そんなこんなで、このままだとだらだらとツイッターで呟いてしまいそうだったので、ちょっとまとめてみましたが、勢いで打ったので、誤字脱字日本語まずい文章すみません。カップリングとか抜きでの感想です。
怪盗イベ最高だったし、渉かわいいよ渉……と思います。笑
@h_k_hob
そんなわけで、怪盗イベがめちゃくちゃ熱くて、なにか書きたいと思ったのだけど、ひとまず自分でも整理つけるために感想などを。
贔屓カップリングはありますが、カップリングによせるというよりも、キャラによせて考えてみました。
・日々樹渉
思わせぶりな言動が多くて、個人的にはどう解釈すると近いのかなってずっと考えていたキャラのひとり。
結局、自分の能力に絶対的なプライドはあるけれども、空虚を抱えた人だったのは、なるほど、と思いました。個人的にはいくつか考えていたパターンの、一番人間らしいというか、人間み溢れるタイプのキャラだったんだなーって。そして、英智とは似たもの同士だし、小説で英智が述懐していたとおり、孤独という意味で似ていて、ふたりとも人生において主体にはなれない道化の役回りで(と、本人たちは思い込んでいて)、そういう意味では共感しあう関係であり、同時にコンプレックスでもある、鏡像みたいな関係なんだろうなーと思いました……が、これはとりあえずまたちょっとあとにしておいて渉について。
あんスタは、重要というか、隠した謎のヒントみたいなことを、わりとキャラに繰りかえし口走らせる傾向があると思うのですが、日々樹については以下が気になっていました。
1.演劇部を「私の王国」と呼ぶ理由
渉は道化の仮面をはめてると言っていて、日頃の態度もまさに道化というかトリックスター的で、そういう人がなぜ「私の王国」なんていう場所を持つのか、ずっと不思議でした。
というのも、道化というのはあくまで周縁部の存在で、中心にはなりえないし、渉自身も自分のユニットが巻き込まれた喧嘩祭ですら「私は気楽な立場」なんていうことを言っていて、基本姿勢は傍観者のそれのように見えていました。道化って傍観者であって、物語の主体になれないっていうセオリーもあるし。それに、小説版を読んでみるとかつて王の立場だった人が、膝を折って道化になった以上、「王国」なんて場所を持つのはキャラぶれてないかなーと(そして、渉はそういうキャラぶれを起こさないというか、演じるなら道化をきちっと演じきるタイプに見える)。
最初考えたのは、渉はとてもプライドが高い人で、英智に対しては「膝を折ってやった」状態で、彼の本心は別にあるので、そういう部分が「私の王国」を維持している部分に出てるのかな、ということ。
でも、喧嘩祭とか星夜祭とか見ているかんじ、正直あんまり渉って英智に対して腹に一物っていうふうにも見えなくて、もうちょっと単純に人生をアメージングするのが好きなキャラにも見えていて、どうなんだろうなあと思ってたのですが……。
結局のところ、渉が自分自身の手で作りあげた居場所だから、「私の王国」なのかなーと。零の軽音部が帰るところだったりするのと、感覚同じだったんだな、と納得しました。
零と違って、いまいち後輩たちとの距離感わかっていないっぽいですが、拙くも懸命に守ろうとしているところが可愛いなーと思います。
2.自分に絶対的な自信があるから仮面をつけかえて平気なのか、それとも何者にもなれるかわりに、なにものにもなれない人なのか
……なんかこれは複合だったなあと。日々樹渉とそれ以外、というからには、自分の能力には相応な自信があるし、そのへんは英智みたいに自己肯定能力べこべこになっちゃってた人とは違うなあと。ただ、自分がなにものかわからない不安っていう、英智にはない不安をずっと抱えていたんだな、と思いました。
拾われっこだからかな? 本人は愛されていたと言っているし、もしかして養父母も精一杯愛したけど、渉は繊細そうだからその愛情では不安が拭えなかったのかもしれない。あるいは、いろんな芸当を覚えて周りを喜ばせる快感というのに目覚めてしまったせいで、その関係性が嗜癖になってしまい、本人が周りを芸で喜ばせる=愛を返している、さらには喜ばせないと愛されない、居場所がないと思い込んじゃったのかもしれない。
嗜癖になった関係性は(共依存とかもそうですが)、なかなか自力で抜け出すのは難しいのですが、友也みたいにそれをぶった切る対応をした上で仲良くしてくれる相手が増えると、少し渉も強迫観念的なものからは抜けだすのかもしれないかなーとは思う。
道化をやめるべきっていうことじゃなくて、道化でなくなっても大丈夫っていうか、道化でなくなっても、演じられなくなっても、日々樹渉は日々樹渉だ、という安心感がいつか彼に培われるといいなあと、個人的には思います。
正直、自己受容とか、自己規程が他者に拠っているという状態は精神的に不安定だと思うので、渉は道化やめたほうがメンタルがヘルシーな状態になるのでは……と思わないでもないけど。まだ高校生だしなあ、と。
