ムゲンWARS。断罪の勇者様をお借りしました。
Blind:[形容詞]目の不自由な、盲人の、(…が)見えないで、目の不自由な人たち、盲人、気づかないで、見る目がなくて、知らないで、盲目的な、無計画な
大牢獄に入り立ての囚獄の勇者と真夜中の訪問者の話。
@chuchuhakokaina
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意識が立ち返り、体に分身からの情報と刺激が行きわたる。おおよそ落ち着いたのを確かめてから目を開けると、案の定激しい痛みと共にじわりと視界に真っ白な光が弾け、はしからじわりと暗闇が広がった。慌てて瞼を閉じる
カイは、しくじった……と大きなため息をついた。しばらくは、少なくとも、自らの分身の目が本体の回復に十分なほどに回復するまでは、あまり目に負担をかけないほうがいいだろう。
別に何か特別に危ない状況というわけではない。分身という異能になれないばかりにおこした、単純なうっかりだ。
カイはすこし前、ある谷合の集落の依頼をうけて牢の魔王と戦った際、奇妙な「分身」という力を手に入れた。力足らずに魔王に本体は捕まってしまったが、分身はなんとか追跡を逃れ、嘆きの谷の近くの村で治療を受けることができた。当初は怪我も酷く本体も分身も眠っていることしかできなかったが、なんとか半月もすれば歩けるほどにはなる。そうして依頼の報告のために再び訪れた谷は、廃墟のようになっていて、以前の面影もなかった。
奇妙な話であった。さしあたり何もない場所にいつまでもいても仕方ないと、とりあえず谷の情報を周辺の都市部で集めるために移動することにした。この谷の周囲は荒野で、小さな村は点在していたが、非常に乾燥していて極度に日差しが強かった。来るときにそうしていたように、キャラバンを見つけて護衛として雇ってもらい、現在最寄りの都市に向かっている。日が落ちて、見張りの受け持ちの時間を終え、目を閉じたときにじわりと眼球が痛むことに気付いた。
分身が傷つくと本体も傷つく。そして、目も皮膚と同様に日焼けするのだ。
カイの得た分身という能力は、酷く難しいものであった。子供の頃、楽師が鍵盤の上で左右の指を同時に全く異なるように動かしていたのを真似してみたところでまるでうまくいかなかったように、心がひとつで体がふたつあるということは、小器用な彼にとってすら、戸惑いを生んだ。
牢の魔王との戦いのときに本体と同時に動かしたのとは違って、現在のように交代にふたつの体を動かすのは、比較的容易だった。しかしながら、一緒に動かしていたときには同時に起きていたダメージのフィードバックが、この牢獄に捕まってからは、意識を切り替えるときに一気にやってくるのだけが問題だった。暗闇に慣れてしまった本体の目に、日中蓄積された光のダメージが一度に戻れば、いかに直接のダメージでないといっても視界に問題が出る。
(今度、グラサンでも買わなあかんな…)
身動きできない牢獄では目が痛んで視界が悪くとも、とくに問題などない。そして、分身に意識を移せば本体がどういう状態だろうが、ただの日焼けにかわりない。きちんと見ることも動くこともできる。それでも、カイは自分自身をないがしろにする気などなかった。たとえ肉体をとらわれていても、心まで運命に囚われた無力な囚人のままでいることを、自分自身に許したくはない。
目を閉じると、静かでなにも響かないとおもっていた深夜の牢獄の中にも、音があるのがありありとわかる。感覚が鋭敏になる。石造りの床、かつかつと足早に響くブーツの音。珍しく、深夜の訪問者のようだ。自分の前の格子戸を通過し、奥に向かう。遠くから金属がこすれ、鉄格子があく音が響く。
鉄格子が開く?ありえない。
やがて激しい物音が響く。いまや、周囲の牢の囚人の全てが起き出し、そちらに意識を向けていた。抵抗しながら口汚く罵る囚人の声、鎖が石の床を転げまわる、金属の軋み。横たわるものを一方的に殴打し、切り裂く物騒な音。罵りはやがて謝罪と命乞いに代わり、しかし攻撃がやむことはない。断末魔の悲鳴。
こつり、こつりと、ゆっくりとした音が前を通過する。滴る水音と、濃い血の匂い。まぎれもなく、いまこの瞬間に死がもたらされていたのだ。
王であり看守である彼がいるかぎり、永久に囚われつづけるように考えていた、牢獄。しかしそれは単なる思い込みで、処刑人がいたのか。
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意識が立ち返り、体に分身からの情報と刺激が行きわたる。おおよそ落ち着いたのを確かめてから、再び目を開いた。鋭く差し込むような眼球の痛みに、諦めて瞼を閉じる。この目の痛みは長く続きそうだ。
