X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

決断

全体公開 ムゲンWARS 1 4661文字
2016-08-07 04:52:26

災さんの『選択』について。囚獄さんもちょっとだけいる。

Posted by @san_ph7

 名がその世界を表すという。彼は魔王とはそういうものだと思っていた。
 彼の世界は彼の二つ名に相応しくないほど、最近は穏やかな天候が続いている。少し前までは猛吹雪で視界のない状態が2ヶ月ほど続いた。まさしく災害に相応しい厳しい自然現象に、城の住人たちは異口同音に文句を並べた。彼はその一切を聞き流した。この世界は彼の世界である。ここで発生する災害は、全て彼の気分や感情によって左右されるので、鎮めようとすれば鎮めることだってできたのだ。荒れ狂うがままに世界を荒れさせ続けた彼が、どういうわけかここ最近は穏やかな心持ちでいるようだというのは、彼らにも分かった。そして彼自身にも。


 激しい幻覚の症状を出してそこから覚醒した後、彼はほんの少しだけ眠って、それからいつもの”糸の保守点検”を少し長めに行った。向こう1ヶ月、予定されているできごとの中から彼が庇護するものたちにとって危険な要素を切断する。ただ、通常これを行うときは、予定外の運命の割り込みに備え、最長でも2週間程度しかやらない。都度起こるイレギュラーは、その度に対処してきた。だからこそ、この今がある。今回の処置は、彼にとって初めての経験だった。
 保守点検を終えた後、彼はまた幻覚に襲われた。意識を失い、覚醒するのにさらに時間がかかった。情報の処理の負荷に体が追いついていない。頃合いだと彼は思った。そしてそれは、今回の保守点検時にはもう決まっていた。
 それから彼は眠りについた。長くて1ヶ月。目が覚めなければ起こしてもらうつもりでいた。自分の目の届かない間、彼らに何が起こるか、あるいは何も起こらないか、彼には分からないことだった。
 もしここでまた失うことになったら?
 もう何度目か分からない喪失の痛みに、耐えられるだろうか?
 
 手から零れ落ちる砂を掴もうと、彼はいつも必死だった。目の前のことにただ精一杯で、失われていくものたちに心を寄せすぎた。恐ろしいほどの時が流れても、彼はそのままだった。いっそこの運命を根本から断ち切ってしまえば、最初からやり直してしまえば、また救い上げることもできると、彼はそう考えてしまった。彼が始めた計画というのはそういうものだった。
 ただもう限界が近いことも彼にはよく分かっていた。全てが破綻する前にと計画を急いだが、能力のさらなる酷使によってまず体に影響が出始め、幻覚を頻繁に見るようになる。彼は焦った。焦った末、自分に近づく一点の存在にも気づかなかった。
 女神の加護を受けたものの存在を彼が分からないはずはない。その人間は勇者だったが、覚醒していた。加護からずっと離れたものだった。最初こそ動揺した。何の因果か、その上その勇者は青い翼の彼女と糸を結んでいたから。
 不思議な勇者はよく希望を語った。糸を辿れば、その本体は魔界の大牢獄深くに繋がれていた。何の冗談かと彼は思った。こんな状況でよくそんなことが言えるものだ、と。ただその人の糸を手に取れば、過酷な運命に置かれていることは明らかだった。救ってくれと言えば、彼はそうするつもりで勇者に言った。
 もし牢獄を出られたら、自分の幸せを求めてもよいのだと。
 勇者は彼のことを優しいといって、それからごめんと謝った。
 予想された答えだったけれど、彼は失望した。返答にではない。自分の今の問いかけはやはり彼に「諦めろ」と宣告するようなものだったことを、軽率に彼にそういう言葉をかけたことを、牢獄に繋がれても尚星を見上げる人にもうやめろと言ってしまったことを、心から後悔した。
 そうして希望を捨てられずにいるその人を、羨ましくも思った。
 喪失の絶望に彼の心が叩き折られる前、彼が砂を追って空から自分の意志で落ちたとき、もしかするとそんな希望を持っていたのかもしれない。
 彼には自分の運命の糸は見えない。結末は変えられない。彼はいずれ死ぬだろう。どんな生き物でもそうであるように。でもそれがいつのことだか、それもまた彼には分からないことだった。彼に与えられた能力は、その結末までの過程を変えることができるものだ。いずれ迎えなければならない喪失が誰にとっても平等であるように、その過程で目指すべき最良の未来というのも確かに存在するのだろうと、彼はひどく優しい勇者を見てそう感じた。その未来こそが希望である。
 そして彼が彼自身の見えない運命を変えるために必要なことはただひとつ。
 行動をすることだった。

