ニュー・デイズ・ムーブ( http://togetter.com/li/627102 )
推敲前の状態です。
/*********************************************************
コヨーテは二度は振り返らなかった。追ってくる気配。それを感じると口の端を僅かに上げ、手近なビルの壁を蹴って屋上へと登った。そしてアフロヘアーの男を見下ろす。「どうした?これくらいできるだろ、ニンジャなんだからさ」
呼びかけられたアフロヘアーの男……スーサイドは一瞬何かを言いかけたが、返事の変わりに壁を蹴って屋上へと跳んだ。「そうそう、いい感じだぜ……。このまま西に行く」コヨーテはスーサイドを見上げて言った。
【ニュー・デイズ・ムーブ】
移動すること数十分。ある建物の屋上へと着地したと同時、コヨーテ……否、ニンジャのフィルギアは人間体に戻った。そして非常階段へとスーサイドを促す。「俺はさ……お前みたいなはぐれ者を拾ってンの」「何のために」「さあ……それはこれから考える」「オイ」
「ついたぜ」極太オスモウミンチョ体で「七」と書かれた扉を開き、建物内へと入る。ここでようやくスーサイドはこれが廃アパートであることに気がついた。「バカ」「ブッダ」「キケン」などのスプレーショドーが壁を汚し、建物内部の階段はゴミや廃材で埋まっていて使えそうにない。
スーサイドの半歩前を歩いていたフィルギアは、廊下突き当たり右手の部屋の扉を開けた。「戻ったぜ」部屋の隅でパイプ椅子に腰掛けていた若い男が顔を上げ、無言で二人を見る。スーサイドは彼の口元を覆うメンポに気がついた。そう、この男もニンジャだ!
「アー……、ルイナー=サンだ。もう一人いるんだが……どっか行ったか?」「することないからファックしてくるって少し前に出て行った」「困ったモンだな。うっかり殺してなきゃいいけど」フィルギアが苦笑いを浮かべた。ルイナーと呼ばれた男が、スーサイドを見る。
「それで、そっちは」「……ドーモ、初めまして。スーサイドです」スーサイドはアイサツした。ルイナーが如何なニンジャであるのか見た目からは判別できなかったが、少なくとも敵ではないということは認識できた。「ヒヒヒ、さあさあ入り口で突っ立っててもしょうがない。入った入った」
フィルギアに促され、スーサイドは床に腰を降ろした。扉を閉めながら入ってきたフィルギアがその隣に座ると、タタミ四枚半ほどしかない部屋は実際狭い。「参ったな。肝心なヤツがいないと話が進まない。ひとまず飲むか」「……いや、俺は」「未成年とかカタいこと言うなよ?」
フィルギアは部屋の隅に置かれたボックスから瓶を取り出し、二人に投げる。コロナだ。「冷えてない」「しょうがねェな」文句を言いつつもルイナーはコロナを呷った。スーサイドも瓶のラベルをまじまじと見てから彼らに倣い、それを飲んだ。噎せた。ルイナーが驚き、フィルギアが腹を抱えて笑った。
その時だ!「ザッケンナコラー!」建物の外からヤクザの怒号!スーサイドは咄嗟に身構えた。まさか自分を追ってきたソウカイヤの者か?ルイナーが窓を開けて下を見る。「……あのバカ」スーサイドとフィルギアも外を見た。フードを被った男がヤクザに追いかけられている。……いや、違う。裏路地から広い場所へと誘い出したのだ!
「やーっと暴れられるぜ!」フードの男は威勢よくそう口にすると、周囲のヤクザ包囲網を見渡した。「ドーモ!アナイアレイターです」「まずい!」叫んだのはフィルギアだ。「止めてくれスーサイド=サン!」「は!?どうやって!」「お前ならできるんだよ!」「死ぬぞ」ルイナーが淡々と二人に言った。
「いいから!」フィルギアがスーサイドの頭を掴み、強引に窓から落とした。ここは7階だ!アブナイ!「死ぬぞ」ルイナーが繰り返したがフィルギアは無視した。「何しやがるクソ野郎!!」「いいか!アナイアレイター=サンは仲間だ!殺すなよ……!」そんなやりとりをしながらもスーサイドは難なく着地した。ニンジャにとってこの程度の高さは問題にならないのだ!
「ア?」突然のインタラプトに不愉快そうに眉を顰めたのはアナイアレイターである。「なんだ、テメェは。ニンジャか?」「……ドーモ、スーサイドです」「ドーモ、アナイアレイターだ。……スーサイドォ?自殺野郎ってか?ハッ!そんじゃお望み通り、まとめて殺してやるぜェ!!」フードの奥の金の瞳が残忍に輝く!
