@mugenwars
「うーん」
沢山の用紙が貼り付けられた板を前に、金髪の少年が唸っていた。
それはこの町の人々が冒険者や旅人、傭兵などに依頼をするために内容を簡潔にまとめたものを張り付けているボードだ。
この中から自分の力量にあったものを選択し、こなすことであまり多額ではないが報酬が貰える。
こうして町の人の悩みは解消され、冒険者の懐は満たされるという、実に画期的なシステム、なんだろう、たぶん。
と、ボードを見上げる金髪の少年は思う。
だがこのシステムの欠点は、難易度設定が依頼者の希望とこのボードを置いている酒場の主人の主観により決められていることである。
実際に行ってみたら到底敵う相手ではない魔物と戦うことになった、などよくある話である。
慎重に選ばなくては、と金髪の少年、エーは思う。
なぜなら、彼は例に漏れず失敗した者の一人だからである。
「下水道に繁殖した大鼠討伐」
「洞窟の巨大魔獣退治」
「稀少な書物の入手」
様々な内容が所狭しと並んでいる。
ボードに手を伸ばし、ふと「"今回は"適当でも問題ないのではないか」という考えがよぎる。
その甘えた考えが、どれ程甘えているかをすぐに理解して、手を引っ込めた。
「うーん」
そうして少年は再び悩む。
今回は甘えられないからこそ、正しい選択が必要なのである。
そんな少年は酒場の中ではやはり異質で、ついに独りの男が声をかけた。
「まだ悩んどるん?」
声をかけられたことに驚いてエーが振り向くと、
そこには柔らかい色の長い髪を一本で結った、室内だというのにサングラスをかけている。
「あ、すいません。退きますね」
随分と長い間ボードの前で悩んでいたことを思いだし、きっと他に見る人の迷惑になっていたことだろう。
そう思って、エーはそっと脇に避ける。
だがサングラスの人物は手を横に振って、ちゃうねんちゃうねん、と否定の意を示して笑った。
「随分悩んでるようやったから。なんか力になれることがあれば聞くで」
なんとこのサングラスの人物は、親切で話しかけてくれたことを知り、エーがはなんとなく恥ずかしくなって頬をかいた。
「えーと…どう話したもんかな…俺の、連れ。連れがな?こういう依頼の貰いかた初めてで、やってみたいって言うから。でもそいつそこそこできるやつっていうかかなり強いから、盗賊退治とかじゃあ簡単すぎるなってのもあって…」
難しい顔をして説明するエー。それをサングラスの男はうんうん、と頷きながら聞いている。
「なるほど、始めて向けの依頼をえらびたいけど、腕に覚えがありすぎてものたりないっちゅーことやな?」
簡潔にまとめた言葉に、エーは頷く。
するとサングラスの男は、うーんと悩んだあとに、にっと笑って見せた。
「ほんなら、おれの依頼手伝ってくれへんか」
続いた言葉にエーは青い目を丸くする。
「町でこれぐらいの嬢ちゃんに猫探してくれって頼まれてな、せやけどこの町広いし、一人じゃ埒が開かんなーって思ってたん」
身振り手振りで説明する男に、エーは渋い顔をする。
もちろん、「ただの猫探しか」という感想によるものである。
「猫探し舐めたらあかんで。猫はどこいくかわからんし、腕っぷじゃあどうにもならん。でも、その子の家族を探す大事な仕事や」
「腕っぷしじゃどうにもならない…」
エーはううん、と唸る。
もしかしたら、腕だけではどうにもならないことなら、"勝てるかもしれない"という下心も抱いて、
受けるべきかを天秤にかける。
そうしていると、エーたちの方へと呑気そうな声がかけられた。
「おーい、まだかー、待ちくたびれるぞー」
だらだらとやって来たのは金の装飾が施された真っ白なローブを着て、白いフードを被った姿。
男、だと思われるが、女だと言われれば納得するような声と体型で、
フードの下からは赤い髪と赤い瞳が覗き見える。
「待ちくたびれてから来いよ、こっちはお前のせいでなやんでんだぞ」
エーが眉間にシワを寄せて白い姿を睨み付けた。
そうして遅れてから、サングラスの男の方をむく。
「ええと、あいつが…さっきいってた、あれ」
歯切れ悪く紹介するエーの横に白いローブ姿が立ち、
サングラスの男にたいして盛大に胸を張って見せた。
「私は獄炎の魔導士。この勇者のお供をしているものである。名前は秘密だ、なにせ私は魔導士だからな!」
どや顔を惜しげなく見せつける姿に、