3.「愛」を叫ぶわりには、主語も目的語も見当たらない
なんというか、いつも全力で愛を叫ぶわりには、主語も目的語もなくて、本当にひたすら拡散している感じだなーと思っていて、全世界を愛しているからと本人は言っているけど、とても空虚な感じがするなあと勝手に不憫がっていたのですが、実際に空虚というか、もはや相手からの揺るぎない感情を諦めてしまった人が、自分を愛してほしくて、ここにいるんだよとアピールするがごとく拡散していた愛なのか……と、これも今イベで納得しました。
いつか彼の「愛」が、主語や目的語を獲得できるといいなあと思います。
……という感じで、個人的に疑問はわりと解消されたなーと思いました。
かわりに謎も増えたけど。
・日々樹渉と天祥院英智と蓮巳敬人
この三人の関係性についてはずーっと悩んでいたことがいくつかあって、今回も解答は見つからなかったけど、なんとなくこんな感じかなーというのは見えた気がするので、以下にまとめてみました。
・日々樹渉と天祥院英智
同じ孤独感という傷を持っていて、それを癒やしてもらうために周囲からの愛情を、「技術」で獲得しようとしたあたり、とても似ていると思いました。小説版で英智が、道化になる前から渉のことも道化と表現していたし、僕と似てるとか共感するとか言っていたけど、まあそういうことなんだろうなーと。愛情の渇望を埋めるためっていうのも理由のひとつで、英智は頂点を目指していましたし。
孤独感とその癒やし方が生き方を決めてしまったという観点からみると、ふたりは鏡像みたいな感じだと思います。共感もあるけど、コンプレックス倍返しっていうのもあるんではないかと。そういう関係だから、皇帝と道化のロールプレイングに従って行動してるほうがお互い楽なのかもしれない。
英智ってこれまでたびたび発言が「リア王」なぞらえていて、そうかリア王か……と思ってたんですが、今イベで渉まで鶏の鳴き真似はじめたので、ああやっぱり「リア王の道化」なんだなーと。道化と鶏といえば、鶏男なんていうのもあるんですが、あれだけ英智がリア王気取っている以上、リア王の中の道化が鶏の真似してるのを、やっぱり連想します。
リア王はシェイクスピアの悲劇ですが、玉座を負われたリア王がさまようとき、傍にいるのが道化なんですよね。でもってこの道化、いろんな解釈があるのですが、よく言われているのは、リア王と表裏一体、同一人物ではないか、ということです。つまり、リア王の中のある一部分の要素を集めた存在では、と(なので、道化はお話の途中で消えて、二度と戻ってこないです)。渉と英智は、そういう魂の双子というか、相似形ではないかな、と感じます。リア王の娘コーデリア王女と道化の表裏一体という説もあって、私はこっちじゃないかなーという気もしていたけど(コーデリアと道化は、リア王と道化と逆に、同時には絶対に登場しないです)、リア王の魂の片割れとしての道化なんだな、と今イベで思いました。
ふたりとも道化であって、王様でもあるというあたりもおそろいかなーと。まあ、アイドルであるかぎり、そういう立ち位置になりがちなのかもですが。
個人的に、今回のイベントで渉は全部を吐露したわけじゃないし、むしろ黙ってる部分に今ある夢ノ咲の謎に関わるところもあるんだろうって感じましたが、fine組んだ経緯は、「あなたは見ていて飽きないので、私を飽きさせないなら組みましょう」って感じか、英智のほうが「君を飽きさせないから組もう」とでも言ったのかなーって思いました。ふたりの本音はともかくとして。
そう考えたほうが、本編の「メフィストフェレス」発言も納得かな、と。あと、渉自身もfine飽きたら離れると、今イベで言ってましたし(今はその心配はなさそうとも言っていますが)。
相手をメフィストフェレスって呼ぶとき、やっぱり間に契約関係みたいなものがあるか、なにか悪いほうに誘惑されるような印象があると考えるほうが自然な気もしますし。
余談ですが、英智はメフィストフェレスの相方のファウストにとても似てると思います。
知識欲旺盛で、自分を高めていきたい、根っこは努力家(ただし努力の方向性を間違えてしまった)。力で自然(英智の場合は自分の病弱さ)を克服しようとしたあたり、英智に近いものを感じるかも。英智って、病気とともに生きるって感じじゃなかったですし。
ただ、エージェントなどを見るかぎり、なんとなく英智の姿勢にも変化を感じて、むしろ生きることに前向きになって、病気を抱えている自分を受け入れ、上手くつきあっていく気持ちになったのかな……とも思いますが。
個人的には、英智が変化して、そして渉もなんらかの変化がありそうな今後、fineはどういう方向にいくのか気になります。
2.日々樹渉と蓮巳敬人
