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休息は巣の外で

全体公開 1 9516文字
2016-09-15 00:36:41

闇オークション、side災を読んでかつ後日談を読んだ人にしかわからないネタ。
続きはかいなさんの書いたものへとつながります。

「お前に五日間の休息を与える」
がりがり、と羽ペンを持ち、書類にサインしながらこちらに一瞥もせずに言われたため、はじめ、デュークは何を言われたのかわからなかった。
「必要な金と服装は言ってくれればいくらでも与えよう。好きなところへ行ってこい」
伸びた赤い髪を適当にまとめている上司は、山ほどの書類を処理し終わったようだった。
傍らのおもちゃのような鳥の人形に、いつも咥えている白く細いシガレットを埋め込む。
金属と鳥の羽を使って作られたそれは、シガレットが埋め込まれると、ぶわ、と青い炎に焼かれた。そしてぴち、と鳴く本物の鳥のように動き始める。
鳥は山ほどの書類に乗ると、書類ごと、ぼっと一度燃えた。魔法使いだったからこそ、それらがすべて魔法で鳥を使って山ほどの書類を運ぶのだと知っている。
だからデュークは何も言わなかった。
というよりも、一連の言葉に何を返したらよいかわからなかったのだが。
魔法仕掛けの使いを見送った赤い髪の上司は、何日も寝ていないのだろう、濁った青い目を、ぎょろりとデュークに向けた。
「・・・イエス以外の返事は聞かない。さっさとこの国から出ていけ」
濃い隈の浮かぶ顔は凶悪に歪み、デュークにそれだけ伝えるとまた仕事机に向き合った。
どうしたらよいものかとデュークが立ち尽くしていると、周りにいた彼の部下たちが焦ったように、「室長ってば!」「足りないです、室長!」と彼に向かって声をかけ始めた。
ちっと舌打ちをした彼は、シガレットを取り出して口にくわえると、詠唱もなしに魔法で火をつけた。
そうするとますますもってガラが悪いなあ、とデュークは他人事のように思った。
「・・・必要なことは、言った」
がりがりとものすごい勢いで書類仕事をこなす傍ら、そう返す赤髪の上司の代わりに、室内にいた数人がため息をついて、「追い出しているんじゃありませんよー」とデュークに声をかけてくれた。
「今の言い方だと追い出してるみたいですけど、違いますからね」
「アベル室長、最近、仕事が立て込んでいて、余裕ないんです」
私たちの休暇はくれるんですけどね、室長はお休みにならないので、という彼らの顔色もあまりよくなかった。
「勇者様のお願いを聞いてからのお仕事と、通常業務でトラブルが発生して、慌ただしくって」
その言葉にぎくりとして、デュークはアベルを見やった。
つい数分前まで山ほど彼の机に乗せられていた書類は跡形もなくなっている。
ぷかーと煙をふかして頬杖をついてデュークを眺めるアベルは、わかったろ、とシガレットを指先で挟んだ。
「俺たちは後片付けで忙しいんだ。オルハザルの町の子供たちは、彼の勇者が送り届けてくださったが、参加していた貴族の聴取、裁判の手続き、またあの場にいた組織の生き残りの対処・・・うちの国からも愚かな貴族が参加していたからな。やることは山ほどある。それに会場の日輪輝く大国にいつまでも犯罪者を置いておくわけにもいかない。各国との連合で捕縛した上に、動かした勇者たちとの連絡もある。そんな中に、裏側でコトを動かしていたお前がここにいるとめんどうなんだ」
はあーとため息とともに白い煙を吐き出したアベルの言うことは、もっともだった。
デュークは、髪こそ黒くなって変わったが、右頬には二、三個の鉱石が肌からむき出しだ。それに加えて深い新緑の瞳は、人間であったころと同じ色。
