ムゲンWARS。邪神様チャレンジ第二幕の続き。傾聴の悪魔さんと監視の悪魔さんをお借りしました。書き始めがハロウィンだったんです許して。
@chuchuhakokaina
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頭を振って衝撃を逃し、周囲を見回すと、景色は一変していた。華やかな夜市はモノだけはそのままに、一切のひとけが無い通りへと早変わりし、新月のはずの夜空に大きくまがまがしい月が上っている。くすくす、くすくす、と笑う子供たちの声だけが木霊していた。
(なんやこれ…)
驚いて呟きそうになった囚獄の勇者、カイは、自分の喉から声が出ないことに気づく。しかし、そのことに一瞬気づかなかった。というのは、自分の思ったことがそのまま、まるで音が空気中を震わすように頭の外に「響いた」ように感じたからだ。
(ええ…声出てる?いや出てへんよな?魔法かなんかやろか。いやーしかしあの子ら悪魔だったんやろなーしくじったわぁ)
(せっかくお祭りの日に大人が来たのにおやつ足りんくてがっかりしたやろ…かわいそなことしたわ…)
(いやそれはまぁ後回しでええねん。余所事考えてるのモロバレで恥ずかしいなコレ)
別段問題があるというわけではない。ただ単純に恥ずかしいだけだ。
「あいにきてくれたんだよね?」
「あそびにきてくれたんだよね?」
「おにごっこしてあそぼう!」
「おにごっこ!わかるよね?」
「あなたがおにー」
「ぼくたちはにげるー」
「おーにさーんこーちらー♪」
「てーのなーるほーうへー♪」
(な、なんなん?おにごっこ?はー急なこっちゃな!悪魔やら天使やら何でこうやって突然なことしだすのん?脈絡ってもんはないん?どこや…あの子らどこや…?)
くすくすとした笑い声に、カイは耳をそばだてる。遠くはない。揃った足音は一緒に行動しているようだ。ただ、隠れてしまって姿が見えない。とりあえず何も考えず音のする方に駆けだす。彼は力はさほどないが、身軽さと体力、足の速さには自信がある。だが障害物は多い。スペックではカイがまさり、地の利は子供たちにあるといったところか。ただし、悪魔が見た目の通りの力しかないと仮定したうえであるが。
菓子の露店の後ろに翻る子供の服の裾が見えた。手を取り合った子供たちは、足並みをそろえて楽しそうに歌いながら駆け去っていく。歩みは早いが、常識を外れるほどではない。
追いかけていくとバッと二手に分かれて一番賑やかな路地を両側に分かれていった。一瞬の逡巡でカイは子供たちを見逃す。月明かり下に、立ち並ぶ露店は幾つも影を落としていた。隠れようと思えばどこにでも隠れられる。あてずっぽうで、かぼちゃの被り物を被った子どもの向かった方へ向かおうとする。
(声でない形で伝わってまうなら、見えない子のほうがまだマシやろ)
小さく歌を歌う子供の声が聴こえる。思えば、さっきから小声で歌っていたのは目の見えない子供のほうであった。音を使って距離を測る方法がある、と聞いたことがある。店先の光ってはじける砂糖菓子の袋を灯りがわりにばっと手につかみ、そのまま追いかける。小さな歌声が聴こえる。
「ねえねえ、なんでぼくたちにあいにきたの?」
(え?)