「ス、スッゾオラー!!」危険を感じた包囲ヤクザ達は闇雲に発砲!フレンドリーファイアで早速2人死んだ!アナイアレイターも銃弾を受けるが、平然としている!なんらかのジツの発動準備か、その瞳の輝きは増すばかりだ!((何が何だかさっぱりだが))スーサイドは舌打ちしながら銃弾を避け、走り出す!((要はあいつを止めればいいってことだろ!?))
「フォハハハハ!!」アナイアレイターが仰け反り、哄笑!しかしその一瞬前にスーサイドの腕が、アナイアレイターの肩を掴んでいた!「フォハハハ……フォ……アン?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」そのまま投げ飛ばす!イポン!「チッ」スーサイドは舌打ちした。ソウカイヤで学んだジュー・ジツが皮肉にも役に立ったのだ。
「て、てめぇ……今、何しやがっ」「はーい、そこまで、そこまでだ!」アナイアレイターの言葉を遮るようにパンパンと手を叩いて現れたのはフィルギアである。その後ろにはルイナー。「イッヒヒヒ、よくやったぜ、スーサイド=サン」「ア?」スーサイドは改めて周囲を見回した。
フレンドリーファイアで死んだヤクザが数人。逃走したヤクザが数人。残りのヤクザは相変わらずこちらに銃口を向けているが撃ってくる気配がない。……弾切れなのだ。「ドーモ、哀れなモータル。俺達はニンジャだ。今すぐここを立ち去らないと惨たらしく殺すぜ……?ヒヒヒ」
フィルギアが笑いながら脅しをかければ、残っていたヤクザも蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていった。「ソウカイヤの手の者じゃなさそうだったな」ルイナーが言った。「あのヤクザ何処で拾ってきた?アナイアレイター=サン」「イイ女がいたから誘ったらバックにいやがったンだよ。ツツモタセだ」「ハッ!自業自得だな!」
ゲラゲラ笑うフィルギアの肩をスーサイドが掴んだ。「オイ」「アン?」「そろそろ説明しろ。こいつは誰だ」「それは俺の台詞だ!いきなり投げ飛ばしやがッて!」「俺もまだこいつの名前しか聞いていない」「アー……」三人から一斉に質問を受けフィルギアは肩を竦めた。「……ひとまず、中で話すか」
--------
……。「要するにだ」ルイナーが言った。「こいつもソウカイヤから追われる身で」「つまり、敵じゃねェんだな?」「そうそう、そういうことだ……」「さっき投げ飛ばされた分が気に食わねェが」「あれは事故だろ!だいたい元はと言えばここまでヤクザを持ち帰ってくるアナイアレイター=サンのせいで……」
フィルギアのやや寄り道が多くて回りくどい説明を要約するとこうだ。ルイナー、アナイアレイター、そしてスーサイドはそれぞれ何らかの事情でソウカイヤから追われるはぐれニンジャだった。それをフィルギアが集めた。そして。「……で、集めておいて何するンだ」「それはこれから考える」「オイ」「意見を聞きたい」
「意見も何も」アナイアレイターが頬杖をつきながら答えた。「俺達のやることは決まってる。あのソウカイヤのクソ野郎をぶっ殺さねェと気が済まねェ」「同感だ」スーサイドが答え、ルイナーも無言で首肯した。「ヒヒヒ、そりゃあいい。じゃあ反ソウカイヤ集団ってことで。決定な」
「お前がソウカイヤと戦う理由は何なんだよ」スーサイドはフィルギアに尋ねた。「俺か?直接狙われたわけじゃあないけど……あいつら、厄介な奴の目を覚ましちまった。この街を滅ぼしかねない、ヤバイ奴のソウルをさ……」「ア?」「ま、色々あるのさ……色々とな」
「そんなことより……話を進めようぜ。何するかは決まった。じゃ、次はリーダーと名前を決めよう」「要るのかそんなの」「何事も形ってのは大事だし……名乗る名が無いんじゃあしまらねェ。あ、俺はリーダーって柄じゃねェからパスだ」フィルギアが真っ先にパスし、スーサイドを見た。「俺もパスだ」ルイナーを見た。
「俺も断る」アナイアレイターを見た。「ア?」アナイアレイターが瞬いた。「決定だな」「……ッたく、カシラ張るのは慣れてッからいいけどよ」「実際アナイアレイター=サンがソウルの格も一番高いし、破壊力もバツグンだから……適任だと思うぜ、ヒヒヒ」フィルギアが笑う。「ここからの進行はお前に任せる」
