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白昼夢と緑の光

全体公開 ムゲンWARS 1 6330文字
2016-08-02 03:20:23

災さんしか出てきません。

Posted by @san_ph7

 

 手の中から零れ落ちていく砂を追いかけ、手を伸ばした。風に吹かれて、小さな粒子が彼の手の届かないところへ飛んで行く。手を握る。何もない。
 

 くせのつよい金糸の髪をした少年の手を引いて、彼は白い空間を走り回っていた。ふたりのその背中には翼があったが、時折はばたきの練習をするようにばたばたと動くだけで、その体が宙に飛び上がるような気配はない。楽しそうに笑いながら、ふたりの幼い天使がどこまでも駆けて行く。


 僕の名前はどれ、と彼は問うた。金の細く柔らかな髪を揺らして、彼女は笑った。すっ、と指で示した先、白い空間に突如として赤い光りが溢れた。光は水平線に沈む太陽になる。美しい夕焼けに彼が息を呑む。しばらくすると、太陽は溶けるようにその形を崩した。そして完全に沈みきる直前、鮮やかな緑色の閃光が空間を裂くように走った。驚き彼が彼女を見上げる。優しく微笑んだその人の、形のよい唇がゆっくりと動いた。
 貴方の名前は――


 彼はひとりの天使を腕に抱いている。頬には一筋涙が伝った痕がある。ゆっくりと白い床に降ろしてやる。ぱたぱたと、小鳥のような羽音が聞こえたかと思うと、くせのつよい金糸の髪をした小さな天使が、床に寝かせられた天使の胸の上に降り立った。心配そうな顔をして、赤い瞳を彼の方へ向ける。
 眠っているだけだから。
 大丈夫だよ。
 後を任せてもいい?
 困惑を隠せず、しかし確かに小さく頷いた天使の頭を撫でて、彼はその場所を背にした。もう二度と戻るつもりなどなかった。


 そんな綺麗に何もかも片付くわけ無いだろう?
 男は手を伸ばした。彼の頬にそっと、触れる。付着した赤い水が皮膚を焼く。
 死んでハイおしまい? 俺を殺せばそれで終わると本気で思っていたのか?
 ……なぁウィリデルクス!
 お前に見せてやる。死して尚残る本物の呪いを!
 哄笑響き渡り、突然その体は灰となった。その中に、黄緑色の宝石を見つける。彼は剣を手にとり、切っ先を立て力を入れて、突いた。パキン、と音を立てて、石はあっけなく砕け散る。
 赤い水と灰に塗れて、彼はひとり呆然とその場に座り込んでいた。


 馬鹿野郎!
 小気味いい音がして、彼の頬は弾かれた。
 彼を強か打った赤い髪の彼女は、泣いていた。
 そんなことまでして生き長らえたいとは、思わない!
 私がそんなに愚かに見えるか!
 涙が地面へと落下する。
 どうせ死ぬのに。
 どうせ死ぬなら、せめて。
 膝から崩れ落ちそうになった彼女を受け止めて、彼は痩せ衰えた彼女の体をきつく抱いた。嗚咽のひとつも漏らさず、ただ静かに泣いている彼女を、彼はどうすることもできなかった。


 剣戟の音が響く。
 ねぇ!楽しい!?
 男は無駄のない動きで彼の斬撃を捌く。夕暮れの廃墟をふたつの影が踊る。鋭く繰り出された一閃が彼の頬を裂いた。血が流れ出す。
 翡翠の勇者。
 僕を殺せるか? 
 彼は笑った。

 
 本当に使っていいんですか、これ。
 眼鏡の男は青い小瓶を掲げて、彼にもう一度確認した。
 いいよ。
 彼女は幸せになるべきだ。
 だから、よろしく頼むよ。
 眼鏡の男は怪しく微笑んだ。


 癖のつよい金糸の髪をした少女は、驚き目を見開いて、彼を見ていた。
 これ持ってて。
 いつも君を見守っているから。
 青い水晶が煌めいた。

  
 目の前のサングラスをかけた男が、やたらキラキラした顔をして彼の方を見ている。ぼんやりしていたとはいえ、人間の、しかも勇者の気配に気が付かなかった動揺で、彼は黙っていた。灰色の石を嵌めこんだチョーカーを身につけたその男は
 あんたのこと、探してる人がおるんやけど。
 人っていうか。
 青い羽根した女の子。
 彼に向かってそう言った。
 ああ、よく知ってるよ。
 よく知っている―― 
 

