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MAMA6巻感想 ※ネタバレ

全体公開 3015文字
2015-12-11 01:16:52
Posted by @133OA20



MAMA6巻の感想です。ネタバレしまくってますので注意。自己満足です。









5巻の終わりがイーノク章の冒頭で終わったから6巻ではやくイーノクの話が読みたいと思ってた矢先の、このストーリーは凄く心臓にきた。アベルに次いでイーノクはMAMAではとくに好きなキャラで、イーノク章はやく読みたいなとずっと思ってたらまさかの一番最後だった。なんとなく5巻でイーノク章に入って、6巻で完結って聞いたときにイーノク章を最後に持ってきたのには理由があるんだろうなと思った。そして、6巻でそれは全部綺麗にまとめあげられていたわけです。
MAMAを読み始めたのがなんと5巻出てからで、MAMAという作品に浸っていた期間が物凄く短いまま最終巻を早々に迎えてしまったことが惜しい。けど、この素晴らしい作品の結末をリアルタイムで追えて良かったと思う。
1巻を読んだときにあまりに好みの話すぎて過呼吸になりかけながら読んで2巻では引くほど泣いたから、最終巻なんかきたら死んでしまうのでは?と思っていたのが正直なところで、最終巻読みたいのに読みたくないとか怖いって正直思っていたんだけど、わたしが想像していたよりも何倍もMAMAという作品は優しい世界だったと思う。泣いたのはイーノク章のみで、あとは涙ぐむこともあったけど涙を零すことなく穏やかな気持ちで読み終えることが出来た。
色々と言いたいことは山ほどあるんだけどいかんせん自分に語彙がなさすぎる上に頭が悪いから完全に自分見解だけど思ったことを少々。
先に述べたようにイーノク章がクワイアの少年たちの中で(主人公であるギャビー除く)最後だったのは、イーノクが天使(MAMAという世界軸ではなく世間一般で言われるもののこと)に最も近かったからかなという見解。MAMAという世界の中では、「天使」=歌声が最高に達したときに死んで天使になって神様の元へ行く選ばれた少年のこと、であるけど、イーノク章でいう「天使」は世の中でいうあの天使のこと(所謂物凄く安易な言い方をすると天使みたいな心の持ち主のキャラのことです)かな、と。イーノクはクワイアで天使になった少年の写真を鍵のかけた部屋に飾る係だったのが最初知った時から不思議というか、この子は何か特別なのかも?と思っていたから余計。この写真を飾るという行為が前にクワイアにいた生徒がはじめて引き継いだものなのか、教師に言われてしていることなのかはわからんが。ただ沢山写真があったから随分前からの習慣とみたからイーノクが個人的にやってることではないと思う。し、イーノクはリーダーとかそんな感じでもなさそうだったし(シオンが実質自分がリーダーだと言っていて天使になったあとリーダーが誰になったかはわからんのでそのへんは置いとく)。イーノクが天使になってから果たしてあれは誰がするのかなぁ。
5巻終盤でイーノクはクワイアに残る「傷だらけの少年」に対して気遣うような、祈りを捧げるようなことを言っていて、6巻でイーノクが天使になった時みんなが「イーノクはいつも僕たちのことを考えてくれていた」というのがまさに「天使」のそれなのかなと。イーノクが言う「座を譲るという才能」というのはイーノクの優しさそのものだなと思った。天使になったことを誰にも告げずその歌声を自分のママにだけ聞かせて(ラザロには聞かれてたっぽいけどノーカンだとわたしは思ってる)誰にも知られずに静かに天使になったイーノクのその最期が誰よりも天使らしくてよかった。ソファで横になって柔らかな笑みを残して眠るみたいに死んだ姿に美しいという言葉しか出なかった……。ユージーンのときとかアベルのときみたいに大々的に天使になったことが知られて天使の誕生だ!と祝われることなく、静かにママにだけその歌声を与えたイーノクは一番幸福な結末を迎えられたのかなと思う。イーノクが天使になってから、傷を抱えたクワイアの少年たちが前に進むことが出来たのはイーノクがその傷を少しずつ持って天使になったからなのでは?とメタファにすら思える。イーノクは優しくて控えめでそしてママを愛していたから、「ママ」の元に帰ったんだろうな〜。MAMAって教会とか賛美歌とか出てくる割に宗教や信仰についての細かい説明はなかった(一応カトリックかプロテスタントが近いかなと思っている)けど、なんとなくこのMAMAという作品のタイトルが「MAMA」、ママ、お母さんのことなのは勿論各々の少年たちの母親のこともそうだけど、聖母マリアのことでもあるのかなと思った。天使になるというのは聖母マリアの元に帰ることで、だから天使になった全ての少年は天使になる=死ぬことに恐れや不安を抱えてなかったのかも。ただ、人として生きて天使になるまでの期間、その時を待っている間の彼らの「聖母マリア」は自分たちの「ママ」だから、天使になった少年たちはみんな比較的ママを確かに愛していたような描写があったように思う。でもママから離れることは寂しくはなかった。それは聖母マリアの元に帰れるからなのかな。考えすぎな気がしてきた。一気に飛ぶけど、つまりギャビーが天使にならなかったのはそこが大きいかもという見解。ギャビーはママに対して愛かどうかはわからんが(わかりにくいので本当のママを「ママ」、聖母マリアを「マリア」という)、天使になりたいという欲はなかった=聖母マリアの元に帰りたくはなかった から、ギャビーは天使にならなかった。イーノクとギャビーは凄く対象的で、クワイアで天使になったユージーン、アベル、シオン(は描写が少なかったのであれだけど)、イーノクの中で最も天使(MAMA的な意味でも、それ以外の意味でも)らしいなぁと思ったのがイーノクで、天使に一番近いように見えて一番遠いところで、逃げるように生きていたのがギャビーだよな〜ってわたしは思った。聖母マリアの元に帰りたくない子を天使にしたってなぁ、というやつ?でもギャビーは美しい声があったからそれは天からの授かりもので、大天使の名をもつギャビーは地上で唯一の羽をもたない天使になった。ギャビーはずっと自分はどうしたいのかわからないというか、ひどく内向的だったから、自分の美しい声で自分のために歌いたいと思ったとき初めてアイデンティティが確立されたんだなと。終盤でラザロに先生が「先生は先生になった」って言ってたのが印象的で、同じ意味で「ギャビーはギャビーになった」んだなと思った。他の少年たちは「天使」になったけどギャビーは他の誰でもない「ギャビー」になった。マルタの結婚式でギャビーが歌を贈ったのも、結婚していずれ「ママ」になるマルタへの、愛とささやかな抵抗の贈り物なのだろうと思った。ギャビーが声変わりしなかったのも、天使にならなかったのも、ギャビーが天使になる種をもった特別な少年たちよりも、特別普通だったからかも。意味がわからないことを言ってるけど、この言い方がわたしには一番的を得ていると思うからいいや。そもそも感想なんて自己満足なんだ!
すごい突っ走ったことを書いたけど、MAMA最終巻を読めてよかったし、この作品に出会えて良かった!すすめてくれたフォロワーさん各位に感謝します。
でもやっぱり終わったの寂しいよね。
売野機子先生、ありがとうございました。

嗚呼、美少年になりたい。



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