顔もいまだ発展途中の青年とわかる、かつてと遜色のない形をしている。
おまけにデュークの主は、「お前は前、よくフードをかぶっていたな」と、緑のフードのついたマントを与えた。
しかも何やらちょっと目を輝かせながら与えられたので、断ることもできなかった。
とはいえ何よりもうれしかったので、いつも羽織っている。
今のデュークを見れば、関係者はすぐに誰だかわかるだろう。図書館では事件の関係者の出入りが激しい状態である。
そんな事件から落ち着いてもいないときに、主犯ともいえるデュークがうろうろしていては確かに面倒だった。
「まだ、お前を知る不幸の主たちに気づかれるのは厄介だ。あの調子ではお前が殺されかねん・・・まったく、お前をニーナから紹介されたときは何かと思ったけどな・・・」
アベルはぼんやりとした覇気のない目でデュークを眺めていた。
そのうちに彼の机にどんどん書類が重ねられてゆくが、彼の部下はそうですよねえーと彼の机から書類をとっていく。
「しかし、悪魔も難儀なもんですねえ、本を守護する目的だと、主人の影にする入ることもできないなんて」
彼の部下たちは口を動かしながらもせっせと働いていた。
アベル自体がそこそこの高官であるという話は、彼自身からうっすらと聞いた。運営自体を担っていく部署だそうで、彼自身も能力は高いが、彼の部下も相当に頭が良いようだった。
「主人の影にはいれたら、デュークさんも楽なんですけどねえ」
アベルの部下の言葉に思わず目を見張ると、書類の山に目を戻したアベルが、当然だな、とつぶやいた。
口の端にシガレットをくわえながら書類を手にするアベルに、デュークは気が付けば口を開いていた。
「・・・俺が、本の悪魔だから、しばらくの間出ていけ、と?」
「お前も魔法が使えたんだろ、なら普通の契約した魔物がどうなるかはわかっているはずだ」
デュークは現在悪魔である。
とはいえ元は人間だった。
人間だったのはついこの間までで、その記憶は新しい。
だからこそ、アベルの言っていることはよくわかった。
契約した魔物は、主人の陰に潜む。普段は姿を消しているものの、常にそばに控えて、契約者を守るために動くのだ。
今のデュークにはそれができない。姿を変えることはできても、それは鳥の姿であり、人間の見た目をいじることはできなかった。
「そもそもお前は本をよりどころにする悪魔と混ざった状態だ。自立型すぎるからな、人として扱うほうがこっちも楽なんだ。だから扱いは、新人と一緒だ。ここに入りたきゃ、さっさと行け」
また書類仕事に取り掛かるためか、羽ペンを手にしたアベルはがりがりとものすごい勢いで手を動かし始めた。
彼の部下たちも相当に仕事をこなしているが、一番早くて大量にこなしているのはアベルだった。
「うちの試験、最終合格しても採用じゃないんですよ~一か月の訓練の後に、休暇が五日間あるんですよ」
だからまあ、そういうわけなので、一応勇者様に挨拶してから行ってきてください、と彼の部下の一人ににこやかに送り出されると、デュークは納得して頭を下げた。
踵を返して、アベルの執務室を出てゆく。
デュークは、魂を悪魔に食べられた。
そこで消滅するかと思いきや、悪魔はデュークに体を貸してきた。
だから、体を失って死ぬはずだったデュークはなぜか、生きながらえている。
元はといえば、小さな勇者に会いに来たのが始まりだった。
死してなお、デュークは自分の望む破滅へと追いやった魔法使いに会いたかった。
そして悪魔になった彼を、好きにしろと付き従うことさえ許してくれている。
(しかし、アベルさんはすごいな・・・)
先ほどの赤髪の男を思い出して、ふう、とデュークは小さく息を吐いた。
