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性欲がない日本号×あどけない長谷部

みえろ🌟🌟🌟
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2016-08-28 21:01:19

にほへしが抱き合っているだけ

 気に入りの桶を抱えて、日本号は鼻歌まじりに廊下を歩いていた。向こうからやってきた浴衣姿の長谷部に、よお、と声をかける。ちょうど風呂から上がったところだろう、煤色の髪はつややかに濡れて、頬はほんのりと赤い。呼びかけに答え、こちらを見上げてくる視線は少しぼうっとしていた。大方、湯船の中で考え事でもして、長く湯につかりすぎたのだろう。
 狭い廊下の端に寄り、すれ違おうとしたところで、長谷部が足を止める。それに合わせて、日本号も立ち止まった。
「なあ日本号。今夜……」
 日本号の着流しの袖をつまみ、上目遣いに長谷部が言う。その火照った頬を軽く撫でてやってから、日本号は答えた。
「ああ、部屋で待ってな」
 再び歩き出そうとした日本号の足が、ふと止まる。廊下の曲がり角の向こうに誰かがいる。そのまま少し待ってみたが、気配はそこにとどまっていて、こちらに歩いてくる様子もない。
(盗み聞きか? 感心しないな……)
 動かない日本号を、長谷部が小首をかしげて見上げている。少々いたずら心が湧いてきて、日本号は付け加えた。
「準備しとけよ。いつもみたいに、 な」
 長谷部はこく、とうなずいて、去っていく。
 鼻歌を再開して歩き出せば、廊下の向こうの気配はさっと消える。角を曲がっても、そこにはもう誰の姿もない。
(逃げるってことは、何かやましいことをした自覚があるのかね)
 明日は二人一緒に、少し遅れて朝食の席に現れてみようか。そのときの反応で、ここにいた刀剣を当ててみるのも面白い。
 そんなことを考えながら、日本号は浴室へと向かった。

 長谷部の部屋を訪れれば、そこには几帳面に整えられた布団が一組敷かれていた。
 文机に向かっていた長谷部が振り返る。日本号を見て微笑んだ長谷部の瞳は、すでに眠たげだ。長湯をしたわけではなかったが、量も多い上に剛毛のくせっ毛を乾かすのはいつも時間を食う。
 長谷部は開いていた書物を片付けると、すぐに布団に入った。日本号は明かりを落とし、その隣に身を横たえた。
 身体をすり寄せてくる長谷部を抱き締めて、目を閉じる。
 肉の身体で抱き合うことの、なんと心地よいことか。
 博物館で隣に並んでいたころから、長谷部とはいい仲だった。そのころの二人は、付喪神としての自己はしっかりと確立していたが、当然ながら人の身など持たなかった。
 意識もあり、意思疎通も自由にできたが、その実体は本体の周りを漂う靄のようなものだ。それを練り上げて人の形を真似ることはできても、輪郭のないまがいものの身体は、触れれば簡単に混じりあってしまう。あれほど長い時間を共に過ごしながら、長谷部としっかりと抱き合えたことは一度もなかったのだ。
 一年のほとんどを眠っていた長谷部の存在は、自分のものよりもずっと頼りなかった。眠りから目覚めてすぐと、眠りにつく直前は、特に神気が薄くなる。ともすれば圧し潰して、飲み込んでしまうのではないかと恐れて、近づくこともしなかった。きっと随分と、寂しい思いをさせたはずだ。
 だがこの身体なら、審神者に与えられた生身の肉体ならば、そんな心配もない。どれだけ強く抱きしめても、どれだけ長く触れ合っていても、相手との境界が曖昧になることはない。
 長谷部が己の腕の中にいるだけで、日本号は満足だった。
 先ほど廊下で聞き耳を立てていた刀剣が、一体何を想像したかは知らないが、この身体で長谷部と交わりたいなどと思ったことは一度もない。相手の形を侵食したいなどという欲が、日本号には理解できなかった。

「日本号」
 長谷部の声が、日本号の意識を物思いから掬いあげる。
「ん、どうした」
「もっと、ぎゅっとしてくれないか」
 言われるままに腕に力を込めれば、長谷部は嬉しそうに額を胸に擦り付けてくる。
「お前、本当にこれが好きだよなあ」
 人の身体を得た長谷部が何より好んだのは、ただ日本号に抱かれていることだった。それ以上の行為は、何も望まない。まるで最初からそのように誂えたように、ふたりの求めるものはぴたりと噛み合っていた。
「博物館は……」
 眠たい目を日本号の胸で擦りながら、長谷部が話し始める。日本号はその声に耳を傾けた。
「お前の神気で満ちていた。お前に包まれながら目覚めて、お前に包まれながら眠った。二百年、ずっと。だから、こうやってお前に抱かれていると、気持ちがよくて、落ち着く。……安心して、眠れる」
「……」
 たまらない気持ちになって、日本号は長谷部をさらに強く抱き締めた。腕の中の長谷部が、くすくすと笑い声を立てる。
「日本号? どうした」
「あそこでお前は、寂しくはなかったか。不安では、なかったか」
 長谷部は戸惑うように沈黙した後、ゆっくりと首を横に振った。
「そんなこと、思ったことはないぞ。あそこでは、いつでも、どこへ行っても、お前がすぐ側にいるようなものだったからな……。いきなりどうしたんだ、日本号」
「いや、何でもない。そうか、そうだったんだな」
「なんだ、気になるだろうが……。まあいい、明日、せつめい、しろ……」
 段々とおぼつかなくなっていった長谷部の言葉は、そのまま寝息へと変わる。
「そうか」
 眠る長谷部を抱きながら、もう一度、噛みしめるように呟いた。すこしだけ、博物館に戻るのが惜しいと思っていた。抱き締められなくなるのが、惜しかった。その気持ちが、洗い流されて消えていくようだった。
 長谷部が満たされているのなら、それだけで、日本号は満足だった。

2016.08.28


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