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『赫奕(かくやく)たる黄金』

全体公開 3 1484文字
2016-10-16 01:13:01

お題:金木犀、花の名前
出来あがってるへし歌さん(http://www.pixiv.net/series.php?id=737575)のシリーズです。どれも独立してる短編です。遅刻2ライすみません。

Posted by @isozakiai

 『赫奕(かくやく)たる黄金』

 冷たい長雨のやんだ朝、へし切長谷部は日がのぼる前に歌仙兼定をそっと揺り起こす。
「庭に行くぞ」
「こんな早くに?」
 ああそうだと長谷部は口の端をあげる。
 寝惚け眼のこいびとの手をしっかりと握り、しずかに、まだ寝ているものを起こさぬよう気をつけて奥庭へ誘った。
 打刀である二振りに夜の明けきらぬ道も不便はない。そのころには歌仙も長谷部の意を察し、端正なよこがおを眺めるだけになった。
 ひそかな興奮を絡めた指の熱として受けとめながら雨にあらわれて静謐な庭園をすすんでいる。
 
 同じように雨のつづいた初夏の日にへし切長谷部が遠征先から梔子の花を折りとって持ち帰った。すると歌仙兼定はいたく喜んだ。
 甘やかで濃艶なにおいは好ましかったが、いくらもたたないうちに清らかな花弁が傷み、無惨なさまを晒した。それを名残惜しげに眺める横顔を盗み見て、意外な一面を知ったような気がした。
 こんな顔をするのなら、もっと長持ちする花を贈ればよかったと長谷部は少しばかり後悔した。
 花というものがいつ、どんな場所で、どのくらいのあいだ咲くものか、へし切長谷部は歌仙兼定とこうなるまで深く知ろうとしなかった。むろん彼にも付喪神であった時代に得た知識はあるし、刀剣男士として必要なそれもあらかじめ身についていた。
 それでも、いざ歌仙の好むような花を遠征先から持ち帰ろうとするとなかなかに難しいと気がついた。それをソファに腰かけたまま告げると歌仙はその太い眉をさげ、こう言った。
「この世にはプラントハンターなんてものもいるくらいだしね。たとえば僕たちが出会ったころは寒冷期にあたるため、茶の木は今と花のかたちが違う。この本丸の畑で育てている白菜は江戸時代以前にも渡来したが、定着したのは二十世紀になってからだそうだよ」
 へし切長谷部はつづく歌仙兼定の言葉にもすなおに耳を傾ける。
「人類と植物の関係はなかなかに複雑でね、もちろん政府は戦場や遠征先でバタフライ効果にあたるような刀剣男士の些細な言動をシステム上で回避する工夫をしてくれている。だからこそ、それを潜り抜けて君が贈ってくれた花を僕が大切におもうのは当然のことだろう」
 花など、咲いたら散るが当然と思い定めて在るものとおもっていた。じっさい歌仙は庭で茶花を育て、それのもっとも美しいものを茶室の床に活ける。
「俺は、お前のように目利き自慢ではないからな」
 花ならば、歌仙はなんでもよろこんだ。そして花がほころぶように微笑んだ。長谷部は、それを見るのが好きだった。
 歌仙はそのとなりに静かに腰をおろす。
「そうだね、僕は花が好きだ……
 なんとなしに、この美麗な打刀の胸裏をある佳人の辞世がよぎったようにおもえた。だが、それは気づかないふりをして花よりも美しいかおに手をやってくちづけた。
 いつもより性急に深くなるくちづけに夢中になりながら、腕のなかの花よりも花らしい刀に、いつか散る花の赫かしさをだけ見せてやりたいものだと願っていた。
 
 それが夏のことで、長谷部はずっと機会を狙っていた。

 二振りはいつの間にか少しばかり早足になっている。木々が目に入る前から、芳香が花の名をあらわにした。
 視界がひらけ、東の空の紫紺を貫いて日がのぼる。
 赫奕たる朝日に、地に落ちた黄金が香り立つ。
 二振りは花の絨毯を踏みしめる。
 互いを腕に抱きとって、天と地の紫磨黄金を全身で感じていた。

 黄金の秋の始まりであった。
 
                了
 




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