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果実の香る夜

全体公開 ヌヴィリオ 1 3 2193文字
2026-07-19 20:02:06

夏の夜、ヌヴィレットの家でお酒を楽しむヌヴィリオの話

Posted by @otroom0v0

 バルコニーに面した窓辺にテーブルと椅子を拵え、グラスと皿を並べる。カトラリーもいくつか添えたところで、硝子のキャンドルホルダーに蝋燭を入れ、火を灯した。ホテル・ドゥボールには負けるが、それなりに見栄えのよい食卓が出来たと思う。
 支度が済んだところで、ヌヴィレットは息をついた。服も着替えたので、後は彼の到着を待つばかり。期待に胸を躍らせて、そわそわと食卓の周りを歩いていた時。玄関の扉を叩く音が聞こえて、はっと顔を上げる。急いで玄関に向かい、扉を開けると、想像していた通りの人物が立っていた。
「こんばんは、ヌヴィレットさん。約束通り、美味い酒と料理を持って来たぞ」
 そう言って彼、リオセスリがにっこりと微笑んだ。つられてヌヴィレットの口角も緩やかに持ち上がり、喜びで胸が満ちていく。
「こんばんは。さあ、中へ入ってくれ。もう支度は出来ている」
「ああ。お邪魔するよ」
 リオセスリを迎え入れると、彼を部屋の奥へ案内する。バルコニーの近くに拵えたテーブル席を見るなり、彼が「なかなかセンスがいいじゃないか」と声を弾ませた。率直な褒め言葉に、誇らしくなってしまう。
「窓を開ければ、心地よい夜風が入るだろうと思ってな。ささやかだが、今宵の逢瀬のために用意してみたのだ」
「流石ヌヴィレットさん、気が利くな」
 彼の言葉が、じんわりと染み入る。余韻に浸りながら窓を開けると、ひんやりとした夜風が吹き込んできた。昼間の暑さが嘘のように、過ごしやすい気温になっている。湿気を含んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ時。リオセスリが抱えていた紙袋を開け、中身をテーブルに並べ始める。ヌヴィレットはその中からひとつ、果物を漬け込んだ赤い飲み物に目を留めた。硝子の容器に満ちたそれは、キャンドルの灯りを受けて、ルビーのように煌めく。
「この瓶に入っているものは何だ?」
「サングリアだよ。たまには自家製のものでも作ろうかと思ってな。今夜誘ったのも、ヌヴィレットさんと一緒に飲んでみたかったからなんだ」
 支度をしながら語るリオセスリの横顔は、どこか浮かれて見える。この日のために楽しみをとっておいたのかと思うと、そのいじらしさに胸が締めつけられた。
 ――酒はあまり好まないが、リオセスリ殿の作ったものなら、ぜひ飲みたい。
 ヌヴィレットも彼の支度を手伝って、サングリアをグラスに注ぎ、料理を皿に盛る。こちらもリオセスリが作ったもので、肉汁とソースの滴るローストリブだった。それからもう一品、さっぱりとしたキャロットラペも並べると、食卓が豪華に彩られる。ふたり顔を見合わせて、にっこりと笑った後。席に着いて、共にグラスを持つ。その中には瑞々しい果実の香りを纏ったサングリアが、たっぷりと満ちていた。
 リオセスリがどこか誇らしげにそれを眺めた後、咳払いをする。
「それじゃあ、初めて作ったサングリアの試飲と、ふたりきりの晩酌を記念して……乾杯!」
 掲げたグラスを軽く当てた後、サングリアをひと口飲む。赤ワインの濃い味わいに、果物の軽やかな甘味が重なって、とても飲みやすかった。初めて作ったとは思えない出来栄えに、感嘆を漏らして頷く。
「ワインと果物が見事に調和している。君はとても器用なのだな」
「あんたの口に合ってよかったよ。初めてにしては、上出来だな」
 リオセスリも目元を緩めて、美味しそうにサングリアを飲んでいる。その様子を穏やかに見守った後、ローストリブも口にした。柔らかな肉に甘辛いソースがよく合う。じっくりと味わって飲み込んだ後、サングリアを流し込めば、口の中がさっぱりと洗い流された。その心地よさに目を細めながら、ヌヴィレットは息をつく。
……私は酒を嗜まないが、人間が何故好むのか、少し分かった気がする」
「ついにヌヴィレットさんも、酒の楽しみ方を理解したか」
 普段よりも砕けた雰囲気で、リオセスリが笑う。ふたりきりの時間、こうして素の顔を見せてくれる彼に、何か熱いものがこみ上げた。
 ――それだけ私を信頼し、好意を寄せてくれているのだろうか?
 初めて作ったサングリアを分かちあいたい。そう思ってくれたリオセスリが、とても愛おしく感じられた。この感情をどう伝えればいいか悩み、グラスを揺らしながら思索に耽る。
 そうしていると、開け放った窓から穏やかな風が吹き込んできた。何気なく空を見上げれば、星々が淡い光を放っている。美しい夜空に、しばし見入った時。リオセスリの吐息が聞こえてくる。
「いい夜だな」
 彼を見れば、頬杖をついて夜空を眺めていた。わずかに潤んだその瞳は、星々の明かりよりも美しい。速まる胸の鼓動を感じながら、ヌヴィレットはテーブルの上に置かれたリオセスリの腕に、そっと触れてみた。ゆっくりと振り向いた彼は、どこか艶めいた表情を浮かべている。互いに黙って見つめあった後、ヌヴィレットはわずかに身を乗りだした。
「今夜はどうか、私の傍にいてほしい」
 その言葉を聞いたリオセスリが目を丸くして、気恥ずかしそうに笑った。
……奇遇だな。俺もそうしようと思っていたんだ」
 腕に添えていた手に、リオセスリの手が重なる。彼の指先が、誘うように甲を撫でて。再び視線が絡み合うと、どちらからともなく顔を寄せる。
 果実の甘い香りと共に、ふたりの影がひとつに重なった。


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