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最終回直後からのゼアルⅢ

全体公開 遊戯王ZEXAL(Pixiv未UP) 8 1 11263文字
2015-12-14 07:02:00

夜中1時半〜朝7時(徹夜5時間半)一発書きクオリティ

最終回Cパート直後から始まるゼアルⅢ。
夕陽の空を駆け、アストラル世界へ向かう渦に飛び込んだ遊馬小鳥、凌牙達七皇、トロン一家にカイトは。
アストラル世界に降り立って、言葉を失う。
なんだ、これ
遊馬はその光景に、ショックを受けてあぜんと声を上げた。



アストラル世界は、青の光と水晶に彩られた美しく広大な異世界だ。
それが、今は。
灰色の岩肌に埋め尽くされ、全てが命の気配の無い石に覆われている。
ヒビ割れた岩の大地はザラついて荒廃し
恐らくは美しいアストライトの水晶で在ったはずの結晶体が、割れて完全に色を失っている。

音が無い。耳が痛いほど。
そこに広がるのは、まるで灰色の墓場だった。

「まるで、死の国だな
ザリ、と砂を踏んで前に出たのは凌牙だ。あぜんと言葉を失う遊馬をさり気なく庇い前に出て、鋭い視線を周囲に投げ見渡す。小鳥が繋いだ手のひらが、怖がるようにぎゅっと握り締められる。
その後ろで、トロンとV、そしてカイトは険しい表情ですぐさま手元のDゲイザーと機器で辺りを解析し始めた。
「遊馬。しっかりしろ。この中で直接この地を踏んだことがあるのはお前だけだ。」
凌牙は、呆然とした遊馬の隙だらけな脇を小鳥ごと庇いながら、周囲を警戒してぐるりと見回す。
はっと凌牙の言葉に正気を取り戻した遊馬は、駈け出すように口を開いた。
「ッ前はこんな!違うんだっ、もっと、キラキラしてて、不思議な感じで
「解ってる。遊馬。俺はあの戦いの時、お前の記憶を垣間見た。だが、あの時のアストラル世界はこんな場所じゃあ、なかった。」
そこは、周囲一面、砂と岩の砂漠であった。不自然な程色彩が無い。
凌牙は膝を引いて、足元の岩肌に触れた。不自然に温度が無い。ひやりとした冷たさも、押し返す熱も何も無い、虚無の岩であった。触れる違和感が指先から粘つく程気色悪くて、凌牙はすぐさま手を離した。
「璃緒、何か感じるか」
素早く輪状に散った七皇が各々周囲を警戒する中、璃緒は紅い目を淡く煌めかせて凌牙に答えた。
「いいえ凌牙、むしろ、不自然なほどに何も感じないわ。人の気配も、本来あるはずの息吹も」
「そうか。いや待てよ、
この感覚、前に、何処かで

延々と続く砂地。岩肌。凌牙の脳裏に、何かが引っかかった。
古い、古い記憶の奥底に、一瞬違和感が張り付いて弾ける。

「ベクター!お前、また勝手にッ」
そんな凌牙の前方を離れて、一人、ドルベやミザエルの警戒の制止をガン無視してベクターが輪を抜け出した。砂に残る薄い薄い轍にしゃがみ込んで、妙に確信ある足取りで岩陰を覗き込む。咲く花のような結晶体が完全に色を失い石化して割れているその切っ先に指を触れ、ベクターはその秀麗な眉を顰めた。

ベクターの紫の瞳が見開かれて瞳孔が開いていく。途端にギョロギョロ周囲を見回し指を顎に置いて、何かを凄まじい勢いで考え込み始めたベクターは次いで表情を一変させて、立ち上がって声を張り上げた。

「おいナッシュぅ、こいつって、まさか、」


「キケン!キケン!前方!エネルギー反応デアリマス!」
首を大きく伸ばしていたオービタルが、サイレンの様に頭を回して鋭い警報を発した。一堂に一斉に緊張が走る。輪状に散開していた七皇が、寸分乱れぬ動きで後方に跳び退き凌牙を中心にその輪状の陣形を狭めた。その輪の中で、小型の画面を中空に展開したカイトがオービタルに叫ぶ。
「オービタル!どっちだ!」
「推定2時方向から5時方向、推測距離は3.2km!高速で現在地方向に移動中デアリマス
エネルギー体の総数は、2050100170

