際だ。じゃあ」

オレも、乗ってみようかねえ
この本丸なみに。




「なんだ、思ったより早かったな」

長谷部は、淡々と事務的に処理しながら、笹貫が残る意思を表明したことに、意外そうにそう言葉を添えた。

「お前のようなタイプは、もっと長く逃げ道を残しておくものだと思っていたが」
「んー、まあねー」

笹貫はそう曖昧に応じたが、長谷部はむしろどこか腑に落ちて納得したような様子だった。

この本丸では、顕現した刀剣男士に、このまま残るか、穏便な刀解で本霊へと還るか、自ら選ばせる。
好きなだけ考えさせ、強要しない。そう主が定めた。

呼ばれたその日に残留を表明するものもいれば、数ヶ月以上掛けてから決めるものもいる。
その間、戦にまったく出ない者すらいるが、穀潰しと化した者をすら、彼女は厭わず笑いかけるのみだ。
そのまま本霊へと還ったものもいるが、それでもこの本丸の主人は穏やかに笑って見送るだけだった。またいつか会えたらいいね、と。

笹貫にも、その権利は与えられた。
だから長谷部は、もうしばらくは笹貫も、いつでも本霊に還れる状態を維持したまま過ごすだろうと見立てていたのだが。
意外にも早くその権利を笹貫は手放した。

「なになに? なんか言いたい感じ?」
笹貫はそう皮肉げに肩をすくめてみせたが、長谷部はあくまで淡々と「いや」と短く否定した。

「突然放り出される気持ちは、少しは分からんでもない」と。


「俺は腹を括るまでもっと掛かったからな。その点は、多少評価してやってもいい」

意外そうに目を見開くことになったのは、笹貫の方だった。
とんとんと書類の角を揃えた長谷部は、迷わず席を立った。


「励めよ。あの方は、一度懐に入れたら最後、誰一人損なうことを決してお許しにならない」

ゆるりと流した藤色の視線が、笹貫を眺め見る。

「己が、下げ緒の端まであの方のものだと自覚することだ。……まあ、その内、嫌でも分かるようになる。あの方は言葉を惜しまんからな……



「────笹ちゃん〜!!」

遠くからパタパタと華やかな足音が響いて、ほら来た、と言わんばかりの長谷部の目線が、どこか同情めいた色を含んで笹貫を流し見る。

主人に向き直って美しく一礼した長谷部に、彼女は「長谷部、笹ちゃん連れてっていーい?」と笑う。長谷部は「ご随意に」と慇懃に微笑み、彼女は「わあい!」と子供のように笑って笹貫の両手を容易く握った。

踊るように手を引いて、くるりと回りながら無邪気に笑う、この本丸の主。

黄金の霊力の名残がきらきらと春風を生む。
波紋を広げ、風を起こし、波を生む。

「笹ちゃん笹ちゃん、あのね、みっちゃんが美味しいの作ってくれるって! 一緒に行こ!」

楽しげにはしゃいで笑った彼女が、嬉しそうにこちらを振り返って、笹貫を見上げた。

……
波立つ水面の奥底でも覗き込むように、無言でじっと見つめる笹貫に不意に気付いた彼女は、ゆるりと足を止めた。

きょとんと静かに見つめ返してくる金色の瞳が、ゆっくりと二度瞬いて、ふっと柔らかくたわむ。
「だいじょうぶ。離さないよ」
指先が、指の隙間を埋めるように、笹貫を絡め取る。

────あ、と笹貫は自覚した。今、己が捕まったことを。
波間に自分が溺れたことを。

「行こっ!」
無邪気に駆け出す彼女に引かれて、笹貫はたたらを踏みながら、明るい昼下がりへと連れ出された。

笹貫を拾うと宣言したあの晩から
絶えず笹貫の両手を引き続ける、華奢で小さな、抗いがたい手のひらだった。

《波間に溺るる》



《こぼれ話》

「ねーあるじー」

ぷっくり膨れた加州清光は、彼女の背中にべっとりくっ付いたまま、ぎゅうぎゅうとしがみ付いた。



「俺はさー、あるじのさー? そーゆー気の多いとこさー、ちゃぁぁんと分かって愛してっからさあ、いーけどさー、いいんだけどさあ」

ぎゅ、とかいなの中に
強く固く閉じ込める。

「もしもの話でもさあ、俺の前から居なくなる話なんてしないで。
んな未来こねーから。ぜってーだから」

「うん、ちゃんと信じてるよ。だいすき」
「傷付いたー、傷付きましたぁー! ハグと撫で撫でと甘やかしを要求しますー!」

ジタジタばたばたと駄々をこねるみたいに騒ぐ清光に、彼女はとろけるように微笑んで、くるりと向きを変えてぎゅうっと抱きしめ返した。

「ふふ、ごめんね。ぎゅー」
「ふーんだ」
「だいすきだよかしゅー。わたしのはじまり、わたしのいちばんさいしょ。かしゅーが居ないなんて考えられないよ」

無防備に抱きしめ返す両腕が、清光の背中をさすって、笑みが清光の腕の中で幸せそうにとろける。

「ずぅっといっしょにいてね」
「んもー、俺のあるじまーじ刀ったらし。困ったあるじを持って俺ちょー大変。ふーんだ」

拗ねた声音は、けれども甘やかだ。
彼女はしあわせな赤子みたいな面差しで笑った。

「えへへ、わたしね、かしゅーがいるからなんにもこわくないよ。
かしゅーとちょっとでも離れなきゃいけないような未来は、ぜんぶ斬ってね。だいすき。わたしも愛してるよ」

「あー俺チョロ、まじチョロい。くっそー」


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