正しい道を捨てた時、眠りが体を満たす。
囚獄の勇者の邪神様ツアー第一章。前作http://privatter.net/p/1817543を前提にした不親切設計。さんてんりーだ様の「結節点」http://privatter.net/p/1853569の直後。
伝令の悪魔さんをお借りしました。
@chuchuhakokaina
真の路を棄てし時、眠りは我が身に満ち足りき
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囚獄の勇者は、夜明け前の冷えた空気の中で、分身からの情報と刺激を受け取った。いつもよりも少し長い時間分身にいたぶん、落ち着くのに時間がかかる。とはいえ、誤差の範疇だ。苦痛をともなうほどではない。
戻ってきた彼は、かつてこの牢獄をふらりと訪れた悪魔に会いたい、と思った。唐突な話ではない。友人が、つい先ほど里帰りから帰ってきたことがきっかけである。
囚獄の勇者カイの友人ウィルは、大昔天使としてこの聖界に生まれ、いつしか魔王になることを選んだという中々にまれな経歴の持ち主であった。その経歴ゆえか、あるいはそれ以上に本人の抱えた複雑な心情ゆえか、母であり聖界創世の女神でもあるひとに、お互いに健康でいがみ合っているわけでもないというのに、人間には想像もつかないほど長い間会っていなかったようなのである。しかし、彼が母について語るときのまなざしはいつも慕わしげで、彼女に会って言いたいことがあるのだと、雄弁に語っているような気がした。それゆえ、あるとき友人がぽろりと彼女に会いたいと言ったとき、カイは一度口に出したことのある提案を彼に再び言った。自分こそが、直接女神に会って、話をしてみたい、と。
かつてカイがそれを言ったのは、友人と目指す目的のための話し合いをしているときだった。これでも勇者の端くれであり、女神と接触する権利があるカイの提案を、友人は不用意にするべきことではないと叱りつけた。カイは知らなかったが、女神にとって世界の真実に関わる話題はとてもデリケートで、話すだけでも計り知れない危険を伴う行為なのだという。その時のこともあり、心配そうに表情を曇らせた友人にカイは笑って、もちろんウィルが女神様に会いたいなら、ってことになるけど、と前置きをして言う。
「別に危ないことちゃうて。ただウィルはなんも会いに行く伝手がないやんか。おれがまず女神様に会うて、黒い翼の友達、ウィリデルクスと会ってもらえへんやろか、ってお願いしたらええかなって。女神様が嫌がるようなことはなーんも知らんような顔しとけばええねん。うまいことやるさかい、まかしとき」
危ない話題ではないし、慎重に言葉を選ぶつもりでもあった。また、カイは代わりの自分をつくる能力を持っており、友人のささやかな願いの為にならもしも分身が死んだ時に伴うリスクなど安いことに思える。そうして、勇者の証を受けたとき以来あったことのない女神に会いに行った。そこにいたのは、美しい女性である。拍子抜けなまでに、ただの品のいい綺麗な女の人に見えた。話をすれば少しの逡巡の後に、驚くほどあっさりと友人が女神の間に来ることに許可を出し、友人の里帰りは叶ったのである。
手順こそこじれたが単なる里帰りだ、とも思いつつ、複雑な気持ちもあるだろうな、とも思い、どうにも友人を独り残して大牢獄に戻る気も起らず分身に長居していたカイのもとに、黒い天使はかえってきた。随分と泣いていて、何か悲しいことでもあったのだろうかとも焦ったが、すぐに悪いだけの涙ではないとカイには察せられた。他人から言えることなど何もない。口をつぐむしかなかった。
ただ、何かしなければ、と漠然と思った。友人がただ母と会って話すだけでこれだけの困難が伴い、帰ってきてこれだけ心を乱されているのは、やはりどこかおかしいのだ。
「言うて、邪神と会うたところで何か進展するかはわからんのが情けないわ」
「ソレよりまず、会うのがタイヘンだよ?」
「せやろな…あの伝令の悪魔ってひとは方法教えてくれるだけやったっけ…っていてたんかい!」
カイの独り言に合いの手を入れたのは、件の悪魔であった。カイは、その姿を初めてしっかりと見る。まっすぐな黒髪に黒服で、大きな黒い翼をつけている。その色合いと姿は、どうも先ほどまで考えていた友人のことを連想させる。
「で、呼んだってコトは、キミはボクの言葉に答えるんだろう?『キミの大事な人をちょうだい?』」
カイは思案する。彼なりに考えてはいた。相手は以前この質問は取引ではないと言ったが、今度はカイから持ち掛ける取引だ。相手が求める文字通りの物ではないものを差し出して、納得してもらうための。
「な、おれ、ここに居てるけど外で動くための仮の体があんねん。今は普段使いしてるのと、もしものときの為に友達の家にストックしてるのと、2つや。そのうちのどっちか、好きにしてええで」
いちおう、「大事」な「人間」をひとり差し出している。覆せない運命のようなものを無くしてしまうために動いているカイには、他人を自分の一存で「ちょうだい」と言われて差し出すことなどできない。だが、このやりとりは「人間を差し出すこと」そのものではなく「情報に対して代償を支払う気があるか」ということだとカイは判断した。
分身は代償にしてはあまりに安いかもしれないが、処遇如何ではカイにとってダメージのフィードバック以上に大きいリスクとなる。たとえば目立つ場で死んでみせたとしたら、カイが勇者などとは露とも知らない故郷の人々は彼が死んだと思うだろう。あるいは、分身のひとつがそうした不可避で不自然な死を迎えたとすれば、察しのいい友人はカイが分身を何かの代償にしたと考えるだろうし、相談もなくそれを選択したカイの不義理に傷ついて不信に思うかもしれない。そういう意味では大切な他人との縁や信用を代償にしている。このあたりが、囚獄の勇者の落としどころだった。これ以上の代償は積めなかった。
