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キスまでは届かないけれど

全体公開 2966文字
2016-10-26 00:03:06

相方のお誕生日祝い。蓮シャル(先天性女体化)現代。

Posted by @smbrfubuki

 女の子は誰でも魔法使いに向いてる、と歌っていたのは誰だったか。何年か前の化粧品のCMで聴いた気がする。
 びっくりするほど女の子というやつは、俺の想像をはるかに凌駕して大人だ。あのくらいの年の頃の自分がどんな風に物事を捉え、どんな思いで毎日を生きていたかなど到底覚えてはいないのだが、しかし明確に彼女らはあの時の俺よりも大人だし、物事をよく見据えていて聡明だ。
 贔屓目ではない。たぶん。

「今日何か雰囲気が違うな」
「そうかな」
 仕事から帰ってきてすぐさま着替えて、洗濯物を回して、手を洗ったところでがっつり目が合った。相変わらず芸術品も裸足で逃げ出すような美貌。純系のフランス人、ただし日本育ちという日本で生きていくうえでは決して困らないであろう出自を持つ彼女は、しかしながら故あって俺のような血もつながらないオッサンと一緒に暮らしている。厳密には姉と、俺と、彼女の3人暮らし。ただし姉は恋人の部屋に入り浸って滅多に帰っては来ない。
 彼女はいつものように制服から部屋着に着替えて、その上に普通のエプロンをつけて夕食を作っていた。近頃は良心的な定時上がりが続いていて、こうして食卓を囲める機会が増えている。だからエプロンはいつも通りのはずだ。それなのに何かが違った。何が、と言われるとまだ明確な答えが出ないのだが、違うことはわかった。それに反応を見るにそう大きく外してもいないんだろう。
……なんだ、モヤモヤする」
「当ててみて」
「言い出したからにはきっちり当てるさ」
 料理を作る小柄な背中の後ろに立つ。甲斐甲斐しくコンロと水回りを行き来する最中に、彫りの深い横顔が柔らかく綻ぶ。笑顔が多い。それは間違いない。でもそれは、さっき俺が「雰囲気が違う」と言ってから。とすればそれは本質的には正解ではない。
「ヒントはなし?」
「なし。警察官の推理力で当ててみて。蓮さんが当てられたら何か特別なことするね」
「おいおい。いいのかそんなこと言って。無茶な要求されたらどうするんだ」
「そんなに無茶な要求しないでしょ?」
 この全幅の信頼は、寄せられれば寄せられるほどかえって滅多な真似が出来ないとばれているのだろうか。それを天然でやっているのだとしたら大したものだ。
 やはり女の子というのは侮れない。使い終えた器具を洗いながら様子を窺う。ありがとう、と意外そうに言う声音も跳ねている。わかりやすいものだ。
「もし当ててくれたら、すっごく嬉しい」
「そうか。なら何が何でも当てないと、だな。何だろうな?」
「ふふ。なんでしょう」
 髪の長さは変わっていない。肩より少し上、ボリュームだって朝とそう変わらない。ヘアピンは留まっているが、料理をするときはたまにすることがある。エプロンは俺が前に買ってやったもので、部屋着はいつも通りで。靴下は学校指定のまま。となれば顔である。
 あ、と間抜けな声が漏れた。シャルルは悪戯めいた笑顔を浮かべて「やっとわかった?」とおどけて見せた。
「遅いよ、気付いてくれるの」
「悪かった」
「ううん。なんか違うって気付いてくれるだけでもうれしい」
……綺麗な色だな」
 ヒントと言えばヒントだった。シャルルはちょうどできたばかりのスープを味見しようとしていて、しかし小皿に取ったスープが唇に触れるのを明らかに躊躇っていた。熱そうに何度も息を吹きかける突き出された唇。それは明らかにいつもと違う輝きを放っている。