アベル・ラトウィッジと名乗る彼には、悪魔となってその日のうちに、小さな勇者によって引き合わされた。
彼はデュークを見た途端、ある程度のことは察したのか、まあ、知性のない悪魔よりはマシかとつぶやくと、色々なことを教えてくれた。
小さな勇者が作り上げた国のこと。
この国で生きていくために必要なこと。
『お前は、あの書館の勇者のために死ねるか』
そう問われたことは、いまだ記憶に新しい。
『比喩でも何でもなく、ここで生きていくためには必要なことだ』
はじめ、デュークはこの国は勇者の狂信者でも生産しているのかと思った。
なんて国だ、勇者の威信を笠に着て世界征服でもするつもりなのか、と。
思ったが。
どうやら、違うらしい。
『この国は食料自給率が低い。それも異様にな。当然だ。土地の大部分をこの図書館が支配しているのだから』
実際に室内を案内されても思ったことだ。
国の七割が本の置かれた図書館という国。
はっきりいって、人の生活に向いている国ではない。
『いくら知識があっても、力があっても、人は食事をしなければ死ぬ。人とは一線を画す勇者だって、食事をとらなきゃ餓死して終わりだ』
それは当然だった。
人は人である以上、生きるための営みを放棄しては生きてはいけない。
『だからこの国は、勇者がいることで成り立っている。勇者に対する献上品と、技術品の交易で食料を賄っているからな。自国で食べ物が生産できない以上、交易で食料を得るのは当然だ』
だからこそ、ここで生きていくためには、勇者のために、ということが必要なのだと言われたとき、正直デュークは、自分は化け物でよかったと心底思った。
勇者の存在だけで、ほぼ一国が成立している。
勇者のために、という言葉は、国民にとって、そして図書館で働く人間にとって、生活と同意義に等しい。
そんな重みを背負えるのかと言われたら、確実に否である。
一見、一歩も出ないように見えて、小さな魔法使いはそれだけで国を維持していた。
それを支えるアベルの手腕たるや、すさまじいものがあるだろう。彼は国の大部分のことを把握しながら、外交までこなしている。
(あそこまで、とはいかないが、俺も協力できるようになったらいいな)
と、ぼんやりと考えていると、件の魔法使いがいる部屋の前につく。
一応ノックをしてみるが、返事はない。
失礼します、と一声かけて中へ入ると、中には本に囲まれて少年がソファに丸くなっていた。
「・・・ニーナ様」
声をかけたところで反応はない。
「あのー、ニーナさま。書館さま、あの」
「あう・・・」
う、と彼は小さくうめきながら目を開けた。
紺の髪はぐしゃぐしゃで、開いた眼は空のような透き通ったブルーをしている。幼い顔立ちの割には大きな目は眠たそうに半分閉じていた。
「・・・おる、はざる・・・」
昔の名で呼ばれて、彼は小さく苦笑した。
めったに食事と睡眠をとらないという少年の、貴重な睡眠時間に遭遇したらしい。寝ぼけている様子に、ソファの近くに膝を折ってかがんだ。
「デュークです。あなたのものですよ」
そう口にすれば、ああ、そうだったね、と彼は目をこすった。
少年の服はどれも袖が長く、その手は見えない。
「どうしたの・・・ぼくまだねむ・・・」
い、という前に、うつらうつらと瞳を瞬かせる。
こういうところは年相応の子供のようなのになあ、と目を細めて、すいません、と彼の前髪を払った。
「五日ほど、外出をしてきます。何かほしいものはありますか」
うん・・・とぼんやりしたままの彼は重たそうな瞼と戦いながら、ゆっくりと身を起した。
「・・・外のことを、教えて」
いまだ眠たさと戦う少年は半分、目を閉じながらそう告げた。
その言葉の意外さに、デュークは目を丸くした。