        ***


「目が覚めたか」
  歯車の勇者が彼を覗き込んで言った。彼の体は固い床の上にあって、汗が流れたせいかひどく冷たい。緩慢な動作で体を起こす。手が差し出される。
「随分お優しいじゃあないか」
「バカ言え。そんなところで寝てられると困るんだよ」
 彼はその手をとった。立ち上がる。躊躇いを気づかれただろうか? お前結構重たいよな、という文句を聞いて、自分の言葉を思い出した。
「ああそうだ、重たかった」
「何が?」
 唐突に始まる彼の話。
「赤ん坊ね。ちょっと前ね、だっこさせてもらったんだよ」
「へぇ、赤ん坊。何でそういうことになったんだ?」
「それがさ、囚獄の勇者の様子を見に行ったら――
 立ち上がり一歩踏み出す。世界がぐらりと揺らぐ。床が波打つ。思わず膝を折って座り込んだ。立てない。
「大丈夫か?」
「平気だよ。床が海みたいだけど」
「何じゃそりゃ」
 勇者は心配してくれているのか、かがんで彼に視線を合わせてくれた。心配そうな顔をして、赤い瞳を彼の方へ向ける。そうして、手のひらを目の前でひらひらとさせた。
「何本に見える?」
「立っている指が? それとも君の指の数全てを?」
「お前それ足の指も勘定にいれて答えそうだよなぁ」
「僕は君の素足なんか見たことないから、身体的欠損があるかないか……ああ、勇者はリスポーンすると元に戻るんだったな。じゃあ20本だよ」
「俺がお前の目の前で振ってるのは5本のつもりだよ……
 ため息をついた勇者を見て、彼が愉快そうに笑う。頭が揺れる。視界がぶれる。彼はぐしゃりと頭から倒れこんだ。
「おい!」
「大丈夫。へーき」
「どう見ても普通じゃないな。ああ、お前重たいから俺一人じゃ運べない。待ってろウィル、今人を」
 今なんて言った?
「? 人を呼ぶから待ってろって言いたかったんだが」
……違うよ。そうじゃない。僕は自分の二つ名以外は、歯車の勇者に名前を名乗ったことは一度もない」
 お前は誰だ。
 歯車の勇者の顔をしているはずの男の輪郭がぼやける。ぐずぐずになった像は砂のように崩れ、霧散した。


          ***


「記憶の混濁の頻度が、多くなってきていませんか?」
 眼鏡の男は言った。彼は椅子に座っている。見慣れた自分の城の中、眼鏡の男の研究室。彼は決して玉座には座らなかった。それは彼の腕の中で死んでいった彼の友人のものだったから。
「あー、ネスタ博士」
 僕はまだ大丈夫だ。
 そうでしょうか。
「そうだ。僕はこうして今起きることができた。幻覚を幻覚だと認識して、こうして今君と話している。体も動く。ぶっ倒れて床とキスもしてない。そうだろう?」
 彼は腕を持ち上げて見せる。
 はぁ、と博士はため息をついた。
「魔王陛下。この前はいつ眠りましたか」
……ごめんそれは覚えてない」
「貴方はもう半年以上眠っていません。どうか、目覚めたら眠って下さい。でないと、貴方はまたこうしてここで私と会うことになるし、城の中で動けなくなった貴方を息子たちと3人がかりで引きずっていかなくてはならない。この幻覚が悪化しているのは、明らかに貴方が眠っていないせいです。眠っている間、脳は記憶を整理しているんですよ。糸を読み取り過去と未来を行ったり来たりしてただでさえ情報過多になっているのに、貴方がその整理整頓を怠っているせいで体にものすごく負荷がかかっているんです。魔王でなければとっくの昔に廃人になっていますよ。私の話、お分かりになりますか?」
「僕はまだ廃人じゃない」
「そうですね。今はまだ私とこうしてまともに会話ができている。しかしこんなことを続けていたら、そのうち本当に自分が誰だか分からなくなりますよ」
「大丈夫大丈夫。だってほら、僕今は起きているから」
 陛下。
 眼鏡の男が彼の手を握った。
「いいですか、"メルム"魔王陛下。これを説明するのはもう何度目か。これは、貴方が今視ている私は、私がかけた魔術によるものです。貴方が深い幻覚から目覚めなくなったとき、一定時間経つと貴方の意識に介入するように仕掛けてあります。これは現実世界での貴方の同意を得た処置です。貴方はまだ幻覚から覚めていない」
 メルム。そんな名前を名乗ったことも確かにあったな。
 ……眠るのか。
「悪夢が怖いなら深い睡眠ができるように魔術でも打ちましょうか?」
 違うんだ。
 忘れてしまうかと思って。
 計算の結果も、何回やっても変わらない結末と、それからみんなのことを。
 それを打つと、よく眠れるけど、僕はどれぐらい眠ることになる?
 そんな暇があるか? そんな暇があるなら、もっと。
「もっと可能性を探さなきゃ」
 彼の視界が暗転する。悲しそうな博士の顔が見える。
 ごめんね。