「おいッ!やばい逃げろ!!」
シュタッと高く突き出した岩盤から降り立ったベクターが、切迫した表情で全員に轟く大声で叫んだ。
遊馬のすぐそばに降り立ったベクターは、強引に遊馬の逆手を引いて駆け出そうとする。
咄嗟の事によろめいてその場でたたらを踏んだ遊馬は、「ベクター!?どうしたんだ!?」とそのオレンジ色の後ろ髪に向かって叫んだ。紫色の瞳をカッと見開いたベクターは、「いいから全員走れ!!」と苛立った様に切迫した声を上げた。
「死ぬぞッ!!」


その時だった。
地平線の砂を巻き上げて その集団が彼方から迫り来る音を立てて姿を現したのは。



それは、巨大な蛇とサソリを合わせた様な化け物だった。
紫の毒々しい蛇状の下半身に人の様な上半身、頭に生やした蠍の鎌の様な蠢めく触手。

凌牙は、その集団が彼方に見えた時、
脳内に引っかかっていた記憶が弾けて、濁流の様に流れ込んで来た。
海を越えた侵略。石になっていく仲間たち。崩れ落ちる船。アレは。

「ゴルゴンだ!!」

ベクターの一言に、凌牙が顔を青くして「逃げろッ!」と叫んだ瞬間、皆が弾かれた様に一斉に砂を蹴って駆け出した。
「近付いたモン何もかも石化させる化けモンだ!振り返るな!アレの目を見たら終わりだ!」
「ちょ、どーすんだよ!?つか、どっちに逃げんだよ!」
凌牙の警鐘に、アリトが猛ダッシュしながら叫んだ。
「ベクター!?」
「オレが知るか!!」
走るベクターが、平たい岩を踏みつけて足元でバリンと割れた。
それは、まるで地に打ち捨てられた外套のような。
見れば、周囲には大小様々な蹲ったような無数の丸い岩。
後ろを追うIIIが、気付いてはいけない事に気付いて青ざめた。
「もしかして、この岩だらけの景色って!」

「アストラル!答えてくれ、アストラル!」
遊馬が宙に叫ぶ。
「居るんだろ!?どこだ!?答えてくれ、アストラルーッ!」

………………………

「っ!アストラル!」
一心不乱にとにかく走りながら、遊馬はぱっと表情を明るくした。
「どこだ、アストラル!」

………………こっちに………

遠く切迫したノイズが、遊馬の耳に届く。


「谷の向こうに行けって!」
「谷なんて何処にあんだよ!?一面岩と砂漠じゃねえか!」
「オービタルッ飛行形態!飛べ!」

垂直に急上昇したカイトは、しかしグラリとバランスを崩した。
「カイトサマ!重力場に干渉サレテ高度維持困難デアリマスッ」
「くっ、反重力ブースターであと10m保たせろッ っ見えた!アレだ!」

カイトが差した進行方向のやや右方向に、地平線の切れ目が一瞬映って消えた。
グラリと重力を失ってビル4階に近い高さを垂直に頭から落ちたカイトに、下から悲鳴が上がる。
「カイトッ」
「くっ」
墜落寸前で羽をぐっと広げて速度を落としたカイトは、寸前でオービタルとの合体を強引に解除して宙に投げ出された。オービタルは砂地にどすりと横にめり込んで辛うじて着地するが、カイトは逆方向に放り出され、
下で走り込んだVが、その身体でカイトの体を受け止める。
「ぐっ!」
「カイトッ、君はまた無茶を!」
「か、は。ぐっ、小言は後だっ、進行方向より右に30度ほど、その岩山の陰に橋らしき物があった!急げ!」



辿り着いたのはアストラル世界人々が身を寄せ合う集落。エリファスが守る。
けれど、向こうに取り残された一団がいる。
アストラルはその最前線で戦っている。
遊馬達はそこに助けに行き、親玉を叩くことを決めるが。

