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其は地を渡る風

全体公開 1 12024文字
2016-08-13 05:23:55

ムゲンWARS。勇者カイが囚獄の勇者を名乗り始めたきっかけの話。咆の魔王様をお借りしました。

***

「兄さんは旅の人かい?すごくいいタイミングだ。面白いものが見れるぞ」

 目の前のベッドに奇妙な道具や本を積み上げ始めた男は、上機嫌に言った。この部屋にいる多くの人間が学者のようで、旅の宿舎としては中々見ないような光景が繰り広げられていた。おかれた荷物も無学なカイには訳の分からないものが多く、うっかり壊しそうで居心地が悪い。とはいえ、このあたりの広い湿原に点々とする村々で唯一の宿泊施設であるこの宿は大部屋のみで、幸運にも空きがあるのに民家に宿泊を願い出るのも気が引ける。

「なんかあるんか?おれ、なんも知らんと来てもうた」
「そうかいそうかい!そりゃあ幸運だ。なんとも幸運なことだよ!」

 キキ、と名乗る、カイと同年代ほどの若き地誌学者は、楽し気に笑った。
 彼がいうには、この周辺にある、翼のついた狼の紋章を掲げた7部族の村はゆるく協同し、いわゆる大字(オオアザ)を形成している。その水源や共有地の管理者として主導を握る村落は持ち回りで数十年ごとに交代しており、その交代の祭祀が5日後に行われるのだという。

「そか。お祭りがあるんやな」
「民俗風習を知るには非常に貴重な機会だ。とくに初めから近くその儀礼を観察できるとあらば、逐一記録していかねばなるまいよ」
「学者センセがこんなに来るほど珍しいもんなん?」

 カイは首をかしげる。数十年に一度必ずあるのなら、たしかによくある収穫祭などの年中行事よりはずっと少ないが、秘境で行われているわけでもなし、さほど珍しいという印象もない。すると、分かってないな、というようにキキが指を振って見せる。

「ここの儀礼は、地誌民俗学歴史学以外の学問にも通底するような、示唆に富んでいるのだよ。この7部族の伝承では、『あらゆる見えざる力は大地に由来する』とされており、そのため地の力の枯渇を防ぐために持ち回りで主導を交代している。ここらの村が湿地に生息するはずもない狼の紋章を掲げているのは、どこからか神の御使である狼の声が聞こえることがあるという伝承からだ。つまりこの狼が地のエネルギーの化身なのだという解釈だな。交代の儀礼は、首長が前回から数えて狼の声を100回聞いた年の夏至か冬至のどちらかに行われる。見えざる力を操るシャーマン達を村の若い衆が命がけで追いまわし、狩りたて、生き残ったものを捕え、遠くに追放することから始まる。いかに傷つけずに多数捕えるかというところが若い衆の誉れになるらしいが」

 最後の説明を聞いて唖然とするカイを後目に、その語りは滔々と留まることを知らない。

「シャーマンを追放するのは植物の間引きと同じ発想で、大地に由来する力の株を抜くことで新しい株を育むということらしい。見えざる力とは、魔力のことだ。この風習で捕えられている認識は、最新の魔術の研究成果から出された一説と合致している。つまり、この儀礼を非物質的なエネルギーの発生や循環のデータのひとつとして分析できるのではないか、ということだ」

 人の儀式による働きかけが魔力にどのような作用をしているのか、その非常に貴重なデータをとることができるのが、数十年に一度だというなら、これを知る多くの学者がこぞって訪れるのもむべなるかな、と立て板に水に語るキキを、カイは押しとどめる。

「ま、まって?いま凄いスルーしたらあかんこと言ってへん?」
「んん?データのことかい?私は地誌が専門だからそちらの方面なら左から3番目のベッドの彼が
「せやのうて!シャーマンを追い回して、捕まえて、追放する?命がけってどういうこっちゃ」
「文字通りさ。死か追放を以てこの地から遠ざけることが一種のイニシエーションなのさ」

