X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

遍く町々をめぐりて狼を逐ひ、ふたゝびこれを地獄の中に入らしめん(前編)

全体公開 3482文字
2016-11-01 03:36:46

広く町々をめぐって狼を追い立て再び地獄に入らせよう。
ムゲンWARS。邪神様チャレンジ第二幕をしながらハロウィンもやりたくなってしまったので季節的にセーフなうちに前半だけ。傾聴の悪魔さんと監視の悪魔さんをお借りしました。

***

 初めて降り立った「商の世界」は、想像よりもにぎやかで華やかな様相だった。

 月のない夕闇に浮かぶ灯籠、ずらりと何処までも続く街道の出店。魔物の息遣いと人々の喧騒。どこからか聴こえる音楽は聖界では聴いたことのないもので、どこか高揚感と恐怖を両立させたかのような奇妙な響きだ。囚獄の勇者、カイは、明け方から昼すぎまで伝令の悪魔と話し込んでいた本体を夕刻まで休ませ、普段は分身を動かさない時間ではあるが、日が落ちてから分身に戻り、この場所にやってきた。「商」というくらいだから、朝市の立つ時間を過ぎれば閑散とするものかと思っていたが、了見違いだったようだ。

「やぁ兄ちゃん、人間の旅行者かい?」

 気さくにかけられた声に、囚獄の勇者カイは慌ててコートの襟を立て、そそくさと首元にスカーフを巻いた。勇者であることは隠した方がお互い平和だ、と忠告をくれたのは伝令の悪魔であるが、隠し事こそするものの嘘つきではないとカイは思っている。

 そこにいたのは、背の高い行商人のようだった。といっても、その口は割け、鼻はとがり、耳はふさふさとした毛皮に覆われた獣人である。

「せやで。ようけ賑やかやけど、お祭りか何か?」
「知らねーのか?今日は年でもっとも満ち足りた狂月の夜市が立ってるんだ。魔物の力が満ち満ちて荒れ狂うのさ。偉そうにしてる強い連中は万一の為に寝ちまうし、逆にちょいと力の足りない連中や女子供がはしゃいでやがる。そのままで歩くと危ないぜ」

 彼はごそごそと荷物から何かを取り出して、カイの頭の上にポンと乗せた。そしてさっと彼の背中側に回るとジャケットの裾を素早く捲り、ズボンのベルトの後ろに何かをひっかけた。

「うわ、なにすんねん!」
「オイオイ、感謝しろよー。そのかっこなら人間だろうがお前さんも夜市の一員だ」

 獣人はカイに手鏡を見せた。髪色と同じ毛並みの狼の耳が頭からひょっこり伸びている。尻に付けられたのは長い尾のようだ。随分できがよく、たしかに一見獣人に見えるかもしれない。

「そうだなお代はトリック・オア・トりート!」
「へ?」
「ノリの悪いヤツだな!菓子持っていたらよこせってことだよ。でないとイタズラするぞ」

 カイは荷物を漁った。丁度、女神様へお土産にもってきた、ある僻地の集落のジャムを使った焼き菓子友人の母親の門前を通るのなら手土産は当然とおもって幾つか小分けにして天使たちに託してきたのだの、残りの袋のほうが入っていた。そのまま獣人が広げていた掌に載せる。

「食いさしみたいんで悪いんやけど」
「いや十分だ。丁度菓子を切らしていてな、途中で補充する暇もなさそうだったんで有難い。身の安全を確保したきゃ、お前も市で早めに菓子買っとけ」

 じゃあな、といって獣人は去っていった。よくは解らないが、この夜市の心得なのかもしれない。扮装して人間ではないと思わせること、そして菓子を用意すること。女子供も多いと言っていたことだし、それとも関係するかもしれない。初めてであったのが善良で、商売上手なひとで、出だしは好調だ。これだけのにぎやかさで、伝令の悪魔がいう子供たちを探すことができるか、という疑問はあったが。

 囚獄の勇者がこの魔界にやってきたのは、先ごろ牢獄に呼び出した伝令の悪魔から教わった、邪神に会うための条件を満たすためだった。

「目が六つで耳が聞こえないコと、耳が4つで目が見えないコを探すんだ。このチケットを見せればわかってくれる。それが邪の神に会うための第一歩」

 と彼は言った。子供たちが「商の世界」にいるということも。ただ、教えてくれたのは本当にそれだけだったので、実際に来てみることにしたのだ。人探しは冒険者の十八番だ。いって分かることもあろう、と。


