災さん。金色の勇者と2回目に出会ったときの話。
@san_ph7
森に飲まれて久しい廃墟は静かだった。
気をつけてみなければ、足元に広がる石畳にも、樹の幹に飲まれた家屋の壁も分からないだろう。彼は何とはなしにここをふと訪れたくなることがあった。この街が滅んでからは花を手向けに、それから少しぼんやりとする。目を閉じる。彼が眠ることはあまりない。視界に写る糸の絡みあう先と、そのもっと先を視る為に、目を開き続けねばならなかった。
この場所と彼は、勇者と縁が深い。最も滅びた後からだが。
空が焼け落ちそうな中で翡翠の勇者と闘ったのはいつのことだったか。もう随分昔のことのように思われた。彼にはそれが起こるより前からずっと視えていたから、過ぎ去った過去がどの時点のものだったのか、時々分からなくなる。覚えていたのは未来視したものだったのか、それとも実際に起こった現実の記憶だったのか。
「やぁ」
振り向き呼びかける。草むらから出てきたのは石の嵌った額当てをした少年だった。若干腰が引けているが、剣を構えている。
「は? あ、お前この前の」
「少年、縁があるなぁ。不思議な縁だ。この前君と会ったとき、君のその糸は僕には繋がっていなかったと思ったんだけどなぁ」
翼を広げ、地面を滑るように移動する。突然接近された勇者はびっくりしたのか、切っ先を彼に突き出して硬直した。ニヤリと笑った黒い天使は、努めて穏やかな声で彼に言う。
「君のそれは、正体の分からないものに対する恐怖に見えるね。未知に対する恐怖だ。僕が恐ろしいか?」
「お前、この前から、マジで何なんだよ……」
「僕が何者であるか。決めるのは君だ。都合2回、僕は君とこうして遭遇している。僕は君に危害を加えたか? ノーだ。しかしそれで結論を出すのは早い。例えば僕はこの次の瞬間君に襲いかかるかもしれない。この切っ先を僕に向けたのは最善手だと思うよ。次に、僕は君に危害を加えるつもりはない。ただ僕はここに君がくることを知っていたし、ここで君を待っていた。
……今一度問おう。君はまだ自分が人間だと思うかい?」
少年が面食らった顔をしたので、彼は笑った。
「変な奴だな。お前それが聞きたくて、ここで俺を待ってたのかよ」
力が抜けたのか、少年は両の手で持った剣を地面に下ろした。甘いなぁ、と彼は思う。思うがしかし、それが少年の答えである。少年は彼に、”害意はないが変な奴”という判断を下したのだ。だから彼は笑った。呆れた表情の少年に向けて、彼はまた言う。
「恐怖が薄らいだね。もっと怯えるかと思ったけど、成る程君もいい巡り合わせを持っている」
彼は空中で、何か細いものをつまむような動作をした。もちろん少年には何も見えないので、小首を傾げる。
「まぁ分からないよね。これ、大事にしなよ。言われなくてもそうなるしそうするだろうけど」
「わけわかんねぇな……」
「いずれ分かるかもね? また会うことがあればの話だけど」
「お前の質問に答えなくていいのか? 俺を待ってたんだろ?」
黒く大きな翼を広げてふわりを飛び上がった彼に、勇者は問い掛けた。
「もう答えは出ているだろう? さっきの君の反応を見れば分かるさ。それに、僕は君を待っていたとは言ったけど、質問の答えを回収するためにいたとは言ってないよ。フフフ、面白いものが視れた。それで充分さ」
ますます怪訝そうな顔をする少年の頭上で、彼は微笑んだ。その表情を、何だかどこかで見たことがあるような気がして、少年は黒い翼の彼を見上げる。
「君たちに干渉するのは野暮ってもんだろうけど、まぁ祈るくらいはいいだろう? ……君たちの未来が、双方にとって明るいものでありますように」
彼が一瞬目を瞑り、その黄緑色の双眸がきらめいたと思うと、黒い翼がばさりと鳴って生暖かい風が強く吹いた。思わず顔を伏せた少年が、次に空を見上げる頃には黒い天使はどこにもいなかった。
「本当によく分かんない奴だったなぁ」
少年はひとり呟いた。
***
「久しぶりに聖者っぽいことして楽しかったな」
訝しけな顔をした歯車の勇者が、勝手に研究所に現れるなり茶を所望した無遠慮な魔王を見つめた。
「何の話だ」
「若人をからかうのって楽しいよねぇ、それが君と違ってシャキシャキピチピチの勇者となるとさ。あー楽しい」
お前にとってはひとりだけ例外がいるだろうが、とは歯車の勇者は口にしなかった。
「君がくるまでに、さっきまでのこと少し思い返していたのさ」
「ふぅん」
差し出されたカップを受け取って礼を述べると、黒い液体の表面を見つめた。
「僕は僕だねぇ」
「また変なこと言ってるなお前」
「この液体の表面に映るように、僕の視界には僕は僕のままでしか映らないし、自分で分かることってそれ以上もそれ以下もないんだよね。外側から付け加えられた評価なんて、その人にとってどう見えたかっていう観察結果でしかない。真に自分を定義付けられるのは、自分のことをどういうふうに信じるのかは、自分しかいないのさ」
「お前それを分かってて、『君には僕はどう見える?』って聞いてんのか」
「そうだよ? どうあれ、僕はこの姿を自分でとても面白いと思っているからね。聞いてみたくなるじゃない。だから僕という存在がどう見えるか、初動は相手に任せるよ。僕もそれに従おう。……僕にまつわる様々な伝承や噂は、どれも本当でもあり嘘でもある。僕のことを真に知っているのは僕だ、でも外側から見える僕もまた」
僕自身だよ、と言って彼はカップの中身を一口飲んだ。
「殊勝なこと言うんだな。本当に聖人みたいじゃないか」
「もっと魔王らしく振る舞った方がいい?」
「俺の前じゃ何やっても今更だな」
それもそうだ、と彼は笑った。