ゴルゴン。人を石化させる有名な怪物、メデューサの別名だ。
ゴルゴンの事を知っていたベクターに、嫌疑が。揉める。
けれど、遊馬はベクターを背に庇い立ちはだかる。今は仲間割れしてる時じゃない。ベクターは俺たちの仲間だ。ここまで危険を顧みずについて来てくれた仲間だ。
オレはベクターを信じてる。

三手に分かれる。アリト、ギラグ、遊馬、ベクター。Ⅲ 正面突破部隊。手厚く。
凌牙、璃緒、ドルベ、Ⅳ 後方で足止め部隊。恐らく一人は犠牲になる事を言わずとも覚悟している。
カイト、クリス、ミザエル、変則回りこみ少数部隊。機動性優先。
トロン、小鳥が集落で待機。連絡係。

三兄弟の別れ。決意。




Ⅲは、長兄の裾を引いた。
Ⅴは、次男の肩に手を置いた。
Ⅳは、末っ子の頭に手を乗せた。
それだけが、全てだった。

(どうか、ご無事で)
(無茶はするな)
(やられんじゃねえぞ)

言葉にしない想いが、クロスする三つの視線で一瞬、重なり合った。

そうして三人は、無言で手を離した。
誰も振り返らない。
それだけが、兄弟の、別れの挨拶であった。





後方足止め部隊。バリアンの矛と盾。地獄鮫タッグデュエル。
「さて、行き着く先は地獄か。」



水晶の橋。亀裂が入っていて




それに気付いたのは、凌牙だった。
振り返るな!走れ!
そう叫んだⅣが、橋の向こうで、立ち尽くしていて
「Ⅳ……?」
コンマゼロにも満たない啞然に、Ⅳは口角をニィと上げそのデュエルディスクを斧の様に振り上げて

橋の支柱を

叩き壊した。

「Ⅳ!?」
硝子の橋が音を立ててヒビ割れていく。
瞬きの間も無く崩れた橋が、砕け散って、落ちた。

「オレはここまでだ。」

「悪いが地獄行きの汽車には先に乗る。」

斧で、叩き
橋を落として

底無しの谷間に飛び込みかけた凌牙に璃緒が背中から羽交い締めに飛び付いた。
「駄目よ凌牙ッ!間に合わないわ!」
「離せっ!
Ⅳ!ふざけんな、許さねえぞ、フォォォォオオ」

ニタァと口元に手を当てて、煽るみたいに
「おやおや凌牙ァ 随分美しい顔をしてるじゃないですかぁ」
道化の様に両手を広げて肩をすくめて


貫いた
足元からピキピキと音を立てて這い迫る
もう、足が動かないのだ。
「まだ早いだろ?絶望するには。」

「Ⅳ!!」

首まで石化に覆われて
満足に動かない口角を引き上げて、Ⅳはわらった。

「頼んだぜ、」

きぼう。












正面突破部隊。乱戦の中ではぐれた遊馬とベクターは、
アリト、ギラグ、IIIと合流すべく走るけれど
崖っぷちに追い詰められて、遊馬は迎撃を選ぶ。
「絶対に二人で帰るんだ!
諦めねえ、オレは諦めねえぞ、かっとビングだ!」
デュエルディスクを構える遊馬に、背中合わせにベクターは「ああ」と答えて。

ドン、と
遊馬を崖下に突き落とす。

スローモーションの遊馬の視界で
「お前が何度でも信じるなら、俺は何度でも裏切ってやる。」と嗤う。

ひとり、戦地に取り残されるベクターに
「ベクタぁぁ!!」と腕を伸ばして落ちていった遊馬は崖下に到着していたギラグ達にキャッチされて

遊馬を逃したベクターは
「ざまあみろ」
って笑って
独り、敵の波に呑まれていった。


橋を落としたⅣ。遊馬を逃したベクター。
たどり着いたのは、Ⅳとベクターの欠けたメンバー。
凌牙に掴みかかるIII。慟哭。

ゴルゴニックデッキを操る黒フードの大群。突破。
希望は繋がり、アストラルの元にたどり着いた遊馬。ゼアル。ドンサウザンドとの対決。

けれど、真相は。
アストラルと戦い続けたドンサウザンドの中に生まれた希望のかけら。
だが、ドンサウザンドは今、その数千年の戦いを経て、真に滅びようとしていた。
ドンサウザンドの存在は、融合したとはいえバリアン世界の維持に必須。ドンサウザンドが滅びれば、バリアン世界、つまり融合したアストラル世界も崩壊する。