 いつもシャルルが使っているのは僅かに色のついたグロス。これも以前買い物に行って買ってやった品だった。年頃の女の子なのだし、校則に触れない範囲でその身を装いたいだろうと気を利かせた姉の提言だった。透明な中にほんのわずかな赤みがさしたそのグロスも勿論よく似合っていたが、今日初めて見るこの色、一点の曇りもない鮮血のような赤も全く違和感がない。ともすれば浮いてしまうような真っ赤な色味が、ただでさえ白い肌をよく引き立てているし、逆に白い肌に引き立てられてもいる。
「でしょう? かなさんがくれたの」
「姉貴来てたのか」
「うん。荷物取って、また帰るつもりだけどって言って……同じタイミングで恋人が新しいの買ってくれたから、自分で買っちゃった方はあげるわって」
「相変わらずの自由人だな」
 俺は苦笑しながらその他愛もない言葉を紡ぐ唇を凝視する。様々な形に動く唇を見つめていると、不意にシャルルが口を噤んだ。そしてゆったりと、浅く笑って見せた。そのなんと蠱惑的なことか。俺は思わず見とれてしまった。
 二回り近く年が違うのだ。それでも女の子はいつでも女の子だった。俺と彼女は名状しがたい関係性であるにせよ、好意と呼びならわすには些か深すぎる感情が介在している。明確に好きで、愛していて、それは男と女として、家族愛にも似ていて、庇護欲と言う名の使命感でもある。ただ一言言えるのは、彼女がとても、ともすれば己の命などよりずっとずっと大事で特別な存在であると言うことだ。
 何もしなくてもそうなのだ。それが着飾って見せられた日には。
「どう?」
「いやあ……良し悪しなんて俺が言っていいものか」
「蓮さんに言ってほしいの」
「月並みな言葉しか出てこないが、俺は好きだと思う……姉貴の趣味なのがちょっとなあ、しかし、姉貴よりシャルルの方が似合うんじゃないか」
「うそ。かなさんみたいに大人の女の人の方が似合うんじゃないかな」
「嘘じゃない。きれいだよ」
 目が合う。紫水晶の瞳が俺をじっと見据える。試されているようで、初めて会った時は思わず身構えてしまった瞳。
 今は慈愛に満ちた色味が恋しくて堪らない。愛しくて、胸が潰れてしまいそうだ。
「好き?」
「好きだな」
……そっか」
 ぐつぐつと鍋が煮立つ。そっとコンロの火を消して、シャルルは鼻を鳴らした。自信作らしい。俺は食器類をテーブルの上に配膳しながらそんな上機嫌の同居人を微笑ましく眺めた。好き、という気持ちに隠れたグレーゾーンの感情。それを言語化するには、まだ彼女は若すぎるし、俺は年を取りすぎている。ままならない愛情がぶつかって、綯交ぜになって、渦巻きながら食卓に落ちていく。
 テーブルの上に皿や食べ物を並べながらシャルルは鼻歌を止めない。きっと食事を終えたら、この深紅ともお別れだ。そこで俺はふと訊いてみたくなった。
「口紅、なんだか落とすのが勿体ないな」
「いいの。目的は達成できたし」
「俺に当てさせるのが目的か?」
「それもあるし、最近ずっと定時上がりだったから」
 心ばかりの上目遣いが突き刺さる。ああもう本当に、この子は油断がならない。
 つまりは定時上がりの誰かのためだけに、その唇を着色したのだろうか。そう己惚れてもいいのだろうか。変に緩みそうになった口元を慌てて抑える。誤魔化すように両手を合わせて、いただきます、と言った。くそ、やっぱり女の子には勝てない。それは俺がきっといくつになっても変わることがないのだろう。
 悪戯っ子の笑みがいやに蠱惑的な夜だった。お砂糖とスパイスは、スパイスが勝った方が好みなのかもしれない。
 


END

 「女の子は誰でも」東京事変 に着想を受けました。相方のお誕生日祝い。


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