ムゲンWARSより。囚獄の勇者と天使たち。最近天使についての考察がアツいので書きたくなってしまった。青翼の勇者様と災の魔王様をお借りしました。
@chuchuhakokaina
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依頼を受けてついた王都は、綺麗な街並みだった。そして晴れ渡っていた。なにか幸運なことがありそうな、秋晴れのいい天気である。今回カイが受けた仕事は単純なもので、毎年冬に王都でおきる頻度の高い流行病に対応するために施薬院があらかじめ大規模な商隊に依頼して薬種を届けさせるとのことで、請け負ったのはその商隊の護衛だ。中途で賊に荷を狙われることが何度かあったものの、なんとか誰が怪我することもなく荷を守り、こうして辿り着いた。大きくも質素な施薬院の、倉庫にそれらを運び込む。商人と院の管理者との間でやり取りが行われ、仕事は無事終了した。
「ありがとうございます、大変助かりました勇者様」
施薬院の管理者である、女性は微笑んだ。聖職についている彼女は、女神に感謝をささげるのと同じ作法でカイに礼をする。カイは慌てて遮った。
「そんなかしこまらんと、ただの冒険者と変わらん仕事や。でも、助けになれたのならおれもうれしいわ」
「皆様の喜捨でなりたつこの施設では、大した報酬もご用意できず、どの冒険者の方も引き受けてはくださいませんでした。お立場に相応しく御慈悲のある方に、受けた御恩の感謝をすることになんの不思議がありましょう」
はきはきと述べられた賛辞に、カイは盛大に照れた。単純なもので、心からの笑顔とこの言葉だけで、報酬の何倍も素晴らしいものを受け取ったような心地になる。
「もし宜しければ、おもてなしさせて頂けませんか。しばらくお寛ぎいただきましたら、ごちそうをご用意いたします。勇者様がいらっしゃるのも、女神さまがお定めになったことだと思いますの。病で女神さまの御許に逝く運命のものは、お薬があったとしてもそこから外れることはないでしょう。でも、治るにせよ、定めに従うにせよ、薬があれば苦しみも減ります。ましてそれが今日いらっしゃった勇者様のもたらしたものだと分かれば、皆喜ぶと思いますわ」
しかし、その言葉には、カイはすこし困ってしまう。彼は敬虔な聖職者が使う運命という言葉をあまり好まなかったし、勇者がもたらしたものだからと言われても、その肩書きによって効果が上がるとおもうほど信仰深くも夢見がちでもなかった。薬は薬以上の効果はないし、カイは冒険者以上の仕事はしていない。勇者だからといって、最初に約束した以上の報酬としてもてなしを受けるのは筋違いだった。
「いや……、遠慮さしてもらうわ。そもそも薬なんて、使われる状況にならないに越したことはないわけやし。この仕事さしてもろたのも、廻りあわせってだけや。おれにくれるくらいなら、今いてる患者さんにうまいもん食わしたってや」
廻りあわせ。我ながら悪くない言葉を選んだものだとおもう。たまたま、ほんの少しだけ重なるような関係。たとえば、裁縫箱の糸玉の先が偶然解れて結ばれるような、あってもなくても大差ない、そうしたいと願えばハサミで簡単に切れてしまうようなささやかな縁は、運命などという大きなものとは違って、好もしく尊いもののように思える。もとより相手に悪意はない。女性は、勇者様はご謙虚でいらっしゃるのね、と笑みを深くして、カイを見送ってくれた。
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大きな都の冒険者の宿は、大通りから一本小道に入ったあたりにあることが多い。通りに面した場所よりも地代が安く、しかし物や情報を仕入れるには立地が良く、目立ち過ぎないために色々な種類の客が入りやすい。御多分に漏れずこの都の宿もそうだった。カウンターで酒を頼み、ついでにその日の宿と自分にこなせそうな仕事の斡旋を頼む。
「もしかして兄ちゃん、西の生まれかい?」
「せやで。セレニタってとこなんやけど」
「ずいぶん遠くからきたもんだ!だが、あのあたりなら別に働き口はあるだろ?なんでこっちまで流れてきたんだ。」
鈍りを聞いて好奇心から尋ねた主人は、にやにやと口の端をゆがめて、もしかしてヤバいことでもやっちまったのか?と突いてくる。カイは苦笑した。
「人聞きの悪いやっちゃな…おれそんなことできひんて。せやな、これで身の証くらいにはなるやろか」
サングラスを外して顔と目をさらし、襟元をめくって首に嵌めたチョーカーを見せる。大きな街や国で勇者は珍しくはあれど全くいないわけではないし、善良である証拠にはならないが、故郷を離れて実入りの悪い仕事をする理由くらいにはなる。
「ほーう?珍しいお客さんだな。まぁ歓迎するぜ」
ひゅーう、とからかうように主人が口笛を吹く。もっとも、カイは別に勇者だから冒険者をしているわけでもなく、それどころか、勇者として女神の間に出入りしたことがない。それに、こうして見せている証すら、「本当の自分」がつけているものではない、という意味では偽物である。誤解を解くのに手間がないからやったこととはいえ、自覚的にミスリードを誘っているようで、すこし後ろめたい気持ちになる。
そんな心を知ってか知らずか、主人は愛想よくカイにエールとたまいもの煮っ転がしの小鉢を出すと、ポン、と手をうって、遠くからの客なら丁度いいや、と言うなり、いそいそとカウンターから離れ階段を上がっていった。エールを飲んで、たまいもを口にいれる。この地方の特徴なのか、ただ煮ているだけの素朴な料理なのにもちもちとして食感がいい。
