X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

灰に埋もれる

全体公開 2 5868文字
2016-11-01 00:27:02

好き勝手書いたやつ。災さんと書館をお話させたかった。

白いものが、降り落ちてくる。
ふわふわと落ちてくるそれが、彼の目の横を通り過ぎていった。
(これは、灰・・・?)
上から降り注ぐそれを眺めていると、彼は体の自由が奪われていることに気づいた。なぜだか体が重たく、うまく動かせないことに気づく。
(重たい・・・)
燃え尽きた残骸。それが寝転んで見上げる黒い天井からはらはらと落ちてくる。
天井の先には何もなかった。いや、あるのかもしれないが、彼はそれを見つけられなかった。ただ広がる闇に色を奪われ、体さえもままならぬまま、横たわっていた。
何を燃やしたのか、あるいは自分が何かを燃やすように意図を引いたのか、それがぼんやりとしていてうまく思い出せなかった。
何かをしたのか、あるいはもはや自分自身が燃え尽きてしまったのか、もうすでに自分は口の聞けぬ体になったのかと思考に走りかけもするが。
(何を、したんだ、ぼくは。なにを)
したのかと、焦りに似た方向に意志が向いた。
そしてその瞬間。
はっと目が覚めた。
ぱちりと開いた目が、闇を捕らえることはなかった。
視界には、赤い花のようなものと、上に向かって白い木の皮が伸びている。
どうやらその木には赤い花だが葉だかがついているらしい、と目覚めたばかりの頭が理解する。
その木の上は木目の天井が広がっていた。黒い色合いのそれが見えたかと思えば、途端に青い空が視界を覆う。
(・・・ここは、どこだ?)
体が動かせずに天井を見上げていると、顔の周りに何かがのっていることに気づいた。
顔を傾ければ、何かの燃えカスのようなものが降り積もっていた。
(え、は、い・・・)
これは、灰なのか、と顔に動揺を乗せたところで。
「おや、起きたのかい」
と、耳にしたことのある幼い声に、視線を動かした。
「はい・・・」
灰だけに、とそんな風にジョークでもかまそうかと自由の利く目元で灰のような白いそれを振り払う。
そしてこちらを無表情でいて面白そうな視線だけ向ける人物と目が合うと、口を閉ざした。何ごとにも興味のなさそうな顔をしていながら、顔よりも水色の瞳ばかりが雄弁に少年の感情を語っている。
「書痴の王・・・」
この間聞き及んだあだ名を口にすると、少年は首を傾げた。
「そんなあだ名が広がっているのか、なるほど。ためになる」
少年は窓枠のすぐ下に作られたソファの膝置きを背もたれに座っていた。本を大量にあたりに積みながら、自身も大きな本を膝の上に乗せている。
少年の名はとうに知っていた。
けれども名乗られてもいない名を呼ぶのはいかがなものかと、彼は口を開かなかった。
「動いてはだめだ。彼はまだ、君の左腕を枕に眠っているのだからな」
「彼?」
思わずつぶやいた言葉に、少年は空色の瞳を細めて、何ごとかを呟いた。
『くすくすくす』
少女と聞き違う高い声が、彼の耳を通り過ぎていった。かと思えば、あたりに散らばっていた『灰』が、ふわりとした柔らかい空気の塊によって持ち上げられ、吹き流れていった。
ばさばさとした風の通行に目を強くつむり、やがて声がしなくなってから目を開けて左腕を見た。
「・・・おい」
カイ、と声をかけても、彼の左肩あたりを枕にすやすやと眠りこける青年は少しも反応しなかった。
薄い紅色が混じった金色のまつげは閉じたまま開く気配がない。いつもは特に何とも思わない彼の首元の証まで、そのがっしりとした強固さで起きるのを拒絶しているような気がした。
「くー・・・」
彼の呼吸をして吐き出した息が耳に届く。すこし間違えればくちびるさえ触れそうな距離に、彼は眉根を寄せてしまった。
自分がこのようなところで寝てしまったという悔しさのようなものと、触れ合っている状況の気恥ずかしさで、何と言っていいか言葉を探す。
「か、仮にも魔王の前で、よくもまあ・・・っていうか、腕痛いんだけど」
僕、枕じゃないし。
と、顔をそらして文句を呟けば、聞きとがめたらしい少年が、小さく腕を振るった。
ふら、と青年の体が持ち上がる。誰にも支えられず浮いたかと思えば、膝の上にゆっくりと寝かせられた。
「・・・おい」
少年に向けてなじるように呼びかけると、呆れたような視線が返ってきた。
「言っておくが、僕は君に配慮したんだぞ。寝ている君と来たら、カイを引き寄せて自分の腕を差し出して枕にさせたんだからな」
ぐあ、と顔に熱がたまるのがわかったが、彼は少年に気取られないように上半身を起こした。
(う、うそだよぜったい。そんなわけない。ありえない)
言い訳を心の中で並べ、動揺を悟られないようにばさ、と背に黒い翼を広げて風を起こすと、ひらりと宙に赤い葉が舞ってきた。