「伝令がチケットわたしたのはきいてたよ。でもなんで?どうして邪神さまにあいたいの?」
(なんでって)
カイが邪神に会いたい理由は、ひと言で説明するには難しい。彼には彼の経緯があった。勇者としての自分と、女神について。また、この世界に纏わる「ゲーム」について知って、それをどう受け止めたか。そのために動き始めて、何をしてきたか。それらについて頭をよぎる。言葉にして考えたわけではない思いは声になって出たわけではないが、ここにきてからの魔法を考えれば、ある程度伝わっただろう。
(聞きたいことがあるだけや)
単純な言葉に整ったのは、このくらいだった。
「ききたいこと?」
(そう。ききたいこと、色々や。おれは、知らなきゃいけない。知ることで出来ることが増えるかもしれへん。でも、おれは女神様には聞けへんことが多すぎや)
「きいちゃだめなの?」
(死ぬからなぁ。おれが知るだけで満足なら、聞いて、そこで人生終わってもええんやろうけど。そんなただの自己満足、なんの意味も価値もないやろ。出来ることが増えたならなんでもやるわ。動いてなんぼやろ)
「ふぅん、そうなの」
まさにそうなのだ。それだけのことだった。
ここで気づく。会話できる距離だ。しっかりと前をみれば、ちょこまかと走り回りかぼちゃ頭が路地裏に駆け込もうとしている。曲がり角を覗き込んだ場所には、子どもはいなくなっていた。
(あー、撒かれてもうたかー)
何の気なしにつかんだ砂糖菓子のちかちかとした光を物陰にかざすも、すでに完全に姿はない。歌う声が遠のいていく。方角は最初の大通りのほうに感じられた。慌てて小走りにそちらのほうに向かう。ランタンの灯りと月影が照らす祭りの街道は華やかだが寂しい。なにかに使えるかもしれないと、果物屋の店先に小銭を置いてひとつ拝借する。そういえばさっきの店には対価を払い忘れてしまった。あとで詫びなければ、とカイは思った。
他事の思考を垂れ流していると、くすくす、と笑う声が聴こえた。そちらを振り向けば、つけ耳をつけた少女がこちらをみて笑っていた。
(いた!)
「おーにさーんこーちらー!てーのなーるほーうへー!」
子供は元気よく駆けだした。カイも必死に追いかける。きらきらと輝くお祭りの中心地を逸れ、だんだんと暗がりにむかっていく。小さな歌声もまた、こちらをついてきている気配がする。姿は見えないが声と足音だけが近くにいて離れないのだ。
頭の片隅にかぼちゃ頭の子供のことを置きながら、先を行く少女から目をそらさない。自分の分身の特性と、これまでの旅のなりゆきから、同じことを幾つも処理することは、何度か経験があった。建物や露店の並びもあたまに入ってきてはいる。段々と、子どもたちとの3点の大体の距離感がつかめてくる。もっとも、それも子供たちには伝わっているだろう。
「ねえ、もしも、あなたがしぬことで、たくさんのひとがたすかるってなったらどうする?」
少女が語り掛けてくる。思いもよらない言葉に、そもそも声にならない息をのむ。
「あなたがしぬことで、あなたがいなくなったことをかなしむひとは、かぞえられるぐらいしかいない」
「あなたがしぬことで、かぞえられないぐらいのひとがえがおになる」
「あなたはどうするの」
「あなたはどうするの」
気が付けば、かぼちゃ頭の少年のよく似た声もかぶさってくる。真面目に取り合わないこともできたが、元来律義な性質なカイは、子どもたちを追いながら思考を引きずられる。
(助かるってどういうことやろ。数えきれない人ってどのくらいの範囲やろ)
それが分からなければカイには答えようがない。
「たすかるって、しあわせになるってことだよ」
「かぞえきれないぐらいのひとって、みんなのことだよ」
子供たちがあきれたように答える。大人は余計なことを色々と考えなければ足が動かない生き物なので多少の不便さは勘弁してほしい、とカイは苦笑する。
(せやな、まずどうしておれが死ぬと他が助かるのか調べなあかんな。別におれ、凄いやつってわけちゃうから、おれ一人で他みんなの幸せと釣り合うってのはおかしな話やろ。なんかの理屈があるはずやし、その理屈が分かったらおれが生きた状態で、同じ結果にたどり着く方法もあるんちゃうかな)
でも、とカイは思う。
