2026/7/18
切爆真ん中バースデー。
お題お借りしました。「帰り道」
なんか「うなじ」と「背中越し」も要素はありますね。
へけっ。
@re_magio
いつだったけな。
赤。
赤。
赤。
ーーーー『郷愁そぞろに』
もうそろそろ梅雨も終わるらしい。
教室から見えるオレンジがかった空を見ながら、切島はリュックサックを背負った。
「帰ろうぜ」
「おー」
通学鞄の中に教科書や文房具を仕舞った爆豪が何の疑問も持たずに返事をする。二人で並んで教室を出ると既に生徒たちは帰っているのか廊下に他の気配を感じることはできなかった。
昨日は一日中雨で、今朝も明け方にザッと激しい雨が降った。
そのせいで登校時間は何だか湿気が空中に留まっていたような気がする。
誰も口にはしないが、制服が肌にべたりと張り付くような不快感をクラスメイトたちは感じていたに違いない。
蒸し暑いのって嫌になるよな、なんて軽口程度に言ってはいたけれど天候のことなど誰の責任でもあるまい。誰も本気ではないのだ。
爆豪も機嫌が悪そうだったが、行き場のない苛つきは眉を顰めることで耐えられたようだ。
それに昼前から回復してきた空の調子に教室内の空気も明るくなった。
口には出していないが爆豪も少しだけ気分が上がっていただろう。
指摘すれば多分背中を蹴られちまうかな。去年よりは素直で気心も知れている友人は、照れ隠しも多くなった。
甘えてくれているのだろう、と思う。それも言えばきっと殴られちまうかな。
窓の外の夕焼けは痛いくらいに赤かった。
何が痛いかって?眩しくて目が痛いに決まってらァ。
不快な痛みではなく、心地好い痛みの一つ。
窓の外の夕焼けの痛みに切島は目をパチパチと瞬かせながら立ち止まる。
午前中に落ちていた雨の雫は鳴りを潜めてどこへいった。
空、高く雲の中。また地を目指さんと力を蓄えて隠れているのか。
「切島?」
立ち止まった自分に気付かずに少し先に進んでいた爆豪が怪訝そうな声で名前を呼んだ。
窓の外から廊下に目を向けると一気に暗くなった視界に思考が一瞬固まった。
絞られた瞳孔が早く慣れたいと反射的に何度も瞬きを繰り返す。
ぱち、ぱち、ぱちぱち。
ストロボライトが点滅するように、爆豪の姿がまるでスローモーションだ。
ゆっくりと近付いてくる姿が己の視界に浮かんでは、一瞬消える。
古い映写機のちらつきに似ている。本物を見たことはない。
物心が付いた頃からパソコンは普及していたし、スマートフォンも或る程度の年齢以上は9割近くが持っている。
だから自分たちは保存状態が悪いものの再現なんかでしか点滅するような映像は見たことがない。
今はそういう映像を、エモいとかレトロとか言って何だかお洒落なものみたいに感じるやつらもいるし。
温故知新、というものか。古きを知り、新しいものに昇華することはいいことだ。
目の前までいた爆豪は声と同じく怪訝そうな表情で己の顔を見た。
夕日のような赤い瞳がキラと光った。
あ、綺麗。夕日が反射して、こがねになっている。
「きれいだな、ゆうやけ、」
の色が入っているお前の目、と続けようとして途中でやめた。
爆豪が困ってしまうと思ったからだ。自分からの言葉で相手が困るのは嫌だった。
だからいつも当たり障りのないことしか言えない。
それも歯痒くて、知らずに拳に力が入った。
爆豪は切島の言葉に窓の外へ視線を向けて、眩しそうに目を細めて直ぐに逸らす。
もうじき山の裏側に落ちていく夕日をジッと見つめていた自分とは違って廊下の暗さにも直ぐに慣れたようだ。
「別に、いつもと同じだろ」
