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初対面

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2016-06-30 00:44:41

※よそ様のキャラをお借りしているので、設定や言動に齟齬がある可能性があります。問題ありましたらそっとご指摘ください。




 バディの更新時期である。新たに入隊した兵士はここで初めての、そうでない兵士は何人めかのバディを得る時期だ。
 ラウリィ・ヒュランデルは今のところ配属以降のほぼ全更新を失敗している。バディに対して辛くあたるわけでも、友好な関係を築くことが出来ないわけでもない。ただ、バディに対して、「自分といると出世が遅れる」「他に相応しいバディを見付けたらそちらへ行っていい、何なら口利きもする」と包み隠さず伝えているだけだ。そのため一時的なビジネスパートナーとしてのバディはいても、戦友と呼べるバディを持ったことは、一度も、ない。
 つまるところ、また今回も新しいバディをあてがう必要があった(そう、あてがう、のだ。彼は自発的にバディを探そうとはしない)。
「成り上がりの坊っちゃんが手間をかけさせる」
「どうせ次の更新でまた入れ替わるんだ、適当な兵卒でもあてがっておけばいい」
「では、これで」
 人事の人間が机の上に散らばる履歴書の中から無造作に取り上げた一枚には、コナー・フラナガン、と書かれていた。


 ……いち兵卒が、佐官、それも大佐のバディに任じられたことに違和感はあれど、彼には特にそれを拒む理由もなかった。任命の日、長い廊下を歩いた先にある執務室へ呼び出され、なんの感慨もなく扉をノックし、入室する。
「やあ、君が僕の新しいバディ?」
 奥のデスクから立ち上がり歩み寄ってくる男は大佐にしては若く、威厳も無い。……だがそんなことはどうでも良く、彼はその男から目が逸らせなかった。
 柔らかく細められた紫の目。褪せた銀髪。小首を傾げて少し困ったように笑う、仕草。
 ーー知っている。俺はこの男を知っている。
「ラウリィ・ヒュランデル大佐だ。よろしくね」
 差し出された手は、“あの時”と似ていた。


 バディ結成の辞令が下った時。それが、ラウリィ・ヒュランデルとコナー・フラナガンとの初対面だ。
 ……しかし。
 ラウリィ・ヒュランデルとコナー・フラナガンの初対面は、二回ある。


  ※  ※  ※


 いつもと同じような、代わり映えのしない夕暮れ時。窓から差し込む橙色の光に目を細めて、彼は執務室の隣室へ続く扉をノックした。
「大佐、入ってもいいですか。お届け物です」
「ん、いいよー」
 彼が部屋へ入ると、ちょうどラウリィがスラックスをはいた所だった。上半身はまだ裸のまま振り返る。
「誰から?」
 訊ねたラウリィは、珍しく即答しない彼を見て怪訝そうに眉を寄せた。その目が彼の視線をたどり向かっている先を確認して、ああ、と呟く。
「意外でしょ、戦場なんて出ないのに」
 するりと指が脇腹を這う。そこにあるのは、いびつにひきつった銃創の跡だ。
「撃たれたのは十年ちょっと前かな。結局跡は消えないままだ」
 シャツに腕を通すと傷跡は隠れたが、彼の視線はそこに留まったまま。きょとん、と、瞬きをしたラウリィは、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「……いえ……」
 消えなかったのか、と、呟いた彼の表情は、ラウリィからはよく見えなかった。