ふら、と落ちるそれは、よく見れば緩やかに燃えながら落ちている。
(え・・・)
そして地面に落ちるころには灰色の葉となっていた。
これはなんだ、と顔を上げて赤い葉を見上げていれば。
「それは灰桜という。バラ科の花の一種だ」
「ハイザクラ?」
聞いたことない単語にオウム返しにつぶやくと、少年はああ、と木を眺めて肯定した。
「知らないのも無理はない。ここからさらにずっと東へいった、赤い森と呼ばれる森に生えている木だ」
「赤い森・・・」
その言葉に聞き覚えがあってつぶやけば、少年は面白そうに目を細めた。
「『災』、狂気の赤い森と同義に考えるな。あるかもわからぬ気違いの世界ではない。この木の生える森は、安息の地とよばれるものだ」
彼はなぜ少年が魔王としての通り名を知っているかは考えないことにした。
少年は住んでいる館から一歩も外へ出ない。
けれども、災の膝の上で眠る青年の抱える事情さえ知りえている。魔法を使ったわけでも、人の心を読んだわけでもなく。
あらゆる人から与えられた情報を、多くの学者がそうするように、聞いて読んで知りえているに過ぎない。
だから彼に知っていることをなぜ、と問うのは聞くだけ野暮だった。
「ハイザクラは、死に近い生き物を寄せ付ける。というのは伝承に過ぎないが、その赤い森では死にかけの動物はハイザクラのもとで眠るのだそうだ。もっとも、最近の研究では命の残量をエネルギーとして考えたときに、ハイザクラはそのエネルギー量の少ないものに対して睡眠効果のある粒子を出すことがわかっているが」
赤い葉は落ちるときに燃えるように光を発するが、それが眠たくなるようにしているのだ、という少年の言葉に、彼は落ちて灰色になった葉をつまんだ。
枯れているというわけではなく、色が抜け落ちているだけのようだ。いまだ落ちたばかりの葉は、みずみずしさを保っている。
「つまり、僕とここにいるカイは死にかけだってことかな?」
「そんなわけがあるか。死にかけは二度と目覚めない。おまえたちが灰桜のもとで眠ったのは休息だ。エネルギー状態が少ないから休息をとらされたんだろう」
バカじゃないのか、と言いたげな言葉尻に災はカイが寝やすいように膝の位置を調節してから、少年に目を向けた。
「大体、広い図書館なのに、どうして君がいるんだ」
もちろん、彼の住む館でもあるので、少年がいるのは何ら不自然ではない。
けれど国一つ分の大きさを誇る少年の館での遭遇率は著しく低かった。
そのため、普通にこの図書館にいるだけならば本来会うはずがなかった。
「カイが調べものに向かないのを知らないのか?彼から外の話を聞く代わりに、調べものを手伝っていたんだよ」
なるほど、つまり情報交換なのか、と災はそれで納得した。
「僕がいるところにカイが来たから、その木にあてられたんだ。もう一日近く眠っている。おまえはどういう理由で来たのか知らないが、カイを見つけたら引きずられたんだろうな」
来た当初は、僕に気づかなかったみたいだが、と言われて、災は休息を与える木だというのがよくわかった気がした。
(木だけにってか・・・)
いつもなら口をついて出る軽口が、この少年相手だとなかなか出てこない。
かといってカイを心配していたともいえず、災は呑気に寝こける顔を眺めた。
「まあ、彼のことだからろくに休息をとってはいないんだろう。・・・彼の『本体』にとっては、あまりよくないことだろうが」
「・・・気にはなっていたんだが」
少年がこぼした言葉に、この際聞いてしまえと災は口を開く。
「君はどうして、カイの『事情』を知っていた?」
カイは、なかなかに善人だ。聞けば事情を話してはくれるだろうが、積極的に触れ回るようなタイプではない。
だから、知りあう前から大方の事情を把握していたこの少年が何をしていたのか気になっていた。
「・・・一つ、修正しておこう。僕はべつに、『知っていた』わけではない」
空色の目はどこか遠くを見つめるように、赤い葉をこさえる木に視線を向けた。
「僕の世界は、すべて虚構なんだ」
そう告げる少年の静寂さに、災はまるで人ではないものを目にしたような気分に陥った。
「空は青いと言われて、ぼくはそれを確かめたことがない。つまり本当に空が青いかどうかは分からない。空は黒いかもしれないが、赤いかもしれない。空が青いという事実は、あらゆる本がそうだと言っているから納得しているだけだ」
しかし。
「本が正しいと、どうして言い切れる?」
少年は手元のそれを眺めて、小さく息をついた。
「本は総じて正しくない。すべてが間違っている可能性がある。記録としては、歪んでいる」
だから僕は、推測するんだ、と災に視線を戻して、少年はつぶやいた。
「歪んだ記録から、あらゆる可能性を、あらゆる間違いと正解を立てる。すべては可能性にあふれているが、虚構と同意義である」