進行を振られたアナイアレイターは咳払いをし……「じゃあ、名前か」金色の目で他三人を見渡した。なんだかんだでリーダーというポジションが気に入ったようだ。「折角だ、格好いい名前にしてぇよな!威圧感があって……それでいてダサくねぇヤツだ!」「具体的には」ルイナーの問いかけに全員が黙った。
「……反ソウカイヤ組織なんだから……アンタイ・ソウカイヤとかか?」「安直すぎるだろう」「格好よくはないな」「わかってンだよ!そんなことは!おいフィルギア=サン!俺に進行投げてから一度も喋ってねェだろ!何かないのか」「ホー」「……ア?」
フィルギアはいつの間にかフクロウの姿をとっている。「ホー」「オイ、誰かそのフクロウシメろ」「アーッ!冗談!冗談だ!格好いい名前だったな!いいか……それは……思いついたら言う」「つまり案はねぇんだな」「シメるか」「コイツ食えるンかな?」「アーッ!」フィルギアは叫び、人型に戻った。「暴力反対!」
……結局議題は誰かの「腹減った」という言葉で一旦お流れになった。彼らはソバ屋台で夕食を済ませ、再び廃アパートへと戻る。「ところで寝床はどうしてんだ。この部屋で雑魚寝はキツいだろ」「適当にやってる」「部屋はいっぱいあるからな。好きに使えばいい。もちろん家に帰ってもいいんだぜ。帰る家があるならだが」「……」
スーサイドは沈黙した。帰る家?あるわけがない。そんなものはソウカイヤに……否、屋上から飛び降りたあの日からずっと無い。彼らもそうなのだろう。「じゃ、俺はいつものように下にいるぜ」フクロウとなったフィルギアは窓から下の階の部屋へと消えていった。「あいつ器用だよな」アナイアレイターが言った。
「……寒いから窓閉めていいか」「イイぜ、閉められるモンならな」「?」アナイアレイターの言葉をスーサイドは訝しみながら窓に手を掛けた。昼間にルイナーが開けて以来、何故か誰も閉めようとしなかった窓だ。「……!?」スーサイドは目を見開いた。びくともしない。
「な、ッ」押しても引いてもびくともしない。「どうなってやがる」「……どいてろ」ルイナーが窓に手を掛け、横に引いた。窓が閉まる。「これでいいか」「あ、ああ」「俺とアナイアレイター=サンは上にいる。スーサイド=サンは好きにするといい」「……そうするぜ」二人が移動してからスーサイドは改めて窓に手を掛けた。しかし、窓を開けることはできなかった。
……読者諸君に先に種明かしをしておくと、これはルイナーの並外れたカラテによるものである。本来なら開閉不可能である壊れた窓を、彼はその腕力で強引に開閉していたのだ。そうとは知らぬスーサイドは何度かその窓と格闘し、やがて諦めて座り込んだ。
実際狭いタタミ四枚半の部屋も、一人でいるにはそれほど不都合はない。コロナが入っていたボックス、申し訳程度の折り畳み式チャブ、汚れたパイプ椅子、それ以外には電気すら無い部屋だ。ニンジャ視力が無ければ、それすらも見えないほどの暗闇に包まれている。
チャブを畳み、スーサイドは横になった。これからどうなるのか。彼らと行動して、その先に何があるのか。彼の存在も未来も、この小さな部屋のように真っ暗だ。「クソが」スーサイドは拳を見ながら吐き出した。真っ暗?だから何だ。二度も拾った命だ。利己的に使い潰してやる。このニンジャソウルと共に。
----------
事件が起きたのは、スーサイドが彼らと合流してから5日後のことだった。
反ソウカイヤを決意したものの特に何をするでもなくこの廃アパートの近辺でただ食事と睡眠を貪る日々。なんだかんだで緩衝材の役目を担っていたフィルギアは朝から不在。3日前から降り続ける重金属酸性雨。実際、彼らのフラストレーションは限界を迎えつつあった。
「ところでお前、なんでそんな縁起悪ィ名前なんだ」手持ち無沙汰なアナイアレイターがスーサイドに尋ねた。「……俺を拾ったヤツがつけた」ソウカイヤの、という部分を暈してスーサイドが答える。「ネーミングセンス最悪だな、変えねェのか」「今更だろ」スーサイドが短く返す。「それに、自殺しようとしたのは事実だ」
アナイアレイターが目を細める。「くだらねェな、つまり死に損ないかお前は」「おい」ルイナーが割って入ろうとする。だが少し遅かった。「ア?」「這い蹲って生きてナンボだろ人生ってのは。本当にくだらねェ」「黙れよ。生まれてこの方死ぬほどの絶望もしたことなさそうな能天気なツラしやがって」「お前らやめ」バンッ!
