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言えない人、言わない人

全体公開 貿易船 1 3330文字
2016-04-04 01:36:55

貿さん✕かー子。全然エロくない新婚初夜ネタ。

Posted by @san_ph7



 彼女は自室でじっと、ビロードの引かれた宝石箱の中を見ていた。中には彼女の瞳に似た黄緑色の石が嵌った豪奢な首飾りと、同じ石のついた髪飾りが収められている。ランプの温かい光を受けてキラキラ輝くそれは、彼からドレスと一緒に贈られたものだ。贈り物自体はたくさん貰ったけれど、これはその中でもとても大事なものになった。
 今日1日の出来事を思い出す。自然と顔が緩む。ソファの上で膝を抱えると、そのまま顔を伏せた。ひとりでにやにやしているなんて、きっと見られたらからかわれてしまうだろう。
 ――素敵な1日だった。
 もしかして夢だったのではないかと、彼女は未だに少し疑っている。帰ってきてからもう何度も頬をつねった。その度頬はひりひりと傷んだが、それでも信じられずにいる。だから彼女は、さっきからずっと今日の起こったことを心の中で反芻しているのだ。これが夢でも、目が覚めたら忘れてしまうことのないように。
 左手の薬指を見る。銀の指輪が、ある。まだ、ある。
 ソファに寝転ぶ。彼女はとても幸せだった。あんまり幸せだったので、今日1日自分がとても緊張していて、疲れていることに気が付けなかった。そして、うとうとし始めたかと思うとそのまま眠ってしまった。微笑んだまま。


