@shalnadia
・1
ゲート。
その名のとおり、主に聖界と魔王の世界を繋ぐ門である。
基本的には勇者や魔王の術式によって開かれるが、自然発生することもあるらしい。
誰が呼んだか、それは野良ゲートと呼ばれていた。
【偶然の邂逅~或いは猫カフェ~】
それに気がついたのは、偶然だった。
初めは指一本通らないような穴だった。
不定期に発生するそれは、場所も大きさも不定だったが、最大サイズが次第に大きくなっていた。
その穴が小動物を通すサイズになって、憑の魔王は対策に頭を使うことになった。
そして、それが制御できないことを知ると、強硬手段を取らざるを得なかった。
しかし、出来たことは、ゲートが発生するとアラームが鳴るようにするだけだった。
ゲートのサイズは、頑張れば人間が通れるサイズになっていた。
それに気がついたのは、偶然だった。
その時は指一本通らないような穴だった。
再びそれに気がついたときには、頑張れば人間が通れるようなサイズになっていた。
というか、勇者の青年は、落ちるようにその穴を通り抜けていた。
・2
「む!」
アラーム。憑の魔王の世界に野良ゲートが発生したことを表す音だ。
「荒っぽい者じゃないことを祈るばかりじゃのう…」
独り言を呟きながら、憑の魔王は日課の農作業に戻っていった。
「おわっ!いたた、なんやねんな…」
囚獄の勇者、と呼ばれる青年は、尻餅をつきながら声を上げていた。
「ここ、どこや?」
振り返っても上を見ても来た穴はないが、すぐ後ろは対岸も底も見えない大穴だ。
心地よい風のそよぐ平原。妙に四角い土塊や木。近くを流れる大河の音。
川には橋が架かり、対岸には飾り気のない大きな一軒家が建っている。
家の近くには人影らしいものがひとつ。
いつの間にか猫が数匹青年の周りに集まり、愛想を振りまいている。
「聖界…ではなさそうやな。けどえらい平和なとこやな…」
近寄っても、撫でても、猫は逃げない。
「なんや、随分人懐っこいなあ。それともここの監視員かいな」
にゃー。こちらの言葉すら理解していそうだ。
ま、あの人に話し聞こか。青年は歩き出す。猫もついて歩く。
「ぬ」
憑の魔王でなくても、見知らぬグラサンの男が近づいてくれば警戒するだろう。
「……んー?」
囚獄の勇者でなくても、人外を想定して近づいた人影が人間の少女なら驚くだろう。
「なんや、やっぱりお前らがこの世界の主やんな?」
などと、後ろに並ぶ猫たちに声などかけながら、少女に近づいていく。
「あー、嬢ちゃん、話聞いてもええか?」
「……はい」
警戒と緊張のあまり、声が上ずる憑の魔王。手にしたスコップを握り締めている。
「気い張らんでもええ、おれは敵やない」
「…はい」
どうやらこの者は勇者らしい。この世界が魔王の世界だともうすうす気付いているらしい。
だが目の前の自分が魔王だとは気付いていないらしい。憑の魔王の緊張はいくらかほぐれた。
「嬢ちゃん、名前は?どれが魔王かわからへんけど、困ってるなら手伝えるで」
名乗るなら、今しかないと思った。
カカッとバックステップし、腰に手を当て、
「ふぅーっはっはっは!我こそがこの世界の主、憑の魔王である!勇者よ、よく来たのう!!」
「………はあ?」
・3
それに気がつくのは、必然だった。
待ち合わせをした友が待ち合わせ場所におらず、それがあれば、道理であった。
友の名は、囚獄の勇者、カイ。青年の名は、ウィル。黒の天使とか、災の魔王と呼ばれるもの。
友は――恐らく不慮の事態で――この先に行ったのだろう。
待つべきか、追うべきか?考えるまでもなく、青年はゲートへと飛び込んでいった。
だって、なんだか楽しそうだったから。
ゲートを通り抜けると、そこは橋の上。
橋の上の建造物の中にはテーブルがあり、椅子があり、人が二人座っており、それは男女だった。
しかも、そのうち男は友ではないか。
「あれ、お邪魔だったかな?」
「待ちや」
「カイも隅におけないね」
「待ちーや!!」
「うう、僕というものがいながら」
「待ちー…何言ってるんや!?」
最初は呆れ顔だった憑の魔王も、これにはニッコリである。
「あー、こほん。とりあえず汝(なれ)も座るといいのじゃ。今用意してくるからの」
家に何かを取りに行く憑の魔王。残されたカイとウィルはいつもどおりに雑談に興じる。
「それで、彼女は誰なの?人間、ではないみたいだったけど」
「ウィルにはわかるんか。あの子、この世界の魔王で憑の魔王って言うんやって」