チャブが激しく音を立てて割れた。アナイアレイターが叩いたのだ。「……」金色の瞳が苛立ちに見開かれている。スーサイドは彼の手に巻きつく鉄条網を見てから、アナイアレイターの目を見返した。「壊すンじゃねぇよ、短気だなテメェは」「アァ!?テメェ殴るぞ!?」「殴ればいいだろ。やれよ」
アナイアレイターが拳を振り上げた。スーサイドはそれを避ける動きをせず、ルイナーはその拳の行く末をじっと見守った。ガンッ!……硬い音が響き、スーサイドのすぐ手前の床が窪んだ。「……クソ!」アナイアレイターは吐き捨て、そのまま部屋を出ていった。
張り詰めた空気の中、ルイナーが息を吐いた。「スーサイド=サン」窘めるような声にスーサイドは椅子の上の彼を見た。「悪かったよ」「俺に謝ってもしょうがないだろ」「…………」「……個人的には、お前らみたいな短気野郎がよく5日も持ったなとは思うが」ルイナーが椅子から降り、窪んだ床を撫でた。「壊れたモノを直せる奴はいないんだ、ここには」
スーサイドはルイナーの言葉の意味を理解しようとした。ルイナーは床から手を離す。「あいつの手を見たか」「?……ああ。何か鉄線が巻きついてたな」「あれがあいつのジツだ。一度発動したら、周囲にいるヤツは漏れなくクズ肉だ。誰も逃げられない」「ハッ?」「ここで発動してたら最悪だったな」「……」
ルイナーはスーサイドを見た。スーサイドは視線をそらす。無言で責められているようで、居心地が悪い。「……俺は、あいつのことはよく知っているが、お前のことは何も知らない。だから、どちらかに味方しろと言われたらアナイアレイター=サンのほうにつく」「……」「だが、そんなのはブルシットだ」ルイナーは言った。
「過ごした時間は短いが、俺もあいつも、……多分フィルギア=サンも、お前のことを仲間だと思ってる」「何で言い切れる」「じゃなかったらお前は今頃この床のシミだ」ルイナーが窪んだ床を指差した。「お前はどうだ」「……」「お前は、どうだ」ルイナーは繰り返した。スーサイドは舌打ちし、立ち上がった。
「クソッ……。……あいつが行きそうな場所、わかるか」「そんなに遠くには行ってないはずだ。ソウルの痕跡を追えばいい」「わかった」スーサイドはルイナーに短く礼を言い、部屋を出る。ルイナーは再びパイプ椅子の上で膝を抱えた。窓の外の雨は、止む気配がない。「……本当に手間の掛かる奴らだ」
-----------
鈍色の通りに、赤い傘が揺れる。降り続ける重金属酸性雨のせいで人通りはまばらだ。「ロック」「後悔は後からしても遅い」「スラムダンク」などのスプレーショドーが施されたシャッターの前で蹲る男。それに気づいて、赤い傘が止まった。
「どうした、こんなところで」「……フィルギア=サンか」蹲る男……アナイアレイターは顔を上げた。フィルギアはその正面に向かい合う形で座り込む。傘を傾けるが、一人用の傘は二人で使うには小さすぎたため、結局お互いに背中を雨に晒すことになった。
「……ちょっとな、あの野郎にムカついただけだ」「へえ。それでどうした?」「どうもしてねェよ」「そいつは何よりだ」フィルギアが目を閉じ、再び開く。「…………」「初めて会った時と比べりゃ、随分と我慢強くなったよな、お前」
……アナイアレイターのニューロンに過去の記憶が再生される。彼の両親は、彼が子供の頃に死んだ。借金を苦にしての自殺だった。独り残された彼は施設へと預けられたが、些細なことで他の子供たちの不興を買ってムラハチにされた。彼は追われるようにして施設から脱走した。
そして暴力の世界に己の居場所を見出した。彼はストリートギャングとなり、気づけばそのリーダーとなっていた。仲間と呼べる者も大勢いた。だが、あの重金属酸性雨の降る夜に全て殺してしまった。
マッポとの抗争。避けきれなかった銃弾。命を救ったニンジャソウル。ディセンション……。彼を止められる者などありはしなかった。冷たい雨の中で意識を取り戻した時には、原型を留めないほどに引き裂かれた死体、死体、死体の海に囲まれていた……。
……この大規模殺戮はすぐにソウカイ・シンジゲートの耳に入ることとなり、以後彼は追われる身となった。逃走の果て、追い詰められた彼を匿ったのはフィルギアだ。そのまま成り行きであの廃アパートに住み着き、残る二人が加わって今に至っている。