 眠る直前、喪失の痛みを思い出し、胸はずきずきと傷んだ。眠るのが怖かった。
 しかし彼は、何もせず寝台にのぼることをよしとはしなかった。この城に住まうものの、彼の他には誰も入れない部屋がある。彼だけが知るその部屋には、この魔界には不釣合なものが置いてある。彼はその像の前で実に幾数百年ぶりに、膝を折り、手を組み、そして祈った。彼の大事なものたちが無事であるように。それから、”貴方や貴方の大事なひとが失われるような未来を、私は決して望まない”ということを。きっとここからでは届かない。堕ちてしまった彼の願いなど。でも彼には、そのときそうするより他には何もなかった。震える心を支えるために、ただ祈った。
 失うのは仕方ないことだ。それに心を痛めるのも。永遠などないのだから。
 傷む心を拒否せず、痛むままに受け入れても、彼はもう零れ落ちる砂を惜しんで絶望することはしない。抱えきれないほどたくさんの大事なものをひとつでも多く守るために、彼が望む未来を目指すために。
 彼はそうして、久方ぶりの眠りについた。


 目が覚めたのは3週間後だった。
 体を緩慢な動作で起こす。きっとこれで充分な睡眠がとれたとは言えないだろうが、1日のうち少しずつでも眠るようにすれば、恐らく幻覚の症状は少しは治まるだろう。まだ少し眠い。眠いと感じるのがおかしくて、彼は笑った。
 外は穏やかな天気だった。雪解けのあとの黒い大地を割って、ぽつぽつと若芽が顔を覗かせている。彼らの他にはなにもいないこの世界には、後は風が吹く音だけがある。少しぼんやりとしていると、鳥の羽音が聞こえた。彼が身を起こした寝台のその足元に着地する1羽の白い鳩。瞬間、それは内側から膨れ上がるようにぼこぼこと形を変え、ひとりの少女になった。
「おはよう、我らが魔王陛下」
「おはよう、イヴ」
 左右違う色の瞳をしたその少女は、恭しさのかけらもなくさっぱりとそう言い放った。彼は微笑みながら挨拶を返す。
 それから、彼は下に降りて、彼と契約を結んだこの城に済む残りの3人を集めた。
 単刀直入に、計画を破棄すると、そう伝える。
 ただ、誰も何も言わなかった。眼鏡の男は苦笑しながら、
「貴方が眠るってことはそういうことだと、私たちはみんな思っていましたけど」
 そう言った。他のふたりも同様らしく、頷いた。出鼻をくじかれて少し戸惑った彼が頬を掻き、それから続きを話しだす。彼と彼らとの間に交わされた契約のことだ。計画は破棄されたので、彼らがここに縛られる理由はなくなったこと。彼も現状保守に関しては手一杯なので、エルーミアを監視の対象から外したいこと。彼女は今は安全といっていいだろうということ。
「それで、どうする? 帰る?」
 彼は全員に問うた。
「どこに?」
 青い肌の青年が、どこか苛々した口調でそう言う。
「まあそれは私も思うかな、もう大分長いことここで過ごしたし」
 そのとなりの、鼻から下を全て布で覆った白い青年が言う。
「私は貴方の幻覚の症状の経過を見たいので、残りたいですね」
 眼鏡の男は笑った。
「じゃあ、みんな残るわけ?」 
 彼は、少し大げさにため息をついて、ニヤッとした。
「どうも、愛されてるね、僕」
「調子のんな!」
 彼は声をあげて笑った。
 