 もしかして、とキキは怪訝な顔をする。

「この儀礼は良くないものだとでもいうのかい?たしかに私たちの常識では褒められたことでもないかもしれないが、それはおこがましいというものだよ。何百年と続いてきた民俗風習に、外部の者が善悪を問うことはできない。彼らが彼らの理屈で以て新しい変革を自発的に取り入れたとき、過去は変えられるべきものだったという評価を下せるのだよ」
「良い悪い以前に、人が死ぬかもしれへんやんか
「君はお祝いのときに、しこたま甘いものを食べることを通例としている人がいるとして、それを体に悪いからといって止める権利があるか?当人が当人なりの思想でもって納得して長年やってきたことだ」

 カイは黙り込む。キキの言うことはもっともだ。しかし、理屈で納得できても、そうは思えないこともある。その様子を見て、慰めるようにキキはカイの肩を叩く。

「幸運と言ったが、君には災難だったのかもしれないなぁ。幸い始まるのは5日後だ。もし見ているのが辛いなら、早々に出ていくのも悪くないんじゃないかね。まぁ珍しいものを見たと思って素直に見ておくのも一興だとおもうがね」
「せやなぁ考えとくわ」

 ベッドから立ち上がる。日没まではだいぶ時間があった。考えておく、という言葉に嘘はない。彼は近くの村々を回って、色々と考えてみるつもりだった。


***

 宿のある村で馬を借り、2日をかけて村々を回ってみたカイは、それぞれの場所で初めてなにも知らずに訪れた者という体で、その祭りについて村の人々に聞いてみた。多くは、魔術の素養がある家系の者も含めて、その祭りがずっと行われてきたのだから大切なのだろう、という認識である。キキの言う通り、部外者が介入する余地はない。しかし、シャーマン本人たちからは涙ながらの訴えを聞いた。1世代につき1回、ずっと親しくしていた人々に、傷つけられ、傷つけ、追い出される。幸運にも生き残ったとして、その先に何が在るのか、当然村に記録が残っているわけはない。先々のあてもなく負担を強いられ迫害される人たちの姿がそこにはあった。

(どうにか丸く収まらんもんやろか)

 カイは考える。大きな問題は、その追う追われるの際に双方危険が伴うことと、追放された後にどうなるかということだった。情報が足りない。普段なら調べようもないことだが、今回は問題を解決するのに必要となる疑問に答えてくれるであろう、心強い味方がいた。

「キキ、聞きたいことがあるんやけど!」

 宿のドアを開けると、おお戻って来たのか、と部屋の学者たちが朗らかに声をかけてくる。キキも手元で組んでいた装置を横において、どうかしたのかい、と答えた。

「ここの土地と祭りについて、もう少し詳しく知りたいねん」

 ここの儀式には、村人しか参加できないのか。捕えられたシャーマンは、どこにどのような形で追放されるのか。追放された後の記録は残っていないのか。学者はよくぞ聞いてくれた、とばかりに語り出す。

「このあたりはそもそもにおいて、村の発生時点から湿地帯だったといわれている。湖沼がせき止められてできた湿原で、水の中に蓄積する動物たちの死体のお蔭で大規模の森林もないのに土地が肥沃だ。どうも魔界のゲートもあるようだが、さほど大型の魔物がでるわけでもなく、彼らも死せば沼地の糧となっている。だからこそ、人が定住しているわけなんだけれども。捕まえたシャーマンたちは檻に詰め込まれ、美しく飾り立てた船に載せられてもっとも尊ばれる水源の湖から流れ出る川に流される。その後については、驚くべきことにどれほど調査しても死体や船の残骸が出ていない」

 このへんについても、今年は追跡して調査できたらいいと思うわけだ、とキキは語る。そして、手元の分厚い記録用紙の束を捲り始める。

「村人しか参加できないかどうか。たしかにそれは盲点だった。見学を許されて有頂天になっていたが、追う側になれたらどれほど勉強になるだろう!どうだったかな、すこし前例の史料にあたろう」

 興奮した様子で紙を捲り、しばらく唸っている。カイは、辛抱強く待った。

「んん、基本的には村人のみ……いや、7回目の儀礼の記録のこれ、村人ではなさそうだ!!いいぞ……あー……

 キキは残念そうに声をあげた。どうやった?とカイは尋ねる。

「ダメだな。『節目にまろうど在り。人々もろ手をあげて迎え入れ、勇者とその従者、7部族の7度目の儀に立ち会う。かの勇者、地の力を何一つ損なわず全てを檻に閉じ込め恙なく儀を終え、囚獄の勇者と讃えられぬ』か。これはイレギュラーだ。私たちは無理なようだ」

