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幕間 君を待つ間に

全体公開 ムゲンWARS 1505文字
2016-08-14 04:24:36

『選択』の中で、囚獄さんが分身に帰ってくるまで、災さんが何考えてたかのお話。

Posted by @san_ph7

 行ってしまった。
 意識を手放し、ぐらりと傾いたその人の体を支えた。ずれてしまったサングラスを外してやる。背負おうとして、それができないことに気がついた。彼の背には翼があったから。はぁ、と微かなため息をついて、その体を抱き上げた。思ったよりも軽かったので、たたらを踏む。ふと、昔自分もこんな風に誰かに抱き上げられたことがあったような気がして、その過ぎ去った日々を懐かしく思った。
 寝台へ、そっと寝かせる。呼吸しやすいようにと、シャツのボタンをひとつ外そうと手をかけた。ひどく緩やかな呼吸に、胸が上下する。体に触れる。体温が低い。首筋にそっと手のひらを当てた。脈もまた、とてもゆっくりだった。死んだように眠っている。チョーカーに触れた指先が、冷たい金属の感触を伝えた。灰色の石が、窓から差し込む日を受けて鈍く輝く。
 きっと泣いているだろうと、彼は思った。動揺すること自体は予想はついていたが、あんなにすぐに本体に戻るとは思っていなかった。正直なことを言えば、それは彼にとっては幸いなことだった。友人が涙を流したことは、彼をもまた少なからずうろたえさせた。
 膝立ちになり、横たわる人を見る。瞼は閉じられている。目尻から、涙が流れた痕が見える。まだもう少し、眠っていて欲しい。
 その人に話すと決断したときに、充分に考えたつもりだった。辛い思いをさせたいわけでは決してなかった。ただ彼は、その灰色の瞳から流れ、重力に任せ落下する涙粒を追って、話したことを後悔してしまった。今更後悔など。最初に決断したのは自分なのだ。生物が皆命を終えれば等しく死んでいくように、生きていれば必ず傷つくことにはなる。悲しみのない人生などない。彼の決断というのは、痛む心を厭わず、それでも希望を追うためのものだったはずだ。

 では、この目の前の勇者、カイは?
 カイに選択を強いたのではないか?

 かぶりを振る。彼はまだ伝えただけだ。そして、これからのことを決めるのは、カイ自身だ。獄中にいるその人を想う。嗚咽する姿を想像して、胸が苦しくなった。彼の決断がカイを悲しくさせたことは、それだけは確かなことだった。すまない、と言いそうになる口をぎゅっと閉じる。なかったことにしてはならない。もう決めたのだから。
 眠るカイの額に手を伸ばした。前髪を分け、そっと頭を撫でる。血の気の引いた肌が、いくつもの光景を思い起こさせた。彼の腕の中で死んでいった友。彼が本当に救いたかったひとたちは、いつもとても優しくて、彼が必死になればなるほど穏やかな顔で「さよなら」を告げた。不幸を運ぶのだと自分を呪い、災という二つ名を名乗るようになると、それはもはや自分の宿命にしか感じられなくなっていった。
 だから、こうして誰かに触れるのは、本当は彼にとって勇気のいることだ。触れても平気だと思ったのは、例えカイがどのような選択をしようとも、自分のせいで身を滅ぼすようなことには絶対にさせないという気持ちの表れでもあった。カイと自分と、みんなといる未来を選びたいのだ。もう誰も自分のせいで不幸になどしたくなかった。だからこそ、彼のジンクスはここで捨てるべきだ。
 指で髪を梳く。淡く柔らかな色をした髪だ。撫でていると、次第に彼の気分は落ち着いた。
 カイはどうしているだろうか。気持ちを落ち着けて、またここへ帰ってくるだろうか。
「カイ」
 ぼそりと呟いた呼びかけは、思いの外掠れたような響きを持って、彼の鼓膜まで届いた。なるほど、案外不安だったんだなと、彼は笑う。
「君を待つよ」
 それを自分にも確かめるように、優しい声音でそう言った。
 



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