なんで恋しそうなんだ……とか、嫉妬?? とか、実はずっと思っていて(私は敬人クラスタなのですが)、特にアイドルとしての力量は敬人のほうが明確に下だろうし(渉天才設定だし)、敬人は特に渉をライバル視している様子もなく、あの渉の数々の発言はどういうところから来てるのかなと考えていたんですが、今イベでこれはなんか色々納得。
たぶん、敬人と英智のどっちがどっちっていう話じゃなくて、二人の関係が羨ましかったのかな、と思います。
というのも、英智って敬人が失敗しても成功しても、あんまりそれで敬人さすがだね! とか、敬人本当に駄目だね……って感じじゃないんですよね。七夕までは塩対応っぽく見えるくらい、実は敬人がなにしていようとスルーで(敬人が英智のために基本は動いているから塩対応っぽく見えるけど、実は失敗を咎めてる形跡もない)。
S1の失敗も咎めず、真緒がちゃっかりトリスタに加わってることについても英智はノーコメで(渉のことは叱責すると言っていたけど)、英智にとっての敬人って、もうなにをしてくれたか、してくれないかっていうことくらいじゃ、揺らがない関係性なんだろうとも感じます。
なんでもできて、なんにでもなれる渉だけど、かわりに揺るぎのないなにかを他者との間に築くことができなかったんだろうという印象を受けたので、そのへん素直に英智と敬人が羨ましいんじゃないかな、と。
単純に、英智との関係が揺るぎない敬人が羨ましいんじゃなくて、もっと普遍的な話だろうと思うのは、敬人には「恋をしてしまいそう」って言ってるんですよね。
渉が共感を抱いているのは英智のほうであり、自分の鏡像である英智には、敬人みたいになにされても揺るぎない親愛の情を向けている相手がいるということへの羨望が「恋をしてしまいそう」って言葉になってるんじゃないのかな、と感じました。
喧嘩祭の渉の台詞を見ていると、あくまで英智と敬人の関係について、渉は傍観者の立ち位置を崩していないんですが、「恋をしてしまいそう」については、傍観者を踏み越えた発言だなあと思っていて、凸凹とあわせてどういうことなのかな、とも考えていたのですが、あれは英智がどうの敬人がどうのっていう話じゃなくて、ふたりの関係性について思うところがある、と考えるほうが、整合性がつくのかなーと今は感じています。
あと、英智と敬人の関係については、悲喜劇だのなんだのテンション高くした上に、「私は気楽な立場」と言っている渉ですが、途中でいきなり三奇人の残りふたりに話しかけているあたりには、彼の主観が入っている感じがしたので、友也に対して、奇人関係はスルーだったのは、逆にまだ話せないかんじなのかなーとも思いました。
あと、英智との関係についてもぼかしている感じだったし、そのへん渉はまだいろいろ隠し事してるのかなーと。
・日々樹渉と真白友也と演劇部
渉にとっては、才能がないなーと思う相手の中でも特に才能がないなーと感じてた友也が、結局のところじたばたしながらついてきてくれている、というのは渉にとってまさにアメージングなんだろうなーと。
それでもって、友也は渉にアメージングも求めないので、今後は本当に映画観ながらだらだらすごすような関係になっていくんじゃないでしょうか。
あと、友也って渉の言葉を流さずに、いちいち突っ込みいれていますが、ああいう双方向のやりとりって、渉にとっては結構嬉しいものじゃないのかな、と。これは、北斗に対しても、同じことを感じていたんじゃないのかな、という気がします。そういうのも含めて「ついてくる」じゃないのかな、と感じました。
友也と親しくなれば北斗とか、他の子とかの世界も広がっていくでしょうし、視野が広がれば渉も少しは楽になるといいな、と。
渉もいつか、「世界の愛を独り占めするために道化でなくてはいけない」じゃなくて、「道化であることが楽しくて道化やってる」と、心の底から思えるくらいの心境になれたらいいんじゃないのかなあって、個人的には思います。
・今後の日々樹渉について
fineがどうなるのかも気になりますが、実は今イベで、あんまり乗り気じゃなく協力していた理由っていうのもすごく気になっていて、諸事情でラビッツに近づけないとか言っているあたり、なずなの発言あわせると、三月の奇人が裏で暗躍しているか、五奇人の親玉だった人動いているの? と、疑問が湧いてきました。
英智の命令とか、プロデューサーちゃんに頼まれたとかだったら、もうちょっと嬉しげに動くと思うんですが……。それとも佐賀美先生に罰としてお手伝いしろと言われたことが罰ゲーム的と言ってるのかなと思ったんですが、それならもうちょっと積極的に手伝うような……。
卒業まで数ヶ月ってタイムラインで、人間関係がそんなに大きく動くのかなあとも思うんですが、三月までに奇人関係の大きいイベントあって、そこで渉の話も出て来るのかなあと想像しています。そのために、今回は彼の内心に触れるイベントだったんだろうな、とも思います。
個人的に、三月でひととおり、話のオチつけるんじゃないかと思ってるのですが、どうなのかな~。