分身として動いた昼間の記憶を、一から思い返す。おおよそは問題なく、思い出せていると思う。
牢に囚われていつごろからか、ついた習慣だった。最初は、分身として動いた記憶はこちらに帰ってきても持ち越される。と、信じていたのだけれど、壁を挟んだ声が聞こえづらくなるように、どこかしら輪郭がぼやけたところがあるのに気づいてしまった。分身に戻れば思い出せることばかりなのだが、こちらに帰ってくると思い出せなくなってしまう。
いつもよぎるのは、ひとつの可能性。もし自分が分身として外で動いているだなんてことがただの夢で、まったくの嘘であるかもしれないということ。すべては夢で、本当の自分は、ただ牢獄の中で身動き一つとれず、妄想に思考を停止させて、現実から目をそらしているだけの全くの愚か者になっているのかもしれない。
あるいはもうひとつの可能性。ここでこうして牢獄につかまっているということが夢で、本当は外で自由の身なのに、毎夜のように自覚もなく、牢の中の悪夢をみているのかもしれない。
いずれにせよ、本当のことがわからないのであれば、考えても詮無いことであった。元来考え事はさほど得意なほうでもない。ぼんやりと、しばらく夜闇に耳を澄ませていると、こつり、こつりとゆっくりとしたブーツの足音が響く。前を通り過ぎ、奥の独房に向かう。連日訪問者が訪れるような場所でもないと思ったが、また処刑であったなら嫌だな、とカイは思う。人が死ぬのは悲しいことで、こんな自分では誰をどうすることもできない。
しかし、聞こえたのは、罵声でも悲鳴でも暴力でもなく、小さな呼びかけだった。
「貴方は、自分のこれまでの行いについて、どう思いますか?」
「勇者として、女神様のご加護を享ける身として、納得して行っていたことですか?」
「どうか、どうか少しでも、悔いるところはないのですか?」
まだ若い男の声に聞こえた。真摯で、誠実そうだ。根気強く間をおいて投げかけられる静かな声はどこか必死に聞こえるが、返答はない。沈黙は常に、否定よりも拒絶だ。それでも何度も行われる問いかけは、相手の心を問い、懺悔を求めるもののはずなのに、なぜか問い主の懺悔のようにも聞こえる。
やがて牢獄に静けさが訪れる。衣擦れの音と、こつり、こつりと前をとおりすぎるゆっくりとした足音。当然血の匂いなどしない。ただ、疲れたような足音だけが通り過ぎようとした。気の毒だった。出られない人間や処刑される予定の人間に言葉を投げかける徒労はいかばかりだろう。牢の中の者だけが憐れなわけではない。牢の外の者であっても、何かに囚われているものだ。
「にーさん、アンタしんどいんか?ちゃんと寝とる?」
声をかければ、驚いたように足をとめたのが聞こえた。囚人に声をかけられることなど想定もしていなかっただろう。少し申し訳なくなる。情の深い肉屋ほど、家畜に名前をつけない。
「寒いところにずっとおるし、昨晩なんやこわい人もきとったみたいやし、奥の人もちょっと気張ってはったんやろ。あんま気ぃおとさんと、飯食ってよく寝なあかんで」
「え、ええと……貴方、もしかして、わかってないんですか?」
「ああ、いまちょっと調子悪くて、目ェ見えてないんや、アンタがどこにおんのかよぉわからんし、もし変なとこ向いとっても気にせんといて」
じゃらりと首枷の鎖をならして顔をあげ、閉じた瞼を示してみる。通路のわずかな薄明かりで顔くらいは見えただろうとおもう。相手は小さく息をつく。
「そうでしたか……。いいえ、僕はだいじょうぶです。自分がしなければいけないとおもうことを、しているだけなので」
この牢獄には処刑人がいた。それだけでなく、懺悔を聞く司祭までいることを、カイは知った。
「さよか。アンタ、責任感が強いんやね。そんで、ええひとみたいや。また良ければお話したって。ひとりで真っ暗なとこにおると寂しいねん」
カイが笑って見せると、ええまぁ、と曖昧に口ごもった青年は、足早に立ち去って行った。もしかしたら気分を悪くさせたかもしれない。善良な人であろうと、仕事が終わったあとにまで、囚人と談笑だなんてぞっとしないだろう。それに、ほんのたまにカイが嘘偽りない言葉をいうと、困ってしまうタイプの人がいるのだ。もしかしたらその類の人かもしれない。
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それからカイは、意識が戻るたびに、この人のおとずれを度々確認することになる。その都度、声をかけた。二度目に声をかけたとき、さほど嫌そうな声音に聞こえなかったからだ。