(すぐに決めなくちゃならなくって、他になんの方法もなくって。そんなんなら、死んでもええかなって思うわ。おれにとっておれはごっつ大事やねん。何人も、おれが見捨ててきたひと達がおる。おれのことをここまで幸せに生かしてくれたひと達がおる。その気持ちは何にも代えられへんわ。でもその行動が、その瞬間おれにだけ手に入れられる新しい選択肢を選ぶチャンスなら、その全部を賭けてみる価値はあんねん。後のことはずっと一緒に頑張ってくれた友達や、新しく選択肢を手に入れた次の人達が見届けてくれる)
「ふうん。そうなんだ」
「わたしはやだな、しんじゃうの」
「ぼくはやだな、しなれちゃうの」
「「だって、せっかく会えたんだもん」」
「いっしょにあそんで」
「いっしょにごはんたべたいね」
「「ねー。」」
(それも、正しい考え方やと思うわ。でも今思ったことがダラダラ聞こえてまうからふんわりごまかしたり恰好つけたりでけへんねん。ごめんな、君たちにヘンな理屈こねて、嫌な思いさせるつもりはなかったんやけど)
「べつにー。きけっていわれたからきいただけ!」
「べつにー。ききたかったわけでもないもん!」
(そんならええけど…。あ、でも言うて、そういう場面になっても実際は悪い結果にはならん気もしてきたわ。明らかにアホな詐欺やったら誰かしらとめてくれるやろし。もし命を懸けることがあるとすれば、ホンマに全部が全部ええようになるってときくらいやね)
言いながら、彼らは暗がりの路地に入っていく。追いかけるには少し見づらい、と、無意識に手元の袋を開け、器用に子供の前の路上にむかって投げつけた。
「わぁ!」
(うおおお!?)
「ちょっと!?」
地面に着いた瞬間、バチバチとカイが思った以上に鋭い閃光が迸る。前を走っていた子どもが足を止め、かぼちゃ頭の少年が物陰から飛び出してくる。
(チャンスや!)
今度は自覚的に、手にもった果物を壁に向かってたたきつけた。果汁が弾け、バラバラになった果肉の其処此処に口が現れ、きんきんとした子供の大声で合唱を始める。狂月の祭りを楽しもうという内容の、たわいないわらべ歌だ。
「うわ!」
大音声に少年はおもわず耳をふさぐ。止まった2人の子供の腕を、同時にカイはつかんだ。
「ターッチ!」
カイが声を上げる。声が、上げられたと思った瞬間に、まるで頭を殴られたかのような平衡感覚の喪失を感じる。ぐらり、と頭上の大きな満月がゆらぎ、一瞬カイの意識は遠のく。
***
頭を振って振動を逃がし、カイが周囲を見渡すと、ざわざわとした話し声や酔っ払いの笑い声、子どもたちのはしゃぐ声が混ざり合った喧噪の満ちた街道の、脇道に立ち尽くしていた。新月の夜空に月はないが、そろそろ夜明け前特有の空気の冷えを感じる。路地にぶちまけられた菓子と果物をみて、先ほどのことが現実であったことと、食べ物を粗末にしてしまった事実に気付く。
いそいでそれらを片付けて通りに出ると、手にそれぞれ、カイが子供たちの為に買った焼き菓子を持った、かぼちゃ頭とつけ耳の子供たちが立っていた。
「おにごっこはたのしかった。まぶしかったけど」
「そうだねたのしかった。うるさかったけど」
「つぎはヤギさん」
「ヤギさんに会って」
「おかしおいしいね」
「おかしありがとね」
子供たちは他の子どもたちと同じように、子供らしい遠慮のなさをだしながらも礼儀正しく口々にカイに挨拶をして、けたけたと笑いながら雑踏に混ざっていく。カイは誰もが笑顔で幸せそうな祭りの中で、なんとも言えない顔をするしかなかった。
夜明けまで、考え事をしつつも祭りの露店を歩く。魔族の商人たちに聞くところ、近くに野良ゲートはありそうだ。なんとなく女神の間に行く気もおきず、この日は商の世界に安宿を取って、昼頃にそちらのゲートから聖界にむかおうと思いながら、カイは大牢獄の本体に意識を戻した。
本体に戻り、大牢獄の片隅に隠した真っ黒なチケットを確認すると、先にはなかった白い模様がふたつ残されていた。そこにふわりと鈍く、
「はっぴー・はろうぃーん!」
と子供が描いたような文字が光って浮かび出ると、少しの後に闇の中に消えていった。
次は山羊さん、と彼らは言った。囚獄の勇者の悪魔めぐりは、もう少々続くようである。
END