 十年ほど前のラウリィ・ヒュランデルは、素直で聡明な若者だった(少なくとも周囲にはそう認識されていた)。軍人になれ、と突然言われて学校に通わされても特に不満はなく、その必要性も理解していた。それが自分にしか出来ないことだと知っていた。
 ある日のこと。学校終わりに街へと出ていたラウリィ青年は、数人の人間がこちらへ向かって走ってくるのに出くわした。
「……ああ、君! こっちには行かない方がいい!」
「何かあったんですか」
「おかしな男が銃持ってうろついてるんだよ、さっき警察には連絡したけど……」
「おい!」
 焦った様子で一人の男が来た道を示す。ひょい、と、人影が角を曲がってくるところだった。
 足取りはしっかりしている。が、目は爛々と光っていた。片手に持った銃の安全装置は外れているように見える。ぶつぶつと何かを繰り返し呟いているが、ラウリィには聞こえない。
「逃げ、……待ておい冗談だろ……!」
 男が出てきた角よりひとつ手前、細い道からひょいと出てきたのはまだ学校にも入っていないだろう年頃の子供だった。異様な空気を感じ取ったのか周囲を見回したその子供の目と、男との目が合う。
 ーーその時どうしてそんなことをしたのか、今でもラウリィはうまく説明できない 。軍人を志す者としての見栄か、はたまた良心か……気付いた時には、ラウリィは二人のいる方へ駆け出していた。
「……殺さないと。殺さないと殺される。ジョンもデイブも皆、皆みんな殺された、俺はごめんだ」
 男の呟きが聞こえる距離にまで近付いたラウリィは慎重にタイミングをはかる。刺激するのは避けたい。子供がじっとしていてくれたのがせめてもの救いだった。
「子供だって、敵かもしれない、ああ、砲撃がうるさいな」
 ーー退役軍人か!
 苛烈な戦争で精神を病む軍人はけして少なくはない。じりじりと子供と男の間へ入ろうとしながら、ラウリィは男へ声をかけた。
「……落ち着いてくれ。あなたはもう戦わなくていいんだ」
 ラウリィの方を見た男の瞳は細かく震えている。爆ぜそうな熱が、皮一枚下に詰まっている。乾いた唇を舐めて、
「戦争は終わったんだよ、見てみろ、何の装備もしていないただの子供だ」
 手を伸ばし、子供をこちらへ引き寄せようとしたそのとき、銃口が子供へと向けられた。まだ手は届かない。男は頭を振って、駄目だ、子供は駄目だ、駄目なんだ、と言いながら引き金に指をかける。
「……ッ!」
 銃声。
 ーー痛くないな、と、興奮で麻痺しているのか、と、他人事のようにラウリィは考えていた。
 射線上になんとか体をねじ込んだのと、脇腹に熱を感じたのはほぼ同時だった。痛みというより衝撃と熱だ、まるで熱した鉄ごてを押し当てられたよう(さいわいラウリィにそんな経験はないが)。
 滲んだ視界では、子供がどんな表情をしているのかいまいちわからない。背後から再装填の音が聞こえ、ラウリィは震える手を伸ばすと子供をかばうように抱き込んだ。力をこめると傷口から血が溢れたのだろう、ようやく痛みがやってきてその激痛に呻く。
「おにい、ちゃ、ん?」
 状況を理解できているのかいないのか、不安げに揺れる声。その耳元へ、ひとつ息を吐いてから、ラウリィは言い聞かせるように囁いた。
「大丈夫」
 ーー大丈夫だから。
 鼓動に合わせて襲う痛みと溢れていく血に意識を刈り取られそうになりながら身構え続けていたラウリィは、周囲が騒がしくなったことに大分遅れて気付き、警察が到着し男が取り押さえられたことを確認するや力尽きて石畳に崩れ落ちた。
 ……そして次にラウリィが目覚めたのは病院のベッドだった。ずいぶん金を積んだのだろう、明らかに上等な寝具や内装に溜め息を吐くと、ずきりと傷が痛んだ。
 入院生活は退屈で、かと言って動こうとすれば痛みが襲い、ラウリィはただただ寝たり起きたりを繰り返していた。そして見舞いに来た知人に、自分を撃った男は戦地で少年兵の自爆攻撃にあって戦友を失ったらしい、と聞いて、へえ、とだけ言った。
 その日もラウリィはうとうとと微睡んでいたが、何やら物音がした気がして目を開けた。周囲を見回し、どうやら窓の外から聞こえたようだとそちらを見ると、……緑色と目が合う。
「……あ。きみ、待てッ、つぅ……」
 くるりと身を翻して走り去ろうとしたその子供、自分が守ろうとした(守ることが出来た)彼を引き止めようと声量を上げたラウリィは鈍い痛みに息を詰まらせ、それに気付いた子供は足を止めた。
「……あ、の」
 おずおずと口を開いた子供は、眉を下げ消え入りそうな声で。
「……ごめんなさい」
 と、そう言った。
「おれのせいで……けがしたんだよね、ごめんなさい……」
 それを聞いたラウリィは、そっと手を伸ばして子供を手招きした。窓辺に近付いた彼の頭に手を置き、わしわしと髪を撫でながら、笑う。少し困ったように小首を傾げ、目を細めて。
「気にしないで、って言っても無理だよなあ……。じゃあこうしよう」
 ラウリィは子供の顔を覗き込み、その鮮やかな緑色の目を見詰めた。葡萄色はその頃はまだ、生き物の色をしていた。
「将来、もし僕が困ってたら、今度は君が助けてよ。恩返しってことでさ」
 ね、と言えば、子供はきりりと表情を引き締めて頷いた。笑って頷き返して、ラウリィは思い出したように再び口を開く。
「そうだ、じゃあ名乗っておいた方がいいかな、……僕はラウリィ。ラウリィ・ヒュランデル」
「おれは、……おれは   。   ・     」
 握手を求めて差し出されたラウリィの手を、その子供は素直に握った。