 キキは、なんてことだ、やはり思いつきのような提案では早々美味しい話などありはしないもんだなぁなどとぼやいている。その一方でカイは思った。これいけるやん。周囲の目がこちらを見ていないことを確認して、キキの隣に座ってこっそりと告げる。

「美味しい話、あるって言うたら、どうする?なぁ、キキ、おれのこと手伝うてくれへんか。もしおれの言う通りに力貸してくれるんやったら、自分、儀式に参加できるかもしれんで」

 サングラスを頭にずらし、首元のチョーカーを示して見せた。


***

 それからカイは、すぐに今この7部族を治めている、今回の祭りの主催でもある部族の長に掛け合い、勇者とその連れ人としての参加権を手に入れることにする。話すのはキキに任せた。訛りの強い自分よりも、知的に流れるように話すキキの方が押し出しがいい。すぐに首尾よくその権利は手に入り、ついでに首長の家でもてなしを、と言われたが、それは貴重な祭祀に臨席できるだけで光栄です、と丁重に断る。あまり拘束されないほうが都合がいい。

 そして2頭の馬を借りて、湖へと向かう。3日あればぎりぎり間に合うか否か。必要なのは根回しと調査だった。その両方を済ませる時間には、少ないかもしれない。

「で、これからどうするつもりなんだい、勇者君」
「それやめてんかほんまはあんまり言いとうないねん」

 どうして?とキキは首をかしげる。

「やって、別に強いわけとちゃうし、冒険者の範疇を超えたことしとるわけでもないし、やりたいことやって皆の手伝いして回ってるだけや。勇者様って柄とちゃうやろ」
「それは勇者という存在の定義によると思うね。勇者を『女神の神託と証を得た者』と捉えるのなら、君はまぎれもなく勇者と言える。広義の勇者という概念で言うのなら、女神信仰との関わりに依らず『勇敢に戦い人々を救った者』や『魔王の討伐をした者』『戦場で華々しい活躍をした者』なども含むだろう。しかし君が最も狭義の『勇者』に該当する以上どこに定義の範囲を定めたところで『勇者』であることは否定できない事実だ。ただし、君がどう呼ばれたいかというのは関係ない話だがな」
「うん、話長うて何いうてんのかちょっと分からんわ」
「勇者なんだから話くらい聞き給えよ!」
「自分やっておれの話聞けや!ついでに自分の言うたこと覆すなや!」
「なんだ聞いてるじゃないか!」

 わいわい言いながら、どんどんと湿度を増す足元に注意して進んでいく。植物の生育が早いのか、年輪の広い切株や柔らかな木肌の太い樹が密集せずそびえている。とはいえ、お互い旅慣れた身ではある。問題なく周囲にも気を配る。

「湖から流された人が、なんも残っとらんって言うたやろ。おれ、特になんかすごく信心があるほうとちゃうねん。神秘的なことが起きたちゅうより、普通に盗人に色々持っていかれたかなて。この辺住むにはアレやけど食うもんには困らんし、そこそこ見晴らし悪いやん。祭りにかこつけて野盗が出るなんてそれこそよぉあることや。でなきゃ、うっかり魔界のゲートでも超えたんと違うかなって。まぁどっちでも構わんけど、儀式が終わった後ならおれが手出ししてもええやん。流された後になんとかしたろって」

 流した後はこの土地から離れたらええんやろ、とカイが言う。キキはむむ、と顔をしかめる。

「確かに理屈としてはそうだが、なんだかロマンがないぞ。詐欺か」
「詐欺やないで。八百長や」

 これが終わったら魔術師たちに根回しに行く、と平然とカイは言う。

「みんなでおれに捕まったら誰も怪我せんで済むやろ、適当におっかけていくから派手に魔法でもなんでもつこて、勇者にやられた~言うて装うてくれたら楽や。そんで、キキが従者ヅラして全員檻につめこんで流して、お偉いさんとでも話して時間稼いどってや。その隙におれが儀式の場所から離れて船を追いかけたらええ。そしたら自分は儀式の最初から最後まで一番近くで見れるし、おれはやりたいことやれる。そのうえだれも死なん。最高やんか」
「意外といい性格してるね君」