「それでよいのですか」
うん、と彼は重そうな頭を倒しかけながら、こっくりとうなずく。
「ぼく、外に出たことない。みんなから話を聞くけど、毎回、知らないことばっかりなんだ」
だからその話を聞けるだけでいい、という少年に、デュークはその手の袖を握って少年を見上げた。
少年は眠たそうにデュークを見つめ返してくる。
「外に、ともに出ませんか」
「・・・いやだ」
彼ははっきりと、そう言った。
「あなたの知りたいことが、きっと外にはあふれていますよ」
おまえは本当に悪魔のようだ、と少年は船を漕ぎながらそうつぶやく。
「ぼくはただ、静かに本を読みたいんだ」
ずずず、と体のバランスを崩してまたソファに横になった少年は、それでもうっすらと目を開け、デュークを見つめた。
「知りたいんじゃない。読みたいんだ」
それだけで、人であったとき彼に言われた言葉を思い出したデュークは、わかりましたと言葉を飲み込んだ。
『ぼくは『どうしてあなたはそんなに本を読むんですか』という質問ほど、煩わしいものはないと思っている』
その言葉の通り、きっと、彼は本を読みたいから読んでいるのだ。
きっとそれで彼は十分だと思っているのだろう。
ならば、彼の配下足る自分はこれ以上とやかく言うことではない。
「あなたが、気に入りそうなものをお土産にしましょう」
ああ、それはいいね、と少年は目を細めた。
へへ、と眠たそうに、それでいて幸福そうに微笑んだ彼の表情に、デュークはどきん、と自分の鼓動が跳ねたのを知る。
(・・・笑った)
「お前がどんなものを持ってくるのか、楽しみだ、な・・・」
幼い少年は、年相応の顔をして幸せそうに笑っていた。
人の心を壊すことにも、冷酷な計画を練ることもできる、恐ろしい魔法使いである勇者が。
デュークのお土産を楽しみにすると、笑っている。
(・・・困った。外出するのが惜しくなってしまった)
目の前の少年を眺めて、思う。
人の心を介さないようでいて、そうではない。ただの少年に過ぎなかった。
けれど、デュークがかつて願ったことも叶えてしまえるだけの力がある少年は、やはり勇者だった。
国一つを回せるだけの力がある、勇者だった。
「ああ、そうだ」
眠たそうな声で、ニーナは最後に、と薄目を開けて、ゆっくりと跪くデュークの頭に触れた。
長い袖の中に、かすかに小さな手の感触がある。それは頭をなでるような動作をして、離れていった。
「こういうときは、こう言うんだ。デューク、いってらっしゃい」
それだけを言うと、彼は目を閉じた。
やがてすぐにすーと小さな寝息が聞こえてくる。
「・・・はい」
デュークは、眺めるだけで一度も言われたことのない言葉に、目が熱くなった。
ほと、と感動の印が頬を伝っていくことを自覚するものの、それを拭い去ることはしなかった。
デュークも、あまり恵まれた子供時代を過ごしていない。
かつて言われたことのなかったその言葉を向けられて、余計にデュークの足は重たくなる。
(そばにいたい)
この小さな少年の成長を見守りたいと、デュークは思った。
きっと、彼の周りにいる大人は多くの人がそう思っているに違いない。
少年なのに、あまりにも与えられすぎている、小さな体。
特別だからと扱われる彼は、きっと普通の子供がすることをしていないに違いない。
自分も与えられるわけではないが、それでもできる限りのことはしたいと、デュークは立ち上がった。
未だ幼い体を持ち上げると、その体の軽さに眉根を寄せた。小さな勇者を寝室まで運んで寝かせると、すぐに丸くなる。
その行動に頬を緩め、デュークは窓を開けてバルコニーへとでた。
「・・・行ってきます」
そうして眠る小さな主を置いて、デュークは体を鳥に変えると、空へと飛び立った。