ほどなく戻った主人は、華奢な少女を連れていた。カイの隣の椅子を勧めると、彼女の前に茶とそっけない焼き菓子を出す。カイは目を丸くする。その少女の背中には、まるで姫君が食べる砂糖菓子のように繊細な、青い翼が生えていたのだ。
「天使さんや!初めてみた!」
少女はびくりと肩をゆらし、戸惑ったようにカイと主人との間で視線を行き来させる。主人は笑って、ゆっくり喋んなよ、と此方に背を向けて厨房に下がる。寄る辺なさげな風情に、もしかして勘違いだったかと首をかしげる。
「あれ?天使ちゃうの?羽はえてるのが天使さんやと思ってたけどそうでもないんやなー。騒いでごめんなぁ」
「あ、いえ、間違っては無いんですけど…慣れてないんです」
初々しくうつむきがちに話す声は優しげで、いかにも天使らしい。カイがおさないころに親から聞いた、傷つき泣いている子どもたちの枕元に現れて優しい言葉をかけ素敵な夢を見せてくれる天使は、こんな感じだったのだろうか。はじめて、勇者として女神の神殿にいっておけばよかったと少しばかり後悔する。力足らずの冒険者風情が「勇者」だなどいうおこがましいことは意識する気にもならず、とうとう一度もその門をくぐることないまま、気が付けば奇妙な力を手に入れ、牢に囚われ、加護を失っていた。人と女神の接点となるのが天使なら、女神の間にはこの少女のようにお伽噺にでも出てきそうな優しげなもの達があふれていたのかもしれない。
「ああなるほど、天使にも新人さんがおるんやな!見たとこまだお嬢ちゃんやしなぁ。俺、いちおう神託受けたんで会っててもおかしくないはずなんやけど全然会わんしよくわかっとらんねん!」
「あなたも勇者…なんですか?」
少女は首をかしげる。やはり天使は勇者とそれなりに会うことが多いのだろう。カイは、首のチョーカーをみせた。普段は勇者と呼ばれることも、わざわざこの証をみせることも、さほどない。今日はほんの少しおかしな日だ。しかし天使に遭えたのだから、やはり幸運な日なのだろう。
「んん、勇者とは言われたんやけど、ちょっと落ちこんどったときに見た夢やったし、もしかしたら勘違いかもわからん。でも、ただの戦士でも、勇者でも、別に俺のできることもやりたいことも変わらんからどっちでも変わらんね!」
「そう…ですか、そうですね。やりたいことがある、できるってのは羨ましいです。」
あまり表情を変えることもなく、うらやましい、という言葉を少女はこぼした。本来なら卑屈さを含む言葉も、彼女の口から聞くと言葉ほど醜い印象を与えないのが不思議だった。ここで、ふっと、カイは主人がわざわざ少女をここにつれてきたことを思い出す。なにか理由があって、遠方から来た自分に役立てることがあるからこそ連れてきたように見えた。
「俺のやりたいことな、皆が自分のやりたいことに気兼ねなく挑戦できるようにすることやねん。お嬢ちゃん、なにかやりたいことあるん?お手伝いできることある?」
先ほどまでの調子を崩すことなく、あまり語るのが上手くはなさそうな少女に促す。
「とあるお方を探しているんですが、また会った後に何をしたいかというのが思いつかないんです」
遠慮がちな物言い。すこし憂いのある口ぶり。天使の尋ね人とは、やはりどこかお伽噺のようだ。勇者だと名乗ったからこそ、平凡な自分がこの場にいることが許されているような気がする。これもまた、ちょっとした得難い廻りあわせだ。
「人探しか、どんな人か聞いてもええ?もしかしたら知ってる人かもしれんし、そうでなくとも色んなところに行くんや。これから見かけることもあるかも。会った後?そんなん自然とうまくいくもんやん。会ってから考えたらええねん」
ああでも、ああしようこうしようって考えるのも楽しいねんな、などと言っていると、ふっと、少女が顔を上げる。思いもよらなかった、とでも言いたげな顔だ。なにがとはいえないが、少なくとも先ほどまでの静かな表情ではない。
「会ってから考える……それも一つの選択肢なんですね……」
あまり天使にはない考え方なんだろうか、とカイも意外に思う。
「探してるお方は人ではなくて、黒い翼の天使様なんです」
カイは天使に遭ったことがない。ごめんなぁ、おれは知らん人やな、とカイがいうと、少女はいえ、と少し困惑した様子だった。彼女にしてみれば謝られる謂れは確かにないだろう。ただ、カイにしてみれば、もう少し今日の幸運を信じてみたい気持ちがあったのだ。
「へぇ、青い翼の天使様がおるなら、黒い翼の天使様もおるんかー。見つけたら必ずお嬢ちゃんが探しとったって伝えとくで。うまいこと行くとええな!」
「ありがとうございます。貴方の旅路も良いものでありますように」
優しい微笑みを浮かべた彼女は、女神に祈るのと同じ作法で、平凡な勇者に祝福を与えた。
おお、これが天使か、と柄にもなく、神に祈るような敬虔な心地になったものである。
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後日、草原を旅をするカイが、いい天気やなと見上げた爽やかな空に鳥にしては奇妙に大きな黒い影がよぎった。然程遠くない森の方向に向かったのが分かり、もしかしたら魔物か何かかもしれない、とついていくと、そこには大きな黒い翼をたたんだ青年が立っていた。
翼ある人。つまり天使だ。
「あーーー!!!!!みっけた!!!!!黒い翼の!!!!!天使様や!!!!!」
大きな声に肩を揺らした姿は、どこか以前あった少女によく似ている気がした。この出会いもまた、晴れた日の幸運な廻りあわせである。
END