 カイは満足げに声をあげて笑った。川沿いに下っていく道は、ずぶずぶと足元をとらえるが、気分は軽かった。

「おれひとりじゃどうにもならへんからな!みんなが力あわせて、ええようにできたらそれが一番楽ちんや!」
「まぁ利害は一致しているし、私から文句をいう筋合いもないなぁおっと、カイ、あそこに!」

 ぐいっと伸ばした髪をつかまれて後ろに引かれたカイは、なんや、と振り向く。すると、川の表面に何やら、紫色にきらめくような揺らめきを発している部分があった。

「ううん、ロマンもへったくれもないが、君の読みは当たっていたようだ。あれはゲートじゃないかい?」
「せやなぁこないに簡単に見つかるとは思わんかった」

 川の表面に張った異空間ゲートは、おそらく自然発生的なものだろう。そのまま魔界に落ちていくなら、その後の魔術師たちがどのようになったかはあまり考えたくない。運が良ければ、現地で生き延びて今も上手いことやっているだろう。しかし、そうでなかった場合は。

 目を伏せて黙祷する。

「今回はだれもいかせへん」

 彼の決意の傍ら、狼の唸りのような、竜の咆哮のような、奇妙な声が響いた気がした。その声は、周囲にざわめいていたかすかな人の気配をかき消した。


***

 2日も使うことなく、村々のシャーマンに会い、話をつけることはとても容易なことだった。彼らはもとより死にたいわけはなく、身を拘束されたり監視がついていたりしたわけではないけれど、長年の風習故に残される家族の立場を考えれば逃げ出すこともかなわず難渋していただけのこと。カイの申し出は邪魔されることなく対面で伝えることができ、彼らの態度も渡りに船といったところだった。

 ひとりはカイが乗ってきた馬に、魔法をかける。よりカイと意思疎通が楽になり、望むように駆け、巧みに操れるように。またある1人は、カイに祈りを込めた花を手渡す。一度だけ、望む幻覚をつくることができる魔術がかかっていた。またある1人は、光を綴ったようにきらめく投げ網を彼に寄越した。非常に軽くて小回りが利き、一度に多くを捕えるが、捕まえられた者を傷つけない。

 このように素晴らしい魔法の数々をつかえるのに、彼らは長く続いた習俗からは逃れられないのだ。見えざる力というのは、案外魔法のような直接的な力よりも、人の意思や社会からの影響のほうが、大きいのかもしれない。

 来る当日、真昼の太陽が高く頂点に上がるとき、首長が人々を広場に集め、シャーマンたちが大地の神に感謝の祝詞をあげる。美しい輝く力の塊が日の光を返し、次に人を導く村の大地へと還っていく。勇者として一番いい席で見ていたカイと隣のキキは、幻想的な光景にしばし目を奪われる。

 やがてシャーマンたちは用意された馬にのり、散り散りに去っていく。途中で姿を消した者や、何人もに分裂していったよに見えた者、派手な色彩を飛ばしてその場に目くらましをした者。いずれも幻覚だろう。カイは、事前にだれが何をやってどこに行くのかは大まかに知らされていた。しかし必死でありながら鮮やかな逃げぶりは、それだけで確かに、なにがしかの宗教的価値がありそうなものだった。

 規定の時間を過ぎて、カイも許されて他の村の若い衆と一緒に馬を走らせる。片手に剣で片手に手綱、ときに違う道具も使うという悪い条件の中、馬はまるでカイの望むことがすべてわかるとでもいうように、スタートで何人かを攪乱するように動き、太い木々の繁る林に入っていく。沼地の上とも思えない軽い足取りは、カイの体重が軽いことだけでは理由がつかない。シャーマンたちの魔法は巧妙だった。

 ひとり、ふたり、さんにんと、人目があるところでは大げさなアクションを交え、人目のないところではお互いにいたわりあって、縄をかけていく。数人取り押さえては広場に戻り、キキに手渡す。今のところ、追手にもシャーマンにも、怪我人はいないように見えた。計画は順調だ。