           ***


「ウィル、ウィル! 大丈夫なん? 顔が真っ青や」
 呼ばれて彼が目を開ければ、そこには囚獄の勇者がいた。サングラスの向こうの瞳は、やはり心配そうに彼を見つめている。
「僕、どうしてた?」
「どうしたも何も、ケーキ半分こしてお茶飲んでたら急にぶっ倒れて、寝たんか思ったんやけど、目開けたままぼんやりぐったりしとるし、おれ、天使の介抱なんしたことないし……でもまぁ、起きたしよかったわ」
 ウィル、結構重たいなぁ。ベッドまで運ぶの大変やったんやで、と囚獄の勇者は笑った。よく見慣れた、いつもの笑顔だった。
 そうか。
「最近の記憶を呼び出して、起こそうとしてるのか? それとも永遠に目覚めなくさせるために? たちが、悪いな。しかもよりによってカイ、君か」
 カイと呼ばれたその勇者は、困ったように頬を掻いた。
「どうして君なんだ? というか、何故僕の運命に割り込んできた? 何故割り込めた? 君が勇者だからか? わからないことだらけだ。そもそもどうして僕は君にウィルなんて名前を教えたんだ。その名前を他に覚えているのは女神さまだけだ。すごく古い名前なんだ、もう誰もそれを呼ばないはずだったのに」
 あの子にだって教えていないんだぞ。彼がぶつくさいうと、彼の記憶から形成された囚獄の勇者は、柔和な笑みを浮かべたままこう言った。
「そもそも、なぁんにも教えてないんやろ?」
……そうだなぁ。そうだった」
「なんでなん?」
「彼女は勇者で、僕はまぁ一応魔王なわけだから。中途半端に手を差し伸べてしまったこと、少し後悔している。僕は彼女の運命に割り込んでしまった。僕のこと探しまわっているな……。幼いし触れたら壊れそうだったし、単純にこれ以上関わるのが怖かったんだ。でも守らなければ。彼女が何を知り、何を得て、その結果どうなろうと」
 彼女の選択だ。
「危険な選択肢を排除しながら?」
「いいだろそれぐらい……。やなんだよ、僕のせいで危険な目に合ってるようなものじゃないか。それぐらいはさせてくれよ」
「うん」
 彼は改めて目の前の囚獄の勇者を見た。輪郭は薄ぼんやりとして、非常に曖昧な存在に見える。とても彼には見えない。彼がそう認識しなければ、恐らくは別の存在に見えたことだろう。
「僕の中のカイって、こんな嫌なイメージあるのか? それとも本物じゃないせいか? こんなニヤニヤするやつだっけ? 僕の印象が悪いせい?」
「さっきから質問ばっかりやなぁ、そんな一度に聞かれても、自分答えられんのちゃう?」
 そうかも。
 要は頭の中で一人芝居してるようなものだもんね。
……ウィルって最初に呼んでくれたのは断罪くんだったんだよなぁ」
「あれやろ、女神さまがつけた名前を『むずかしい』っていうて、勝手に音が似ている人間のニックネームを借りてきたんだよな。いい名前だったのに」
「口調を真似するのが面倒くさくなっただろう、君」
「もう僕が誰だか分かっているからいいでしょ? それでさぁ、全然呼んでもらえなくて、すごい拗ねたよね」
「拗ねてバタバタして動かなくなった頃にやっと『ウィル』って呼んでもらえたんだよ。嬉しかったな。いいよねニックネームって。自分で名乗るもんじゃないのは後から知ったけど」
 ふたりは笑った。
「自分の名前覚えてるかい?」
「まさか。忘れてなんかいないよ」
「あはは、ちゃんと言える?」
 彼の唇が動く。自分でも久しぶりに呟いたその言葉は、"太陽が沈む頃、地平線を光る緑色の光"を意味していた。この自然現象は、見た者を幸せにするという伝承のおまけがついている。彼の魂の色であり、彼の真の名前である。
「とてもわかりやすい祝福だと思わない?」
「うん。素敵な贈り物だった」
 彼は体を起こした。
「起きるの?」
「起きるよ。僕の中に可能性があるのか、まだ探しきれていないけど。どうせ自分の糸は見えないし」
「起きたらちゃんと寝るか?」
「分かったよ。少しだけ寝よう。少しだけ」
 こんなところまで迎えにきてくれてありがとう、と言って彼がその像を撫でると、それは見る間にくせのある白い髪をした少女になった。瞳は右目が空色で左目が緑色だった。左右で違う色の眼を彼に向ける。そしてこう言った。
「では目覚めろ。"緑の光"」