最後のあがき。世界を道連れに。
けれどその本当の心の在り処は。

遊馬は、手を伸ばす。

一緒に、やり直そう。


お前の中に希望があるのなら

お前も、もう 俺たちの仲間だ



遊馬は、ドンサウザンドとゼアルを試みる。
ドンサウザンドと一時的にでも融合することで、ドンサウザンドの崩壊に歯止めを掛ける目的で。


だが、それは遊馬とアストラルが同じ魂の片割れだったから出来た荒技。
遊馬はドンサウザンドの崩壊に巻き込まれながら、それでも手を離さない。


遊馬が壊れる。その時に。



「薄情じゃないのぉ、俺のカミサマ?」

後ろからがばりとドンサウザンドに張り付いたのは、ベクター。
「ベクター!?お前、どうして!?」

ベクターは、崖で遊馬を逃した時から、身を潜めていた。Ⅳは正真正銘石化の犠牲になったが、ベクターは、フェイクだったのだ。

「なぁ?俺の心臓一飲みにしといてよぉ。
道連れが欲しいなら、」

ドンサウザンドを背後から羽交い締めに力を解放し、
ジャーマンのように、頭から、落ちていくベクター
「俺様で我慢しておけ」

マグマの火山。溶鉱炉に落ちていくベクターとドンサウザンド。

「ベクター!!」



悪意の海の火山。ここに落ちれば、また深き深き悪意の海の底で、永劫なる封印に。

ドンサウザンドは、逆さに落ちていきながら、抵抗せず
問う。ベクターに。静かに。怨恨も無く。ただ、なぜ、と。
さぁな。と口角を上げる、落ちていくベクター。


「俺様の心臓はとっくに空っぽだったが、」

ベクターっ!!叫び、手を伸ばす遊馬の涙が、上空から落ちて


「いつの間にか、別モンで埋まっちまったから、かねえ」


満たされた顔をして
落ちていくベクターに

遊馬の叫びが尾を引いて
全てが、光の中へ






崩壊を免れたアストラル世界。
蒼い光。蘇る世界。
石化していたアストラル世界の民、そしてⅣも石化を解かれて蒼い光に包まれながら目を覚ましていく。

けれど、ベクターは居ない

「う、あああああ」
遊馬の慟哭が、息を取り戻していく世界の中で響き渡る。



「見ろ、遊馬」
アストラルの声に顔を上げた遊馬は、息を止める。

「蓮の、花……?」



荒れ果てた地。
蘇っていく草地。みずみずしい世界。
火山口に
蒼い泉が広がっていって
そこに、紅い光と共に、芽が、双葉が、
みるみるうちに、一面に花開いていく蓮の花。
白、黄色、ピンク、色とりどりの蓮の花が花開いてゆく中
紅い、花が、絨毯のように咲き乱れて

カルデラ湖は美しく
あまりに神秘的な蒼の光を放ちながら
紅い燐光を纏った、この世の物と思えないほど美しく瑞々しい、命の花を咲き乱らせて




そうして、日の落ちるようなオレンジ色に
紫水晶のような花弁の花が咲いた時

遊馬の目が光を取り戻した

「遊馬」
アストラルが、顔を上げた遊馬の手に触れる。
手と手をひたりと互いに合わせた遊馬は「分かってる。」と、静かに前を見据えて立ち尽くした。
「これがオレの、オレたちの。
最後の、かっとビングだ」

かっとビングだ、オレ!!


硬く握った手のひら。飛び込んだカルデラ湖。

蒼の世界。咲き乱れる花。
潜って行く。深く、深く。どこまでも。

蒼の世界。花を超えて。
手を伸ばす。深く、深く、光の入らない奥底まで、深く。



息が苦しい。心臓が熱い。
でも でも それよりも もっと


熱い想いが、胸を焦がす




何も見えない深海の闇。

握るアストラルの熱だけが分かる全て。


もはや役に立たない目を閉じて、心を研ぎ澄ます。



名前を。名前を、何度でも。

惑わない。今行くから。

ベクター



















闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇





溺れる


















「九十九遊馬。何を望む。」

















遊馬は、ゆっくりと、目を開いた。

手に触れるアストラルは見えない。けれど確かにそこに居る。








「九十九遊馬。望むなら、手を離し、前へ。」






遊馬は無言でアストラルの手を握った。耳が痛い程の沈黙、無の世界。
たった一つ頼れるもの。この手のぬくもり。
指先から伝わる想い。互いにぎゅっと握りしめて、指先が、ひとつ、またひとつと、ほどけていく。