「……助けた相手の名前も覚えてないなんて、おかしな話だけどね。その後、入院してた分の遅れ取り戻すのですっごい忙しくてさ」
 お届け物、とやらの中身を確認しながらラウリィはのたまう。
「今なら絶対あんなこと出来ないよ。見ず知らずの一般人の子供と僕、どっちが生き残るべきかなんて自明の理だ。周囲に与える損失が違いすぎる。……あれが多分、僕が損得考えずに他人を守ろうとした、最初で最後の一回だ」
 結局のところ大幅な黒字だったわけだけどね、傷跡ひとつで子供の命が買えたんだから、と冗談だか本気だかわからない口ぶりで言って、お届け物の検分を終え机に置く。小包の中身はいつものものだった。
「元気にしてるかなあ、あの子。もう立派な青年になってるだろうけど」
 時折短く相槌を打つくらいで、極めて静かにラウリィの話を聞いていた彼は、不意にぽつんと呟いた。
「元気ですよ」
 笑いたいような、泣きたいような、色々なものが混じりあっていっそ無表情に見える顔で、彼は繰り返した。きっと元気ですよ。
「……案外近くにいたらどうしますか?」
 それからの突然の問いにぱちくりと瞬きをしたラウリィは少し考えるような間を空けてから、へらりと笑う。
「恩返しに? 十年以上前の口約束を守りに? 馬鹿だなあと思うよ」
 冷たいとも受け取れる台詞に、ほんのわずか、誰も気付かない程度に彼の体が強張った。が、すぐにそれは解消される。
「……でも、僕はそういう馬鹿な子、嫌いじゃないな」
 頬杖を突いて、目を伏せるラウリィ。案外長い睫毛が瞳を隠した。感情を読まれにくいようにする仕草を、恐らくは無意識にとっている。
「うん、というか好きかな、もし僕のことをまだ覚えてくれてたら、嬉しい」
「忘れるわけないですよ」
 強い語調で断言し、すぐに取り繕うように、だって命を救われたんですからと付け加えた彼に、ラウリィは微笑んだ。
「なんか今日のコナーくん優しいね。いや、まあ、君いつも僕に甘いけど。……んー、じゃあ、お仕事に戻りますか!」
 大きく伸びをしてから紙とペンを用意し始めるラウリィに、慣れた様子でファイルを渡す彼は、どことなく浮わついた様子に見えた。


《幕》


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