@sa_cu_ll
便乗ワンライ(声・指先)
yours
麦わらのルフィことモンキー・D・ルフィは恋をした。
絶世の美女と謳われる女帝の美しさにも求愛にも動じなかった男が、ついに他人に心を奪われのである。
「おい、麦わら屋。いい加減手を離せ」
長い足を組み、分厚い本を足に乗せて本を広げたローはまとわりつく男に文句を言った。
「なんでだ!? いいじゃん!!」
「よくねェ。邪魔だ」
「え————!?!?!? そんな理由!?」
ゴムだからどこまでも伸びる頬をぷくっと膨らませた。口を尖らせてこれ以上ないほど不満を露わにする。
が、ローの手を離すことはしない。
ローの手にルフィは自身の手を重ね、ローの墨の入った指一本一本を何度も撫でるように触っている。
この男らしくない、ねっとりとした触れ方にローは内心戸惑っていた。だが、そんな戸惑いはおくびにも出さず冷淡に言い放つ。
「本が見づらい」
だが、そんなローの態度に怯む男ではない。
「本読まなきゃいいだろ!」
「いやだ。おれは今、本を、読みたい」
ゆっくりと一言一言言い含ませるように伝えた。
麦わらの一味の船には、船長はまったく本を読まないというのに、蔵書はなかなかによいものが揃っていた。『よい』というのは『珍しい』ということだ。
ただ珍しいだけではなく、ちゃんと書かれていることも『よい』内容なのである。それはひとえにこの船の船医の医学が素晴らしく長けているからだろう。または考古学者の、航海士の本の選定が巧みなのか。
とにかく、ローにとってこの海賊船は本を読むという意味でも気に入っている船なので、その時間を邪魔されるのは、どうにも腹立たしいことだった。
「あーあ。またキャプテン怒らせてるよ」
「ルフィはトラ男が好きだから仕方ねェよ」
そんな自分たちの船長のやりとりを少し離れたところ見守っているのはベポとチョッパーだ。
見守っているというか、甲板の芝生に寝転んでポカポカ陽気を楽しんでいたら、前述のやりとりをする船長たちが見えたのだ。
「麦わらってへこたれねーよな。キャプテンにあんな態度されて」
ベポのふっくらした腹の上に身を沈めるように横になるチョッパーはすんなりと答えた。
「へこたれるわけねェよ。ルフィだぞ」
そんな船長たちの話を咲かせている二者を、また彼らから離れた場所で朗らかにロビンやナミが眺めていることを本人たちは知らない。癒しスポットと化しているのだ。
「ルフィ、トラ男と会えない間にどれだけトラ男のこと好きだかおれたちにいつも話してたし」
「へェ。まあおれたちの方がキャプテンのこと好きだけど」
「どんなとこが? って訊いたら色々言ってたけど、その中に『指も』って言っての、おれ覚えてる」
だから今も、ルフィはローの指に自分の指を絡ませているのだろうとチョッパーは納得していた。
「確かにトラ男の指はすげェよな。さすが外科医だ。手術してるときの指先の動きは真似しようと思ってできるもんじゃねェ」
チョッパーは同業の目線からの感想しか言えない。
「へへっ! そうだろ? うちのキャプテンすげーんだ」
同業者の視点だからこそベポは喜んだ。
「そうだよな! ルフィのあの胸の傷! 治してくれたのトラ男だもんな!」
「ああ。あの傷治した時はキャプテンも『よく死ななかった』って言ってたよ」
「『言ってた』って言えば、ルフィ、トラ男の声も好きだって言ってたぞ」
「ああ! そうだよなァ! キャプテン声もすごくいいよなー!」
ベポは分かると大きく頷いた。
自分のところのキャプテンは最高なのだ。冷静沈着、頭がよくて、もちろん見た目もいい。外科医としての腕も一流で頼りになりすぎる。欠点らしい欠点などないパーフェクトな人だ。
そんな人が、文句を言いながらも付き合いを続けている麦わらのルフィという男。
確かに世話になった相手だけれど、どうして恋人としてあの年下の男を選んだのかとベポは今でも不思議だった。
ベポは寝転がったまま、船長たちをまじまじと見た。
まだ懲りずにローはルフィを怒っているし、ルフィはローにべたべたと触れている。
ローは冷静沈着な男だけれど少し怒りっぽいところはある。だから、麦わらのルフィに対する態度は理解できた。ローを怒らすようなことをしなければいいのに、とベポは思う。
終始にこにこと笑っているルフィの顔がローに近づいた。ローの耳元で何かを言ったのだと思う。
ベポはその瞬間を見てしまった。
ローの怒り顔が、戸惑ったような表情になった瞬間を。
ふたりの声は聞こえなかった。
ローはすぐにまたルフィに怒ったみたいだった。
ルフィは変わらずに笑っている。
ルフィが重ねていた指に、ローの指先が絡むように変化していたことに、上手な説明はできない。