大丈夫
本当に大切なものは、胸の中にある。

信じてる。
最後の指先が、束の間触れ合って 離れた


途端に、何も感じられなくなる世界。隣にアストラルが本当に居るのかもわからなくなる。





けれど。迷わない。


一歩。また一歩。


何も。何も見えない世界で。


前へ。





「手を。」





遊馬は、手をまっすぐ伸ばした。
疑いもしなかった。届く。届け。





伸ばした指先に、柔らかいものが触れた時
遊馬は、くしゃりと、泣いた



「ベクター」









遊馬の身体が、浮いた。


緑の、燐光。


ほんの僅かの薄い光が、遊馬の目を焼いた。





真っ白にホワイトアウトした視界で
何度も何度も瞬くと
浮かび上がったのは、燐光を纏う小さな子供だった。

遊馬の半分もない小さな幼子だった。紅い髪が地を這って、なお広がる。
素足の子供が、遊馬達を包み込む緑の球体の中で
その小さな両手に、不釣り合いに、横抱きにした身体を持っている。
その紫の瞳は気を失って閉じられ、幼子に軽々と横抱きにされた肢体は手足を投げ出したままくたりと動かない。
幼子が軽々と遊馬にベクターを手渡すと、遊馬はよろけてベクターを受け取って、
掻き抱くように抱き締めて、その鼓動を確かめる。トクン、確かに、今。

「じき目を覚ます。」

地につく長い赤髪の幼子から、老成した声が紡がれた。
顔を上げた遊馬は、その幼子の顔立ちに残る面影を瞳に映して、ゆっくり、口を開いて声帯を震わせた。
「ドン、サウザンド?」

見据えて動かない紅と青の目が、肯定だった。
つい、と指差す先で、ベクターの胸の中心が、透けて、米粒ほど小さい燐光の星を浮かび上がらせる。
「彼奴(きゃつ)のバリアラピス、ーー心臓のほとんどは、我が供物となった。」
顔を跳ね上げた遊馬は、再度横に抱き抱えたベクターの呼吸を確かめる。細いけれど、一定だ。苦しげな様子もない。
「案ずる事は無い。人の身が彼奴(きゃつ)を生かすだろう。」
指差された小さな星は、幼子がその手を開くと、眩しいほどの光が湧き出て、その星を包み込んで胸いっぱいの光になった。白い光は、眩しいのに、柔らかく、強くて、綺麗だった。
「コレ……
「それは、命ある者だけが生むもの、
バリアン世界にも、アストラル世界にも存在せぬ高次元濃度エネルギー体の無二の光。
人は、確かこれを、『心』と呼ぶのだったか。」

ぱっと顔を跳ね上げた遊馬は、目がこぼれ落ちるんじゃないかって思うくらい目を見開いて、
次から次へ泉のように溢れてくる白い光を、見つめた。
「これが、ベクターの、心……


小さな幼子は、そのベクターに向かって宙空に開いた手のひらを、ぐっと拳に握った。
ベクターの身体はもう透けなくなって、不思議な光景は消えた。
そうして、小さな幼子の手のひらがまたゆっくり開かれて、手の中に、小さな小さな玉の様な白い光の球が浮いた。ベクターの胸から溢れていた光と同じ色の。幼子は、小さな小さなそれをこくんと飲み込んだ。

「それ、」
「彼奴(きゃつ)の源の一部だ。仮に全てを吸収すれば、我が崩壊も止まるだろうが。」
「大丈夫なのか?」
「其れは、どちらの意味でだ?」
「どっちも。ベクターも、ドンサウザンド、お前も。」
「彼奴(きゃつ)は問題ない。ただ、記憶はわずか飛ぶだろうが、その程度だ。」
「良かった。」
「信用するのか?」
「決めたから。」
「人とは殊に奇妙なる物だな。」
「お前は?」
「人のエネルギーは人が思うより強い。もうしばし時を稼げるだろう。
安定するまで、我は眠る。」
「いつまで?」
「数千年の時を。」
「寂しくないか」
「誠に人は珍妙な生き物だ。」