「…………」フィルギアは彼の手を苛む有刺鉄線を見やった。血が流れている。そして不意に顔を上げ、通りの先を見た。「……我慢できるようになったなら、もうひと頑張りだぜ」そう言って立ち上がり、こちらに向かって駆けてくる黒いジャケットのアフロ男へと合図めいて赤い傘を軽く揺らした。
「お前らもう子供じゃないんだ。仲直りくらい、自分たちでできるだろ……?」フィルギアが笑った。駆けてきた男はバツが悪そうに視線をそらした。アナイアレイターもフードに手を掛けた。「ほら」フィルギアが促し、アナイアレイターの前から退いた。「俺は先に帰ってるぜ。土産のスシがダメになっちまう」
……そしてスーサイドとアナイアレイターの二人が残された。「「アー……」」同時に口を開いて、閉じる。「……テメェから言えよ」「お前からだ」「アー……」フードの間から金の瞳を向け、アナイアレイターは言った。「……悪かった」「……」「俺はテメェの命を捨てるような行動が嫌いでな」
「でもそれはスーサイド=サンの人生を否定していい理由になんねぇ」「……俺も、能天気とか言って悪かった。お前のこと、まだ何も知らないのにな」「……」「……」短い沈黙の後、スーサイドはおもむろに拳を突き出した。アナイアレイターは意味を察し、応えようと拳を出そうとして……手に絡みつく鉄線に眉を寄せた。
「さっきよりひどくなってるな、それ」「ああ」拳から手首に達する程に絡みついた鉄線にスーサイドは目を細めた。「取れねぇのか?」「オイ、素手で触ンな。怪我す……」「……ア?」スーサイドが鉄線に触れた途端、それはまるで蹉跌のようにザラザラと崩れ落ちた。二人は顔を見合わせ、瞬いた。
……三十分後。廃アパートにて。
「……ソウル・アブソープション・ジツ」アナイアレイターは頷きながら繰り返した。「つまり、コイツの鉄条網はソウル由来のジツで編み上げたものだから、俺のジツで分解できるってことか」「そういうことになるなァ」フィルギアがスシを咀嚼しながら言った。
「じゃ、あん時俺がジツを発動できなかったのはスーサイド=サンに投げ飛ばされたからじゃなくて……」「触れた時点で吸われたんだろうな。暴走寸前のソウルをさ」「よかったな。ストッパーができて」タマゴ・スシを食べ終えたルイナーが話に加わる。「ちょっとは暴れやすくなるじゃねぇか」
「俺が止めるのかよ」「他に適任がいねェ」「……まさかそれを見越して連れてきたのか?」「さァな……」フィルギアが意味深に笑う。「だが気をつけろよ?攻撃の速さは間違いなくアナイアレイター=サンのほうが上だ。初撃は避けろ」「ああ」「お前も自力で止められるように訓練しなきゃなァ」「わかってる」「今後の課題だな」全員が頷いた。
「……で、俺達のスシはあるのか」「もちろん、そのボックスの中に入ってるぜ。冷えてないけどな」「思うんだが、なんでこんなただの箱なんだ。いくらネオサイタマの夏がそれほど暑くねぇっつってもな、腐るぞ」「タマゴ・スシだから平気さ」スーサイドはそうじゃないと頭を振った。
「じゃなくて、冷蔵庫とか無いのかここ」アナイアレイターとルイナーは顔を見合わせた。「……建物自体に電気通ってねぇしなァ」「ここにいたのは身を隠すためが第一で、利便性は二の次だったからな」「アー……冷蔵庫、冷蔵庫か」フィルギアが顎に手を当てて頷いた。
「ついでだから言わせてもらうけどな。この部屋、4人でいるには狭すぎる。ただでさえ野郎しかいなくてむさっ苦しいッてのに」「それについては完全に同意だ」「暑いしなァ」「冷蔵庫……冷蔵庫があれば冷えたコロナが飲める……」「おい、フィルギア=サン聞いてんのか?」「あン?」
ルイナーが溜息を吐き、他の者を見た。「敢えて提案という形を取る意味も無いと思うが」「形ってのは大事だ」「……引越しを提案したい。もっと広くて、電気水道IRCその他ライフラインが確保できて、涼しくて快適なアジトが……俺達には必要だ」
-------------------------
数日後。ネオサイタマ、エンガワ・ストリート。
無数のケーブルにアーケードめいて覆われた通りを彼らはビルからビルへと飛び移って移動する。普通に道を歩けばくだらぬ喧嘩に巻き込まれるからだ。先頭を行くアナイアレイターのニンジャ聴力は微かな女の呻き声を拾った。それが彼女の最期の声であることにも気づいていたが、彼は何も言わなかった。
「嫌な感じだぜ」スーサイドが言った。彼もその女の声を聞き、最早助けられないだろうことを悟っていた。「ここじゃ、チャメシ・インシデントだ」フィルギアはスーサイドを振り返らず言った。「じきに慣れるさ」「……」殿のルイナーは何かを言いかけたが、口を噤んだ。