 何人かは村の衆に先をこされたものの、怪我しそうな無茶をやる場面は一度きりしか見かけなかった。いきり立った若者は騎馬で助走をつけて、槍を投擲してシャーマンを狩ろうとしていた。どうも、カイが速やかに人々を捕まえることで焦っていたらしい。この祭りで彼らを捕えることは一種の譽だからだ。その一度のとき、カイは幻覚の花を使った。派手なものではなく、彼らの間の距離感を狂わせるというささやかな使い方だったのは、カイが単に魔法に慣れない小市民だったからである。だがそれが逆に魔法を使ったことを悟らせなかったのか、槍は当たらず、疑われない程度のアクションをはさんでそのシャーマンはカイが捕えることができた。

 捕えた人はキキが、あからさまでないくらいに緩めに拘束して檻に入れている。最終的にカイでない人間に捕まったシャーマンは3人ほどで、儀式さえ終えて人目を避ければゲートに落ちる前に他の人間と協力して拘束を外すことは可能そうだ。何もかもが順調だった。

「流石勇者様、大地の子らの誰一人損なうことなく、なんと鮮やかな!まるで伝承そのもののようです!」
「いえいえ、そんな

 周囲に尊敬の目で見られて、自業自得とはいえ八百長勇者は気まずく顔をそらす。隣からキキが、勇者様は慎み深い方でいらっしゃるので、と歯の浮くようなことを言うのがまた苦痛だ。

 とはいえ気まずい時間も我慢すれば、問題なく人流しの儀式の時間がやってくる。用意された船は美しい彫刻が幾重にもつけられているが、土製だ。良く乾かされてはいるものの、もし流れで底が削れ切ってしまえば溶け落ち、載せられたものは水に沈んでいくだろう。もしかしたらゲートに落ちる前に、泥に沈んで埋まってしまった人々もいたかもしれない。

 流されていき、キキに頷いてみせると、彼はこれ幸いと記録を片手に、首長を質問攻めにし始める。あれは打ち合わせ通りというよりかは欲望通りといったところか。人目をしのんでこそこそと離脱し、馬を駆る。天をかけるような足取りは健在である。ある程度かければ追いつき、まだある程度の余裕があるように見えた。流れに並走して、短剣を手渡す。拘束を切った彼らを見て、あとは船を止めて檻から出すだけだ、とカイも安心した。

 その時だった。木々の間から一閃、矢じりが輝き檻に向かって飛び出してくる。避ければ船や檻の中の人々にあたってしまうと、カイはよけなかった。右の肩口に深々と刺さる。正直言えばとても痛いが、両腕が使えるカイには大きな痛手とはならない。

 そちらのほうを見れば、数名の汚らしく荒くれ者のような身なりをした人間が矢や武器を構えてこちらを狙っていた。何人かは縄や網を持っていて、彼らは恐らく人を狙った野盗だろうと想像できる。人を売ったり道具として使ったりすることは、どこの土地でもあることだ。そして、儀式のスケープゴートになり心身が疲弊した魔法使いは、伝統的によく狙われてきたことだろう。

 カイはそちらをきっとにらむ。人数は多くはない。しかし、ゲートまで時間がない。檻の中の彼らは、船を止め外にだしてやらなければ、そのまま魔界に流されてしまう。やむなく抵抗せず、ある程度の矢を長剣で落とし、また何本かが新たに刺さる。矢におびえた馬が棹立ちになり、カイは振り落とされる。船と距離が出来てしまう。

「あ、あかん!ゲートまであと少し!お、落ちる!」

 どうしようもなくなったカイは、手元の網を投げた。きらめく繊維は船のへさきにからみついたのを見届けて、もう一方を地に長剣で固定する。自分の握力では網を支えられないことは自明だったからだ。とはいえ、泥土はやわらかく、すぐに長剣もかしいでしまう。片腕が怪我で利かず、片腕は長剣と共に船を支え、敵の攻撃をよけることも庇うこともできない。

 万事休す。そう思った瞬間、あたりに狼の咆哮が響いた。

 水面の白波が形をなしたように、大きな体が川から姿を現す。まっさらな白い体毛は水滴を太陽にきらめかせ、背に負った漆黒の翼は大きく力強い。ぎらりと周囲をねめつける赤い瞳は鋭く、それでいて敵意などよりなお複雑な感情の色を載せていた。大きな体躯は流れをせき止め、ゲートの前に立ちふさがり、檻の乗った船はせき止められる。狼のようにも、竜のようにも見える美しい異形は人に畏怖を与えるに余りある。野盗たちは叫び声をあげて、その場に武器を残して去っていった。