恐らく、存在の維持を最低限にする為であろう、ほんの4、5歳にも満たない様な指先を上に向けたドンサウザンドは、
その指先に導かれて、ベクターを抱いた遊馬の身体がゆっくり上空へ浮いていくのを、闇の底から見上げていた。
遊馬は、小さくなっていくその紅い瞳を見つめながら、腹の底から、気持ちを、声にした。
「なあ、ドンサウザンドっ。お前が次に起きた時には、きっとアストラル世界も人間世界ももっと良くなって、今度こそ一緒にやって行ける日が来る。アストラルがきっと絶対そうする。オレだって。オレは信じてる、だからっ」

「九十九遊馬。」
静かな、静謐な声だった。
もう遠退いて。姿も見えない。
闇の中で、厳かな声だけがする。



「努努(ゆめゆめ)忘れるな。
バリアン世界も、アストラル世界も命を持たぬ。
命を持つ人の身だけが、絶望を生み、愛を生み、憎悪を生み、
諍いを生み、和解を生み、歓喜を生み、涙を生み、
闇を生み、光を生み、そして希望を現実のものとするのだ。
げに美しきカオスの深淵よ。カオスこそ、命の根源。」

遠退いていく、声。

それは遊馬の耳に

厳しく そして優しく響いて
遊馬は、なぜだろう、
両親の顔を、思い出した。




「カオスは、何物も拒まぬ。」














カルデラ湖の周囲に集結した皆

ザバン、顔を出した遊馬とアストラル、抱えられたベクターに
歓声が。
仲間に迎えられた遊馬は、「ドンサウザンドは?どうなったんだ?」と問いかけられる。

遊馬は。
蓮の花の咲き誇るカルデラ湖を、振り返って

静かに、口を開いて、言の葉を乗せた。

「カミサマだった。
おっかなくて、優しくて、
寂しい、カミサマだったよ。」



<epilogue>



蘇ったアストラル世界。目覚めたベクターはアストラル世界に来た瞬間から全く記憶が無い。
釈然としないまま起きたベクターに遊馬が飛び付いて涙目でかっとビング説教かましながらも、あの地の底で何を見たのか詳しくは口を割らない。
とりあえずみんな世界が助かったのは遊馬とアストラル、無茶した遊馬が助かったのはベクターのおかげだって事は共通認識だったので、アリトなんかはベクターに肩組んで讃えるけどベクターは何の事かサッパリでとりあえず触るな引っ付くな!

石化を解かれたⅣはまず一発凌牙に右ストレートを喰らい、
「ぐはっ、ちょ、暴力はいけませんっ、つか何しやがるっ!」
と軽く吹っ飛んでゴロゴロ転がったら、
座り込んだまま胸ぐらガシッと掴まれて、そのまま顔を伏せて腕を震わせ微動だにしない凌牙に
「あー」と自分の頭をガシガシかき回して

「えーっと、その、なんだ、
悪かったっつか、あー……ありがとな、凌牙。」

一瞬肩が震えた凌牙は
Ⅳが頭にぽすんと手を置いた途端、がばっと起き上がって
顎にアッパーカットをキメた。
「てめえなんぞ死ねえええええ」

華麗に顎から宙を舞ったⅣが
地面に逆さに落ちて復活して
ガバリと起き上がっていつもの口論から取っ組み合いからデュエルに発展するまで、あと5分。


石化した世界は生まれ変わり、花が咲き誇り、アストラル世界に足りなかったエネルギーが満ち満ちている。それはドンサウザンド崩壊の時に溢れたエネルギーの反転現象。ドンサウザンドのカオスの一部。
ドンサウザンドの残り香で、本当にアストラル世界を救ったのはドンサウザンドだと遊馬は知っている。
その気持ちを動かしたのはアストラルで、遊馬だから、だからやはり我らはお前たちに救われたのだとエリファスは二人に告げるけれど。
遊馬は首を横に振る。