エーは頭を抱え、サングラスの男はからからと笑った。
「そりゃあ凄そうや!おれはカイ。獄炎さん、突然やけど一緒に猫探し手伝ってくれへんか」
「うむ、構わんぞ!」
悩むそぶりすらなく即座に首を縦に振った獄炎に、エーは思わず「はぁ?!」と声をあげる。
驚くエーに、獄炎はにやりと悪そうな笑みを見せつける。
「よいではないか、猫探し。最初のクエストとしては100点だ!」
そういってから、獄炎は満足そうに高笑いを上げる。
こうなってはエーの話など聞きもしない。
エーはため息をひとつ吐いてから、サングラスの男、カイに向き直る。
「俺はエー。よろしく、カイ」
「うん、よろしゅう」
色は茶。髭のような模様があるのが特徴で、
目の色は緑の三歳、遊び盛り。
よく外に出掛けるが、いつも必ず朝には帰ってくる。
だが今回は帰ってこないのだ。
そう目の前の依頼人である少女は泣きながら話した。
10歳ほどの少女にここまで泣かれ、赤く腫れた潤んだ瞳で見上げられ懇願されて、
動かない人間がいるだろうか、いいや、いない。
いるとすればそれはよほど冷血か悪魔かなにかだ。
そうエーは自身に言い訳する。
ロリコンだのなんだの言われても毅然とした態度で言い返せるようにである。
ともあれ、エーとカイ、そして獄炎の三人は猫探しを開始した。
猫のいそうな場所を、猫の目撃情報を、
様々な場所をめぐって探し歩いたが、
日が暮れ始めるまで、目的の猫は見つからなかった。
「うーん、この猫も違ったなあ」
カイが茶色の猫を抱えてため息をつく。
それにあわせて、抱えられた猫がにゃあと鳴いた。
「今日のところは一端終わっとくかあ…明日の朝になったら帰ってくるかも知れねーし」
エーが沈んでいく夕日を眺めながら同じようにため息をつく。
そうやね、といいながらカイは猫をそっと地面に置き、
猫違いで捕まっていた猫はまたひとつにゃあと鳴いて路地の方へと消えていった。
「この町にはいないんじゃないか」
くあ、とあくびをしながら獄炎が言う。
「おまえ、またそんな無責任な…つーか!お前がクエストとかやってみたあいとか駄々こねるからつれてきたのになんにもしてねーじゃねーか!なんかこう、ぱっと猫が見つかる魔法とかつかえよ!」
「そんな汎用性のない魔法は知らん」
つん、と顔を背ける獄炎に、いまにも剣を向けそうな勢いのエー。
その様子を見てカイは苦笑いをする。
始めて見たときこそ、エーが本当に剣を抜きそうで焦ったが、
ここまでの時間で何度もあった光景なので、もう慣れ始めてしまったのだ。
そうして言い合っている獄炎とエーを眺めながら、
カイは背後の方で交わされる会話が耳に入ってきた。
「いや、よかったな、無事に出られて」
「あんなのいるなんて聞いてねえよ」
「験担ぎに猫をつれてって正解だった」
しばらくはただ耳に入っていた雑音のひとつだったが、その単語がでたとたんにハッとなって振り替える。
歩いていたのは二人組の戦士と思わしき風貌のおとこたちだった。
レザーの鎧は土まみれになっており、"なにか"に追われて逃げ出してきたことが先の会話と合わせることで想像できた。
「ちょ、ま、待ってんかそこの二人!」
カイが声をあげると、歩いていた二人と、
エーと口喧嘩中だった獄炎が気づいた。
洞窟の奥に巣食うという魔獣を倒しにいくことなやなった二人は、
髭のような模様がある変わった猫をみつけたため、
なにか幸福の予兆だろうという直感を信じて猫をつれていった。
幸いその猫はすぐになついたため、連れていくのは簡単だった。
しかし、洞窟で魔獣にであうと、二人では歯が立たず、猫はパニックになって洞窟の奥へと逃げ出した。
魔獣は猫をおっていったため、二人は辛くも脱出できたのであった。
と、いうのが二人の言い分である。
全てが真実では無いだろうと思いつつも、その猫の特徴を聞いてカイと後から加わってきたエーは難しい顔をする。
そうして一瞬の静寂のあと、カイが口をひらく。
「行くしかないやろ。まだ死んだとも限らんし」
端からみれば呑気な様子でそう言った。
その様子を見てエーも、ひとつうなずく。
「いくなら早く行ったほうがいいよな」
魔獣に追われた猫が生きている可能性を考えるのなら、早急に救出すべきである。
カイがうなずき返して、二人は町の出口の方へと走り出した。
獄炎はそれに続かない。ふう、と息を吐いてから首を横に降った。