「大地の、神様の、御使?」

 カイがぽつりとつぶやく。すると、その秀でたこうべをゆらりと傾げた。

「私は狼竜」
「ろう、りゅうと、そうや、助けてくれてホンマに助かったわぁ。そこの人ら、引き上げてくれへんやろか。そのままじゃ水に沈んでまう」

 泥船はせき止められた流れを受け、かなり削れてしまっている。カイは網を手繰り寄せようとした。すると、狼竜と名乗る大きな者もまた、優しいやりかたで岸辺に船を寄せてくれる。ほどなく檻は引き上げられ、カイが負傷した腕で檻の戸を破壊するのに難渋しているのを見るや、繊細な動きで尾を振るい、叩き折った。中のシャーマンたちが傷つかないよう、気遣ってくれている。優しいいきものだった。

「あんた、優しいねんな。おれ、勉強してへんさかい狼竜っていきものは知らんのやけど、ここの人らが言うように、神様の御使みたいや」

 羽もあるし、かっこええ。と脱力してその場に腰を下ろしながら、カイは笑う。

「誰かの使いで、来たわけではない。ただ、人の子が時折あそこから落ちてくるものだから。私が風の中で100ほどもため息をつく程の時間が過ぎると、その箱に詰められた小さなものが落ちてくる。死したものも、生きたものもいた」

 どういうことなのか知りたくて、覗いてみたのだ、と狼竜は語る。彼はゲートから来たのなら、魔界に住むものということになるのだろう。しかし、と、カイは口を開く。このひとは優しいのだと、確信したからだ。カイは語った。この近くの村々のこと、儀式のこと、シャーマンたちのこと、自分が今回やったこと。狼竜は哀しみに目を曇らせる。

「私の住む場所は、風が強い。昼の日は出ない。私以外の生き物も、稀だ。花々は綺麗に咲いてくれる。だが、生きるものが少ないからといって、魔の力が強く生まれつくわけではない」
「せやな。昔からの、アホな勘違いみたいなもんや。でも、簡単にはやめられんみたいで」

 だから自分がちょっと一芝居打ったんやけど、あんたがおらんかったら全滅やった。と、なにげなくシャーマンたちを見れば、全員狼竜の前にひれふしていた。おもえば彼らの信仰の対象のようなもので、当然といえば当然だった。
 
「あ、あの。狼竜様。もしよろしければ

 と、シャーマンのひとりが声を震わせて申し出る。

「もし貴方様の大地の力の、さまたげにならないのでしたら、我々を置いてはいただけませんでしょうか!私たちは、もう帰る所がないのですならば、もし遠き地で死すべき運命なら、貴方様のみもとにて骨をうずめたく」

 お願いします、と再びひれ伏す。

……ならば、こちらに」

 しばらく考えた後、静かに狼竜は体をうごかし、ゲートを指す。水の中にゆらめく紫色の輝きは、初めてみたときこそ恐ろしい場所のように思えたが、こうして示されれば新たな道への一歩だ。

 平穏無事にことがすみ、ついでに彼らの新しい故郷も定まりそうだと思い、カイは気楽に立ち上がって、馬に近づいた。するとシャーマンたちが心配して、矢を抜いて手当をしてくれる。魔法使いがいてくれて助かった。衣服は洗ったり汚したりすればごまかせるが、怪我はさすがに戻った時にばれてしまう。治癒の魔法は傷をやわらかく包み、血を止める。

「やさしいひとに、巡り合って、ほんまに良かったな。こことは違う生き方やろうけど、達者にせえよ」
「ええ、ありがとうございます。勇者様!」

 このやりとりに思わず苦笑する。この一件について勇者としての立場は、終始単なるパフォーマンスと伝承としての立場の高さの価値のみであった。そしてカイは、美しいそのいきものを振り仰ぐ。

「狼竜さん、ほんまに助かったわ」
「小さき勇者よ、私は彼らを受け入れただけだ」
「それが、助かったんや。おれのやったことが上手くいったとしてもこの人ら、命拾ったはええけど、行く当ても帰る故郷もなく、遠くに旅にでるとこやった。どこででもやっていける力はあんねん。でも、どこでもよそ者やってことが、どれほど心細いやろかって。どうしたもんやろ、どないして助けよか、そんなこと思ったけど、こっから先はあんま考えてへんかってん。あんたにどれほど救われたか」