           ***


「おはようへいか」
「やぁ、おはようイヴ。僕は実際は眠ってはいないわけだけど」
「寝ろ」
「もっと君を労らわせてくれよ」
「どう労う? こうして私が迎えに行くのは何度目だ?」
「分かったよごめん。君にちょう面倒をかけているのは自覚しているよ」
「どうだか」
 イヴは読んでいた本をぱたんと閉じた。
 場所はこの城で数少ない、まともに使える部屋のひとつだった。元は何かの広間だったのか、少し天上の高い空間だ。奥の壁中央には大きな暖炉が設えてあり、炎が揺らめいている。あちこちにソファとオットマンと大量のクッションが置かれ、足元は毛足の長い絨毯で覆われていた。
 彼はその絨毯の上にうつ伏せに寝かせられていた。最後の記憶は城の前の像を見上げた映像で終わっている。また倒れたらしかった。そうする度、決まっていつもこの部屋で白昼夢から起きる。目を開けたまま見る夢で、幻覚だった。もう何度目か分からない覚醒の気だるさに、猫のように伸びをしながら身を起こす。
「さぁ、ベッドでちゃんと寝るんだ」
「分かったよ、大丈夫だから」
 イヴにやや厳しい口調で促された彼は立ち上がる。すこしふらふらするし、頭が少し痛い。
「イヴ、僕これ起きてるの? ちゃんと幻覚から覚めたかな」
「覚めている。大丈夫だ。私は貴方だから、嘘はつかない」
 ねぇ僕、結構嘘つくよ、と言って小柄な少女の体を抱き上げる。
「どう。一緒に寝る?」
「そうだな。私も少し寝ないといけないだろう。今ので大分疲れた」
 腕を回してくっついてきた少女を撫でる。
 悪夢を見たら起こしてやる、と勇んで言う彼女の言葉に、彼は微笑んだ。彼がいつも寝起きする場所へ向かって、移動しようと数歩動いた後である。
「へいか」
「なぁに」
「何故囚獄の勇者に名前を教えたか、自分で分かったか?」
 ぴたりと、彼は停止した。
「分かったか? 自分で」
……イヴは嫌な子だなぁ。一体誰に似たっていうんだ。どうかこの僕に教えてくれないか?」
 彼は彼女を持ち上げて、その場で数回くるくる回った。優しく笑う彼を、左右色の違う瞳が見つめた。左目の緑色は、彼の瞳の色とよく似ている。
「さぁね」
 イヴも笑った。





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