「やれ、気の早い。勇者はみんなそうだ。冒険に出る前は準備が大事、装備品は装備しなければ意味がないぞ。なあ?」
獄炎は猫を置いていったことを咎められず、ひと安心していた二人組の戦士に首をかしげて見せる。
きょとんと見上げる二人の戦士に、獄炎はにやりと牙を見せて笑った。
洞窟の前で、松明をつける。
洞窟内も暗いのだが、外ももう日が落ちて月明かりが照らしていた。
「そういえば、獄炎さんついてきてへんけど、大丈夫なん」
松明をもったカイがエーを見る。
「そのうちひょっこりでてくるよ」
エーがそっけなく言うと、カイは笑った。
「仲ええんやね」
「よくねえ!」
むきになって吠えるエーも、今日の中で何度か見たので、カイは相変わらず笑う。
そんなカイの様子に、信頼されていない、いや、妙な信頼のされ方をしていることを察したエーが不満そうにそっぽを向いた。
「あいつとは一緒にいるけど、それはあいつの高い鼻っ柱叩きおってやるためだ。こっちじゃ俺の方が先輩なんだってわからせてやるんだ」
口を尖らせ、まるで言い訳のようにいうエーは、背丈通りのまだまだ青い少年であるようで、
きっと獄炎がいたらまたからかって、口論になるのだろう。
「ええやん、友達は大事にしい」
からりとカイが笑って、また
「だ、から!友達じゃねえって!」
そうエーはむきになっていう。
「そうだそうだ」
と、二人の背後で賛同するのは、白いローブ姿の獄炎だった。
うわあ、と二人が驚いた声を上げ、それに満足そうに獄炎はにやりと笑った。
「ほら、行くのだろう。さっさと進め」
背を押され、エーの怒りの声と、カイの笑い声を載せて、
三人は魔物の住処へと入っていった。
のも、つかの間。
「飽きた」
突然何の脈絡もなく、獄炎がそういった。
「早?!まだ全然進んでへんで?!」
驚くカイの横で、エーが「またかよ」という顔をする。
獄炎は近場の岩にだるそうに腰かける。
「お前たちが気付かんようだから教えてやる。この先のやつはお前たちでは刃が立たん。諦めろ」
ひらひらと手を振る獄炎の様子に、ただただ目を丸くするカイ。
「諦めろって言われて諦めるか!やっぱりこうなると思ってたんだお前は!」
そしてまた始まる、エーと獄炎の言い合い。
しかし今度は、エーのほうがその流れを断ち切って奥へと歩き出した。
「みてろよ!絶対お前のその鼻叩き折ってやるからな!俺だっていつまでも弱くねーんだ!」
「ちょ、お、エー!一人で行ったらあかんって!」
ずんずんと進みだすエーの背に手を伸ばすが、エーの持つ松明のあかりは洞窟の奥へと消えていく。
追おうとしたカイの背に、獄炎が声を投げる。
「ああでも言わなければお前に問う機会を失う」
先ほどと変わって真面目な様子のその声に、カイは振り向いた。
まっすぐに、赤い目がカイのサングラスの向こうの瞳を見つめている。
「何の話…」
見つめる赤い目に何かを感じて、無意識に眉を顰める。
「"勇者"、お前は何故こんなことを続ける。お前の得になることなど何もない、お前が救うべきは、もっと別にあるんじゃないのか」
「……」
しばらく、その赤を見つめて、
カイは困ったように頬を掻いた。
「おれは、みんながしんどいこともなくて、笑って過ごせるなら、それがおれにとって一番の得やと思う」
そういってから、カイは優しく笑って見せた。
「なんか変やなーって思ったんやけど、分かったわ。獄炎さんは、おれの友達に似とる。全部知ってて、知らないふりして、しんどいの隠してる顔しとる」
見つめていた赤い目が、わずかに揺らいだ。
「大丈夫、もっと頼ってええんやで。おれも、エーのことも」
に、と笑って、カイは洞窟の奥へと歩き出す。
「気が向いたら助けにきてやー!」
そういって獄炎に手を振り、エーの後を追った。
「………」
一人の勇者の背を見つめながら、獄炎はフードの下で唇を噛みしめた。
「エー!ま、まてって!一人で行ったらあかんって」
走ってやっと追いついたカイが肩で息をしながら言う。
いかにも不機嫌を顔で表現しているエーは口をとがらせる。
「…エーももっと人に頼った方がええなあ。ほんまに似たもの同士…」
そう言いかけるところで、エーに睨みつけられ、カイは苦笑いをする。
「にゃあ」
そんな二人の耳に音が届く。
二人は顔を見合わせて、洞窟の奥を見遣った。
「にゃあー」
