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お伽話のように

全体公開 貿易船 1 1495文字
2016-06-08 02:25:33

貿かー。短い

Posted by @san_ph7



 寄港した先の街で、欲しがるのでいくつか子供向けの絵本を買った。
 本が好きなのは知っていたが、こんなものでも好んで読むとは知らなかった。何が欲しいとはあまり言うことのない彼女だから、何も考えずに買い与えた。当然、大げさなぐらいに喜んで、今はベッドの上で静かにページを繰っている。視線に気づいた彼女がこちらを見て、読み聞かせ致しましょうか、と微笑んだ。からかったつもりなのだろう。結構ですよ、と丁重に断った。
 それにしても、随分楽しそうにしている。傍に寄って本を覗き込んだ。
「陛下、見えません」
 優しく頭を撫でられる。とても本気で抗議しているとは思えない。
「このお話、知ってますか?」
「人魚とかいう魔族があらゆる手段を使って妃の座を勝ち取り引いては国を乗っ取ろうと目論む物語でしょう?」
 そんな物騒なお話には見えませんが、と彼女は首を傾げた。
……海の中を大人しく泳いでいればよかったのに」
「まぁ、陛下、私まだ全部読んでないから結末をお話するのは」
 やめて、と言う彼女の口を塞ぐ。唇は柔らかく、少しだけ甘い。わざとゆっくり離して、彼女の表情をじっくり眺めてやる。突然のことで動揺したのか、目をぱちぱちさせながらこちらを見ている。顔が赤い。からかいがいのある妻だと思う。
 意地悪ね、と小さく呟く彼女の隣に腰掛ける。腰を引き寄せて身体を近づけた。
「貴方の……そういうの、全然慣れないわ」
 体重を預けてきた彼女に自分も寄りかかる。止まってしまっている彼女の手を持って、代わりにページをめくってやる。続きを読んで、と耳元で囁く。
「もうっ変な人ね、さっき読み聞かせはいいって言ったじゃないですか」
 気が変わった、と適当に答える。困った顔で笑う彼女が、語り始める。
 
 ーー声を失った彼女が、願いを叶えられずに海の泡になってしまう結末を読み上げると、妻は黙ってしまった。どうやら、本当に読んだことがなかったらしい。読み書きはできるし、生きてきただけの知識はあるように思うのに、ときどき普通はするだろう経験が彼女にはないと感じることがある。……不都合もないので、気にしてはいない。
 ぽつりと、世の中は報われるお話ばかりじゃないってことでしょうか、と彼女が言う。
「お話の中でぐらい、幸せになってもいいのに」
 幸せに。
「貴方だったらどうします?」
「え?」
「声。出なくなったら」
 どうします? 白く細い喉をなぞる。むず痒そうにする彼女が身を捩る。バランスを崩した彼女の身体を少し押すと簡単に後ろに倒れた。黒い髪が散らばる。押し倒されても尚無抵抗なカラスをじっと見る。言葉を探しているらしく、視線は宙にあった。
……でも、別に、声ぐらい」
 自分の喉を触りながら、言う。
「貴方とこんな風におしゃべりできなくなるのは寂しいけれど。傍に居られるなら、声ぐらい大したことじゃないと、思います。……私の声が出なくても、私を傍に置いて下さいますか?」
 不安そうな声色で、私に聞いた。
「どうでしょうね」
 手に触れる。細くてしなやかな指が、ぎこちなく私の手を握った。
「声が出なくなったら契約破棄とは、条件には書きませんでしたから」
 手を強く握り返す。その程度で、貴方を逃したりはしない。
「でも貴方が泡になったら分かりませんね」
 意地悪をしたつもりだったが、彼女は笑った。
「私は泡にはなりません」
「どうして?」
「一番の望みは、もう叶いましたから」
 実に幸せそうに彼女がそう言うので、奇妙な充足感を覚えながら、それはよかったですね、と私も笑った。
 



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