やがて彼らはあるビルの屋上に着地した。この通りには、開発計画から置き去りにされたビルが無数にある。そのうちの一つだ。「ここが第一候補だ」フィルギアが三人を見て言った。「このビルは無人だが、電気も水道も生きてる。更に幸いなことに入り口がぶっ壊れてて誰も出入りできない。穴場だぜ……」
「中はどうなってる」「中は各フロアにいくつか部屋があるが、全部カラッポだ。内装をどうにかする前に計画が中止になったんだろうな……ただ1つ問題がある」「何だ」「壁が厚すぎて無線LAN圏外だ」ルイナーが肩を竦めた。「今時そんな建物があるのか」「あるんだから仕方ねェな」
……その後彼らはいくつもの建物を周り、結局廃スシ工場へと落ち着きかけた。しかし週一で集会を行っているヨタモノの集団と鉢合わせてしまい、結局諦めることとなった。(彼らはニンジャであり、その気になればヨタモノなど軽く蹴散らすことができるが、そうはしなかった。)
「後から来ておいて簒奪するんじゃソウカイヤの連中となンも変わンねぇ」「正解だぜ」フィルギアが言った。「ああいう奴らのバックにはヤクザや……ニンジャがついてるんだ。ウカツに事を荒げて見つかっちまったら大変だ……ヒヒヒ」「それでどうする。またあのアパートに戻るのか?」
「エンガワ・ストリートは治安は悪いがマッポもうるさくねェし、俺達が隠れ住むには快適だと思ったんだけどな……他当たってみるか」「待てよ」アナイアレイターが口を開いた。「もう面倒くせぇし、最初のところでいいんじゃねぇか」「あのIRC断絶ビル?」「それ以外に不都合なかっただろ、あそこは」
「確かにそうだけどな」「将来的にソウカイヤと殴り合うなら、情報収集のためにもIRCは必須だぜ。あちこち潜入して偵察ってのも限度がある」「中がダメなら外に住めばいいだろ」「は?」「屋上でいいじゃねェか。結構広かったろ、あそこも」
一同は顔を見合わせ……最初にルイナーが片手を上げた。「俺はそれで構わない。野宿は慣れてる」続いてフィルギアが手を上げる。「右に同じだ……個人的には空から直接出入りできるのはラクだしな……ヒヒ」アナイアレイターはスーサイドを見た。多数決で決めるつもりは無いようだ。
スーサイドは迷い、空を見た。曇天すら遮るケーブルの屋根。このマッポーの地で金を持たぬヨタモノや浮浪者が生きていけるのもあれが雨を凌いでくれるからだ。全てを防いではくれないが……。「……」再び視線を戻し、スーサイドは右手を上げた。「……一応、雨避けは用意しようぜ」
……そうして、彼らの引越しが始まった。
とはいえ彼らには荷物と言えるようなものはなかった。パイプ椅子も壊れたチャブも食糧庫代わりに使っていた箱も、全部置いてきた。近くで拾ってきた大き目のビニルシートをテントめいて張ったところで四人は顔を見合わせた。何も無い。「サップーケイ過ぎるな」「同意だ」
「なンか持ってくるか。適当に」「そうだな」「じゃ、1時間後にまたここだ。いいか、トラブルだけは起こしてくれるなよ……頼むぜ?」「当たり前だろ」「お前が一番心配なんだよ、アナイアレイター=サン」ルイナーの苦言に、アナイアレイターは言葉を詰まらせた。
二人は西と東に別れて屋上から跳び、あっという間にビルの陰に隠れて見えなくなった。「スーサイド=サン?行かないのか?」「……いや、行く」「……ヒヒヒ、こういうのは慣れないか?」フクロウとなって飛び立とうとしていたフィルギアは一度人の姿に戻り、スーサイドの前に立った。
「それは……」「スーサイド=サン、キレーな肌してるよな」突然話題を変えられ、スーサイドは面食らった。フィルギアが喉を鳴らして笑う。「白いし、傷らしい傷もねェ。運動とか全くしてなかっただろ。ニンジャになる前は喧嘩もしたことなかったンじゃないか?図星だ」
スーサイドは無言だった。実際それは当たっており、その沈黙が返答となった。かつての彼は進学校に通うごく普通の学生であったが、趣味らしい趣味も、友人らしい友人ももっていなかった。借金だけ残して家族が姿を消した時、彼は生きる意味も縋るべきよすがも失ってしまった。
今いるこの場所は、ニンジャというものは、彼のそれまでの価値観を根本から覆すものだった。内にあるソウルはディセンションのあの日以来何も語りかけてこない。頼れるものは己のみ、しかもその己が立っているのは周囲を闇に囲まれた脆い足場だ。そのほんの数歩先に、彼を仲間と呼ぶ者達がいる。
