X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

蒙きを啓く

全体公開 1 7619文字
2016-08-26 20:39:11

東さんの「闇オク編」と、拙作の『選択』のあとで囚獄の勇者が新しい試みのために書館の勇者様の国に調べものをしにいく話。書館の勇者様とデュークさん(オルハザル君)をお借りしました。話にちょいちょい出てくる「友人」は災の魔王様。

***

 はじまりは、ほんの小さな疑問だった。囚獄の勇者、カイは、分身の首に嵌めた勇者の証であるチョーカーを、常に牢獄に囚われる前までと同じように、きちんと勇者の証として扱ってきた。しかし、カイが本体の負担さえ度外視すれば幾らでも分身を量産できることを考えたとき。

「この勇者の証、やっぱパチモンってことになるんかな」

 ある意味で偽物である分身のつけている「勇者の証」は、本物なのか偽物なのか。

 しかし、そもそものところ「本物の勇者の証」とはどういった効力のあるものなのか、一切使ったことのないカイは良く知らなかった。牢獄に囚われる前までは自分が見たはずの神託の夢すら、本当のものかどうか怪しいと疑っていたのだ。魔法を学んだことが無く、幻覚や暗示に対処する手段が限られているカイにとって、自分自身の認識ほどあてにならないものはない。彼が信じるのは、自分が何をどう知覚しているかよりも、自分が何を動機に何の行動を起こしたか、ということだった。自分の小さな行いが、そのまま時間の流れの中に消えていくか、何かの波紋として残るか、自身で把握できる思うほど、カイは自分を高く見積もってはいなかった。それが、今となってはこの疑問を解決してくれたはずの経験を失わせている。

 本当の自分が牢の中で力尽きるまで、助けを求める声に呼ばれて分身でひとりきりあてどもなく冒険を続けていくのであれば、それでもかまわなかった。手を貸してほしいと叫ぶ人はどこにでもいて、それに自分ができる範囲でささやかに手助けするのに勇者であるかどうかは大して重要なことではなかった。

 けれども友人がもたらした世界の真理の一端と、それを知ったうえで共に同じ方向に進もうという提案は、カイに自分を無知なままでいさせまいと思わせるには十分なことだった。

 なにかしたいことがあるのなら、その勇者の肩書は利用すべきだ。そういって、かつて勝手にカイに勇者としての通り名を付けた学者がいた。カイの事情も知らずにつけられた、皮肉にも彼の現状にぴったりの「囚獄の勇者」という名を、彼はその後も訂正することはなかった。それは、男の言い分に納得したからだ。自分が何かを為したいと思ったとき、実際に動いて出来る事だけではあまりに頼りない。

 おそらく、黒い翼の友人は、特別ではないただのカイのどこかしらに価値を見出して、声を掛けたのだ。その「どこかしら」の中には、当然「勇者である」ということも含まれているのだろう、とカイは思う。友人は友人自身のことをかつて天使であった魔王だと言った。ならば、天使にも魔王にもできないことが、勇者にはできるのかもしれない。

 というよりも、そうであってほしかった。ただ一個のカイが出来ることで、彼の友情に報いることはとても難しいのだ。カイは彼の親愛をとても好もしく思っていたし、それだけでなく、先の見えない暗闇を往く冒険者にひとつの地図を手渡してくれたことに、強く感謝していた。これまでの道のりの行く先が何に繋がりうるのか、自分もそこに向かっているのだという友人の言葉は、何よりも心強い。

 また、知らないことを調べに行く手段を、今のカイは持っている。


***

 久しぶりに訪れた、ビブリオテカ国の中央、叡智を求めるものの一切を拒むことのない広大な図書館の敷地に立ち入る。正直なところ、カイはこの国に来ていい思い出があったことはない。北国のことわざでは「真実は目に痛い」というが、カイがこの国でつきつけられるのはいつも、自分の関わった物事は自分の力では取り返しがつかないことだった、という事実だけだ。あの谷合の惨劇も、報われない境遇の魔法使いの死も。それでも、起きたことの真相に触れるために訪れたこれまでと、先に備えるために調べに来た今回とでは、違う結果になるとカイは信じている。

 あまりに膨大な量の書架がある中、あまり読み書きが堪能とは言えないカイが目当ての資料を見つけるのは無理がある。最初から司書に声をかけ、「勇者に関する文献」を求めていると告げる。自分が勇者である、ということは、以前訪れたときに申し出ていた。勇者が勇者について調べるというのは、不自然なことではないだろう。もっとも、ここの人間は他人に不干渉だ。だれがなにを調べたとてこの国では親切な無関心さで受容される。