いつもと同じ夕焼け。いつもと同じ綺麗な夕焼けだ。
夕焼けが色鮮やかだと次の日は天気がいいんだったっけ。
それなら明日はきっといい天気なんだろう。梅雨ももうじき終わるなら晴れが増えると嬉しい。夏だーって感じもするし。
今年の夏は何をしよう。去年はできなかったことも今年はできるだろうか。
「小さい頃さぁ、お日様が沈んだ向こう側って何があるんだろうって思ってたんだ、俺」
立ち止まったまま切島はぽつりと話を続けた。
赤く染まっている廊下は、数分後には夜にゆるゆる染まっていく。
黄昏時なんかは一瞬だ。それを無視して帰るには惜しいと思っただけだった。
「俺は山の向こうにお日様で燃やされた世界があると思ってた」
何の絵本を読んだのか。誰かの戯言やら冗談だったのか。
だけど何だか燃やされた世界っていうのは幼い己には格好良く見えた。
荒廃してボロボロの世界を駆け抜ける宇宙船の映画をチラリと見たこともあった。
幼い鋭児郎はテレビに映ったその映像あまり覚えていなかったが、父親がお前にはまだ早いとチャンネルを変えたことは覚えていた。
昔の映画の方がキスシーンやベッドシーンは多かった。それを危惧してのことだろう。
切島はその一瞬だけみた記憶で、燃え盛る夕日が落ちた山の向こうは荒れ果てた世界があると思った。
いつかその世界を冒険するのだと、夢想して落書き帳に計画だと言って想像した地図を描いてみたりもした。
一度、両親に山の向こうの燃えた世界について聞いたたことがあるけれど、二人とも可笑しそうに笑うだけだった。
「かーちゃんとかとーちゃんは地球の裏側に太陽はいっただけなんだよって言うけど、そんなワケねーじゃんって」
「ぶはっ、てめ昔から頑固なんかよ」
切島の言葉に爆豪は吹き出して笑うと窓の外の夕日にもう一度視線を向けて眩しそうに目を細めた。
見える夕焼けにすっかり体を向けた爆豪の隣に同じ方向を向いて切島も姿勢を直す。
窓の外の夕焼けが赤く燃やす雲の色。
その中に隠す雨の滴も夕陽に焦がされ赤いのか。
「可愛いガキだろ、頑固な俺も」
「どーだか。クソガキじゃねーの?」
冗談めかして言えば爆豪も矢張りお道化た調子で返してきた。
クスクス笑いながら、おめーほどやんちゃじゃなかったぜと軽くふんぞり返ると嘘言えと相手も負けてはいない。
幼い頃の自分たちは野山を駆けて様々な冒険をしていた。
爆豪の冒険の全てを聞いたことはないが、山に虫取りに行っていたことは知っている。
上鳴と峰田が昼休みの時間にカブトムシのための焼酎を利用したトラップの話をしていたときに山の腐った木の裏側で寝ている虫の話をしていたのが聞こえてきたのだ。
自分の知らない爆豪は未だ沢山いる。もっと多く相手のことを知れたらいいのに。
それを真っ直ぐ求める勇気が今の自分にはどれだけあるのか。
幼い頃の無鉄砲さは、いつの間にか薄れていた。
人は一瞬先から大人に向かっていく。嬉しくもあり寂しくもある。
手を伸ばせば直ぐ隣に爆豪はいるのに、触れられもせずに切島の指は痺れていた。
爆豪が駆け回った山の世界は瑞々しく、緑色の木の葉色。
俺の夢想した燃えた世界は荒れ果てていたが、希望を探す光もあった。今、世界は赤い夕日の燃える世界。
お前の潤んだ瞳に反射した光はこがね色。
山の向こうは燃えている。これからふたりで焦げた世界に行けたのなら、そこでどんな旅をしよう。
爆豪は着いてきてくれるかな。それとも置いて行かれるのが俺なのかしら。
「明日は晴れだな、バクゴー」
夕焼け空の次の日は快晴になりやすい。
梅雨ももうじき終わるらしいし、きっと明日は暑くなる。