五日間は長いなと思いながら、デュークは二日ほどかけて、とある町にやってきた。
もちろん移動に便利な鳥の姿のまま、休憩しては空を飛んでの繰り返しである。
途中、きらっと光るものを見つけては拾いながら飛んでいたので、だいぶかかってしまった。
それらは不思議な色をした石や、よくわからない硬貨などがほとんどなので、お土産というと微妙だと苦笑しながらも、デュークは外を知らない主人のお土産にすることにした。
そうしてついた町には、新しい家が立ち並んでいた。
人の姿になることはできないので、近くの木に止まり、町の様子を眺める。
新しい家が立ち並ぶ一方で、見慣れない役人らしき人間も垣間見えた。そして瓦礫もちらちらと残っていた。
ここは、かつて魔族に襲われた町だった。
破壊の爪痕は今でも残っていたが、それでも人々はきちんと生活していた。
「ねーまってよー」
「はやくいくぞー」
止まった木の下を、ぬいぐるみを抱えた子どもたちが走っていった。
幼いが、その年ごろになってしまえばこの町では子供のほとんどが学校へと通っているはずである。
そうでないならよいと、彼は翼を広げてその木を離れた。
上空を見回ると、かつてあった学校の跡地には、新しいものが立っていた。
あたりに人がいなかったので、学校の入り口あたりでヒト型になって、看板の文字を眺めた。
「・・・魔術学校・・・だめだったか・・・」
自分は目的を果たせなかったのかと、デュークはしばらくそこに立ち尽くした。
ヒト型になって、はやく姿をくらませねばならないと思うのに、激痛も苦痛も乗り越えた先には、己の無力さしかなかった。
自分はこの学校を、変えたかったかはずなのに、それはできなかった。
(・・・あれだけ、犠牲を払って、あれだけ巻き込んだのに)
何も変わらなかった、と思うと足が動かない。
「あら、卒業生の方?」
そうしてしばらく立ち尽くしていると、声をかけられ、デュークは、はい、と返事をした。
振り向いた先には、中年の女性と若い女が立っていた。
若い女性のほうはなぜだが見覚えがあるような気がした。
「・・・ここね、変わるのよ。これまではここの卒業生は、その、買われて、いたのだけど」
中年の女性は新しい校舎を眺めて、顔を伏せた。
「ビブリオテカという国はご存知?ここから、三日ほど離れたところにあるの」
そこの魔法学校の傘下となったから、という言葉に、デュークは目を見張った。
「その、あなたたちにはつらい話かもしれないけれど、就職先はビブリオテカ国が保証してくださることになったの・・・」
まだ、始まってもいないのだけど、という中年の女性は、デュークを見て笑った。
(なんて・・・)
なんてことだ、とデュークは言葉を忘れた。
目頭が熱くなって、ぽた、と涙がこぼれる。
悪魔になったほうが良く泣いていると、緑のフードの下でうつむいた。
「・・・ひどい話でしたか」
若い女性だろう、気遣うような声に、いいえ、とデュークは返した。
「良い話です」
震える声で否定すると、よかったわ、と中年の女性の声がした。
「私、息子が通っていて・・・幽霊が見えると言ったことを信じてあげなかったの」
顔を上げると、女性はこちらを向いていなかった。校舎を眺めるその横顔に、もう少し若い映像が重なる。
「あの子の、傷ついた顔が今でも忘れられないわ。そうこうしている間に奥様に息子を取り上げられてしまって・・・息子は売られてしまったようなの」
その瞬間、デュークは怒鳴りつけたいような気分を抱えて持て余した。
目の前の女は、自分の男に必死にこびへつらっていた。だからその息子は顧みることのない母にも救われなかったのだ。
(おまえが、見なかったくせに!)