彼らのところまで道が続いている筈と信じて闇の中に足を踏み出し、前に進む。それは簡単なことのようで、とても勇気の要ることだ。ゆえにスーサイドは、本当の意味ではまだ孤独の中にあった。
「ゆっくりやりゃあ、いい」フィルギアは言った。「俺らは皆はぐれ者だ。あの二人はモータル時代に面識があったらしいが、長年の知己ってワケでもないらしい」「……」「俺達は先輩後輩めいた上下関係でもないし、細かいルールに縛られてる組織でもない。対等だ。だから、やりたいようにやりゃいいのさ」
フィルギアはスーサイドの胸を拳で軽く叩いた。「その上で合わなかったら抜けりゃいい。お前の自由だ」そして背を向けると同時にフクロウに姿を変え、北の空へと羽ばたいていく。スーサイドはそれを見送り「……自由か」自らの拳を見下ろしながら、呟いた。
---------------
最初に戻ってきたのはルイナーだった。小型のテレビといくつかの電子的部品を持ち帰ってきた彼はそれらを器用に繋ぎ合わせた。「今年も……ザリザリ……オイランマラソン!一体誰が優勝……しょうか!」「ワースゴーイ」……ノイズ混じりのスカム放送が映るようになった頃、フィルギアが戻ってきた。
「何だそれ」ルイナーが呆れたように言った。「冷蔵庫探してたンだけど見つかんなくて、手ぶらで帰るのもどうかと思ってさ……」フィルギアは質問を無視し、ワータヌキの置物を部屋の隅に置いた。「サップーケイはちょっとは緩和されるだろ?」「キャハハ!スゴーイ」ルイナーの代わりにテレビの中のオイランが答えた。
更に十分後。アナイアレイターが戻ってきた。彼が抱えているものをルイナーは一瞥し、目を細めた。「何処から持ってきた」状態が良いそのソファは、明らかに盗品だったからだ。「ア?」「程々にしておけよ」「殺してねェよ」「そうじゃない……」ルイナーは軽く頭を押さえた。
ルイナーは、ニンジャになる以前から盗みや殺しは当たり前のようにやってきた男だ。ゆえに、この程度のことを目くじら立てて叱るつもりも、善人ぶるつもりもない。しかし他の二人……特にスーサイドはどうか。短い時間の中で、ルイナーは彼の育ちの良さと甘さに気づいていた。
埋められない価値観の違いは、いずれ衝突を生むだろう。そして彼らはニンジャだ。先日の口喧嘩はアナイアレイターが堪えたことで丸く収まったが、次はどうなるか。「あいつ帰ってこねぇな。迷ったか?」ソファに座ったアナイアレイターが言った。フィルギアが目を伏せる。
その時だ。ガタガタと重い音がテントの外で鳴った。ビニルシートを捲ってルイナーが顔を出す。「遅くなった」スーサイドだ。横には最新式のランドリー……のダンボール箱。「お前」ルイナーは瞬いた。どう見ても新品だったからだ。
「ア?何?洗濯機?」「今ネコネコカワイイがコマーシャルやってるヤツじゃねえか。どうしたんだソレ」「電器屋がギャングに襲撃されてたンだよ。追い払ったら、礼になんかやるって言われたから貰ってきた」後から顔を出した二人へも箱を叩きながら説明する。
「暴れてきたのか?」「やりたいようにやればいいって言ったのはお前だ」フィルギアは肩を竦めた。ルイナーはスーサイドの表情を改めて見た。サングラスで目元は見えないが、呵責や後ろめたさは無さそうに思えた。それどころか。「なンか楽しそうだな」「ア?」「……いや、何でもない」ルイナーは笑った。
……テントの外に洗濯機を置き(残念ながら付属のホースでは屋内の蛇口まで届かなかったため設置は後回しとなった)、4人はテントの中でコロナを開けた。「被ると思ったからやめたんだが、やっぱ冷蔵庫にすりゃよかったな」「冷蔵庫もそうだが誰もチャブを持ってこなかったのが意外だ」
「アナイアレイター=サンはそれ一人用のソファだしよォ」「るせーな、欲しかったんだよ」「いずれフートンも用意したいな」「それとさァ、カセットコンロとか。電子レンジとか……」「なんか、アジトってより家みたいになってきたな」「家みたいなモンだろォ?」
相変わらず慣れぬ酒を少しずつ口に含みながら、スーサイドは三人を見た。酔っ払って隣のルイナーに絡むフィルギアと、止めもせず笑うアナイアレイター。楽しそうな人々と、それを見る己。これまでの過去がニューロンの中を再生する。学校で。街中で。よく見た光景だった。
