夏の朝、早くに目覚めたヌヴィレットがリオセスリのために紅茶を用意して、共に朝を迎える話
@otroom0v0
ふと目を覚ましたヌヴィレットは、既に明るくなっている室内に気付いて、窓に目を向ける。カーテンから漏れる陽光が、夜明けの到来を知らせていた。静かにベッドから起き上がって時計を確認すると、まだ午前四時を過ぎた頃で。夜明けの早さに、季節の移ろいを感じる。
――起きるには早いが、既に目が冴えてしまった。
手で髪を整えながら、そっと隣に目を向けたヌヴィレットは、穏やかに目元を緩めた。そこにはリオセスリが横たわり、心地よさそうな顔をして眠っている。安らかな寝息を聞いていると、胸の奥がじんわりとあたたまるのを感じた。
――君とこうして過ごすようになって、どのくらい経っただろうか。
警戒心が強く、誠実で控えめな彼が、ここまで心を許してくれた。それがどれだけ尊いものか、今のヌヴィレットにはよく理解できていた。互いに歩み寄り、少しずつ変わっていったのだと、改めて実感する。
密かに吐息を漏らした後、ヌヴィレットは静かにベッドから抜け出した。足音を潜めて寝室から出ると、キッチンに向かう。ケトルに水を注ぎ火にかけたところで、食卓にカップとポットを用意した。それから戸棚に向かって、紅茶の缶を手に取る。
――目覚めの一杯は、コクのあるものがいいだろうか。
いつの間にか増えた紅茶の缶を、次々と眺めては思索に耽る。こうした新しい趣味も、リオセスリから得たのだ。昔、十缶で半額と聞いて、彼に大量に贈ってしまったことを思い出し、笑みがこぼれる。
せっかくリオセスリがいるのだ、彼の好きなものにしよう。そう決めたヌヴィレットは、香り高い定番の茶葉を選んだ。砂時計も忘れずに用意して、湯が沸くまでの間、顔を洗って簡単に身支度を済ませる。
やがてケトルが甲高い音を上げて、速やかに火を消した。今の音でリオセスリが目覚めていないか、わずかに緊張感が駆け抜ける。
――起きたとしても、出来立てのお茶を振舞える。
そう自分に言い聞かせて冷静さを取り戻すと、カップとポットに湯を注ぎ、温めておく。支度が出来たところで、ポットの中に茶葉を入れ、湯を注いだ。砂時計をひっくり返すと、キッチンカウンターにもたれて、静かに待つ。
そんな時、こちらに迫る足音が聞こえた。ゆったりとしたその音に、まだ眠いのだろうと察して、頬が緩む。程なくして、キッチンにリオセスリが現れた。彼はシャツを一枚羽織っただけの姿であくびを噛み殺し、ヌヴィレットを見て微笑む。
「おはよう、早起きだな」
「おはよう。すまない、起こしてしまったか」
「気にしないでくれ。メロピデ要塞に戻らなきゃいけないんだ、早いに越したことはない」
少し掠れた声でそう言うと、リオセスリが近づいてきて、ヌヴィレットにぴったりと身を寄せた。肩口に頭を預けて、ヌヴィレットの腰を抱く彼に、胸の鼓動が速まっていく。
「……まだ眠いのか?」
「ああ。誰かさんが夜更けまで、俺をたっぷり可愛がってくれたからな」
昨夜の甘いひと時が脳裏に浮かび、咳払いをして誤魔化す。
「あと少しで紅茶ができる。できたての一杯を共に楽しもう」
「ああ」
リオセスリが深く息を吐き出して、ヌヴィレットに身を委ねる。伝わってくる胸の鼓動や、静かな息遣い、そして体のぬくもりが、とても愛おしかった。ヌヴィレットもリオセスリに身を寄せて、穏やかな時を過ごす。
――これが人の営み、というものか。
愛を紡ぎ、共に手を携え歩いていく……限られた命を持つからこそ、そうして生きていくのだろう。今こうして好きな人と添うことができている幸運を、静かに噛みしめた。
するとリオセスリが顔を上げて、ヌヴィレットの腰をぽんと叩く。
「砂時計、もうすぐ終わりだぞ」
言われて確認すると、残りの砂はあとわずかになっていた。リオセスリから離れると、ポットを手に取りカップへ紅茶を注ぐ。澄んだ赤色がカップに満ちて、華やかな香りが立ち昇った。リオセスリが深く呼吸をして、満足そうに息をつく。
「俺の好きなお茶じゃないか。ありがとう、ヌヴィレットさん」
「他ならぬ君のためだ。それに昨夜は、私の都合で君を困らせてしまった。お詫びと思って、味わってほしい」
そう言いながらもうひとつのカップに紅茶を注いでいると、リオセスリが後ろから抱き締めてくれた。
「……あんたといると、あったいかいよ」
腰に巻きつく腕が、求めるように力を帯びる。そんな彼の仕草に、顔が綻ぶのを感じた。
「私もリオセスリの傍にいるのが好きだ」
彼の腕に手を添えて、柔らかに微笑む。最後の一滴まで注ぐと、静かにポットを置いた。
「さあ、お茶を飲もう。きっと目が覚める」
「そうだな」
リオセスリがヌヴィレットから離れて、席に着こうとする。その腰を抱いて引き寄せると、触れるだけの優しいキスをした。
「今日もよき一日になるよう、祈っている」
目を丸くしてヌヴィレットを見つめていたリオセスリが、照れくさそうに笑って、首に腕を回してきた。
「もうなってるよ」
二度目のキスは、しっとりと深く重なる。紅茶が冷めるのも忘れて、ふたりは甘ったるく睦みあった。
窓から差し込む陽光が、新しい一日の始まりを告げる。眩い光に包まれた部屋は、幸福に満ち溢れていた。