怒鳴りつけてしまいたいような、殺してしまいたいような、凶暴な気持ちを抱え、彼はうつむいた。
「大丈夫です。母さま。兄さんは私が見つけます」
そうして若い女は隣の女性を慰めるように肩に手を置いた。
見覚えがあるのも当然だった。
(・・・いもうと、そうだ。妹がいた)
自分には兄弟がいたのだと思い出せば、目の前の二人を殺したいような気さえした。
妹は女だからと、正妻から暴力を振るわれることはなかったのだ。
跡を継ぐこともないから、嫁に出せばよいと考えられていたのだろう。
今はどうなったのかわからない。
けれどひどい仕打ちは受けていないのだろう。
目の前の女性二人は、きれいに年を取っている。
そう思うと、やるせなく、たまらなく寂しかった。
自分の子供時代は戻ってこない。あの時ほしかった救いは、別の形でしか得られなかった。
(・・・それでも)
救いがあるだけましだろうか、と妙に冷静に思える自分がいた。
つらかった。
くるしかった。
それでも、デュークは救われた。
すべてが無駄ではなかった。傷つけて、死ぬことすら必要だったのだろうと、今では思う。
「・・・その兄は、死んだと思いますよ」
だからデュークは、殺す代わりにそう告げた。
「兄を、ご存じなのですか」
若い女の声に、ええ、知っていますとつぶやいた。
「・・・死ぬまでこの地で受けた苦しみを呪っていました。生きていたとしても、人ではありません。再びあったとき、きっと彼は家族を殺すでしょう」
それはデュークの、かけ値ない本心だった。
二人が目の前で息を飲むのを知ったが、どうとも思わなかった。
帰る場所はここではなかった。
お土産を持って行かねばならないのは、自分を壊した人のもとだと強く思う。
「・・・それでも、私は兄さんに会いたいのです」
若い女の言葉に、デュークは笑った。
「お好きになさったらいい。俺は、もう二度とここには来ない」
デュークはそう告げると、二人に背を向けた。
(帰らねば)
戻るのに二日。途中で寄り道をしてもちょうどよいだろうと、足を踏み出す。
「お待ちください!息子はどこにいるのですか!」
女の声に、デュークは顔だけを向けた。
涙を浮かべて懇願する女の顔に、反吐が出ると顔をゆがめる。
「知るか。次は殺す」
それだけを呟くと、鳥の姿に転じて、空へと飛び立った。
空中からこちらを見上げる二人が見えたが、振り返ることなく、図書館の国へと向かった。



三日ほどかけて図書館の国へと戻ると、五日間と言われた最終日の夕方についてしまった。
アクセサリーをつけるような人とは思えないので、珍しい茶葉をお土産に買って戻った。
鳥の姿のまま、勇者がいるであろう窓にこんこん、とくちばしの先でつつくと、自然に窓が開く。
どういうわけか、窓は魔法であけながら窓辺にやってきた小さな主人は、外に一瞬、目を向ける。しかしすぐに宙に浮いて、二対のソファのうちに腰掛けてしまった。
ばたばたと羽ばたいて彼のそばにゆくと、ヒト型になって跪いた。
「おかえり。デューク。こういうときは、こう言うんだろう?」
相変わらず青白い顔は無表情だが、それでもデュークはじわじわと浮いてくる喜びに、素直に笑った。
「はい。ただいま帰りました」
「いろいろと話を聞きたいところではあるんだが、ひとまずこれを渡しておくよ」
手の見えない長い袖から渡されたのは、シルバーのプレートに赤いヒモのついたものだった。首から下げるようだが、なんなのだろう、と受け取って少年を見つめる。
「入館証。五日間の休息から、きちんと帰ってきたから」
「えっと・・・」
どういうことですか、と尋ねると、彼はあっさりと種明かしをしてくれた。
「五日間の休息はね、帰ってこない者もいるんだ。そういう責任感のない者は困るし、逃げていい期間なんだよ。お金はあっても、つらいらしいからね、仕事ってのは」
だから、新人も五日間の休息を与えて、戻ってきたものだけが採用になるのだと明かした彼に、デュークは手の中の入館証を眺めた。
「それが与えられてはじめて、図書館の一員なんだ」
そうだ、と彼はデュークの手から入館証をとると、そっとデュークの首にかけた。
「なくさないでね。あ、まだ五日目は終わってないから、はやく鳥の姿になって」
これから客人だ、という彼に、はい、とデュークは頭を下げた。
これからこの図書館で、そして小さな勇者のそばで、きっと生きていくのだろうと思うと、デュークは顔の緩みを止められなかった。
ぎい、とドアが開く。
五日目は時間がまだある、という主人の言葉の真意を知るのは、もう少し後のこと。


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