「そう、キミはそうすることを選ぶんだね」
カイの申し出の本意を知ってか知らずか、悪魔は口の端を三日月のように釣り上げた。そして特に迷うこともなく、ひらりと黒い紙を一枚取り出し、鉄格子の隙間から放り入れた。
「じゃあコレ」
受け取ったそれは、大きさから言えば切符やチケットの類に見えた。彼は戸惑うカイに、このチケットを持って他の悪魔たちにも会って来ることが邪神に会うための道しるべになると説明する。
「目が六つで耳が聞こえないコと、耳が4つで目が見えないコを探すんだ。それが邪の神に会うための第一歩」
「んん、知らん子やな。場所の心あたりも無いなあ…どこにいったらええんやろ?」
「ん、そうだな、さいきん教えたのは商の魔王が納めてる魔界だから、そこの商店街にいるカナ。カネさえ落としてくれるなら勇者でも問題ない場所だけど、まあ隠す努力ぐらいはしたほうがお互いにヘイワかな」
カイはおおきに、と返す。勇者であることを喧伝して歩いているわけではないが、普段から勇者の証を心がけてしっかりとかくしているわけでもない。知らない魔王のところなら、女神の間を経由するのが早い。そうなると勇者の証を使用することになるわけだ、ついてすぐに隠す必要があるだろう。
「…で?分身どうしたらええやろ?」
と、一通り説明を理解したカイは恐る恐る尋ねる。どちらの分身に何をされるのがこの情報に見合った代償なのか、人間の身には想像がつかない。
「そのまま使えば?なにもしてほしいコトないし」
あっさりと返される。なんやそれ、とカイはつぶやく。
「さて、考えすぎクン。なにか質問はあるかい」
悪魔は至極楽しそうに笑った。
「えー、おれ考えすぎなんて言われたの初めてなんやけど…。な、いらないなら結局自分なにがしたかったん?そもそも、こないだはどうしてわざわざ大牢獄まで来てたん?」
「ボクは『一人大事なヒトをちょうだい』といったときなんて返すかをキきたかっただけだよ。どうするつもりだなんてキかれてないから言わなかっただけさ。大牢獄にいたのは、勇者やら魔王やらと話しやすいからだネ。襲われちゃたまったもんじゃないから」
嘘ではない、と思う。しかし言っていないこともあるだろう。なぜならカイが捕えられている牢獄は隔離牢だ。この近くにはカイの他には、夜に訪れる処刑人が管理する囚人しかいない。ここを支配する魔王や、この場所で出入りする勇者と話しやすい場所というのであれば、もっと場所があっただろう。少なくともわざわざカイの独房の近くに来たということは、「大牢獄に来た」以上の意味を持つ。とはいえ、そこは別に自分から言わないのであれば追及するべきところでもない。カイはずっと気になっていたことについて話を変える。
「勇者や魔王に邪神のいるところへの切符渡すのも邪神から仰せつかったアンタの仕事なん?それとも誰かを呼びたい理由でもあるんかいな」
「ボクの使命は、ホントウをシるコト、ホントウをツタえるコト、こうして道を示すのは、誰かに与えられた仕事ではないよ。理由については…そのチケットに3つ印が書かれたら、教えてあげるよ。」
彼もまた、やはり役割と意味を他者から付されてこの世界に存在している。それでも使命でない理由があって、カイに邪神への道を示した。
「そか。でも、誰から命じられたわけじゃなくて自分で決めたことなら、きっとおれがどう動いても、アンタにとって悪いようにはならへんな。よかったわ」
少しばかりカイは安心したのだ。このチケットがなんの願いを持つものなのかわからない以上、カイが動くことでその思惑から外れることは大いにありうる。たとえばこの牢に出入りする白い羽の友人のように、この悪魔がその後始末のために不本意に傷つけられることもあるかもしれないと、心配していた。
カイが気の抜けた笑顔を見せると、悪魔は不服そうな顔で押し黙った。
「どないしたん?」
「いや、ベツに。考えすぎクンはもっと他人に対して無関心になるべきだとオモうよ」
今度はカイが顔をしかめる番である。無神経に他人に踏み込むことは何よりも避けたいことだった。お節介な自覚があるぶん、図星を刺されたようでいたたまれなくなる。その顔を見て、どうしたの?と悪魔がにやついた。機嫌はあっというまに直ったようだ。
「別にー。自分のそのにやにや笑いがよぉないと思うわ」
悪魔は顔を崩さぬまま踊るように踵を返した。
「じゃ。キミたちなら、荒事にはシナイとはおもうけど、まあガンバってね。届くといねえ、邪神の場所まで」
来たときには立てていなかった足音を鳴らしながら、悪魔は去っていった。囚獄の勇者の手元には、1枚のチケットだけが残された。
かつて地獄めぐりをした詩人は、哲学者に導かれ女神のもとにたどり着き、彼女によって天上に至り叡智にきらめく星々と純白の愛の花を見たという。学のない平凡な冒険者が悪魔に導かれて魔界めぐりをしたとて、邪なる神の元へたどり着けるのか。たどりついた先で何を示されるのか。ただ人であるカイには分かろうはずもない。
ただ、カイは先の見えない道を歩くことに慣れている。読むことのできない他人の思惑を信用することに慣れている。何があっても諦めないことに慣れている。いつの時代も、冒険者は暗闇の中に財宝を見つけるものである。
カイは目を瞑った。分身に戻って行くべき場所は決まった。必要なだけ休んだら、すぐにでも。
END