「該当するものが多すぎますね」

 淡々と告げられた言葉に、カイは少し考えて返す。

「せやったら、まずは勇者という存在そのものについての研究があったら紹介してや。あとは、伝承やのうてちゃんと事実として確認されている勇者の事績についての記録があったらみせてほしいねん。これでも多すぎるんやったら、その中で素人でもわかりやすいやつを選んでくらはったら嬉しいわ」

 一瞬値踏みをするような目で見られたのち、それではこちらへ、とカイを促す。どうやら関連の書架に案内してくれるらしい。最低限のものしか持たず、それすらも長旅にくたびれたカイの恰好は、とても知識人のようには見えないはずだ。そのレベルに合わせてこまごまと何かを選ぶよりは、おおまかにジャンルだけ絞り込んで後は自身で選ばせたほうが早いと踏んだのだろう。この国の主の膝下に仕える者は有能である。

 幾つかの建物を横切り、廊下を抜け、階段を上がり、ひとつの部屋に案内される。少し入った場所にある本棚の前で、ここからあちらまでの資料ならお役に立てられるかも、と司書は告げる。簡単にいうがかなりの量だ。

「この国は、勇者様の叡智と英断により再興した国ですので、必然的に勇者に関連する文献は膨大です。その中でも一次資料たとえば日記や手紙、観測や実験の生データなどのことですが、それらよりは刊本の形でまとめられているほうが見やすいかと思い、こちらにご案内しました。閲覧はあちらの個室でどうぞ」

 示された方には、薄暗い書架の間を縫っていくつかの扉が見えた。おおきに、と礼を言うと、司書は軽く頭を下げて立ち去る。さて、と気合を入れて本棚を見上げる。最初に来たときも、目当てのものを見つけるのに数日はかかったのである。今回も長丁場になりそうだった。


***


「あかん、全然わからん」

 個室でカイは頭を抱えた。朝の早い時間から来たはずが、バルコニーの窓の外はそろそろ日が落ちようとしている。
 正確には、全然わからなかったというわけでもない。ある程度の「勇者」に関する情報はさすがに見つかっている。曰く、神託と証を与えられ、それまでよりも力を得て勇者として世の平和を築いている。勇者の証を使うことで、女神の住む場所に出入りすることができる。死してなおその寵愛から魂を女神の下に戻され、再び肉体を得て聖界に戻る。彼らはまた、時折なにがしかのきっかけで、証に宿る神の力を一部とりこみ、覚醒することがある。その際は女神の寵愛の一部が失われ、死すれば二度と生き返らない。

 カイがはじめ勇者の証を授かったときに、より身軽に動き、より巧みに武器や物を扱い、より長く戦えるようになったのは、間違いなく女神の加護のためだろう。あの夢は、自分の無力さから逃げ出したくて生じた妄想ではなかったことはとりあえず解った。問題は、分身を使えるようになったときの変化だ。どの文献をみても、勇者が急に新しく力を得る、ということはイコール「覚醒」だと解釈している。つまり、カイもまた何かの拍子に、おそらくはあの牢獄の主との戦いの中で、覚醒したのだろう。もしも「分身できるようになった」という自己認識が誤認でなければ、ということにはなるが。

 覚醒した勇者についての詳細は、何を読んでも明らかでない。かつて金緑の勇者から、昼間の牢獄の中でレクチャーしてもらったざっくりとした内容が、もっとも詳しい内容だといえる。女神の寵愛の一部を失うとはいったい、どの程度のなんの範囲の話なのか。覚醒によって取り込まれる神の一部とは、女神の一部ではないのか。ましてや、ピンポイントで自分と同じ分身の能力を持つ勇者の記録などあろうはずはない。こうして外で動いている分身が持つ勇者の証で、なにがどこまでできるのかは未知数のままだった。

 立ち上がって、体を伸ばす。調べようのないものはどうしようもないとはいえ、なんとも諦めがつかなかった。

「んん、覚醒ってのが何かの魔法の一種やったらな

 いっそこの図書館の主に聞けば、何か教えてくれるのではないか、とも思う。かつてカイは学者の友人が魔力を、非物質的な力、と表現していたのを聞いたことがある。そこまで広いくくりの分類なのだとすれば、何かを知っていはしないものか。気晴らしにバルコニーへ続く窓ガラスをあけると、夕暮れの空に大きな鳥が横切っていった。暗い緑色の、見慣れぬ鳥を目で追えば、そこそこ近くの建物の窓枠にとまって硝子をつついていた。ほどなく中に迎え入れられる。魔術師か何かの使い魔だったのか。なにげなくその姿を見る。