窓の外から視線を隣に移してにっこりとした笑顔を浮かべて爆豪を見た切島は肩をぴくりと跳ねさせた。
夕焼け空を見ていた筈の爆豪の目と視線がぶつかったからだ。
赤く燃える瞳を見ようと思っていただけなのに、いつからその目はこちらを向いていたのだろうか。
少し驚いた自分の顔はどれくらい間抜けだったのだろう。
爆豪の唇が僅かに弧を描いて、右の頬の傷痕が揺れた気がした。
「そォだな、晴れだろうな」
さ、さ、さぁと吹いていく風のような静かさだった。
窓の外の夕焼け空はいかほど熱く燃えている。
風が吹けば涼しいだろうに、切島は非道く暑かった。
穏やかに悪戯めいて浮かべられた微笑はいつから自分に向けられるようになったんだっけ。
爆豪の笑顔は急に生まれたわけではなくて、ひっそり隠れていただけだ。
雨粒になるのを待ちかねて雲に潜んで目を閉じる。
自分の言葉が、この感情が、降るの待っている雨だとしたら。
この夕焼け空の鮮やかさで明日は晴れてしまうから、落ちることなくそのままずっと燻っていつか焦げてしまうのか。
雨にもなれずに、雨ともなれずに。
山の向こうの世界は燃えている。
それも消せずに、それを消せずに。
「帰るんだろ」
一瞬、一瞬と夜へ向かっていく夕焼け空をもう一度だけ一瞥して爆豪は廊下を進む足を踏み出した。
うん、と切島は小さく返事をしてから大きく息を吸い込んだ。
吸い込んで飲み込んだ空気が胸に落ちて、腹に消えた。
そうして何度も何度も、飲み込んで消えてしまうと思っていた気持ちは、不思議と消えずに残っていた。
夕焼けに燃やし尽くされることもなく、雨は降れずに蒸発することもなく
、諦めの悪い居心地の悪さが情けない。
俺はそんな自分を意気地がないなと思っていたんだ。
赤く燃えるような廊下を歩くお前を追って、触れることを恐れて手を伸ばすことができなかった。
お前に距離を取られることに怯え始めたのはいつだったっけ。
赤。
赤。
赤。
梅雨はもうじき終わるらしい。
あ、
梅雨は、もう、終わったんだっけ。
光を感じて目蓋を開いた切島はぼんやりとカーテンの隙間からの光を眺めた。
夢を見ていたような疲労感にすっきりとしない目覚めだと欠伸を漏らし昨日の夜は日付が変わる前に寝たと思うが未だ眠い。
睡眠は時間よりも質が大事だと聞くが、起きて意識が重いとそれを痛感する。
雑に閉めたカーテンは強い朝陽を遮ってはいるけれど、何だか赤みの強い空を透かしてじりりと熱を感じるようだ。
朝焼けってあんまり見ることないな、と切島は矢張りぼんやりとしてしまう。
朝早くのランニングの時に見かける真っ赤な空はいつもよりも熱い気がした。
夕陽の沈む山の向こうが燃えている世界だとしたら、
朝陽が昇った朝焼けの世界は正に今、燃えているのか。
何だ、そんな詩的な考え。さっきまで見ていたような夢の名残なのか。
どんな夢を見ていたのかはよく覚えていないけれど。
切島は大きく欠伸をすると腕の中にある心地好い温もりを抱き締めた。
温かくて柔らかくて、いいにおいがする。
「起きたんか」
腕の中の男の声に切島は、一瞬だけ驚いた顔をした。
まだ眠っていると思っていた。背中を向けて横たわっている爆豪はスマートフォンを眺めているのだろうか。
目の前にある相手の髪に鼻先を埋めて息を吸う。
擽ったそうに肩を竦めた爆豪が微かに笑ったような気がした。
「朝早ぇな、爆豪」
「ん、起きたばっかだわ」
切島が爆豪の腹の辺りに回した腕に力をこめると、己の胸に相手の背中が寝間着越しに触れる。