「なあ、エリファス。オレにさ、前、
『かっとビングはカオスの言葉だ』って。そう言ったよな。」

広大なアストラル世界の空を見上げて
宙を見上げた遊馬に、エリファスは一つ、頷くだけの肯定を返す。

「誰の心にも、良い心と悪い心が戦ってる。
それはきっと、同じ事なんだ。
ドンサウザンドは、アストラル人とバリアンには命が無くて心が無いって、そう言ってたけど、
でも、きっと。」


咲き乱れる花々。揺れる草木。
水晶と融和した、命の、匂い。

「きっと。
ドンサウザンドは勝ったんだ。だから、今度は、オレ達の番だ。」


遊馬は笑う。
両手を広げて。風を大きく吸い込んで。

命の気配の溢れる、これから始まる新しいアストラル世界で。


「行くのか。」
「ああ。」


「良いことばっかじゃ無いかもしれない。
思い通りにならない事も、挫けそうな事だってきっとこれからたくさんある。
でも、きっと、分かり合っていけると思うんだ。
この花は、きっと、そう教えてくれてる気がする。」


「全部、こっから始まるんだ。
オレたちの、かっとビングが」



遊馬とアストラルの別れ。
「遊馬。必ず会いに行く。
この世界の隅々まで花を行き渡らせて、次は、私が君の元へ行こう。
君が、君たちが、私の危機に駆け付けてくれたように
今度は、私が。
必ず。」


「私は戦い続ける。君と私の未来の為に。
離れていても、君をずっと愛している。
どんな時も、君と私は一心同体だ。同じ時を生きずとも、触れられなくとも、同じ夢に向かって挑み続ける。
共に同じ夢を、同じ未来を見よう、遊馬。君が諦めない限り、私と君はずっと隣で同じものを見ている。」


「約束の証だ、遊馬。」

アストラルが目を閉じて手を開いて、
ゆっくりと、発光していく。
見つめる遊馬の前で
アストラルの手の中に、青く、青く、水が生まれて
宙に煌めいて、渦を創り出す

青の渦に、金の光が入り込んで溶けていく
青は輝きを増し、キラキラと輝いて

やがて、青と金の渦の中心に
小さく、結晶を創り出していく

それは、小さな粒のような青い光
結晶は少しずつ大きくなって
やがて、突出し、五つの放射状の結晶体を生み出していく
生み出されたのは、さながら、青い花弁のごとき
美しい、水晶の花だった

「ドンサウザンドが咲かせた花を真似てみたのだ。
しかし、やはり簡単にはいかないな。種ひとつ、産みだすのが精一杯だったよ。」

五つの結晶はアストラルの手のひらの中で弾けて
つかの間、キラキラとアストラルの手の中で舞う粒子になって砕けて消えた。

そうしてアストラルの手に、砕けた花の中に残ったのは

赤と金の種
遊馬とホープの色
結晶体

「受け取ってくれ。
君がくれた、私の心。私の生命そのものだ。」

差し出された手のひら。

アストラルの瞳が望むから、
指先を伸ばすことを、ためらわない。

つかの間、指先に触れたそれは
熱く、熱くて

満たされていく。
心が溶け合うゼアルのように


皇の鍵の緑の結晶に、赤に金の縁取りの不思議な種が吸い込まれていく。
微笑むアストラルに促されて、遊馬がぎゅっと握って翳してのぞき込むと、緑の宝石の中で金色にキラキラ輝いた。

「御守りだ、遊馬。」


「アストラル!」

抱き締めて、互いに涙ぐんで


「行ってこい、遊馬。」
「おう、行ってくるぜ、アストラル!!」




消えていく遊馬を見送って

ずっとずっとその場を動かないアストラル

草地を踏んで、背後に歩み寄ったエリファスが
「良かったのか」と問う。

「共に行きたかったのであろうに」
「良いのです。共に在るあり方は、一つじゃない。分かり合う在り方も。
大事なのは、同じ空を見ていること。遊馬がそう教えてくれました。」

「遊馬の未来はここから始まるのです。だから、私はずっとここから見守っています。
次に会う時には、きっと
眩しいくらいに、夢を掴んで、あのかっとビングの笑顔を見せてくれると、私は信じています。
だから、またしばしのお別れです。」


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