 すると、少しは離れているのにも関わらず、人物の空色の目と視線がかちあった。

「う、噂をすれば影ー!」

 実際は口にだして噂したわけではないが、確かに頭に思い浮かべていた偉大な魔法使いである小さな勇者だった。慌てて追いかけようとバルコニーの窓を閉め、個室の扉を開くと、そこはいつぞや友人と共に訪れた、穏やかな温室のような場所であった。

***


「僕に用があるように見えた。ならば、わざわざ来させるのも、誰かに取次をさせるのも手間だ」

 少年がこぼした言葉で、このドアtoドアの移動が彼の魔法であったことをカイは知る。

「こんにちは、久しぶりやね。君に用ってかその……おれじゃあ中々知りたいことが見つからなかってん、知ってへんやろかと思って」

 たまたま目が合ってくれてちょうどよかったわ、もし忙しくなければ付き合ってくれへんか、と頬をかけば、少年は小首をかしげ、ソファを示してみせる。くるる、と傍らの緑色の魔鳥が小さく唸る。

「当然のことだが、僕の知っていることにも限りがあるし、僕にとって不利益になると判断できることについては言わないけれど」

 思ったよりも色よい返事に、おおきに、と応えてソファに座る。初めて顔を合わせた時に、カイのことは知っている、と言われたことを憶えている分、気楽だった。その時はこの少年が中心になっていた出来事に巻き込まれて負った怪我を治してもらいにきたわけだが、そもそもカイがその件に巻き込まれた理由は、オルハザルという魔法使いの悲劇に関連してのことだった。オルハザルは、カイが本体が牢の中にいて分身は外で動くというなんとも説明のしがたい生き方をしていることを知っていて、オルハザルが知っているということは、この少年も知っていると見て間違いはない。説明が省けるということは、あまり口の上手い方でないカイにはとても楽なことである。

「女神の加護を失った、覚醒した勇者の出来る事について、知りたいんや。常に覚醒していて、しかもその覚醒で得た特性のせいで勇者と言えるのかどうかも判らん状態の勇者は、勇者として何ができるんやろか。その勇者の証や勇者としての特権は、どこまで使えるものなんやろか」
それはつまり、お前自身のことを知りたいということかな」

 カイが頷く。やはりこの少年に詳しい説明は必要ない。少年は少し間をおいて話し始める。

「そもそも、僕の知る限りにおいて、お前の考え方は根本から間違っている。書は読むことそのものにも意味があるけれど、無批判に読んではいけない。加護を失った、と記述する本もあるかもしれないが、それは正確さに欠く」
「ええと、どういうこと?」
「ある程度事例を確認すればわかることだが、勇者の証が持つ意味は実質的に、神託と勇者の特権を自他に明示し、それを行使するスイッチになる、という以上のものではない。つまり女神が直接作った物のわりに、大した意味はないんだよ。おそらくその分身の体についているものを使っても、お前が本当に勇者であるならば問題なく女神の間にいけるはずだ」

 そしてこの事実から類推するのであれば、と少年は続ける。

「覚醒した勇者が女神の加護を『失った』というのは正しいことではない。覚醒することにより「神」これが何者を指すのかは未だ資料不足ではあるのだけれどその力を受け入れ、通常女神から与えられる以上の力を得たことで、かち合う部分が相殺された、とするのが妥当だと僕は考える」

 当然のことのように述べる少年の言葉を、カイはかみしめる。


(それはつまり、またおれは読み間違えとったっちゅうことか)

 自分は何も失ってなどいなかった。むしろ、何者からか、人より余計に愛されたのだ。誰かがもたらした大きすぎる愛が女神から自分を隠してしまっただけだ。女神は、勇者たちが違うものから力を受け取ったとしても、彼らから自分の愛をとりあげたりなどしない。

 だとすると、なおさらに、なんのためのゲームなのか。カイには見当もつかない。神は愛する者への振る舞いとして、手首足首に糸を結び、箱庭の中で躍らせるものなのだろうか。

「僕の話を聞いていたのか」

 空色の目があきれたようにカイを見やる。

「何を考えていたのかは知らないけど、いま僕の言ったことを鵜呑みにしただろう。良く分からない。お前はここにわざわざ調べにくる程度には自分自身に対して懐疑的なのに、そして短絡的に試して確かめてみようとしないくらいには慎重なのに、どうして誰かがもたらしたものに対して無批判なんだ」

 図星を指されたカイは苦笑するしかない。

「習い性やろか。でもしゃあないやん。自分でわからんことをこうなんやで、って言われたら、相手が悪いこと考えてなければまず信じてみるほかないって思うねん。とりあえず今回はホラ、知識がほしい言うてる人間を君が悪いようにするとも思わんし」