***

 近くによれば市は盛況このうえない。いずれも魔術師や獣人、竜人、天使、悪魔、魔物、なんなのかよくわからないどこかの土着の神々も含め、種々雑多な恰好をした客が街道にひしめき合い、その誰もが元はなんの種族なのかはわからないながら、とても楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 路上に出ている夜店もまた奇妙で面白い。齧ったところが口のように開き、そこから様々な歌が流れだして食べ切るころには大合唱になっているという果実。袋の中で絶えず弾けて虹色にきらめく砂糖菓子。結わえた髪や布に最も映える色に勝手に変わるレースのリボン。触れるとちゃめっ気たっぷりにウインクしてくるゴム人形。手に取ったとたんに使い方を逐一説明してそれに従わないと叱責してくるおもちゃの弓。

 魔力にあふれる夜だからこそ用意できる、夢のようなものたち。はしゃぎまわる子供たちはみな嬉しそうだ。カイだって、浮かれている。誰もがお互いの生まれを気にせず、音楽と美味しそうな香りと笑い声が絶えず響き、売り手も買い手も嬉しそうな市。これほど楽しい場所があるだろうか。

 獣人のアドバイスにしたがって街道の入り口で買ったのは、砂糖と牛乳を混ぜた小麦の生地を可愛らしい型に入れて焼いたもので、中に面白いものが入っている。何が入っているかはお楽しみだ、と渡されて、カイがためしに食べてみたら、ぱちぱちと弾ける甘く爽やかなハーブのようなものが入っていた。美味しいは美味しいけれど、予想しなかった味で目を白黒させて、店主を大いに笑わせた。他にもいろいろな味があるらしい。たくさん袋につめてもらって、出店を歩いていく。

 かなりいいものを安価で取りそろえた武器や防具の店もある。カイの今の武器は片刃の長剣と両刃の短剣だが、長剣は山賊討伐のときに隙を見て相手から奪ったものだし、短剣に至っては覚えてもいない。たしかどっかに落ちていたものだ。当然カイが選んだものでもなし、手入れしても切れ味は知れたものである。財布と相談しつつ、と短剣を矯めつ眇めつしていると、カイにわーっと歓声を上げて子供たちが群がってきた。

「お兄ちゃん狼さんだー!」
「あー!それ入口のなんでも焼きだー!たくさんもってるのねー!」
「子どもが大人に言う言葉
「いう言葉なんだっけー」
「トリックオアとりーと!」
「とりっくオアトリート!!」

 子供たちは口々にカイが獣人に言われたのと同じ言葉を口に出す。周囲を見れば、少し離れたところでも同じ目に遭っている者が見える。子供が大人に菓子をねだるのがこの夜市の風習なら、たしかに菓子を持っていないのは危ないことだし、なにより子供たちの楽しみに水をさしてしまうだろう。

「ホラいっぺんに言うたら分からんてー。ちゃんと並びや!いっこずつ順番順番!」

 かぱーっとそのまま口を開けたりランタン型の物入れを開けたりする子供たちを並ばせて、一個ずつ放り込んでいく。口々に礼を言って去っていく姿は無邪気ながらどこか礼儀正しく、可愛らしい。並んでいた最後の2人、大きなかぼちゃの被り物をしている子供と、大きなつけ耳を付けた子供のところで、持っていた菓子が切れたのに気付く。数は数えていたはずなのに、参った。2人は声を合わせていう。

「とりっく・おあ・とりーと!」
「とりっく・おあ・とりーと!」
……ごめんなぁ、兄ちゃんもうお菓子なくなってもうたー。なんのイタズラするん?」

 なんなら一緒にお菓子買いにいこか、おわびに好きなの買うたるし、と頬を掻くと、子どもたちはにんまりと笑った。

「お兄ちゃんお菓子持ってないんだね」
「わざわざ会いに来てくれたのにね」
「勇者なのにね」
「うっかり勇者だね」
「うっかりにはイタズラだ!」
「イタズラ!イタズラ!」

 子どもたちは声を合わせてお互いの手を取って、カイの周りを楽し気に歌いながら周り始めた。微笑ましいイタズラの様子に、子供の期待を裏切らない程度の大きなリアクションができるように身構えたところで、知るはずのないことを語る子供たちの言葉に違和感を覚える。直後、強烈な浮遊感に平衡感覚を殴られた。たたらを踏んで見上げた夜空に、煌々と月が照っている。

 思わず子供たちを見る。つけ耳の子供の顔には目が3対ならんでいて、カボチャの被り物の横からは耳が2対突き出ていた。

 1年でもっとも満ち足りた狂月。力ない魔物たちには浮かれ踊る祭りのための聴こえざる歌にすぎないが、古から人の世を見聞きしてきた悪魔には如何なる曲を奏でたのか。魔のものであったことのないカイには、知るすべはない。



→続く


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.