 頬に触れる暖かな感触で目を覚ますと、その人は「おはよう」と言った。むにむにと、彼女の頬をつまむ。おはようございます、と怪しい発音でやっと言うと、彼は意地悪そうに笑った。しばらくされるがままになっていると、彼女は、はっと気がついて体を起こした。どれくらい眠ってしまっていたのか。目の前の人を見る。昼間とは違いタキシードを脱いでいて、シャツの前ボタンを開け楽な格好をしている。
「あの、陛下……
「随分気持ちよさそうに寝ていましたね」
 罰が悪そうに目を伏せる。と、彼女は気づいた。自分が今座っているのはソファの上ではない。白いシーツ。
……疲れてたんですか?」
 どう考えても、ここは彼女の自室ではない。そもそも彼女の自室にベッドは置いていないのだ。寝室まで、彼が運んだのだろうか? 
 見たこともないような不思議な顔をして、彼がこちらを見ている。首を少し傾けているのに合わせて、彼女も首を傾いだ。しばらくそのままだったが、彼女が吹き出すとつられたのか彼も笑った。
 するりと自然に抱き寄せられて、ふたりの距離は近くなった。彼の胸に頬を寄せると、彼の手が髪を撫でていく。機嫌がいいらしい。顔を上げることはできない。もし彼が今とても嬉しそうな顔をしていたら、彼女の心臓は破裂してしまいそうだったからだ。
 努めて、冷静に、その人に聞いてみる。
「陛下がここまで運んで下さったんですか?」
……そういえば、カラスを一羽連れてきたような気もしますね」
 人間ぐらいのサイズの大きいやつを、と言いながら、彼は彼女を抱え直した。彼女を横向きに座らせる。右手で肩を抱いて、左手は彼女の足を下から持ち上げるように添えた。丁度、そのまま立ち上がると彼女は”お姫様抱っこ”される形になるだろう。
「こんな風に」
「あ、あの」
「こうするのは今日2回目ですよ」
「あの……重かったでしょう?」
「貴方がカラスの状態でそうしていたら、もっと運ぶのは面倒がなくてよかったんでしょうけれど」
 カラスだったらね、と彼は彼女の頭の上でくすくすと笑った。
 こうしてからかわれるのも、彼女にとっては別段珍しいことではなかった。本当ならここで、意地悪な人ね、と彼女は言ったのだろう。けれども、彼女にとっては一から十まで、今日起こったことの全てが特別になってしまっていて、その上耳から伝わる彼の鼓動がちょっと早かったものだから、
……
 何も言えなくなってしまっていた。
 てっきり抗議を受けるものだと思っていた彼も、何も言わずに顔を伏せたままの彼女を不思議に感じた。彼女が今、どんな表情をしているのかとても気になったので、左手でぐいと彼女の顔をこちらに向かせた。
 頬を染めた彼女の目と、穏やかに微笑む彼の目とが合った。
 それから、みるみるうちに耳まで赤くなってしまった彼女を見て、何故だか満足気な彼は額を彼女と合わせるとそのまま体をベッドに押し倒した。彼女が目をつむったのを確認して、唇を重ねる。何度か離しては触れてを繰り返した後、彼はやっと顔を上げた。目を潤ませて、は、と熱い吐息が零れた彼女の髪をかき上げて撫でる。
「意地悪な、人ね……
 彼女がぽつりと呟く。
「嫌になった?」
 いつだったかも、こんなやり取りをしたのだ。覚えていて、そう聞いているのか彼女には分からなかった。分からなかったけれど、その時と同じように答える。いいえ、と首を振る。
「陛下、私は貴方の傍にいます」
「昼間も聞きましたよ」
「貴方を愛しています」
……それも聞きました。もう何度も」
 彼女がそういうと、決まって嬉しそうな顔をすることに、彼は気がついていないのだろう。彼女にはそう見えた。気がついていない。何も。けれど、彼は自分が抱いている感情の揺らぎのようなものは、許容している。彼女とする行為や、何よりこうして彼女を選んだことを。
 そうした彼の行動は、彼女からすると、彼も自分のことを、もしかすると大事に想ってくれているのではないか、と期待させるには充分だった。
「陛下も私に、私を愛し慈しみ、共に生きること約束すると言ってくださいました」
「私に何を言わせたいんですか?」
「いいえ、何も。もう私、今日だけでたくさん貴方から贈り物を貰ったから、これ以上は……
 彼女の潤んだ目から、こらえ切れなくなった涙が溢れていった。『愛している』と、彼には単に誓いの言葉だっただろうけど、それが今日彼女にとって最も幸せで、嬉しいことだった。もう一度と、少し期待してしまっていた自分を愚かで惨めに感じて、情けなくなった。
「だってドレスも、宝石も、みんな貴方から、さっきの言葉だって……とても嬉しかったの。でも、たくさん貰いすぎて、私、きっと貴方に何も返せない……
 これ以上はきっと贅沢なことだったから。
 彼女は言葉ひとつが欲しかっただけなのを知られたくなかった。
 いつだったかと同じように泣き始めてしまった彼女の様子を目を細めてしばらく黙って見ていた彼は、仕方がないという風に少し息を吐いた。
「泣いたり笑ったり喜んだり、貴方は忙しいですね」
「全部陛下のせいです……
「ふぅん、私のせいか」
 悪くない、と言いたげに笑うと、ねぇ、いいですか、と彼女の涙を指で拭いながら彼は言った。
「貴方はちゃんと、契約書を見ましたよね? あの日私に指輪を贈って、貴方が私にそう言ったんですよ。私に『全部あげます』、と。それを対価に、貴方に貴方が死ぬまでの時間私と共に在ることを”契約”したんですよ。サインもしたでしょう?」
 しゃくりを上げそうになりながら彼女が泣いているのを見て、愉快そうに口角を釣り上げた。白い首筋をなぞって、涙で濡れて張り付いた髪を払って、頬を撫でて。
「貴方は今も、対価を私に支払っているでしょう? これ以上、私に返すものはないはずですよ。……それに、私も貴方に、私の時間を与えたのだから。契約は成されていますよ、何も問題なんてない。
 ……ドレスも宝石も。必要だからそうしただけです。結婚したんですから」
 ぼそりと、最後は少しそっぽを向いて彼は言った。
「本来なら、こういうことは契約する前に聞いておくものですよ。それで、他に何か、まだ聞きたいことは?」
「陛下……
「もういいですよね?」
 有無を言わせぬ口調でそう言った。彼女の背をベッドから剥がすように手を回して抱き寄せて、まだ何か言いたげな彼女の唇を乱暴に塞ぐ。彼の首の後ろに、彼女の手が回った。
「陛下」
「何ですか」
「貴方を愛しています……
……知ってますよそんなこと」
「ずっと……
 回した腕に力がこもる。ふたりは強くお互いを抱きしめた。
 それから、彼は彼女の耳に唇を寄せて、囁いた。
「貴方は、私のものですよ」





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