また音が響く。
これは確かに、猫の声だった。
再び顔を見合わせて、二人はうなずく。
カイは剣に手をかけつつ、エーは大きな剣を構えつつ奥へと進んでいく。
ゴゴゴゴ、と洞窟が揺れた。
ぼんやりと洞窟の天井を見上げていた獄炎が洞窟の奥を見遣る。
「…はあ、やれやれ」
重い腰を上げ、立ち上がった。
「無理!無理無理無理無理!!!」
洞窟を走るのは二人の人影。
「にゃあ」
それを追うは、人など丸のみにできるほどの大きなミミズのような魔物。
「やっぱり!いま!にゃあ!!って!!」
「やっぱ言うてるよな!!あれの鳴き声なん?!」
「ギシャアアアア」
「「鳴き声じゃない!!」」
来た道を戻るように全速力で走る二人。
二人は戦おうとしたのだ。
しかし、
刃が立たなかったのだ。文字通りに。
斬り無効属性ともいうべきか、ともかくあのミミズのような魔物に刃が立たなかった。
つまりは、逃げるしかなかったのだった。
「でも、あいつから猫の声がするってことは、あいつの腹の中にいて、実は生きててってワンチャンある?!」
「かも、しれへんけど!」
走りながら後ろを振り返る。
相変わらず大口を開けて迫ってくるミミズの化け物。
エーもカイも、追われる感覚に背筋に冷や汗をかく。
と、ずいぶん戻ってきてしまったのだろう。
奥に、いや正確には入口の方に、
白いローブの影が見えた。
「あ、あかん!獄炎さん!逃げた方がええで!一旦立て直しや!」
迫る二人とミミズの怪物が見えていないはずがない。
それでも、獄炎はけだるそうにポケットに突っ込んだ手をゆっくりと引き抜いて、
走って逃げてきた二人を掴んだ。
「ちょ…?!」
「お、おま、なにし…!」
突然止められたこと、そして迫るミミズの大口。
「シャアアアアアアアア!!!」
「「わ、ああああああああああ?!」」
そうして、3人を上から地面ごと喰らうように、ミミズの大口が飲み込んだ。
「ああ、そう、それだ。ちゃんとつかんでろ」
ボッと小さな音に始まり、
目の前が真っ赤に染まった。
その直後、洞窟の奥から炎が吹き上がった。
ミミズの化け物がいた場所に、
正確には炭化したミミズの化け物の口があった場所に、
ふん、と鼻をならす、手に炎の名残を残す獄炎と、
ミミズの粘液にまみれてぽかんとした表情のカイ、そしていつの間にか猫を抱かされているエーがいた。
「にゃあ」
卑下のような模様のある猫が一つ鳴いた。
「言っただろう、刃が立たないと」
なあ?と獄炎が猫に同意を求めると、猫はまたにゃあと鳴いた。
「えーっと、つまり、あのミミズがいることお前は知ってたわけか」
エーが獄炎にじと目を向ける。
「街であった逃げ帰ってきた二人組に聞いた」
素知らぬ顔で獄炎はいう。
二人の先では、カイが猫を少女に届けていた。
少女が泣いて喜んでいるのを、二人は遠目に見ている。
「だからお前は甘いのだ」
いつもの調子の獄炎に、エーはぎりりと歯を噛みしめた。
「やあ!おおきに、たすかったで」
カイが帰ってきて、二人に満面の笑みを見せる。
「お前たちが粘液くさいことを除けば万事解決だ」
わざとらしく獄炎が鼻をつまんで見せた。
カイが苦笑いして、エーが顔を少し赤くする。
「ほんまおおきに、エーも、獄炎さんも」
改めていうカイに、エーはに、と笑って見せた。
獄炎は眉を顰めて、口をとがらせ、つんと顔をそむけ、
そうしてぶっきらぼうに皮の袋をカイに押し付けた。
ずしりと重みのあるそれに、カイは目を丸くした。
「勘違いをするなよ!それは自腹ではない、あの魔物の討伐報酬だ。私は金が欲しいわけじゃないからやる。それで2人とも風呂にでも入ってこい」
ぱちくり、と目を丸くしたのはエーも同じだった。
「おまえ、いつの間にそんな依頼…」
エーの言葉に獄炎は眉を顰める。
「それも逃げ帰ってきた二人組からもらった」
そうして、盛大に飽きれた顔をして、二人を赤い目に捉える。
「だからお前は、お前たちは甘いのだ!甘々だ!マカロンの10倍甘いのだ!」
ふん、と顔をそらし、背を向けてずかずかと歩き出す獄炎を、ぽかんと2人は見送る。
二人は顔を見合わせて、同じように苦笑いした。
「ほんなら、お言葉に甘えようか」
「使わないともったいないもんな…確か風呂屋をさっき猫探してる最中に見たような…」
これはとある勇者たちと、
お忍びの魔王のドタバタした1日のお話。