今日は二人とも休みだったから昨日の夜は睦み合ってもよかったのだが、忙しさと疲労で早々に眠ってしまった。少し勿体なかったかな、と相手に触れたいと願うのは我儘か、それとも甘えか。
「なんか、夢におめーが出てきた気がする」
寝起きの声は掠れている。慣れたシャンプーの香りが鼻を擽って切島は微かに目を閉じる。
油断すれば再び眠ってしまいそうだ。ベッドに蕩ける毛布みたい。
腕の中の爆豪は「へぇ」と相槌を返してくるけれど、寝ぼけている己の声の意味などないと分かっているのだろう。
それに爆豪だって嘘ではなければ同じく起きたばかりだから、会話を発展させる思考が働いていないのかもしれない。
そういう気の抜けている相手が見れるのは、自分だけなのだと思うと何故だか胸の奥がギュと詰まる感覚がした。
切島は爆豪のうなじに唇を当てて軽く吸いついた。
「ん、」
吐息混じりの声が聞こえる。
その声を聞くことができるのも自分だけだ。
あ、何だろう。何で俺は少し泣きそうなんだろう。
痕がつかない程度に何度か口付けをしていると、しつこいとばかりに爆豪の手が己の手を軽く叩いて窘めた。
「切島」
「うん」
「ヤんなら、朝飯食ってからがいい」
昨日は眠るのが少し早かったし、今も朝早い。
触れ合って、余韻を感じて、風呂に入ってとするならば朝食を食べ損ねてしまうだろう。
それは確かに、と切島は頷いた。
別に抱きたいと誘ったつもりはなかったけれど、爆豪が仄めかすということは相手はその気なのかもしれなかった。
「おにぎり、作ろうぜ」
首筋に唇を当てたまま朝食のメニューを提案した。
冷凍庫には容器に入れた一昨日炊いた米が何個か入っている。
冷蔵庫には何かあったかな。塩むすびでも美味しいし、味噌汁ならば簡単に作れるし。
悪くねえなと爆豪はその提案を受け入れて、もう少しだけ微睡みの気怠さに甘えて切島に寄りかかるように身を寄せた。
己の手に重なっている爆豪の手を切島はそっと握って窓の外の朝焼けのことを考えた。
眠っていた世界は目を覚まして、燃ゆる世界で息をする。
爆豪の赤い瞳に光が反射して揺れるのは非道く綺麗だった。
自分の赤い瞳も同じだろうか。それとも少し違うのか。
こがね色に揺れる瞳を見たのは、いつだったっけ。
俺しか知らない爆豪の顔が増えたのは、いつだったっけ。
赤。
赤。
赤。
朝焼けの色は夕焼けと何が違うのだったっけ。
あか。
あか。
あか。
「今日は雨かな、バクゴー」
朝焼けが見える日は雨が降るらしい。
今は未だ晴れているだろうに、これからきっと雨が降る。
何てことはない呟きだった。
折角の休みなのに、洗濯物が外に干せないかもななんて思うくらいの些末さだった。
己の手を握り返した爆豪は小さく頷いて吐息に乗せて穏やかな笑い声を漏らした。
「そォだな、雨だろうな」
雨。
雨。
晴れ。
晴れ。
赤。
赤。
赤。
胸の奥が、何だか詰まる。
鼻の奥が、ツンとした。
燻っていた雨粒が、降るようにぽつりと。
「すきだよ、爆豪」
お前のことがこんなにも。怖いくらいに。
堪えるように唇を軽く噛み締めている切島を爆豪はきっと気付かない。
爆豪は知っているよと握る切島の手の甲を指で優しく撫でた。
梅雨はもう終わったのだった。
それでも雨は降る。
言葉にできないこの感情を伝える術が切島にはなかった。
朝焼けの赤さはもうじき薄れていくだろう。
冷凍ご飯のおにぎりは何個作ろうか。
欠伸の振りをして切島は少し潤んだ瞳を誤魔化した。
雨はいつから降るのかしら。
もう降っているのかしら。
今のふたりは未だ朝焼けの燃えている世界しか知らないのかもしれなかった。
ーーーー『郷愁そぞろに』