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サキと先生

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2016-07-22 20:17:07

※教師、つまり指導する側の人間ということもあってオルドウィンさんの台詞量が多く、言動におかしな点がある可能性が高いです。そっとご指摘下されば修正なり削除なりしますので……




 軽いもので堅いものを叩く音。ハイヒールが床を叩く音にも似ているが、それよりはもう少しささやかだ。
「先生」
 授業終わりの、生徒たちががやがやと騒ぎながら退室していく教室。机の間をゆっくり縫うようにして教壇の前まで歩いてきた少年は、目を閉じたまま彼の教師を呼んだ。
「どうした、ウルシバラくん。何か質問でも?」
 礼法の教師であるオルドウィン・アストンは、使用した教材を片付ける手を止めて、氏の生徒である少年……サキ・ウルシバラ(漆原 向)を見下ろした。
「いいえ、今日の授業には特に何も」
 少年は緩く頭を振ってから、言葉を続ける。
「歩行と立ち居について、少し見てもらいたいのですが……お手すきの時にでも、お時間頂けませんか」
 ふむ、と返事をしてから氏は分厚い手帳を取り出し、ぱらぱらと捲った。指をページの上に滑らせて、とん、と叩く。
「明後日の放課後なら空いているな。礼法室に十六時半でどうだろう」
「構いません、ありがとうございます」
 それから一言二言交わした後、失礼しますと頭を下げてから踵を返した少年のたてる、かつ、かつ、と床を白杖で叩く音がゆっくりと遠ざかっていった。




 二日後。十六時半。
 礼法室を訪れた少年が扉をノックすると、入りなさい、と中から声がした。ゆっくりと扉を開いて中へ入ったところで、少年の正面から少し離れた場所に立っていた氏が呼び掛ける。
「そこから私のいるところまで歩いてみなさい。机は出したままだから注意するように」
「はい」
 恐らく立食形式のパーティーを想定した実技の後。部屋には、食事類を置くための長机と、通路を狭めるための背の高い机がいくつか並んでいる。
 杖を握り直して進む少年の足取りは特に危なげないように見えるが、前方を探る杖の動きはいつもより慎重だ。こつん、と床を叩くのとは違う手応えを感じるたびに足を止め、周囲を確認し進む方向を調整する。
 ……それを繰り返すうち、恐らく、方向を失ったのだろう。不意に迷うように机の間で立ち止まった少年は、周囲を見回すように頭を動かしてから声をあげた。
「すみません、先生。どちらにおいでですか」
「こっちだ」
 応える声に体の向きを変え、再び歩き出す。氏の前まで来ると少年は足を止め、一歩下がってから僅かに仰向いた。
「よろしい」
 氏は頷くと、僅かに目を眇めて少年のつま先から頭までを眺めた。
「障害物に近付きすぎたり、ぶつからないようになったのは進歩だ。姿勢もいい。杖を含めての立ち居も悪くはない。君が一般参加者なら問題はないが……そうではないから君はこの学校にいる」
 そうだね、と、落ち着いた声が言う。少年は肯定した。いずれ家を継げば(継ぐことができれば)ホスト側になることもあるだろうし、そうでなくとも会場でのNo.2、No.3あたりになることは確実にある。
「目が見えないことそれ自体が君の品位を貶めることはない。君を貶めるものがあるとすればそれは君自身の振る舞い、それから憐憫だ」
 少年は真面目な顔で、囁くように、はい、と頷いた。
「君が失敗をしたならば、高い確率で『憐れまれる』。憐憫がときに侮蔑より性質が悪いことは、君が一番よく知っているだろう」
「はい」
「善意によるものであるがゆえに覆しにくく、努力すればするほど押し付けられるそれにどう対処するべきかは君が考えなければならない。私に教えられるのは君の品位や立場を守る鎧、あるいは剣の扱い方であって、生き方ではないのだから」
 少年は、その閉ざされたままの目で氏の顔を見た(不思議とそれは真っ直ぐ顔をとらえていた)。
「はい、先生」
「よろしい」
 鷹揚に頷いてから、氏は言葉を続ける。
「次は君の執事も参加しなさい。エスコートのされ方も指導してあげよう」
「ありがとうございます」
 それを聞いて少年は杖を短く持ち直し、氏/師に頭を下げた。


《幕》


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