彼は奥の囚人以外にも、何人かの囚人に声をかけて、懺悔や改心を呼び掛けている。彼の呼びかけに、罵声や皮肉以外で応じる者はまれだった。カイはいつもそれが不思議だったし、青年はそれを当然だと言っていた。以前から出入りしていたというから、単純に自分が分身に移っていて本体を眠らせているときか、ダメージのフィードバックでろくに周囲に気を回らせられていないときに来ていたのだろう。とはいえこの善良な青年が、囚人から嫌われ恐れられるような要因などは思い浮かばない。
彼が会話を避けないのをいいことに、色々な話をした。たとえば、自分の故郷や家族のこと。祖国の姫君は目が見えないということ、それでも人の心が分かるのだということ。こうして見えへんと、普段と違うことに気付けるのかもしれんな、などといえば、青年はわからない方がいいこともありますよ、と返す。少々ニヒリストの気があるのかもしれない。
分身が経験していることを思い返すついでに、青年に語ることもあった。分身が街中に入り、サングラスで目を覆うようになってから、随分と時間が経つ。やがて、谷のことを知った。その直後はとうてい誰かと話すような心地にならず、今までの考えを見直すことが必要で、その期間に偶然なのか必然なのか、青年が現れなかったのは幸運としか言いようがない。逃れ得ない絶望を飲み下してしまい、分身も今まで通りの冒険者らしい生活に戻れば、彼に話せるような与太話はたくさんあったからだ。
なんということのない依頼の話もしたし、それ以外にもたとえば、はじめて天使というものをみたのだという話もした。いとけなく愛らしい少女の姿をしていて、黒い翼の天使を探しているのだと聞いた、天使様なんて会うの初めてやったけど、とってもええ子で優しかった、さすが女神様の御使や、などと言えば、青年もあいまいに、頷く気配がした。そして、その黒い翼の天使と出会い、友人になったのだといったときも、同じくなんとも言えないような反応をした。
彼は囚人に訴えかけるとき、あえて宗教的な話をしていることはなかったから、囚人の心根を聞く立場ではあるのかもしれないが、聖職者ではないのかもしれない。あるいは、ここは魔界なのだから、もしかしたら魔族なのかもしれない。詮索するのは馬鹿らしい気もした。
彼の話も聞きたかったが、彼は語るということが少ない青年だった。特別に寡黙なわけではない。こちらがとっておきの笑い話をすれば控えめに笑ってくれるし、人情話には共感するような言葉をこぼした。ちょっとした事故のような形で、過去の勇者を讃えた言葉から皮肉にも「囚獄の勇者」と呼ばれるようになってしまった、という話には、少し困ったような声音だ。
そしてこちらが少し話をして、場が温まったところで、アンタは最近どうなん?と話をふると、とたんに沈黙する。話すことができないことを前に、嘘をつきたくなければ沈黙するしかない。沈黙は常に、否定よりも拒絶だ。そして、拒絶はつねに、悪意からのみくるわけではない。
ここを訪れるのが辛いのだろうと、それくらいのことは理解している。奥の囚人たちに声をかける様子が、必死になってきていることにも。立ち去るときの足音はとても重く、日に日に憂鬱さを帯びているような気がする。
そんな人を軽々しく問い詰めるような真似は、カイにはできなかった。ただ、自分とこの人との会話が、ほかの囚人にも聞こえていればいいと思った。そうすることで、少しでも彼の負担を楽にすることはできないだろうか。
はじめて目を傷めてから、もう何週間、何か月、あるいは何年たったかすら覚えていない。しかし、ぼんやりと視界は戻ってきている。きちんと見たらわかることも、あるだろうか。
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意識が立ち返り、体に分身からの情報と刺激が行きわたる。直後、全身をにぶい痛みが走り、脳を揺らされるような激痛が頭を走った。たまらずカイはその場でうなだれる。牢の中では治療ができない。ダメージのフィードバックは、黙ってこらえるしかない。
なにか特別に分身が危険な状態というわけではない。すでに医師の治療をうけて安静にしている。ただ、分身が受けた仕事がイレギュラーに人手が足りなくなり、他の誰にも怪我をさせないように立ち回った結果大けがをしてしまっただけだ。
朦朧とした意識の中で、かつかつと足早なブーツの足音が聞こえた。顔を上げれば、白い翼をもつ大柄な天使が、大きな剣を下げて、カイ牢の前を通ったところだった。
自分が思っていた処刑人は、天使だったのか。
やがて鉄格子が開く音がする。ろくに働かない思考でも、これには記憶があった。処刑が行われているのだ。前回と違って、静かに行われたようだ。罵声も、命乞いもなく、ただ痛ましい絶息のうめきだけが耳に届く。しかし、がしゃりと大きな金属音が続く。おそらくは、あの大剣が落ちた音だ。