「へえ…。…カイ、その猫は?」
カイの膝の上には三毛の子猫が一匹、丸くなってくつろいでいる。
「なんか知らへんけど、すごい懐かれるんや…」
言葉通り、カイの足元にも猫が数匹じゃれついている。
「床に座ってみたら?」
「お、おう?」
言われたとおり床に座るカイ。すると、あれよあれよとねこまみれになってしまう。
「ちょっ、な、なんやなんやー!」
「ふふ、カイ、猫まみれ、ふふふ」
「笑っとらんと助けてーな…」
今もしウィルがカメラを持っていたら笑顔で撮りまくっていただろう。
楽しそうに微笑むその姿に、もふもふまみれになりながらカイも笑うのであった。
「待たせたのー」
作業着から余所行き、あるいは戦闘着のドレスに着替え、お茶とお菓子を持って戻ってきた。
丸いテーブルにそれらが並べられ、三脚ある椅子にはそれぞれが座る。
カイの膝には、今はもう猫はいない。
「おー、美味しそうやん。まるでカフェやな」
「かふぇ……オカネ、を出して食事などを出してもらうミセ、だったかの」
「せや、よく知っとるな」
「川のせせらぎを聞きながら猫を眺めるカフェ。聖界にだってないかもしれないね」
「そうなのか?でも商売する気はないのう…」
「もしかしたら流行るかもしれんでー?」
・4
「では、改めて自己紹介させてもらおうかの」
すっと憑の魔王が立ち上がる。どこで覚えたのか、スカートの端をつまみ恭しく一礼し。
「我は憑の魔王。出来ることは他の生命体に取り憑いて魂をかじる程度の小物じゃよ」
それが謙遜か本音か、それはよく読み取れなかった。
「ん?今も取り付いとるんか?」
「うむ。この身体はこの世界に流れ着いた勇者じゃ。…もっとも、生きる意欲をなくしておるが」
「それは何故?」
「わからぬ。我としても無抵抗のものを使い続けてもつまらぬのだが…」
その言葉が嘘なのは二人ともすぐわかった。本当は、身体の娘のことを気にかけている。
ウィルには運命の糸を視るという力がある。
しかし、憑の魔王と勇者の運命の糸は複雑に絡み、読み解くのには多くの時間が必要そうだった。
(ごめんね、力になってあげられそうにない)
「まあ、別にいいんじゃがの!我、別に困っておらぬし!」
どうやら彼女には、嘘をつくとき左手を握る癖があるようだった。
「我本体はこんなのじゃ」
勇者のカラダから霧のようなものが離れる。勇者のカラダは力なく椅子に倒れこむ。
そして、霧がゲル状の物体になり、いわゆるスライム娘が形作られる。
「ちょ、ちょい待ち。初対面に気軽に弱点や本体晒しすぎとちゃうんか」
「汝らは大丈夫な気がしたのじゃ」
「……それは光栄だね」
ぢゅるり、どろり、と元の状態に戻っていく。カイとウィルはお互いに見合い、肩をすくめた。
「あー、と、名乗るぐらいはしたほうがええか。おれはカイ、しがない冒険者や」
「冒険者、のう」
勇者ではないのか?と聞くのはなんだか不躾な気がして、憑の魔王は言いよどんだ。
「…あー…他に何言えばええかわからんなー…」
「あ、いいんじゃよ。我が初対面に喋りすぎなだけじゃし」
「すまんの」
「じゃあ僕も。僕は――」
言いかけて、少し悩む。友好的に見えるが、この魔王に本当に心を許してもいいのだろうか?
まだ、信用に足る相手か情報が足りない。ならば。
「――僕は災の魔王と呼ばれている。僕が現れた街は滅ぶ、って言われてるらしいよ?」
「……」
微妙に苦い顔をしているカイを見て、にぶい憑でもそれがあまり正確ではないことは分かった。
「えーと…その見事な翼について聞いてもいいのかの?」
「ああ、うん。昔は天使って呼ばれてたこともあってね」
「天使…!」
憑の目がキラキラしだす。魔王なのだから女神の使いたる天使は敵のはずなのだが。
「触り心地もええんやで!」
「ほう!」
「あんまり触らないでほしいかな…」
「えー」「えー」
「さて。そろそろお暇しようか、カイ」
「え?なんでや?」
「僕たち用事があっただろう?」
「あ、せやったな…。すまんの、憑の魔王はん」
「気にせぬでよいぞー。少しだけどお話できて楽しかったのじゃ」
「ドーナツ、美味しかったよ。それじゃあ」
「またの!」
舞でも踊るかのようにウィルの手が空を裂くと、ゲートが現れた。
そして二人はゲートへと吸い込まれていった…。
偶然の出会いが、これからの三人に何をもたらすのか。
それは、女神や邪神にすら計り知れないのであった。
<<おしまい>>