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瑕疵

全体公開 貿易船 1 1017文字
2015-12-11 00:43:50

「もし私が死んだら---」 貿さん✕かー子

Posted by @san_ph7

「どうしてそんなこと言うんですか」
 夕日の橙が大きな彼女の涙に映りこんだ。液体は重量にまかせて自由落下して、彼女の足元で飛び散る。
「貴方は」
 顔を上げて目の前の人を精一杯睨みつけた。茶色の長い髪の毛を潮風になびかせて、真紅の瞳を彼女に向けるその人を。黄緑色の宝石のような瞳から、どれだけ大粒の涙が流れようと、その人はいつもと変わらぬ様子で微笑んだままだった。
「貴方が死んだら私がどうなるかなんて、全部分かっていてそう言ったのでしょう……!」
 彼女はその人の胸に両の拳を叩くように押し付けて、顔を埋めた。寄りかかられたその人は、黙ったまま目を細めて、柔く彼女の腰を引き寄せる。
「ずるい人! 分かっているくせに! 今更それを私から言わせようなんて、なんてひどい人!」
 時折嗚咽を混じらせながら、彼女は堰を切ったように感情を吐き出し続けた。
「ずっと貴方の隣にいたいのに! 傍にいたいのに、貴方がいないなら、そんなの何の意味もない……
 そんなのは嫌、と消え入るような声でそう続けた。彼女涙のいくつかが、彼の胸元の赤いブローチに落ちて滴る。つるりとした表面を滑るように移動して、スカーフを濡らす。肩を震わせて泣く彼女をずっと黙って見ていたその人は、彼女の腰に添えた手に少し力を入れた。
「どうせ、私の反応を楽しんでいるのでしょう? ひどい、ひとね、本当に……貴方なんて……
 片手で彼女の濡れた頬を無理やり持ち上げた。自分を想って美しく泣く彼女の顔を見つめる。
「嫌になった?」
 彼女は顔を歪めて、いいえ、と小さな声で呟いた。笑んだ彼が少しだけ悲しそうに見えたものだから、彼女はまたこの目の前の人を恨まずにはいられなかった。何もかも分かっているくせに、それでも不安がって彼女の言葉をせがんでいるようにも見えたから。
「私は、貴方のそばにずっといます。もしその時がきても……その時がくるまで」
 口角が釣り上がって裂けそうになるのを抑えて、彼は彼女を抱き寄せた。その言葉に彼が漫然と抱いたふたつの恐れは、どちらかと言うとその片方だけが彼に重大で小さな瑕疵をもたらした。
 つまり、自分より彼女の方が先に死んでしまうだろうという焦燥を。
 彼はそれに気づかなかった。ぼんやりとした不安をかき消すために無意識に声を出して笑った。
 血のように赤い残光を撒き散らして太陽が地平線に沈んでも、しばらくふたりはそのままだった。



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