 少年は深いため息をつく。近くで静かにたたずんでいた大きな鳥も、心なしかあきれているように見える。

「お前は知識を探求することには向かない」
「せやろな。書館くんが物知りさんで助かったわ。おおきに。またなんかあったら遊びにきてええかな?」
「図書館は誰にでも開かれている。そして僕はこの図書館で、好きなだけ本を読んで暮らしている」
「そんならまた!」

 知りたいことは解った。要は、復活しないくらいで勇者ができることは分身でもたいていできるということなのだろう。それどころか、おまけに覚醒についても、彼の見解を聞けた。これ以上子どもの家に遅い時間まで長居する気はない。ソファから立ち上がった。

「デューク、勇者専用出入り口まで彼を送れ。僕はこのシリーズを読んでしまいたい」

 少年はすぐにカイに興味をなくしたように、手元の本の山から一冊を手に取り、ページに視線を落とした。大きな魔鳥が一声なくと、そこには大きな扉が現れる。

「あれ、この魔法
「さようなら囚獄の勇者」

 どこかで見たような魔法について言及する前に、少年の声が遮る。気圧されて扉を開ければそこは来るときに入った出入り口の受付だ。魔鳥に先導されて戸をくぐり、おとなしく手続きをした。


***


 図書館の敷地の外に出ればすっかりと日は落ちていて、家々は寝る前の少しの時間の為に灯りをともしはじめていた。

「送ってくれておおきにな。あの門めっちゃ楽や。あと、ご主人様をおそくまで付き合わせてもうてごめんな。まだ子供やし、そろそろご飯とか寝る用意したほうがええ時間やったろ」

 暗がりの路地で、魔鳥に声をかける。

「気にすることはない。あの人にしたところで、食事も、睡眠も、ろくに気にされないから」
「そうなん?それはあかんわ。そうできないわけちゃうんやから、親しい人と食卓囲んで美味い飯食うて、あったかいベッドでよく寝とかんと。それも本ではでけへん勉強やとえ?」

 返ってきた答えに自然に応じそうになって、暗がりを二度見する。気が付けばそこには、緑色のフードをかぶった男が立っていた。

「初めまして。久しぶりだが変わっていないな」

 死んだはずの、報われない過酷な境遇と絶望の中で死しか選べなかったはずの、悲しい魔法使いがそこには立っていた。
 カイの手が届かなかった、心を壊し、どこにも行けなかった男、オルハザルが、以前と変わらない姿でそこに居た。

「オルハザル!」
「その名の勇者はもう死んだ。今はデュークと名をもらってい!?」
「生きとったんやな!良かった!幻覚とちゃうねんな!生きとるんやな!!」

 彼の言葉を遮って、カイはローブ姿の体に勢いよく抱き付いた。勢いに負けそうになってたたらを踏むその体は紛れもなく実体であった。

「おい、なんでお前が泣くんだ」

 心を壊して失ってしまったと言った男が、軽く笑って体を揺らす。かつて牢で見た時よりも、余程生気のある声だ。

「そんなん嬉しいからに決まっとるわ!そっか、死んだって言うとったから、もう取り返しのつかないことになってもうたと思っててん
「取返しはつかないさ。さっき見た姿は別に魔法でそうしていたわけじゃない。魔物の体を借りているだけだ。俺はもう勇者でも魔術師でもなく、化け物になってしまった」
「ちっちゃなこと気にしてどないすんねん。魔物?人間?そんなんお前自身が生きていたいと思ってくれたんやったら、どうとでもなるわ!」

 カイは男の言葉を一蹴するとようやく体を離して、サングラスを外して目元をぬぐった。次から次へと涙があふれてきて、余り意味をなさない。

「今日はええこと尽くしや!おれが出来る事は沢山あるかもしれへんって分かったし、お前が生きとるって分かったし。な、このまま飯いかへん?おれ奢るわ!」
「おい」
「ええやろ、あの子もまだ本読んどる言うとったし」

 それにお前を送りに出したってことは、このくらい予想済みなんと違うかな!むしろ小粋な気遣いなんと違うかな!その気遣いに乗ったれや!と言うカイに、いやそれはないと思うが、と男は苦笑した。

 男のその表情にまた、カイは笑った。すべての物事が仕組まれた運命なのだとしても、こちらの想いが決して何も届かないわけではないのだと、魔術師の生そのものが証明してくれているようで、背を押された気分になったのだ。






END


※このテンションで翌日遭遇した災さんに「分身でも女神の間に行けそうやしちょっといって女神様とお話してくるわ!」って言って怒られます。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.