モータル時代の彼は傍観者めいていた。バラエティ番組を見て笑っても画面の向こうの彼らとは何も共有できないのと同じように、クラスメイトも、家族さえも、どこか遠い存在であった。常に見えない壁が彼と他人との間にあり、彼を孤独たらしめていたのだ。
今にして思えば、校庭で彼がヤンクを殺したのはその反動だったのだろう。ニンジャの力を持て余していたからだけではない。彼はあの時……ヤモトに声を掛けられる瞬間まで……己が何かの主役であるような気がしていたのだ。傍観者ではなく、画面の向こう側の存在になれたような気がしていたのだ。
……今はどうだろう。己はまだ傍観者だろうか。彼はルイナーを見た。「……見てないでなんとかしてくれ、スーサイド=サン」蛇となって文字通りルイナーに絡んでいたフィルギアを摘んで投げると、放物線を描いた先にコヨーテが四足で立っていた。「投げることねェじゃんかよォ……」
アナイアレイターが哄笑した。「お前ッて結構下戸だよなァ?たかがコロナでそんなンなってどうすんだよ」「下戸じゃねェよォ、少量で酔えるってだけで……実際エコロジィなんだよ俺はァ」トコトコと歩いてきたコヨーテは今度はスーサイドの膝へと頭を乗せた。「それを言うならエコノミーだろ」「いいからツマミくれ」
スーサイドは床に置いた紙皿の上からイカジャーキーを取り、コヨーテの口元に運んだ。「うめぇ」そして人の姿に戻ると、またコロナの瓶を取って栓を開けた。「あと何本?」「4本だ」「コロナも調達しねぇとな……ツマミも……アー、イカ炙るためにやっぱコンロ……」そうしてまた取り留めのない話題が繰り返される。
「……」同じ皿の物を、家族以外の人間と分け合って食す。こんな些細なことですらスーサイドにとっては初めての経験だった。闇の中に、微かな光が見えた気がした。「……なンか、『シマナガシ』みてぇだな」彼は言った。「ン?」アナイアレイターが彼を見た。「なんだそりゃ」
「中学の頃の国語で読んだだろ。『シマナガシ』。無実の罪で流罪になった男が、辿り着いた島で同じような境遇の奴らとなんだかんだうまくやってく……ってヤツ」アナイアレイターとルイナーは顔を見合わせた。フィルギアが遠回しに言った。「……そういや、キョート出身なんだったっけか?スーサイド=サンは」
「……ああ、そうか。ネオサイタマとキョートじゃ当然教科書も違うよな。悪ィ」「いや、いいさ」ルイナーは首を横に振った。実際のところ、この中で真っ当な学校教育を受けているのはスーサイドしかいない。だから知らないのだ。「それで、そいつら最後はどうなるんだ?」
続いた質問にスーサイドは腕を組み、思案した。「……確か、船を作って本土に戻って……グレーターダイカンを懲らしめて自由を手に入れて、メデタシメデタシ……だった筈だぜ」「なるほどなァ。グレーターダイカンが、ラオモト・カンってワケだ」酔ったフィルギアが続けた。
「え?……まァ、そうだな」この食事の光景を例えただけのつもりであったスーサイドはそう言われて驚いた。「本土はどこだ、トコロザワ・ピラーか」「遠いな」「目標にするには丁度いいデカさだ」「夢はでっかく……ってか」「夢じゃねえよ」アナイアレイターが言う。「現実にするンだぜ、俺達が」
「そうだな」ルイナーが頷いた。「ヒヒヒ、なんかこういうのイイねェ……青春?なンかそういう……アトモスフィアがあってさァ」フィルギアが笑い、スーサイドを見た。「……」スーサイドは一度自分の拳を見下ろしてから……顔を上げ、口を開いた。
「なんか、こういう流れで言うのは……落ち着かねェんだが」「言っただろ?何事も形ってのは、大事だ」「……この前保留にした、俺達の名前の件。……『シマナガシ』にするのは、どうだ?」アナイアレイターを見た。「イイぜ」頷くルイナーを、フィルギアを見た。
こうして、彼らの……シマナガシの新しい日々が動き始めた。
(『ニュー・デイズ・ムーブ』 おわり)
(時系列の関係で今回使わなかった分のメモ)
「革命!闘争!」「……知事選挙……投票日は実際近い……をお忘れなく……」「我々イッキ・ウチコワシは……を、支配……メガコーポ……闘う……!」「ネコネコカワイイ……ほとんど違法行為のリミックスが……」「清き一票を!」「絶対買ってね!」「約束だよ!」「アアーッ!!うるせェーッ!!」
アナイアレイターが壁を叩いた。ルイナーが眉を寄せ、「お前が一番うるせェんだよ!」スーサイドが怒鳴った。「ッたく、なんなんだ今日は」「選挙近ェしな、実際」