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義兄と義弟の関係

全体公開 2525文字
2016-07-03 02:16:50

たぶんデータが残っている物の中では最も古い作品になります。中学の文化祭で出したものです。「芳春」初出!(全然造形違うけど)

Posted by @smbrfubuki

部屋が静かになったと思った。
それまで2つに割っていた9畳の部屋は、明日から晴れて俺が独占できる。
煩い女が出て行ったからだ。

「芳春ぅー」
正しくは、明日出て行く。今夜は荷造りをするらしい。とはいえ、大きな家具は既に処分済みだから簡単に荷物を詰めるだけでいいようだ。
「何?」
「恭弥が来てくれてるから車、案内してあげて」
恭弥というのは姉貴の婚約者だ。製薬会社に勤めるサラリーマンらしい。俺はまともに話したことがなかったけど、両親が言うにはかなりの好青年のようだ。
なんで俺が」
「恭弥が来たってことは私を迎えに来たってことよ。急がないと悪いじゃない。頭使いなさいよ」
一言、ムカッとした。けどここで喧嘩をするのも馬鹿らしいから我慢した。仮面兄弟。俺達は互いを嫌い合っている。


「恭弥さん」
俺は暗い中、ヘッドライトに向かって手を振った。
「芳春君か。すまないね」
「いやいや。駐車場こっちですよ」
一番近い駐車場が空いてなかったから、少し遠い駐車場に案内した。
「わざわざありがとう。忙しいのに」
「いいんスよ。外出たかったし」
恭弥さんはフォルクスワーゲンから下りるととても普通の人だった。背は高すぎず、顔もめちゃくちゃ男前なわけじゃなく、どこにでも居そうな男だった。
星がやけによく見える中、男二人で歩くのはつまらなかったが、雰囲気はあった。
「恭弥さん、一つ聞いていいですか」
あまりに雰囲気がよかったから、うっかり切り出してしまった。寒い空気が隅々まで闇に染まっていく。
「何?」
「なんで姉貴を選んだんスか?」
少しだけ俺より高い所に向かって問い掛けた。恭弥さんは少し考えてから、「解んないな」と呟いた。
「解んない?」
「うん。そう言われると、なんであいつと結婚しようと思ったのか解んないよ」
恭弥さんはそう言うと小さく笑った。何が可笑しいんだろう。俺には解らなかった。
「でも、結婚するならあいつ以外考えられない」
恭弥さんは空を見上げて言った。俺は益々解らなくなった。
「駄目な女ですよ」
そう言うと、恭弥さんは声をあげて笑った。
「駄目な女か。確かにね」
「俺ももう大学生なのにいつまでもこき使われてさ。大体、弟とはいえ男なのに、風呂上がりに裸でうろつくのは止めてほしいです」
恭弥さんを前にすると、俺の愚痴は止まらなかった。同じ匂いを感じたからだろうか。
「へぇ。美郷ってそういう奴なんだ」
「そうですよ。少なくとも
言葉にしようか。一瞬迷った。けど、沈黙は嫌だった。
「恭弥さんが考えてるような女じゃないです」
そう言うと沈黙が訪れた。少しだけ後悔したけど、少し口早に言い直した。
「だって、偉そうな癖に頭良くないし、気強いし、煩いし、勝手だし、我が儘だし、口汚いし恭弥さんに釣り合わない女ですよ」
俺がそう言うと、恭弥さんは笑い出した。ひとしきり笑った後、俺の頭をぽんぽんと叩いた。
「芳春くん、嫉妬してる」
「なっ、違いますよ!」
俺はむきになって言い返した。けど、恭弥さんは笑ってやり過ごすだけだ。
「知ってるよ、それくらい。何回か泊まりに来たし、何より本人から耳にタコが出来るくらい聴いたから」
「じゃあなんで」
「芳春くんは本気で惚れた人のこと、それ位で嫌いにならないだろ?」
恭弥さんの口調は落ち着いていた。ゆったりした笑顔を見せて眼鏡を押さえてから、「俺もそう」と言った。
「美郷とは中学のときから付き合ってる。初めて会ったのは中2のときで、なんて自分勝手な奴だろうと思ったよ。けど、自分に与えられた仕事については凄く真面目な奴だった。告白はあっちからだったけど、俺は既に惚れてた」
北風が吹いた。予想以上に冷たくて手を擦り合わせると、恭弥さんは皮手袋を貸してくれた。
「10年も付き合ってるんですか?」
「いや、何回も別れた。別の人とも付き合ったし、凄い剣幕で喧嘩して半年ぐらい逢わないこともあった」
そう言われて、俺は昔のことを思い出していた。10年の間に、俺は4回ほど姉貴と大喧嘩したことがある。それは大体一定間隔だった。もしかしたら、恭弥さんと別れた直後でボロボロだったのかもしれない。
「だけど、お互いに逢わないときは泣き崩れてさ。あいつも俺も弱いんだ。脆くて、互いに互いが居なきゃ生きて行けなかったんだよな。だから、俺は美郷以外と結婚するつもりはない」
恭弥さんは胸ポケットから煙草を取り出して、「いる?」と聴いた。
「吸いませんから。すみません」
「いや。これもさ、アイツの趣味なんだよ。煙草吸ってる外見がカッコイイとか言って、馬鹿みたいに吸ってたら中毒になった」
そう言って恭弥さんは笑った。白い息が弾む。
「笑い事じゃないッスよ。製薬会社の人が喫煙って
「そうだな。だけど、俺は後悔してないから。こんなことであいつにずっと惚れられてるなら安いもんだよ」

俺は恭弥さんの横顔を眺めながら、何故か早く家に帰りたくなった。あと百メートルほどだ。
「恭弥さんって、変わってますね」
「そうかな」
変わってますよ、と俺は恭弥さんの肩を軽く叩いた。逞しくて大きな肩だった。この肩と背中なら、姉貴の曲がった性格も支えてやれると思った。
姉貴をよろしくお願いします」
不意にそんな言葉が出た。腰から頭を下げていた。
「こちらこそ。お姉さんは幸せにするよ」
そう言った恭弥さんは真っ直ぐに家の方を見ていて、俺は理由なく笑った。恭弥さんも笑った。乾いた低い笑い声が二つ、冬の冷たい夜空に響いた。



二週間後の吉日、予定通り姉貴と恭弥さんとの結婚式が行われた。姉貴はとても綺麗だった。俺はうっかり賛美歌を唄いながら泣いてしまったけど、姉貴と恭弥さんは本当に嬉しそうで、笑顔が眩しかった。あの二人は幸せになるだろう。俺はさっき姉貴に言われた一言で、すっかり彼女のことを好きになっていた。いや、元から好きだったのにそれを自分で認めなかったのだ。あの日恭弥さんに言われた、嫉妬というのは本当だったようだ。

尤も、彼女に何を言われたかは、今の恋人にも言っていない俺だけの秘密だ。


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