 勇者だろうが、一介の冒険者にできることは限られているのだと、カイは目を伏せた。そして、ぐっと顔をあげると、狼竜に再び礼をとる。

「おれ、カイっていうねん。あんたのお名前、聞いてもええやろか」
「私はレオ、そう呼んでくれた、小さきものがいた」
「レオ、助かった!ほんまにありがとう!」

 あんたのお蔭で、ここにいる人らとおれと村の人達、みぃんな助かったんや!そういうと、狼竜は吹き抜ける風のような澄んだ声で嘆息した。憂鬱なため息には聞こえず、カイはとても嬉しくなって、晴れやかに笑った。

「また会おう、勇者カイ」
「おん。今度は落ち着いて、いろんなこと話したってや!」
「いろんなこと?」
「そう!おれ、夜に咲く花って、みたことないねん。それに、昼のない世界もいったことない。あんたがいっとう好きなもの、教えたってや」

 じゃあ、とカイはあわただしく馬にのり、その場を去っていく。去り際に見た狼竜は、読み取りにくくはあったがわずかに微笑んでいるように見えた。


***

 村に戻ってみると、すでに夕方といえる時間よりもやや遅く、人々は酒を酌み交わして宴会をしていた。祭りの夜といえば酒とごちそうがつきものである。カイが恐る恐る顔をだし、キキを探していると、赤ら顔の村人に指を指される。

「囚獄の勇者様がおかえりになったぞー!」
「どこに行かれていたんですか、囚獄の勇者さまー!」
「な、なんなん、その、囚獄の、って?」
「林の方角に、神様のお姿があったって噂なんです。もしかして囚獄の勇者様が呼び出されたんですかー!?」
「神様と勇者様が会ってお話だってー!?そりゃ伝説みてぇだ!」

 わいわいと話し始める周囲にカイが困惑していると、手に杯を掲げて上機嫌なキキが首長と肩を組んで近寄ってきた。

「いやー貴方の従者の方はたいへん博識でいらっしゃる!聞きましたぞ、数百年も前の伝承にある勇者様と同じ働き!まさに再来ですなぁ!」
「そうそうそれでね勇者君、勇者の来訪とその素晴らしい誉をたたえてここの地誌に何らかの記録を残したいと仰せのものだから、そのお手伝いをしたうえでね、私は力強く主張したんだよ、いっそ『囚獄の勇者再来せり。其はそれこそが節目たらん』って記述すべきですってね!」

 よーう囚獄くん、と完全に酔っ払いのテンションでそのまま絡みついてくる。

「かんにんしてや、なんなん?おれそんなんとちゃうって
「なにをおっしゃる、これでちょっとは勇者を名乗りやすくなったんじゃないかい?私に任せたまえよ、君が思うより学者のコミュニティは広い。近隣地域ならすぐ広まるだろう」
「ええ

 カイが困惑してキキを遠ざけようとすると、さらに近寄ってきて小声でささやく。

「君は、もしやりたいことがあるなら、その勇者の肩書きは利用すべきだ。力が足りないというなら、どうして利用できるものを増やそうとしないんだ。他人の力を借りたいのなら、なぜ借りやすい立場をためらうんだ。パフォーマンスといったって、今回はそれに助けられたはずだ。二つ名なんぞ大した力は持たないが、ないよりましだろう」
「自分、酔ってへんやろ……
「いーやしこたま飲んだとも!君にも一杯!ここの地酒はおいしいぞ!」

 ぐいっとなみなみ満たされた杯を押し付けられる。飲み下した味は思いのほか爽やかで、ハーブが地を通り過ぎる風のようにみずみずしく香る。つい飲み過ごしてしまいそうだ。そうでなくとも、一仕事終えたあとや、誰かの新しい旅の角出の無事を祈る酒が、まずいわけがないのだから。

 酔いに任せてつけられるがままの二つ名は、キキの言う通り近場というならすぐに広まってしまい、カイはこの地域を離れるまで、非常にいたたまれない旅を続けたのは言うまでもない。

 そしてその間、赤面しながらもすっかり囚獄の勇者と名乗るのに慣れさせられてしまい、なし崩しで他国でも、長く同じ名を名乗ることになる。








END






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