 その後、彼はこの3週間の間に何事もなかったか、庇護にあったものたちを確認して回った。
 貿易船の彼女は、今日も船長である魔王の隣で幸せそうに笑っていた。
 青い翼の彼女は丁度メンテナンスのために、歯車の研究所を訪れていた。窓の外から眠る彼女の姿を見る。どこにも怪我を負っていないし、何より悪夢は見ていないようで、彼はとても安心した。
 最後に、彼はひとりの勇者の元へ向かった。無事なことは糸が切れていないことで分かっていた。とある街の、お世辞にも綺麗とは言いがたい安宿の部屋に、その人はいた。淡くやわらかな色合いをした髪と、灰色の石が嵌った首のチョーカー、それからサングラス。外から様子を伺うと、こちらに気づいてにこりと笑った勇者が窓を開けてくれる。この友人は、彼が幸運を運ぶ天使だと信じて疑わない。
「おお、ウィル! えらい久しぶりやな!」
「ご無沙汰。調子はどう? また怪我をした?」
 その人の上から下まで視線をなぞると、何やそんなにじっと見んといて、とむず痒そうにする。確かにどこにも怪我はしていないようだった。
……分身を1回でも失った?」
「ん? ……いいや、大丈夫やで!」
 彼は何でも無さそうに言う。その間が、単に質問に対する疑問を抱いた間であったのか、それともそうでない何かだったのかは、一見しただけでは彼には図りかねた。糸に触れそれを読めばすぐに分かることだが、しかし彼はそうしなかった。
「んー、おれの様子を見に来ただけなん? お茶でも入れるからもう少しここにいたってや!」
 快く中に招き入れてくれるその人の後に続いて中に入る。窓を閉める。湯を沸かす設備がここにないのか、部屋を出ていこうとする勇者を、慌てて呼び止めた。
「ま、待って」
「ん? どうしたん、なんか話したいことでもあるんか? でもちょっと待っといてな、今」
「カイ!」
 そう呼ばれて、囚獄の勇者、カイはこちらを向いた。知っているのだ。彼がそう呼ぶときは、何か大事な話があるときだということを。今話がしたい、と言うと、開けかけた扉を閉め、素直に戻ってきてくれた。
「何かあったんか」
 真剣な調子で問われ、一瞬迷ってしまった。話していいか? しかし、カイからは女神の加護は感じられない。元より、危険な状態にある本体と、牢獄で話すという選択肢は初めからなかった。
『どうありたいか、ってわりと大事だと思うねん。おれ』
 君は人間か、と尋ねた彼に、カイはそう言った。希望を失い、ひとりぼっちだと勝手にずっと思っていた彼に、カイはそんな事情を露ほども知らずに、けれど確かにそう言った。彼に希望を語った。カイもまた深く絶望を知る人間だった。
 どうありたいか。
 彼は思った。もう一度希望を持ちたい。自分もみんなも、望む未来に一緒にいたい。それをもう諦めたくない。だから、ひとりではできないことを、できればみんなと一緒に考えたい。
 彼は自分の運命を変えるために、希望を持つためにまずはひとつ、選択した。
 自分の状態を少しでも戻して、時間を稼ぐこと。
 そしてもうひとつ。
「大事な話が、あるんだ」
 サングラスのその奥の、灰色の瞳を見つめた。黙ったまま続きを促したカイに、彼は言葉を続けた。
……僕の本当の名前は、僕の真名はウィリデルクスという。君を信頼し、この名を明かす。女神よりこの名を授かり数千年。僕は確かに天使だった……人界に落ちるまでは。これから話すのは、君にも関わってくる、この世界で起きていることだ――




投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.