「あ、ああ…僕は……僕は……」
小さく、抑え込むような慟哭。その声にはおぼえがある。まごうことなく、ここで何度も話していった、あの青年の声だ。
ようやく理解する。囚人たちか、穏やかに語りかける青年を忌避するわけを。
青年の悲痛な声が長く、長く、牢獄に響く。傷の痛みにぼやけた頭にすら、ありありとその嘆きが刻み込まれる。
抵抗もせず、嘆くこともなく、沈黙を保ち死に向かった囚人は、悲愴であった。なんの罪あって、あるいは事情があってここにいる人なのかは、カイは知らなかったが、優しい青年の言葉を拒むのは理由があってのことだったのだろう。そして、その人に死を与えた処刑人の嘆きは、凄惨であった。恐らくは処刑にさせまいという意図だったろう、囚人を説得しようと努力していたことと、彼らの処刑を行うということ、それが同じ人の手で、望まぬ行為であるのに成し遂げられる、こんなにも痛ましいことがあるだろうか。
また、天使の行う処刑ならば、当然女神のみちびきであろう。なおさらに、青年には辛かったに違いない。
こつり、こつりとゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。鉄さびくさいにおいが濃くなり、嫌でも先ほど彼が生を奪ってきたことを実感させる。重い足取りは、やがてカイの前にたどりついた。全身を真っ赤に染め上げた羽をもつ人は、うつむいていた。こちらなど気にせず、通りすぎるかと思った。
まさかこちらに一瞥をくれるとは、思っても見なかった。カイの知る限り、泥を見つめるしかない心持ちの人が、周囲に目を向ける余裕があったためしはないから。酷く傷ついた緑の目がグレーの目を見るや否や、驚きに見開かれる。
はじかれたように青年は、そのままその場を去っていった。
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深く眠っていたカイは、牢に響くゆっくりとした足音で目を覚ました。本体も分身も傷ついているせいか、どちらの体も意識を保っていることは難しい。それでも目を覚ましたのは、この足音の主が気がかりだからだ。
カイが身じろぎをすると、前を通り過ぎて奥に行こうとしていた足音の主は立ちどまった。彼にみえるように、瞼をとじたまま顔をあげて見せる。じゃらりと鎖が音を立てた。
「見てへんよ、見てへん」
見てないからといってどういうわけでもないだろうけれど、声を掛けずにはいられなかった。囚獄の勇者には、なにをすることもできない。この天使が女神から使命をあずかってこの苦難を受けているのなら、それはいわゆる逃れ得ない苦痛で、ひとが運命と称するべきものだ。どうしようもなかった。カイはだれかの心を平穏に導く聖職者でもなく、囚獄の勇者はすでにこの牢の中で、足らざる力を補うために生まれた奇異なる力に心も体も分かたれて、その在り方は女神の加護を離れている。
どうすることもできない。この事実は、カイにとっては真新しい、飲み下したばかり苦渋だった。
「見んでもわかるわ、アンタ、ほんまにしんどそうや」
彼はなにも答えない。沈黙は常に、否定よりも拒絶だ。目を閉じていると、体の痛みに意識を引きずられそうになる。いま意識を失うわけにはいかない。
「なぁ、おれもう少し頑張るから。あるもん全部つこて、なんでもして、必ずなんとかするから。だから少しだけでええんや。気張って、待っとって。おれ、嫌やねん。なんもできんって、どうしようもならんっていうて、選びたいことも選ばれへん、そんなんあかんやん。運命なんてありそうな言葉で目ぇつぶっていられへんねん」
囚獄の勇者が嫌だといったのは、青年の境遇を差したものでもあり、囚獄の勇者自身の現状をさしたものでもあった。また、彼らだけでなく、全ての人間と、生き物と、魔王や天使、神々すら含めた存在が、そうであるようにという願いだった。具体的な見通しはない。手段も能力もない。それでも、どんな代償を支払ってでもこの選択を行おうという意思はあった。
そうでなければ。すべての存在が目をとじて与えられる痛みをやりすごすだけしか許されないのなら。存在する、ということそのものがあまりに哀しすぎる。
ほんのわずかな、小さなつぶやきが青年の口から洩れた。痛みにぼやけた意識の中で、それを拾うことは難しかった。こつり、こつりとゆっくりとした足どりで、青年はその場を離れていった。彼が囚獄の勇者をどうおもったか、カイにはわからない。
それでも、その後も時折鉄格子ごしに言葉を交わす関係は、絶えることなく続いている。
END