彼も得た情報から推測しただけなんだよ、と少年は告げた。
「思わぬところで知識というものはつながっている。そう、例えば悲嘆の谷とか、ね。あれについて研究するものもいるのさ」
とはいえ、と彼は面白そうな目で災を見た。
「今回、正解だとわかったのはお前がカイを連れてきて、腕を治した時だけどね」
この少年に余計なことをしてしまった、と思うと、災は顔をゆがめそうになったが、ばさりと翼を動かすことでぎりぎりそれに耐えた。
「だからすべては可能性であって、虚構だ。本気にしているものなどぼくが知っていることの数割でしかないよ」
「・・・その中に、僕のことは入っているのかな」
少年が災に興味を持っているのは、彼の持つ、替えの利かない能力である。そのことをくみ取ったらしい少年は、めったに笑わない顔で、ぎしりと軋むように顔を動かした。
「・・・お前の創造主が失われ、勇者で亡くなったときにしようかと考えてはいたが、実際は手立てがなさすぎる上に、僕が神になるしかないからな。それに、お前は使うよりも見ているほうが面白い」
にい、と少年とは思えない顔で笑う彼に、災は視線を外した。
「よほど、カイのことがすきらしい」
『災』に好かれるとは、彼もまたトラブルメーカーなのかな、と少年は楽しそうに告げる。
「やめて」
「いや、本で読んだ通りだ。また僕は賢くなった」
「いやだから」
ぼく一応、男なんだけど?と災が主張すれば、なにか、と少年は首を傾げた。
「心情のありように、性別は関係ない。些細な問題だ。できることなら、お前たちの関係性の変化を観察したいな。書面でくれないか」
「君ねえ・・・」
嫌な相手に、余計な興味を持たれた、と災は肩を落として片手で顔を覆った。
「そうだな、お前に本を貸そう。灰桜の森の話だ。返す時には経過を聞かせてくれ」
顔を覆っていた災の目の前に飛んできた一冊の本に、片目でちらりと視線を向ける。しかしそのタイトルを目にしたとたん、災は両目を見開いて本を手に取った。
「お前たちの関係性が友愛なのか恋愛なのか、はたまた別の形なのか、愛とは文字では理解しがたいものだからな」
満足げに話す少年に、災は疑いのようなものを抱きながら、視線を向けた。
「おい、『修道士ファラスの手記』ってこれ・・・」
おや、知っていたか、と青い瞳を細めて少年は頬杖をついた。
「『赤い森』に関する本だね」
災の言葉に、それは少し違うな、と少年は否定した。
「そこには灰桜に関する伝承も確かに載っている。『赤い森』と言われるあらゆる森の位置、それに付随する女神教以外の異なる神の伝承をまとめて検証した本だ。狂気が渦巻くと言われる『赤い森』に行った修道士ファラスの兄が編纂した。本人はその森から出てきて手記を書いた途端、発狂して自殺している」
「なぜこんなものをぼくに渡す」
この小さな少年は何をどこまでわかっているのだ、と災は身構えた。警戒をあらわにしていても意に介すことなど全くなく、彼は本に目を落とした。
言っただろ、と少年は興味をなくしたようにつぶやく。
「僕の世界のすべては虚構だ。実際、僕は読む本がなくならなければそれでいい。お前が世界を終わらせようが、存続させようが、僕に実害がなければどうでもいい」
だが、と彼は視線だけを災に向けた。
「どちらにしろ、お前はもう少し『神』に対する視野を広げておいたほうがいい。お前の行動如何によっては敵対する可能性もあるからな」
行動を考えろ、と言われているのか、と災は眉根を寄せた。
気を使われているのかも知れないとも思う。けれどそれにしては協力する姿勢ではない。
脅されているのだろうか、と思いもしなかったが、それならばこの少年はもっとえげつない手をつかってきそうだと災は渋い顔になる。
「・・・ありがたく借りて置くよ」
結局災は、どういう意図かわからぬものを受け取っておくことにした。少なくとも少年に敵意があるわけではないように思えたというのもあるが。
『神』に対する視野を広げよ、という指摘も手痛いものに思えた。
(あまり、女神さまと彼以外の神の可能性を考えていなかったし)
ありかなしなら、一考する余地はあると判断した。
「・・・返す時は、心情の如何を提出するのを忘れないように」
本を読みながらさらりと付け加えられた言葉に、災はするのかよ、と返したが、それに対する返答はなかった。
どうやら読書に集中し出して聞こえていないようだ。
「まったく・・・」
災は膝の上で何も考えていなさそうにすやすやと眠る青年のほっぺをつまんでおいた。ふが、と変な声を上げた青年を小さく笑い、穏やかな寝顔にやはりしばらく膝を貸して休息をとらせてやることにした。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.